ニュー!5月の旅しゃぼんへ。
4月28日(日)世の中はゴールデンウィーク
今日の夜からは、兵庫の三田市の友だちのところへいくので、
京都最後の日。(また19日に1日だけ戻るけど)
で、今夜は手巻き寿司。そして、スーヤ母がスイカを買ってきてくれる。
最近やっと名前を呼んでくれるようになった。
姑から認められた嫁のようで、うれしい。
「あそこの人、お茶いるんかなぁ」から「そこの人、おかわりするかなぁ」から
「ガンさん、何食べますか」から「ガンヂちゃん、食べたいものない?」と変化していった日々。
でも、これは悪気があるとかそういうことではなく、照れ屋なスーヤ母ゆえのこと。
スーヤ母の口真似もいろいろ覚えたし。
4月27日(土)さいちおじさん。
スーヤちゃんの友だちがふとした縁で泊まり、旅で訪れたらいいよ、と言われていた民宿さいち。
そこのおじいさんが、興味深い話をいろいろとしてくれるのだそう。でも、女ふたりがワゴンで突然行って
「話を聞かせてください」といっても怪しまれるだけだし、いい話なんて聞けないだろう。
で、どうしようか‥とスーヤちゃんと相談しているうちに奇跡的に
『民宿さいち』を発見!
とりあえず、家の横に車を停めてみた。すると、
「あんたたち、なんか用か」とじいちゃんが外に出てきたではないか。
私たちは逃げるわけにもいかず、ちょっとの間もじもじとしていたが
訳を話した。だがいまいち納得できない様子。それはそうと思う。
だけど「写真を撮られるそうですが‥」と言ったとたん、顔がぱーっと輝いて
「なんだ、あんたら、わたしの写真を見にきたんか!」と
そこですかさず「そ、そうなんです。見せていただきたいなぁ、と思って。ねっ!」とスーヤちゃんに視線を投げると
「そうそう、とっても幻想的な写真って聞いて」と絶妙のコンビネーションでおじいさんの心を開いた(かも。)
そして「そうかそうか。」と言って私たちを居間に通してくれた。
「これじゃあ!」
居間の壁に枠にはいって飾られていたのは、隆起した岩の層がバームクーヘンのようになっているモノクロームの写真だった。
「わ〜、すごいですねぇ。どうやって撮ったんですか?」と言うと
おじいさんはいろいろと説明してくれた。
コーヒーまでいただき、写真の話のほかにもいろいろと聞く。
画家の息子を1200万でイタリアに留学させた話(30年以上前)、囲碁の話、野球、政治、地元の話、スーヤちゃんが親戚の娘に似ていることなど‥。
「趣味が多くて、素敵ですねぇ」というと、にっかりと笑った。
「芸術家の息子さんはお父さんの影響を受けたんですねぇ」というと
「そうかもしれないなぁ」と、にっか〜〜〜とピカピカ輝くように誇らしげに笑った。
そして「なんでも、中途半端が一番あかん! やると決めたら、やる。それが大事!!」と。本当にそうだ、やっぱり年寄りの言葉は重みがあるなぁ、ふたりで感心した気持ちになって頷いた。そして自分のことをちょっと反省。
すると「こんなのもあるよ」といって、部屋の奥から本を持ってきた。
どんな本か、じっと手元を見ると
『グッバイ 股関節痛』
じ、じいちゃん‥。
「次に、こんなのもあるよ」とノートも見せてくれた。それは、競馬の予想、賭け金、もうけ、馬の成績の分析などが書かれたものだった。
「競馬もやるんですねぇ。儲かりましたか?」と聞くと
「うん、うん、1200万は儲けた」とのこと。
‥‥あれ?
どこかで聞いた金額。もしや、息子を競馬でイタリアにやったのでは!?
「どうして、やめたんですか?」と聞いたら
「ある日、ふとやめようと、と決めたんや。私は決めたら、キメル! やるときはヤル!!」
じいちゃん、素敵すぎる‥。
最後に、じいちゃんお気に入りの格言カレンダーを切り抜いて、貼り付けて
文章にし、冊子に加工したものを頂いた。
せっかくだから、サインか何か書いてくださいというと、老眼鏡もかけずに筆でサラサラ
『すさみとさいち 想い出す時も 私の話を忘れないで 鈴木留吉 82歳』
と書いてくれた。なんとなく、ジンとし、年寄りが元気なのはうれしい
ものだなぁとしみじみし、民宿を後にした。
グッバイ、留吉! なるべく長く元気で!今度は泊まりに来ます‥。
‥‥あれ? さいちっておじちゃんの名前だと思って「さいちおじさん」って話していたけれど。---留吉。
さいちの意味は? 一番肝心なところを聞いてないかも‥。 謎を残したまま、ワゴンは進む‥。
※名前は仮名です。一応。
4月24日(水)M家の食卓。
昨日、京都の汚点紫にいった。
スーヤちゃんの家に寝泊りさせてもらっているので、
「おかあさん、夕ご飯の用意していてくれるんじゃないかなぁ」といったら
スーヤちゃんは「だいじょうぶ、だいじょうぶ、言ってきたから」と。
でも、「ふたりで一皿にする?」と微妙に弱気な発言。
結局、私はグリーンカレーとチャイ(シナモン)、スーヤちゃんはダルカレーとチャイ(カルダモン)を頼み、ぺろりと平らげる。
「ぶは〜、おなかいっぱいだねぇ。」と満腹気分で帰宅。
すると、
「今日はお造りやで♪」とスーヤ母。
(やっぱり)と心の中で思い、スーヤちゃんの方を見るとしたを向いている‥。
もうすでに、ご飯はてんこもり、お味噌汁も湯気をたててきちんと食卓にならんでいた‥。
私は、お腹っぱいだけど食べられない事もないので、ぱくぱくと食べた。
でも、スーヤちゃんはご飯を突っついていて、全然進まない。
すると「どうしたん! なに、たべてきたん!? 」と。母のカンはするどい。
「‥チャイ」とスーヤちゃん。
「チャイってなに? 中華料理かなにかなん?」
「紅茶でな、牛乳がいっぱい入ってん。量もおおかったしな‥」
とまたもや微妙な言い逃れを。
すると、スーヤ弟が「この刺身ちょっと生臭すぎる気ぃするけど‥。」
「え! そんなんあんたらの帰りが遅いからやん。そんなに臭い?」
「まじやで、まじ生臭いで。」弟。
「そんなんいわれても〜」
「かあちゃん、喰ってみたん?」
「食べてないけどぉ」
(母、食べてみる)
「あっ、あかんやん。ガンちゃん、食べちゃった? 正露丸のんどかな。
効かへんかもしれんから、うめぼしも食べとき。」
食卓にはまたもや微妙な間が流れた。
「そういえば、おかあさんもお腹いたなった気ぃしてきた‥。」
そう言ってスーヤ母は席をたった‥。
愛すべき、スーヤ母‥。M家全体が明るく、たのしいのは、この母のおかげと思う。
それにしても、スーヤちゃんは関西弁と関東弁をすばやく使い分けている。
わたしに向かって話す時に「そうだよね?」といい、それを聞いた弟と母が
「どうしたん?変やなぁ」と突っ込まれていておもしろい。
4月23日(火曜)
更新しない間、いろいろなことがあり何から書こうか悩むほど。
今は京都にいて、ちょっと旅の中休み。
それにしても、世の中にはすばらしい人が多いなと思います。
愛のある人というのだろうか。愛ってよくわからないけど、
ものすごい人が、ひょいといたりする。日本はやっぱり、まだいける。
串本のコインランドリーのおっちゃん。民宿さいちの82歳のおっちゃん。
男のロマンを現実にナチュラルに生きている、ワジン青年。
書ききれないので、また明日。眠い。今朝はものすごいうなされたので、
今日はいい夢みたい。
4月16日(火曜)
今日は愛知県の知多半島へやってきています。
いま、コインランドリーで洗濯物。となりには、大阪から常滑に
遊びに来たという夫婦がいて、しきりに話し掛けているけど
ユウコちゃんは「ふぅん、そうですね。どこまわらはったんですか」
などどいいながら全く気がなさそうで、面白い。←京都人。
私がぱちぱち、ホームページを更新している間にもおばちゃん、
おじちゃんはしきりにしゃべくりまくっている‥。
今日は名古屋の陶器ギャラリーに行って、オーナーと三時間くらい
しゃべくりまくってきた。
いろいろ考えることもあった。
そして!今日は初めての車内泊。どうなることだろう。緊張しているが
楽しい気持ち。そんなに寒くないし。
‥そうしているうちにも、おっさんが「佐渡はええでぇ。小豆島もええでぇ」
と話し掛けている。私はぱちぱちこれを書いています。
明日は篠島へ渡る予定。
4月15日(月曜日)
ひさしぶりに自分でガンヂ部屋を開いたら、カウンター1500番をゲット!
なんとなくさいさきがいいような気がする。
12日に東京から岐阜のユウコ邸にやってきました。
電車できたのだけれど、でかいバックにリュック、そしてキャリーに2箱分の食材と
料理道具をもって‥。行商人かと思った、自分で自分のことを。
ものすごく重くて、泣きそうになりながらも
おばさんに親切にされたり、知らない人からガムをもらったり
しみじみと「ああ、なんか、いいなぁ」と思っています。
13日は 名古屋のオキナワ料理屋さんで素敵な夜をすごし
14日は 多治見の陶器祭りとさかづき美術館へ
15日の予定は‥ ユウコ邸引越し。(実家は京都)そしてとうとう旅が始まるのさ〜。
とりあえずの目的地は「伊勢神宮」。今日は少し曇りだけど、暖かいのでよしとする。
で、夜は多治見の平沢さんち。彼女は4年OLをした後、陶芸の道に
入ったそう。
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