ここ数年、家に仕事を持ち帰らない、パソコンなど買わないのをポリシーにしていたのです。しかし、会社のサーバーがダウンし、得意先とのメール送受信ができない、エクセルの計算書等が起動しないというトラブルが頻発するため、仕方無しにこの2月に10何年振りでパソコンを買いました。
加入したプロバイダーは、料金は500円/月(2時間まで定額)と安いけれど、3MBまでのホームページがついており、せっかくホームページのアドレスをもらったからと、ホームページ作成にチャレンジしてみました。
ホームページビルダーなんか買うのはもったいないので、会社の後輩にHTMLの入門書を借りて作り始めましたが、もうはまってしまいましたね。
昔NEC9800のBASICで遊んでいた頃の血が騒ぐ。FOR T=1 TO 1000、NEXT T なんて無味乾燥とした言語を実行した時の喜び(自己満足)を彷彿...
今日ITの時代はドッグイヤー、マウスイヤーなどと言われており、昔の10年一昔が1年一昔くらい、いやそれ以下になっていると言われます。それにしてもこの10年のパソコンの進化の早さを痛感します。昔私が持っていたパソコンはCPU8M、RAM16K、ハードディスクは外付け別売で1Mあたり1万円でした。今私の目の前にあるイーヤマの最安機種でハードディスク40G内蔵ですから、1Mあたり1万円だったら4億円に相当、ですか。
だけれども、あまりに早すぎるコンピューターの技術革新、ソフトの複雑化に、この間衰退の一歩をたどる脳味噌がついていかないぞう。
不況です。昨年はIT景気のおこぼれに与り、何とか忙しくしていたけれど、今年4月に入って滅茶苦茶です。 サラリーマンゆえ、「去年はよかったから」などとの言い訳は許されない。 景気悪いのに、前期より増収増益しろと無理なことを会議で上司にハッパをかけられる。
日本の景気も相変わらず悪い。昨年は21世紀への期待をこめてか、経済企画庁が「回復の兆し」と判断したり、 一時的にゼロ金利政策を解除したこともあったが、21世紀になるとすべて元通り。失われた10年が未だ続行中。
このたび小泉内閣が支持率80%以上という驚異的数字とともに誕生し、みな日本の景気回復に期待をもっていますが、 赤字国債を減らし、公共工事を削減すれば景気はますます悪くなりますわな。
デフレが悪いと経済学者とお役人は言う。しかしデフレのどこが悪いのですか。国の主人公=庶民にとって、物が安くなるのは大歓迎。 収入は増えないけれど、デフレで庶民は何とかやってきているのです。不景気に一揆が起こらないのはこのデフレのお蔭。 それに日本は物価が高すぎる。物価が先進国で平均値くらいまで下がらないと、世界的な競争からますます落ちこぼれてしまいます。
そもそも国がデフレを嫌うのは、先進国中最悪にまで膨れ上がった国の借金を減らすためには、経済のインフレ誘導しかないからです。 そうでしょう、もし物価が10年に2倍上がるなら、10年前の借金は半分になるのですから。
今は21世紀です。20世紀の陳腐な経済理論、国家権力のエゴイズム的経済政策は通用しないのです。環境問題をふまえ、 かつての大量消費時代は終わりました。21世紀の経済論理の予測などとてもできませんが、この世紀は、 デフレが正常な経済状態であるとされ、省資源少消費化、そして何よりも物質から精神への回帰なのではないでしょうか。
景気の落ち込みが激しい。仕事がうまく行かない。このままでいいのかと自問自答。このままで良いわけがないけれど、 さりとてどうしたらいいのか判らない。ちょっと前まではもうちょっと気力体力あったのにと、悩める中年ですわ。 今の生活から逃げ出したい誘惑にかられることがある。しかし家族を持つ(責任ある)身、せめては子供たちが一人前 になるまで辛抱せにゃならぬ。それでいて「オヤジ」と馬鹿にされ孤立無援なんですがなあ。
今年前半、坂本九のリバイバルソング『明日があるさ』が流行しました。今日はだめでも明日がある、という楽観的な歌。 とりもなおせば、今日はこんなに悪いのだ、という現在のデフレ不況そのものを示す歌なのでしようか。
先日、日経土曜版を見ていたら、いい言葉を見つけました。コラム『オトナの心得』、風とともに去りぬの主人公スカーレット・オハラ が南北戦争で混乱した中で、思い悩むことを放棄して、"TOMORROW IS ANOTHER DAY(あしたはあしたの風が吹く)"とつぶやいて 寝てしまう話。
思い悩んでも、仕方ないことは仕方ないこと。じゃあ今日は思い悩むのを止めて、体を休めて、明日リフレッシュした体で困難 に立ち向かうというのは非常に合理的、賢明な生き方ですな。所詮明日のことは「神のみぞ知る」、何が起きるのか判らない。 はかない知恵で明日のことを憂うのは、あまりに馬鹿馬鹿しいことですね。特に時代の流れが速くなってきている今日においては。
今は不況だけれど決して戦争ではない。まして明日食べるものに困る心配は決してない。今の悩みなんてほんと贅沢なものです。 ただ単に崩壊寸前の現在の「右肩上がり」体制に一生懸命しがみつき、落ちかかって苦しんでいるだけなんです。今日の考えは今日でおしまい。 明日は明日の風に体を任せるよう、柔軟でいかねばいかんのです。
今晩、"TOMORROW IS ANOTHER DAY"と千回おまじないする前に、安らかに夢の国にたどり着ければいいのだけれど。
かつて、国鉄、食管会計(コメ)と並ぶ国の赤字の3Kと言わた健康保険制度。その後も赤字は増え続け、また被保険者負担が 増えることになった。かつて社会保険被保険者は本人負担無しだったのに、それが1割負担になり、現在の2割負担になり…。
厚生年金も定期的に負担増を強いられることがきまっており、それに加え健康保険も。 反してサラリーマンの給与は下落を始め、企業も給与が高い中高年のリストラに力を入れており、 もう会社に「給料が安い」なんて文句言っていられない。高失業率で明日のホームレス生活を思い浮かべ、 給料が下がっても今の会社にしがみつかざるをえない。
こんな状況で、どうやってデフレスパイラルを脱出できようか。手取り収入が少なくなれば、物が買えない。買えても安いものだけ。 そうしてますますデフレが進行することになる。政府や経済評論家は何を考えているんだろうか。経済を回復させたければ、 不必要な公共事業に多額の税金をつぎ込み、金融機関に資本を投入するよりも、健康保険、年金に公的資本を注入し、 これらの社会福祉制度を安定させ、我々庶民の将来に希望を持たせることが先決ではないか。
高齢者医療開始75歳も大問題。企業のリストラの犠牲になるのはまず中高年であり、75歳を待てずに、 貧困のため十分な医療を受けられず命を落とす人が続出すると思われる。そうやって近い将来こう言われるのであった。 「日本はかつては世界一長寿の国であった。今からは想像もつかないが…。」
アメリカの同時多発テロ、その後のアフガニスタン攻撃、とんでもない事件が起ってしまいました。 先週青森に出張しましたが、国内線まで搭乗検査が厳しくなり、各便とも遅発が続いていました。 得意先の大手メーカーは、海外出張禁止とか、航空機搭乗禁止のところが多いようです。
ところで、飛行機は事故が起これば犠牲者が多く、ニュースでクローズアップされて、危険な乗り物だと思われがちですが、 統計的に一番死亡率が低い乗り物は飛行機だそうです。小生が前から一番怖いと思っているのは、新幹線。
もし小生がテロリストなら、新幹線をオーバークロスする道路橋から、ダンプカーを新幹線線路に落とします。 そこに時速300kmののぞみ号が突っ込み脱線転覆。しばらくして反対側の線路ののぞみ号が突っ込んでくる… 120人×16両×2編成として、一体何人犠牲になるか?新幹線が安全というのは、開業以来、こう言ったことが起こらなかった、 いわば奇跡が続いていただけの話で、大事故の可能性は否定出来ないと思います。もしこんな事故が起これば、 瀕死の日本経済は立ち直れない状況に陥るでしょう。
今回、ワールドトレードセンターで大手金融機関が大きなダメージを受けたのは、 「ビルの上部は避難に時間がかかる」というごく単純な「危機」に対する管理不足でした。 今後、ますます緊迫する世界情勢のなか、このようなベーシックな危機管理対策を見直さなければならない、と思います。
2001年も今日で終わり。昨年と比べ静かな年の暮れである。なにせ昨年は20世紀から21世紀への 転機であり、新世紀への期待を込め騒がしい年の暮れであった。京都では季節外れの五山の送り火が 大晦日に行われた。今考えると実に馬鹿馬鹿しいことをやっていたなと思われる。
さてこの2001年はどうであったか。ITバブル崩壊による不況、過去最悪の失業率、 誰しも想像できなかったアメリカの同時多発テロ。期待された21世紀の最初の年は散々な1年であった。 21世紀に対し余りにも期待が大きかっただけにその期待外れ感も強い。
しかし何故皆21世紀に過剰に「期待」したのだろう。世紀が変わることにより全てが良くなると単に 夢想していただけでないのか。数字的には20から21に切り替わったが、歴史は連続している。20世紀末 悪い傾向にあるものが、21世紀になってそれが理由無しに反転する道理はない。 2000年に低迷していた株価は2001年にさらに悪くなり、景気はますます落ち込んでいる。
何でも器より中身が大事なように、ものの本質をみきわめ、そのものの傾向を探ることが肝要であった。 それをマスコミにあおられ、21世紀に幻想を抱いたのが馬鹿であった。昨年、もう少し良く考えていれば、 今年が悪い年になると予測し、少しはその対策もこうじていたかもしれない。 いやいや、梨ではないが「甘い20世紀」であった。21世紀は「シビアな眼」で生きていきたい。