港はものすごい風だった。
台風で遅れながらも、やっと石垣島に着いた。が、案の定、船のでている様子はない。
Tシャツがばさばさ風に踊る。
1997年にこの場所に来てから、もう4年もたってしまっていた。
だけど、ちゃんとおぼえている。この場所の匂い。
そうだった、あの時はのりちゃんとふたりで初めての沖縄に不安が
が混じった新鮮な気持ちでこの港にたって海をながめていたっけ。
しかし、のりちゃんは今や主婦。時は流れているのだった。
やっぱり船はでていないようだ。人もいない。さみしい港だ。
万が一を考えて安栄のチケット売り場のおばさんに訪ねようとしたら先に、
「今日はどこもでていませんよ」と言われてしまった。
めったに欠航しない、台風の時もぎりぎりまで船が出るという案栄観光の船まででない。がっくり。
とりあえずとぼとぼと歩き
港の隣の『マンタ公園』のベンチに腰かけて、さてどうしようと思う。
ここから見える海はクリームソーダーのよう。白い波がアイスクリームみたいで。
ありゃ。まるでメロンソーダーフロートみたいだなぁなんてのんきに見ていた。
蒼青とした芝生の上を風がなでて、ささーっと模様をつくる。
灰色の空は見事なグラデーションで、遥か上空からも風の音がしている。
どうしようかなぁ。
そういえば、サンバを買おうとおもっていたんだった。
サンバとは木でできた3枚の板をならして、リズムをとる沖縄の楽器。
指の間に挟んで、鳴らす。それだけのシンプルなものだけど、なんていうか、上手と下手の差が
ありありに分かって「できたら見るからにかっこいい」楽器なのだ。
たしか、野原三線店という沖縄楽器の店が近くにあったはず。だいたいの方向を目指して歩きはじめる。
しばらく歩いていると空が明るくなってきた。でも、スコール。
通り雨のよう。
木々がキラキラしている。空は半分晴れて、半分曇りのまだらもよう。
傘は持っていたけど、さしたくないのでどんどんあるいた。
どうせすぐ乾く。
のどが乾いたので、さんぴん茶のボトルを買ってグビグビ飲みながら歩く。
時間はあるのに、なんでだろう、急いでいる自分に気付く。東京にいる早さで歩いている。
嫌だな、都会の時間を背負ってきちゃった…と。
野原三線店をのぞくと、三線がずらりとならんでいた。
サンバあるかなぁ。
店先に人の気配がしない。すみません、と声をかけると奥からおじさんが出てきた。
「サンバありますか。」
「ありますよ〜、どれがいいかな?」
と箱から7.8コくらいだしてくれた。値段はどれも同じだけど、木の模様が微妙に違うのだった。
私は、少し白っぽい線がはいっているのを選んだ。
「それなら、たくさんのなかから自分のサンバがわかるね」とおじさん。
たくさんのサンバから自分のを選ぶようなシチュエーションってあるのだろうか。
無事、サンバを購入。
うきうきした私は歩きながら鳴らしてみた。
大きな音がしてしまい、びっくりして今度は小さく打つ。
野原三線店のおじさんが「手の油をつけなさいね、たくさん鳴らしたらいいさ」と
いっていた。今は手に馴染まなくてそっけない感じだけど、いつか私の手だけに慣れたこの楽器と共に
沖縄のうたをもっと楽しみたい。
あやぱにモールを散策。4年前にはなかったお店が出来ていたりしたが、
あの時もアクセサリーを売っていたのと同じ人が同じ場所にいたりした。
歩いていたら悪くなさそうな宿を発見。
目の前で電話してみたら空いているということでほっとする。
部屋は古かったけど、清潔に掃除がされていて落ち着く和室だった。
お腹がすいたので持ち帰りの八重山そばとミニ牛丼のセットをかってくる。
あたたかいスープが麺とは別にビニール袋に入っていて、気がきいているなと思った。いいにおい。
牛丼も肉がたくさん入っていて、ありがたや…と思いながら食べた。
ひとくち、ふたくち。おいしいんだけど、あんまり食欲がない。
宿はなかなか清潔で、無料のクーラーとテレビが着いているのでよかった。
テレビは100円入れる機械が着いているのに、お金を入れないでも見られる。
前はお金を取っていたけど、はずしたみたい。
夜になってお風呂が混まないうちに…と共同のお風呂場へいく。
暗くてこわいので髮をしゃかしゃか洗って、身体はざーぅと流すようにあらって出る。
着替えるところはクーラーがついていないので、サウナのよう。またたくまに汗がでる。
いそいでクーラーの効いた部屋へ逃げ込む。
その涼しさに安心して、ごろんと横になる。ふ〜。
眠い。そういえば、昨日寝ないできたのだった。あ〜。ぶかふかのふとんにぱりっと乾かしたシーツ。
来たんだなぁ。沖縄に。
あ、今日は月食の日。波照間島で見るはずだったのにな、ちぇ。さっき窓から空をみたら、
曇っていたし、たまに雨が吹き付けるし、無理だろう。
なぜか私は沖縄で月食が見られると、思ってそれを当然と考えていた。
見られないとは。しかも、波照間島にたどり着けなかった…。
東京にいた方が見られたのではないだろうか。
ああ、もう眠い…。
意外とついていない旅かもしれない…なんて悲しく思いながら意識がもうろうとしていく。
ふと、目がさめる。
夜11時。
窓をあけてみるが、曇っているみたい。雨がぱらぱら何かにあたっているような音も聞こえる。
やっぱり月食は見えないか…。
なんとなくがっかり。
トイレにいってまた寝ようと思い、廊下にでる。幽かなあかり。誰の気配もしない。
ちょっとどきどきする。なんだか子供のようだけど。
手を洗って、トイレからでると目の前に非常口があるのに気付く。
あくびをしながら、何となくそこから一歩外にでる。
ごう、という音が私の髪をさらい、視界が開けた。
月だった。
大きく欠けていた。少しオレンジかかって、いつもより大きく見えた。
生温い風が全身を駆け抜けて、私の心をどこかに運び去ろうとするようだ。
台風の風は強く、明るい夜空には雲が吹き飛ばされる。影がうつる。
心臓がどきどきするのが聞こえる。勇気をだして強風のなか屋上にのぼってみる。
誰もいるはずがないのに、誰かが潜んでいるような気がしておびえつつ。
取り込み忘れたシャツが、ばさばさと音をたてて翻っている。
そのシャツの白さと群青の夜とのコントラストに目を奪われて一瞬世界が現実味をなくす。
私の髪も踊る。
見上げると、風に吹き飛ばされる雲の間から月は見えたり、隠れたり。 ……なんてこと。
なんだろう。この気持ちは。
ものすごくざわざわしている。何かに変身するような、私の内側から何か怪物がうまれるような。
そこしれない恐ろしさを、でも、どこか自由な感じを。
私はゆっくりと深呼吸をする。
深く湿った群青色の夜が肺の中に入ってくる。 そばでは木々を揺らす風の音、天空では唸るような風の音の二重奏。
自分の内側の深いところを覗きこんでしまったような気持ちに包まれる。
月を見ている私を、月が照らしている。オレンジの輝きで。
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