旅日記 1999年〜秋〜 バリ島・バンコク
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1999年〜秋〜
地理学
フィールドワークツアー
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| バリ島 & バンコク |
目も覚めるような青い水田、耳に優しいガムランの音。
小さな遺跡を訪ね、デンパサール・クタの市場の喧騒に酔いしれる日々。
バリはなぜ旅人の心をかれめとめるのか。
暮らし、食べ物、祭り、舞踊、言葉、宗教・・・。
僕らはバリ島の魅力を探る旅に出た。
第1章 神々の島バリ
◆ タイ国際航空
なんせ貧乏旅行だから、航空券すら一番安いチケットで行くことにした。マニラ・バンコク経由で、往路はバンコクで1晩過ごさなければならず、空港で野宿した。また空港の冷房が寒く、こんな所で冷房に悩まされるとは思わなかった。ところで肝心の機内食は、片道3回も出て、もちろん僕たちは全便2皿食べた。タイ国際航空のフライトアテンダントはきれいだしいい人が多く、快適なフライトだった。
◆ バリ島のヒンドゥー文化
インドネシアの9割がイスラム教徒だが、東チモールのカトリックと、このバリのヒンドゥー教だけが独自の文化圏を成立している。特に儀礼を重要視し、毎月のように人々は正装して儀礼に出かけ、バリ文化の継承につとめている。まだバリにもカーストが残るが、祭司・王族・貴族層のと平民層に分かれるくらいで、インドほど厳しいものではない。
◆ 観光地化したバリ島
世界に名だたる一流リゾートホテルが建ち並ぶヌサ・ドゥア、中級・格安ホテルが並ぶクタ・レギャン・サヌール。これらの街はほとんど外国人村となっていり。僕らが滞在したのはクタで、海から上がってきたショートパンツやタンクトップの姿の男女が肌を真っ赤にして歩いていた。道の両側にはぎっしりお店が建ち並び、デザイナーブティックもあれば、明らかに偽物と分かるものを堂々と店頭に並べているお店まである。ここにやってくるのは、本国よりも物価の安いオーストラリア人がもっとも多く、次に日本人、台湾人の順であり、英語はだいたい通じる。
◆ 夕日の美しさ
クタビーチから眺める夕日は何度見ても美しい。赤い夕日が雲を染め、ゆっくりと緞帳が降りるように色を落とし、藍色の天空と交わる。暗黒の世界となると星が瞬きはじめ、星空が僕たちをまた魅了する。
◆ バリの自然・農業
インドネシアの主食も米である。農業人口もつい最近まで多かったが、今では観光産業が旺盛なので、農業が衰退の途をたどっているのは否めない。だがそれはごく一部の都市部だけに言えることで、大半の平地は永遠と田園風景が広がる。内陸にはいると、地形に合わせて棚田が美しく並び、その背後には椰子の木や熱帯植物が自然のままのこっており、そのコントラストがまた美しい。
4日目にバリ中部のアユン川でラフティングに参加したが、その迫力といったら保津川どころではなく、熱帯植物が生い茂る森の中をボートで下るのは最高である。もちろん、おきまりのように一度川に放り投げられたが、熱帯の自然を肌で感じることが出来、本当に最高だった。
◆ バリの芸能・美術・音楽
バロンダンス・ケチャダンスなど様々な芸能が継承されている。ダンスでは「チャチャ」のリズムで男たちが合唱し、火の中に入り火の粉をまき散らして踊るダンス「ケチャダンス」。バリの神様バロンを主人公に英雄伝をダンスで表現するのが「バロンダンス」があり、どれも東洋的な魅力と躍動感のあるダンスで、その迫力の魅了された。そして、美術はウブドという「芸術の村」を中心にバリ独特の絵画様式を確立し、芸の細かさとその技術に驚いた。
◆ バリの食べ物
ナシゴレン(炒飯)、ミニゴレン(焼きそば)、サテイ(串焼き)、が主なメニューでそんなに辛くもなくおいしい。あと、豚・イヌの丸焼きがあるらしいが残念ながら食べられなかった。
◆ バリのショッピング
観光客目当てのお店はひつこく、かなり高い値段をふっかけてくる。もちろん値切るのだが、それが一苦労で、駆け引きがものを言う。(ちなみに値切りは石原がうまい)特に、驚いたのが、景勝地のキンタマーニ(本当の名前です)では「センエン!センエン!」と、目の色を変えてひつこく付きまとわれ、景色どころではなかった。
バリ最大の都市テンパサールのバザールに行ったときのことである。この市場の喧騒はただものじゃない。香辛料や果物の臭いが充満し、様々なものがなど所狭しに並んでいる。、
第2章 バンコクの栄華
◆ 大都市バンコク
僕たちの泊まったYMCAの周りはビジネス街で、超高層ビルが林立し、まるで東京みたいな感じであった。特にYMCAの隣にあるウエスティンホテルは60階建てのバンコクの中で2番目に高いビルで、せっかくだから両替に行ったついでに勝手に入り込み、最上階の展望台で景色をみせてもらった。、上から見ると高層ビル群はきれいだが、その間には生活感のあふれるエリアも見られ、タイの経済レベルには高低差がかなりあることが伺いしれた。
◆ 王宮、仏教寺院
タイの王宮は目にまぶしい。ちょっと派手すぎて、静寂なお寺に馴れた日本人はちょっと疲れる。まあ、タイ王朝のの栄華を誇っていることは分かるが、ちょっと僕にはなじめない。それと、ワット・ポーここの坊主がなかなかのぼったくり坊主で、簡単なペンダントと腕紐で約1000円も取りよった。最悪。このくそ坊主。京都より高いやんけ。
◆ タイ舞踊
タイ舞踊は、数人の女性が優雅に舞って踊るだけで、バリのような迫力はない。おもに宮廷向けの高貴な芸能文化が発展したと思われる。
◆ タイのショッピング
バンコクの中心街、サーヤム通りには、伊勢丹・そごう・東急などの日系百貨店が建ち並び、街の至る所にセブンイレブン・ファミリーマート、ampmがあり、日本とほとんど変わらない。物価はインドネシアより少し高めで、ちょっと割高感を感じるが、でも日本よりははるかに安い。なかでも、チャイナタウンは小さなお店が建ち並んだ通りがあり、あの汚さと喧騒は僕たちの心を奮い立たせるものがあった。
◆ タイ料理
なんと言ってもトムヤンクンである。スッパイシーという言葉がぴったり。つまり、かなり辛くて酸っぱいということである。正直言って僕の口には合わなかった。なんせなんでも辛いし酸っぱい。あまりにも辛さに、外国人軍団は汗ダラダラで、ギブアップしていたくらいだからかなりきつい。
最終日に地元密着型のうす汚い店で食べてみた。言葉が通じずジェスチャーで何とか適当に出してもらい食べたが、ここが結構おいしい。別にあたらなかったし。
◆タイの交通事情
なんせ交通法規を守らない。信号無視・スピード違反は当たり前で、道を渡るのもかなりの根性がいる。タクシーに乗ってもスリルがあり、一般道なのに100キロは余裕で超し、すきさえあれば車線変更をして追い抜こうとするのである。バスに乗るのもそうだ、いつ来るか分からず、ボーとしていて通過されたこともある。たとえバスがちゃんと来ても、バス停の手前で停まるし、完全に停車することはなく、徐行したまま乗るのである。特の緊張するのが降車時で僕たち6人も降りきれなくて、数人が次のバス停まで行ってしまったこともある。そんな荒いバスだが、中にいる車掌さんが結構親切で、手慣れた手さばきでチケットを売り、ちゃんと降りるところも教えてくれた。バンコク人は一見クールだが、比較的親切である。
ある日、バンコクの交通渋滞があまりにもひどく、空気も悪いので、エクスプレスボートというチャオプラヤ川を使った水上交通を利用した。料金も安く、空気もきれいし、景色もきれい。これはおすすめ。
◆ なるひろの誕生日
10月8日はなるひろの誕生日で、他のメンバーは朝からパーティーの準備に余念がなく、伊勢丹の中で石原に気づかれないようこそこそ動いていた。(本人は気づいていなかったらしいが)まず1次会として夕食にタイ料理を食べに行き、ビールを交えて盛り上がった。そしてホテルに戻り、ケーキやタイのフルーツを囲み深夜まで盛り上がった。
◆ 危険な果物
その2次会のクライマックスに、あのドリアンが登場した。部屋で封をあけると寝られなくなるので、窓の外で一人ずつ交代で食べた。感想は・・・・・。臭いは馴れたが、味はどうもいけません。で、このドリアンでえらいことになるとは知る由もなかった。
次の朝、僕らの目覚めは悪い。なんせお腹の調子が悪い。別に下痢というわけでもないが、1時間に2回のペースでトイレに行くのである。あまりに気分が悪いので、僕ら日本人軍団は今日の予定を変更し、午前中は部屋にこもることにしたのだが、そのときガイドブックを読むと、重要な警告が載っていることに気が付いた。「ドリアンとお酒を一緒に食べると、ドリアンが膨張し胃が膨らみ、死ぬことさえある」とのことで、さー大変。危うく死ぬところだった。教訓:ガイドブックはちゃんと読みましょう。