ニュージーランド〜路上にて〜
1996年の秋からおよそ7ヶ月かけてニュージーランドを旅した。これといった目的はなかった。ただ、旅がしたかったのである。たった一人で知らない国へ行って、知らない人と話したり、働いたり、そんな事がしたかったのです。
| 漂流開始 |
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ニュージーランド(以下NZ)は南半球、オーストラリアの南東に位置している。日本のだいたい真南に位置するため、日本とは季節がまったく逆だ。僕がニュージランドに着いたのは10月だったので、ちょうどこれから春に向かって暖かくなりだした頃だった。僕が10月に出発を選んだのも、冬が嫌いだから日本が寒くなる前に旅に出ようと思ったからだ。だから、1996年、僕は春夏秋春夏秋と過ごした事になる。海外へ行くのは、これが2回目だったが、一人で行くのは初めてだった。期待と不安で出発の前はドキドキしていたが、これからどんな事が起こるのかなぁ、という期待のほうが大きかった。成田まで送ってくれた高校時代からの友人ミヤ、ジュン、ナンバに見送られて、僕は出発のゲートをくぐった。 |
| 始めの一歩 |
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NZに着いてまず最初に思った事、『ひろい』である。何もかも広いのだ。空も、道も、家も、海も、何もかもが広く見えた。そして、それにつられるように僕も心が広くなってだれかれ構わず目があった人に『ハァーイ!』と挨拶するのである。もう細かい事は気にしないもんねと言う気持ちになる。そう、こまかい事は気にしちゃいけないのだ。オークランドの街中ではだしで歩いている人を見ても気にしないし、真似してはだしで歩いたらものすげー痛かったけど気にしない、初めて買ったサンドイッチがまずくても気にしない、宿の受付のオネーさんが何を言ってたのかわからなくても気にしないし、初めて泊まる部屋が6人部屋で14ドルで、マイクベルナルドみたいなゴッツイ人が二人同室にいて話し掛けてきたけど全然わかんねぇ。わかんないけど、身振り手振りで会話してたらスニッカーズをもらった。スニッカーズは日本で食べるのと同じ味だった。あたりまえか。 |
| 芋と魚 |
NZの食べ物と言えば「フィッシュアンドチップス」である。日本語に訳すと「魚フライとフライドポテト」となる。あらゆる街に必ず一軒はあるテイクアウェイ(お持ち帰り)のお店で必ず売っている定番の食べ物だ。だからと言って特に美味いという訳でもなく普通の魚フライとフライドポテトなのだけど、僕のようなフライドポテト大好き人間にとっては有り難い事だ。どこの町でも、フライドポテトが食えるのだから。しかも、たいていの場合その量が超大盛りなのだ。新聞紙でどんぶり一杯分くらいのポテトをぐるりと包んでくれる。そのズシリと手にのしかかる存在感だけでとても幸せな気分になれるのである。おいしいよね、フライドポテト。
あと、個人的にお勧めの食べ物がある。中国系のテイクアウェイのお店で売っているチャーハンだ。チャーハン。焼き飯である。これもまた日本でどこでも食べられるのだけど本場の中国人が鍋を振っているだけあってこれはホント美味い。天井を焦がす勢いの炎で「カシッカシッ」っと景気よく炒められたそのチャーハンは、ご飯がべとつかずパラリとしていて米一粒一粒が存在感があってそれでいてまとまっている上に米一粒一粒に味が程良くなじんでいる。その上、量が多いのに値段が5〜6jと安くてお買い得なのだ。タウポにいたときは毎日食べていた。おいしいよね、チャーハン。
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| ヒッチハイクのススメ |
12月から2月にかけてNZ一周旅行をした。北島のケリケリをスタートして南島のインバカーゴまで行きまたケリケリまで帰った。移動手段はヒッチハイクである。ケリケリで知り合った韓国人キムに出会ったことがヒッチハイクをするきっかけになった。彼はネイティブ相手でも堂々と英語をしゃべった。流暢な英語ではないけどヒッチハイクしていると会話をする時間が多くなるので英語の勉強になると教えてくれた。 初めて道路脇に立って親指を突き出したとき、正直言って緊張した。今までこんな事をした経験はもちろん無い。しかも英語しゃべれないもん。でもこれが不思議なもので、一周の旅が終わる頃にはある程度しゃべれるようになっていたんだから。全部で50台くらい乗ったと思う。 |
| プリーズストップ! |
ヒッチハイクの待ち時間最長記録は2日間であった。テ・アナウからインバカーゴに向ってる時の事である。車がとおらないし、待ちくたびれて道端にゴロリ。やっと、おじさんが止まってくれたと思ったらさらにへんぴな所で降ろしてくれた。しばし、途方に暮れる。 |
| 有名人? |
クラライストチャーチで見知らぬ日本人女性2人組に声をかけられた。「あらー、こんにちわ。」って言われたけど全然誰だかわからない。「すいませんけど、誰です?」と聞いたら「あなたヒッチハイクしてたでしょう。」と言われた。「何で知ってるの?」と聞くと、ピクトン、ブレナム、カイコウラで僕が道端に立っているのを目撃したらしい。日本人だったし、何回も見たので覚えていたそうだ。そういえば、日本人が乗ったワゴン車が通り過ぎたような気もする。「何で乗せてくれなかったんすか?」と聞いたら「ちょっと怖かったし…」と笑っていた。なんか不思議な気分。 |
| burn!burn!burn! |
![]() テアナウからミルフォードサウンズ観光ツアーに参加した。とてもきれいな場所だったが印象が薄い。なぜか?それはツアーの帰り道である事件が起こったからであった。
観光バスが突然、道端に止まった。ん?前方に一台の乗用車が停車していた。ボンネットの辺りから煙が出ていて、車の持ち主と思われるドイツ人二人が困った様子で車を眺めていた。と、その瞬間、ボンネットから火が噴き出した。その炎はまたたく間に車を包み込んだ。あわてたドイツ人2人組は車内から荷物を引きずり出した。観光バスの運ちゃんは携帯で消防署に連絡。タイヤはボスッボスッと言う音をたてて破裂し、ウィンドウガラスはぐしゃりと崩れ落ちた。そしてさらに炎は道端の草木に燃え移り巨大な火柱となった。そこに消防車がかけつけ、30分後には火は消し止められた。バスの中では、観光客全員がこの一大イベントの写真を取りまくっていた。
テアナウのキャンプ場に戻り、見覚えのある顔に合った。車を燃やしたドイツ人二人組みだった。「大丈夫だったか?」と聞くと、「いい写真が取れたかい?」と逆に聞かれてしまった。そして、お互い「いい思い出になったね!」と言って笑いあった。 |