アメリカの建国
1492年にコロンブスが西インド諸島に到着するはるか以前から、アメリカには一万年以上に及ぶ先住民インディアンの歴史だあった。 しかし、その歴史を大きくかえたのがコロンブスの「新大陸発見」である。以後、アメリカは「新世界」としてヨーロッパの植民地建設の夢を書きたてる 事になった。16世紀から17世紀にかけて、ポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、イギリスがアメリカ大陸各地に植民地を建設した。スペインは16世紀前半 にはメキシコ、ペルーを征服し、北アメリカ南西部にまで侵入していた。そして、中南米で手に入れた大量の銀を基礎にスペインはヨーロッパで権力を強める。フランスは、16世紀半ば にカナダ一帯の領有地権を確立、1608年には恒久的な植民地ニューフランスを建設。17世紀後半には五大湖からミシシッピー川河口にいたる北米中央部にまでひろげ、インディアンとの 毛皮交易に重点をおいた植民地活動を展開した。オランダも16世紀後半にはハドソン川流域地方に植民地ニューアムステルダムを建設した。イギリスは、遅れる事半世紀余り、17世紀初頭に北米植民地の建設に着地した。
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北米におけるイギリスの恒久的植民地の始まりは、1607年にジェームズタウンに建設されたヴァージニア植民地である。1602年には信仰の自由を求めてメイフラワー号で大西洋を渡ったピューリタン達がプリマスに植民地を築き 、これがニューイングランド地方の植民地の先駆となった。その後、1732年までにイギリス領には13の植民地が建設された。始めすべての植民地はイギリス国王の支配下におかれて、統合する機関もなかった。1619年にはヴァージニア で植民地議会が召集され、北米における最初の代議制議会となるなど、アメリカ民主主義の芽生えがみられた。
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プリマス ボストンから南に車で1時間、海岸沿いに小さな町がある。町の名はプリスマ。1620年12月22日、メイフラワー号でやってきた「ピルグリム・ファーザーズ」(巡礼始祖)の一行が新大陸への第一歩をこの地にしるしたという。いわば、アメリカ合衆国の「原点」「聖地」である。 プリマス植民地の出来事はアメリカ人の心に染み込み、その原風景をつくりだしている。また国民祝日となっている感謝祭の日にもアメリカ全土の小学生では羽飾りをつけたインディアンの男の子とピルグリムを演じる生徒の交歓が催されている。その食卓を飾る七面鳥やクラベリーソース などのメニューもプリマスの記憶に由来する。
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