2002年レゾリュート〜グリスフィヨルド単独徒歩行
   
エクスペディションのスタイル
今回の冒険は装備一式をソリに積み、自分で引いて歩いていくものです。ソリにはテント、食料、燃料、キャンプ道具 などが積まれています。
ソリの重さはスタート時で約70kg。2週間分の食料、燃料を積んでいます。
   
主な出来事
3月19日 日本出発
3月23日 レゾリュート入り
4月 7日 スタートの予定だったが、ブリザードの為に出発延期
4月 8日 引き続きブリザード、この日も出発できず
4月 9日 午前11時、グリスフィヨルドに向けレゾリュートをスタート
4月12日 乱氷帯の中でホッキョクグマと出会う、距離約70m。事なきを得る
4月15日 歩いていると、見渡す限りの氷原の中で偶然イヌイットのハンターと
       出会う。「AreYouCrazy?」との言葉を頂く。おっしゃるとおり
4月17日 夜中、眠っていると突然テントが激しく揺れだした。完全にクマだと
       思い、大慌てで反撃体制をとってテントを出るが何もいない。おそらく
       ホッキョクギツネだったのだろう。かなり焦った
4月20日 補給の予定だったが、ブリザードで延期。一日停滞
4月21日 燃料と食料の補給を受ける
4月23日 朝出発した途端に超強風が吹き始める。まさに地吹雪、雪煙で視界が
       利かない。片方の手袋を危うく飛ばされそうになったがスライディング
       キャッチで事なきを得る
4月24日 大きな乱氷帯に出会う。ものすごく疲れた
4月27日 ブリザードで全く動けず。一日停滞。推定風速40m/s
4月28日 ブリザード止まず。一日停滞
4月29日 午後に天気回復。グリスフィヨルドまで残り100km
4月30日 ホワイトアウトで辺りが良く見えない。何度も転ぶ
5月 2日 グリスフィヨルド到着。24日目、トータル450kmだった
5月 4日 グリスフィヨルドからレゾリュートに戻る
5月15日 日本帰国
   
レゾリュートとグリスフィヨルド
世界第二の国土面積を持つカナダの中で、最大の面積を占めているのがヌナブト準州です。カナダの五分の一を占めるヌナブト準州は 1999年4月に誕生しました。ヌナブトとは先住民族のイヌイットの言語(イヌクティトゥト語)で「私たちの土地」を意味します。
日本の5倍以上の面積を持つヌナブト準州ですが、人口はわずか約28000人。土地の殆どが北極圏に位置し、人が住むには 決して快適な土地ではありません。
そんなヌナブト準州の中でも最も北にある村、つまりカナダ最北の村がグリスフィヨルドです。
グリスフィヨルドは人口約160人。住人の90%以上がイヌイットです。この村は50年ほど前にカナダ政府の方針によって作られた 村で、その時にもっと南の町から移住してきた人々や、その子供たち孫たちが住んでいます。

レゾリュートはグリスフィヨルドから直線距離で400kmほど南西に位置する隣村です。人口は約200人、80%ほどがイヌイットです。
レゾリュートには世界中から北極を旅する冒険家が集まってきます。交通の便が良いことや、飛行機会社の基地があること、宿泊施設が 整っていることなどがその理由です。

  
日本出発
3月19日、成田空港を出発した僕は、まずバンクーバーに入った。バンクーバーでは次のエドモントンに行くために荷物を 次に乗る便に自分で乗せないといけない。そのために一度全ての荷物が出てきてしなう、荷物の量が多いのでかなり大変だったりしてしまう。 今回の荷物は60cm×45cm×45cm位のダンボール箱が3箱と背中にバックパック、片手にダッフルバッグ、片手にスキーといったところ。 空港にあるカートを2台使って、2台同時に押していく有様。
去年、バンクーバーの税関で荷物を検査され、時間がかかり飛行機に一本乗り遅れた経緯があっただけに、ちょっと不安だったが今年は 何のお咎めもなくスルーパスだった。

バンクーバーからエドモントンへは飛行機で1時間強といったところ。すぐに着いてしまう。エドモントンに知り合いが住んでいて、 空港で待ち合わせしていたので落ち合って今日の宿に向かう。ホテルを予約しておいてくれたのだ。
エドモントンでは4泊し、その間マウンテンコープ(アウトドアショップ)に行ったり、足らない地図を買ったりして準備の仕上げをした。
エドモントンはこの時期はまだかなり寒く、早朝は−20℃ほど。寒さを甘く見て、フリースだけで外に出ると5分と持たない。

3月23日、エドモントンからイエローナイフへ、ここまでは日本人も多く、オーロラ観光の客であろう日本人がたくさんいる。レゾリュートへは イエローナイフからさらに北へと向かわないといけない。その飛行機に乗っている日本人は自分一人。あとはレゾリュートの住人であったり、 レゾリュートのもっと北にある鉱山で働く人たちであったりする。

レゾリュートの空港には宿から迎えに来てくれている。空港は村から7kmほど離れているので迎えに来てもらわないといけない。 普通のカッコウで−30℃の中を7km先まで歩いていくわけには行かない。
3年連続3度目のレゾリュート、冷気を吸い込んで鼻毛が凍りつくと、いよいよ「来たな」という実感がわいてくる。毎年同じ宿に泊まっている。 宿のスタッフともすっかり顔なじみになってしまった。
200人ほどしか住人のいないレゾリュートに宿が3つもある。僕がいつも泊まっているのは「InnsNorth」というCO−OPの経営する 宿だ。ここは以前は「High Arctic International」という名前だったが、オーナーが数年前に亡くなってしまい、その奥さんがその後も 経営していたが3年ほど前にCO−OPに権利を譲った経緯がある。そのオーナー夫妻は20年以上前から多くの冒険家の世話をしてきて、 世界中の極地冒険家に慕われている。二人が初めてサポートした冒険家が植村直己さんなのだ。そして今回僕もその奥さん(テリーさん) にサポートをお願いした。

同じ宿にカナダ人3人組がいて仲良くなった。エドモントンから来たマイク、バンクーバーから来たエリック、オタワから来たクリスティン。 3人は北磁極まで行くという。3人は山はやるが極地は初めてらしい。
彼らと仲良くやりながらお互い準備を進め、4月2日に3人組は出発して行った。
僕の出発予定日が4月7日。しかし当日になるとブリザードになってしまい出発は延期。翌8日もブリザード。4月9日、グリスフィヨルドに向けて ようやくスタートを切った。

  
出発から補給まで〜前半戦
4月9日午前11時にレゾリュートを出発した。天気は快晴、風もなくて絶好の出発日和。ソリの重さは約70kg、初日だけあって気分的に 調子も良いのであまり疲れを感じない。
4月10日、朝から向かい風。気温も低くすごく疲れる。スタート当初はソリ引きにも気温にも体が慣れていないので、歩いているとすぐ疲れる。 15分も連続して歩くと疲れて立ち止まってしまう。

今回のサポートは上記にもあるレゾリュートのテリーさんにお願いした。テリーさんは亡くなったご主人のベーゼルさんと20年以上前から多くの 冒険家の世話をしてきた。2日に一度定期連絡をし、補給の日程などの調整を行う。連絡は衛星携帯電話イリジウムで行った。衛星携帯電話とは、 その名のとおり携帯電話なのだが、信号を人工衛星経由で送るので、地球上どこからでも一般の加入電話はもちろん普通の携帯電話にもかけることが できる。ほんの数年前までは通信手段といえば短波無線だったが、今ではどの遠征隊も衛星電話を持っている。北極の氷の上にいながら自宅に 「もしもーし」なんてできてしまう時代なんです。

4月11日、天気が良くて気持ちがいい。気温も高くて−20℃ほど。だがまだ体が慣れていないので疲れる。
4月12日、午後に乱氷帯にぶつかる。乱氷帯の中はホッキョクグマの足跡が多くある。ひとつものすごく新しい足跡を見つけた。しかもかなり 大きいオスの足跡。たった今ここを歩いた事を物語っている。一番怖いのが乱氷帯の中で至近距離でいきなりクマと会ってしまうこと。多少進路を かえてなるべく氷の平らなところを選んで歩くことにする。と、思ったその10分後、70mほど先の乱氷のかげに黄色いものが。明らかに氷の 色とは違う。黄色いものが動き、氷の陰から姿を現した。「うわっ!でた!」まさしくホッキョクグマ、こっちを見て鼻を高く上げ、においをかぐ そぶりを見せる。お互いの間には何も遮蔽物はない。慌ててライフルの用意をする、足が震えだし、手元も定まらない。「落ち着け、落ち着け、 生きる力をくれ」そうつぶやく。弾を込めて顔を上げるとそこにはもういない。おそらく乱氷の 陰に隠れたのだろうが、こうなると余計に厄介だ。いなくなったんだからいいじゃん、と思うかもしれないが、クマは100%確実に氷の陰から こっちを見ている。もし私がその場を立ち去っても人間の目の届かない距離でつけて来る可能性が高い。ホッキョクグマの鼻は犬並みで、半径800m 以内のにおいは嗅ぎ分けるという。出会ったホッキョクグマは確実に追い払っておきたいのだが、姿が見えなくなってしまうとそれもできなくなってしまう。 とりあえず一発クマのいた方向に威嚇射撃をして早々にその場を立ち去る。テントを張ってキャンプをするが、夜中にいきなり襲撃される恐れもあるので 寝ながら聞き耳を立ててないといけない。
4月13日、夜中にクマは来なかった。よかったよかった。この日もクマの足跡を多く見る。結局最後まで姿を見たのはこの前日の一回だけだった。

4月14日、この日も朝からいい天気。この日初めてスノーシャワーをしてみた。スノーシャワーとは何かというと、北極の入浴法の一つだ。 裸でテントの外に出て、雪を体中にこすりつける、そしてすばやくテントに戻って溶けた雪で体をゴシゴシ拭くわけだ。究極の寒風摩擦でもあるかもしれない。 体はポカポカしてくるし、気持ちいいのだ。これは二年前の北磁極のときに大場さんに教えてもらった。
4月15日、歩いているとずーっとむこうの水平線に光るものが二つ見える。なんだ?と初めは不思議に思ったがすぐに「スノーモービルだ!」と気づく。 二台のスノーモービルがまっすぐこっちに向かってくる。ストックを大きく振って合図をすると向こうも気づいてこっちに近づく。数日前にレゾリュートに住む 知り合いのイヌイットが、白人のスポーツハンティングのガイドに出ていたので彼等かと思ったが違うようだ。見るとイヌイットの3人家族。夫婦と中学生くらいの 男の子。出会うなりおばちゃんが一言、「AreYouCrazy?」そりゃそうも思うか。彼らはレゾリュートの住人で、カリブーハンティングに行った帰り とのこと。一週間ぶりに生身の人間と会えてものすごく嬉しい。15分くらい話し、お互いの進行方向の氷の状態などを教えあって別れた。しかしあんなに 広ーいところでよくバッタリ会えたものだ。

4月16日、乱氷がとても多い。クマの足跡も多い。夕方ものすごく疲れてヘロヘロになりながらキャンプ地を探す、だがいい場所がない。体はクタクタ、 いかにもクマがいそうなところだ、近くにクマの糞が落ちていたりする。がんばって歩くが進んでも状況は変わらない。ここはクマが絶対いる、そう思ったが さすがに疲れた。テントを張ってキャンプをする。この判断があとで後悔することに…。
その夜中1時頃。一度、目が覚めてお湯を一杯飲んだ。さて寝ようかなあと思い、再びウトウトしかけた時に突然テントが激しく揺れた!ガサガサガサッ! その一発で完全に目が覚めた。「来た!!!」そう思って「コラァァァー!!」と大声で叫ぶ。すると再び、ガサガサガサッ!もう一度「コラァァァー!」と 叫ぶ。物音がしなくなったので急いで寝袋から出て、手元に置いてあるライフルに弾を込め、クマ撃退スプレーの安全ピンをはずす。完全にクマだ! ダウンジャケットを着てライフルを構えながらそーっとテントのジッパーを開ける。テントの正面には何もいない、後ろかサイドかもしれないのでゆっくりと 外を覗くが何もいない。おや?おかしい。外に出て辺りを見回す。双眼鏡も使って遠くまで見回すが異常はない。テントの周りにクマの足跡もない。だが 雪のかなり少ないところでキャンプをしていたので体重の軽いメスなら足跡がつかないだろう。それにしても足音も全く聞こえなかった。風は弱く吹いている、 これではテントは揺れない。よーくテントの周囲を見回すと、テントの張り綱が一本はずれていて、ペグが1mほど離れて落ちている。
状況から推測すると、ホッキョクギツネがテントの張り綱をくわえて引っ張り、テントを揺らしたのではないか?多分そうであろう。しかしこのときは ものすごーーーーーく焦った。怖かった。

北極を歩いていて怖いのが薄い海氷を踏み抜くことと、ホッキョクグマに出会うこと。クマは主食のアザラシを探して氷の荒れた地帯、乱氷帯に多く 集まってくる。ホッキョクグマは地上で最大の肉食動物である。性格は好奇心旺盛で、凶暴性は高い。
クマとの出会い方で恐ろしいのが乱氷帯のなかで至近距離でバッタリ会ってしまうパターンと、テントの中で寝ているときにいきなり攻撃されるパターン。 クマが人間を見ると初めから喰ってやろうというつもりで近寄ってくるかというと、そうではない。彼らは好奇心旺盛で、人間なんて見たこともないので ただの興味本位で近寄ってくる事が多いようだ。その為、もし接近戦になっても、刺激せずに人間は怖いという印象を与えれば退散してくれるのだ。 シロクマ対策としてライフルを持参するがこれはあくまでも遠距離での威嚇用。もし数メートルの距離で接近戦になったときはクマ撃退スプレーを使う。 このスプレーは唐辛子のエキスが詰まったスプレーで、クマの目や鼻に向けて噴射する。

4月17日、島越えが始まる。緩やかなアップダウンをソリを引きながら登っていく。雪のやわらかいところが多くとても疲れる。
4月18日、デボン島の上でライチョウを見る。15mほどまで近づくと走って逃げていく。少し近づくと同じだけさがる。レゾリュートに戻った後に 「ライチョウ見たよ」と言うと、「食べるとおいしいんだよ」と言われた。日本じゃ特別天然記念物、食べたらお縄だ。所々でジャコウウシの 糞や足跡を見たが姿は見ることができなかった。
4月19日、デボン島を越えて補給予定地点に到着する。明日補給の予定になっているが、夜になって風が強くなってきた。空には雲が多くなっている。 不安なまま明日を待つ。
4月20日、朝目覚めるとテントを揺らす風の音。外はブリザードになってしまった。レゾリュートのテリーさんと連絡して天気予報を聞く。今回の 補給はスノーモービルでお願いした。出発前に知り合いのイヌイットに頼んでおいた。レゾリュートからここまでは天気がよければスノーモービルで 6時間程度で来てしまうという。レゾリュートもブリザードなので補給へ出発できない。

北極での食料燃料の補給といえば普通飛行機を使うが、今回はスノーモービルで補給を受けた。一番の理由は金額的に抑えられるからである。今回の補給に 必要だった費用が800ドル。もし同じ地点まで飛行機をチャーターすると3000ドルほどかかってしまう。出発前にレゾリュートの知り合いに 補給に来てくれるようにお願いしておいた。
極地の難しさ、そして楽しさのひとつに全てを自分でコーディネートしないといけない点がある。宿の手配、補給の手配、スケジュール、どこまで歩くか 全て自分で決めて自分のペースでできる。最近では極地の冒険までコーディネートしてくれる会社があるらしいが、多分高いだろうし、そこを人に任せては 冒険の魅力が半減してしまうと思う。
僕は山はやらないから詳しくは知らないが、山だと日本出発から山のてっぺんまで自分がなーんにもしなくても、周りが全部やってくれて自動的に 頂上に立てるようなツアーもあるらしい。うーむ、何が楽しいのだろうか。

4月21日、朝6時、スノーモービルのエンジン音で目が覚めた。外は快晴、テントの脇に二台のスノーモービルが止まっている。昨日の午後に レゾリュートを出発して今着いたのだ。イヌイットのノーマンとクライドの二人。補給の品を受け取って、彼らのテントで話しをする。二人はしばらく 休んでから帰ると言う。久しぶりに人とじっくり話ができるのが嬉しくてなかなか歩き出せない。できればずっとここにいたいがそうもいかない。 覚悟を決めて午後2時、後半戦のスタートを切った。

  
補給からグリスフィヨルドへ〜後半戦
4月22日、前日に補給を受けて後半戦が始まった。ソリがまた重くなっているがそれほどキツさを感じないのは体が出来てきたからだろう。 午後から風が吹き始めてだんだん強くなってくる。だが北風なので天気が崩れる心配はないので安心できる。
4月23日、朝は無風だったが歩き始めて1時間ほど経ったころから強い北風が吹き始めてきた。次第に風の勢いが増し、猛烈な強風になった。 空は青空が広がっているが、とにかく風が強い。斜め後方から吹いてくるので歩けるが、もし正面からだったら絶対に歩けない。手に持ったストックが 風に流されてまっすぐ突けない。小便をしても氷まで落ちずに全て風に流されていく。雪煙が舞い上がるので体中雪だらけ。
10分くらいで昼食を済まし、はずしたオーバーミトン(手袋)をはめようかと思った瞬間、ミトンを落としてしまった!「あっ!!」と言う間に 見る見るうちに風下に飛ばされていく。幸いソリと体をつなぐハーネスをはずしていたので走って追いかける、20メートルほど先で雪のくぼみに 止まっている手袋をダイビングキャッチ!危ないところだった。

4月24日、朝から大きな乱氷帯に突入してしまう。大きな氷のブロックが延々と敷き詰められている。ものすごく疲れる。クマのいる可能性も高いので 周囲をよく見回しながら歩く。乱氷帯の何がきついかというと、体力的なものもあるが精神的に疲れるのだ。はるか水平線の彼方まで延々と続いているのを見ると 元気がなくなってくる。乱氷の出来かたは毎年全然違うので、北極にはここを通れば良いなんて決まったルートは無い。
4月25日、乱氷はだいぶおさまって海氷もフラットになってきた。今日の交信で、レゾリュートの宿で一緒だったカナダ人3人組が北磁極まで行けずに 途中でピックアップされた事を知らされた。残念。
4月26日、朝からいい天気、空は快晴なのだが東から弱い風が吹いてくる。うーむ、気になる、天気が崩れるのではないか。一日いい天気だったが、 夕方から突然東風が強くなってきた。

4月27日、朝起きてみるとテントが激しく揺れている。とんでもない強風が吹いている。外を見ると完全無比のブリザードだ。全く動けずに一日停滞。
4月28日、相変わらずブリザード。飽きもせずよく風が吹く。この日も一日停滞。

4月29日、朝目覚めるとまだ風が吹いている。一体いつまで続くのか、何もすることが無いのですぐに寝る。昼前に起きると外が静かになっている、 風がだいぶ収まってきたようだ。太陽もうっすらと見えてきた、これは午後から晴れる!そう確信し、出発支度を始める。外に出ると水平線が くっきりと見えてきて、明るくなってきた。テントをたたみ始めるが、2日間のブリザードでテントの周囲は雪で完全に埋まってしまっている。 まずは雪をかき取る。ソリも埋まってしまって雪の下だ。いつもなら30分ほどで終わる出発支度も1時間ほどかかってやっと完了した。 そのころになると雲もどんどん晴れてきて、空が見えるようになってきた。ブリザードは完全に過ぎ去ったようである。グリスフィヨルドまで残り 100km。

4月30日、とても暖かい日、いや暑い!朝出発前に気温を測ると−5℃!南から暖かい空気が入り込んできているようだ。天気もイマイチ。 3日ほど前から完全な白夜になっているのでもう陽は沈まない。午後から雲が厚くなりだし、辺りはホワイトアウトになってしまった。太陽もどこに あるのか分からない、足元の陰影が消えてしまうのでデコボコの雪面でも真っ平らに見えてしまう。これがものすごく歩きづらくて何度も転ぶ。 コンスタントに歩き続け、今回の最長30.5km進むことが出来た。夜から一気に天候が回復し、青空が広がってきた。

北極で見る動物の話し。北極にいる動物といえば?シロクマくらいと思いきや、動物はたくさんいる。まず食物連鎖の頂点にいるのはシロクマだ。 そのシロクマが主食にしているのがアザラシ。アザラシにもいろいろ種類がある。シロクマの食べ残しを漁るのがホッキョクギツネ。キツネはレミング という小さなネズミを捕ったりする。ノウサギもいるし、ジャコウウシ、カリブー、オオカミもいる。鳥ではライチョウ、レイバンなどがよくいる。 何も食べるものが無いような世界だが、みんなしっかりと棲み分けをして食物連鎖を築いているのだ。

5月1日、今日は朝からいい天気。いよいよゴールのグリスフィヨルドが近くなってきた。近くの氷河から流れてきたらしい氷山が所々に見られる。 色が青と白の中間の淡い色をしている。以前氷河の氷を溶かして飲んだがこれがものすごくおいしかった。氷を溶かすと閉じ込められていた大昔の空気が パチパチと音をたてて現代の大気に溶けていく。「水なんか成分は何だって同じだからかわんねーよ」なんて思ったら大間違い。これが本当にうまいのだ。 氷山を見ながらグリスフィヨルド目指して進む。明日ゴールできるだろう。

5月2日、グリスフィヨルドまで残り20km。天気は快晴、風も微風でとてもいいゴール日和だ。まだグリスフィヨルドは見えない。村が近いので あちこちにスノーモービルのトレールがある。きのうも一台テントの脇200mくらいのところをスノーモービルが一台走っていった。村は見えないが、 たくさんあるトレールが全て同じ方向に向かっているので安心できる。ここまでくると食料も燃料もほぼ空なのでソリも軽い。いよいよゴールできる、 嬉しくなって自然と足も速くなってくる。昼になると残り10km、村が肉眼で見えてきた。歌いだしたい気分だ、普段も誰も周りにいないのをいいことに 大声を張り上げて歌いながら歩いているが、今日はさらに輪をかけて大声で歌う。聴衆は誰もいないが時々レイバン(カラス)が「カァーカァー」と 答えてくれる。もうそこに村は見えているがなかなか近づいていかない。こういう広ーい所では距離感がつかみにくいのだ。
午後3時30分、グリスフィヨルドに到着する。小さな村だ、村の中を歩いているとみんなに声をかけられる。「どこから来たんだ?」「何日かかった?」 なんて質問が多い。人と話しをすると嬉しさが込み上げてくる、人と会話をするのが楽しい!やっとゴールできた、今年のエクスペディションがこれで 終わってしまうのかと思うとちょっと残念な気もした。