山科思い出アルバム

2003.7.19

山科(やましな)は京都の東にあります。

小6の時に、1年間だけ住んでいました。

妹によると、卒業式で母は泣いていたようですが、卒業する本人はあまり実感がわきませんでした。

卒業アルバムも、同じクラスの子しかわからない状態です。

でも、16年ぶりに行ったら、懐かしいという感情がわきました。

当時住んでいたアパートから学校へ行く途中にあるお寺。

放課後、しょっちゅうこの欄干でかくれんぼやおしゃべりをしていた。

京都には本当にお寺が多い。

上のお寺から少し行ったところ。

この道の先の右手に学校が見えてくる。

通学路を意外と覚えていて、自分でも驚いた。

やはりこのご時世、門はしまっていた。

ここで写真をとっていたら、「何を撮っているの?」と通りすがりのおじいさんに聞かれた。

「ここの卒業生なんです。」妹と答える。

「おお、そうか。家内もここの卒業生やわ。

何回生?」

「いやぁ、覚えてないです。えーっと、昭和63年に卒業しました。」

横の門は開いていた。

この体育館で、学芸会をした。

私の役は、主人公のお母さん。

奥に運動場。

必死で走ったトラックは、小さく感じた。

ご協力ありがとうございます。(撮影;妹その1)

中央は管理人。

給食当番は、ここを通っていく。

右が給食室。

小学校を3つ行ったが、牛乳の入れ物がそれぞれ異なっていた。ビン、三角錐パック、直方体パック。

この角度の絵を描いた。

正門前の様子。行きは左から来ました。

よく利用していた。

JR山科駅。10年以上も経っているので、変わっているのは当たり前だがタイムスリップした気分。

隣接している京阪に、今回初めて乗った。

電車に乗っていると、京阪御陵(みささぎ)から地下鉄の路線になり、二条城前で降りる。

廊下を歩くと「うぐいす張り」の床が、キュッキュッと鳴る。あやしいものではござらぬ。

大広間の畳が一部日に焼けていないので、

何があったのだろうと話していた。

声が大きかったのか、職員の方が近くにきて

「前は、当時の場面を再現するための人形が置いてあったんです。今、修復のため移動させています。やはりお年寄りなんかは、人形がないと雰囲気が出ないとおっしゃるので」

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