青い海、青い空。乾ききった空気に響く三線の音…。
島人(しまんちゅ)の心はまだ残っていた。
沖縄はこの夏2000年サミットが開催され、歴史の1ページを刻む立役者となる。
この春、琉球の風をあびて、初夏の沖縄を駆けめぐった。
| 3月9日。大阪市内の通勤ラッシュを避けるため、朝早くに関西空港に到着した。初めからスカイメイトで行くつもりだったので、予約なしで関空に行ったのだが、いざ着いてみてびっくり。沖縄(那覇)行は最終便以外満席で、まさかこんな事態になるとは思わなかった…。あーついていない。 空港を走り回って、空席待ちを取りまくったのだが、ANAとJALの始発も引っかからなかった。次は、14時の飛行機まで待つかと、ふと掲示板を見ると、11時発の石垣島・宮古島行きに空席があることを発見し、思い切って行き先変更をした。 |
![]() 空港にて |
| 到着早々大雨…。やっぱりついていない。それに追い討ちをかけるように、自転車を組み直してみると、一番大事なギアが壊れていたことが分かった。これはかなりヤバイ。確か、関空で手荷物を預けるときに“免責承諾書”を書かされたのだけど、まさか本当に壊れるとは思わなかった。何とか直せないかと1時間くらい悪戦苦闘したけれど、スプリングが切れていてどうにもならないことが分かり、自転車屋を捜しに空港から4キロも先にある市街まで引いていった。 | ![]() 宮古島・東平安名崎灯台へ続く道 |
| 不幸中の幸い、宮古島はトライアスロンの島として有名であり、普通の自転車屋では直せないような複雑なギアなのに、メカニックの人がいたおかげでばっちり直してくれた。丸半日かかったけれど、ほんま、ほっとしたわ。自転車がないとこの旅の意味がなくなるからなー。よかった、よかった。 | ![]() 宮古島・東平安名崎 灯台 |
| 次の日も朝から雨であったが、午後から晴れると聞いたので、宮古島を左回りで一周をすることにした。宮古島の周りには珊瑚礁が広がっているのだが、中でも隣にある、来間(らいま)島・池間(いけま)島に渡る橋は本当にすばらしかった。橋の左右には珊瑚礁が広がり、透き通るように青い海の中を快走するのである。世界一海がきれいな“沖縄”はまさにこれか!って感じだったね。 | ![]() 宮古島・池間島 池間大橋 |
| ただ、この日は東よりの風がきつくて、本当に大変だった。追い風の時は35キロくらい出て爽快だけど、向かい風となると、たった15キロしか出ない。ほぼ半周がこの状態だったので、夕方くらいにはもうフラフラで、メーターを見ると120キロ(神戸〜米原)も走っていた。島だからといっても1周はこんなに長いんだよ。 | ![]() 宮古島・比嘉地区 高台から |
| 宮古島から石垣島に行くフェリーの船中、中央大学4年生の人と出会い、意気投合して数日間共に行動することになった。このように、一人旅に出ていると、たくさんの旅友達ができる。彼等と石垣港で野宿していた時、たまたまターミナルで地元の琉球太鼓・民謡の練習に遭遇した。初めはただ眺めていただけなのだが、次第にその魅力に惹かれ、結局、地元の人や同じ様な旅仲間たちを夜中ずっと踊り続けていた。こういうのが一人旅の醍醐味なんやね〜。 | ![]() 竹富島・球建築の町並 |
| 石垣島は八重山諸島の中心の島で、各離島への高速船がひっきりなしに発着する。観光客も比較的多く、ユースホステルもあるのだが、なんせお金のない僕はどこで泊まろうか安い寝場所を探し回っていた。すると、桟橋近くに「RISE」というドミトリーを発見した。まるで倉庫みたいで粗末なところだけれど、雨風はしのげると思い500円という大金をはたき泊まることにした。最初は1日だけと思っていたが、2等船室みたいな雰囲気でわいわい盛り上がってしまい、結局4日間も泊まった。 | ![]() |
| 石垣に着いて4日目、初めてスカッと晴れ渡った。これまで大雨か、良くて曇りだったので、RISEで友達になった香川大学農学部の人と一緒に、3月12日に海開きをした島内の底地ビーチに泳ぎに行くことにした。張り切ってビーチには行ったものの、まだ初夏であるためか、泳いでいる人はほとんどなし。「どーしようか?」と2人で考えたあげく、「入っちゃえ」とただノリだけで飛び込んでしまった。やっぱり世界一といわれる沖縄の海やね。青い空、青い海、白い砂浜。寒かったけれど、ほんま「最高」の一言。 | ![]() |
| 島のほとんどがジャングルの未開拓な島であり、島の東半分しか道路が通っていいない。南東の大原港から、北西の粗納・白浜集落まで約70q、その間には4つくらいしか集落はなく、たった一人で走るのはかなりつらいものがあった。 夜はキャンプ場で寝ていたのだが、夜中にテントの横で「ニャーン」という声がするのである。「これってまさか?」と思ったのだが、よーく考えてみると100匹くらいしかいない天然記念物がキャンプ場に現れるはずがない。実は「イリオモテノラネコ」とか「イリオモテイエネコ」と呼ばれるごくフツーの猫で、キャンプ場周辺で出るゴミを目当てに集まってくる野良猫らしい。「なーんだ。しょーもなー。期待して損した。」 |
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| そして次の日、せっかく西表に来たので、1500円という大金をはたき、浦内川秘境ツアーに参加することにした。河口からマングローブ林の中を船でさかのぼり、途中からは亜熱帯ジャングルの中を1時間ほど歩き続け滝口までさかのぼっていった。これは最高。まさに、日本最後の秘境って感じだったね。 | ![]() |
| 台湾から120q、東京から1900q離れた日本最西端の島である。かなりの孤島で、飛行機は日1便、生活物資輸送の船は週2便しか来ない。僕はお金がないので船で行ったのだが、この船がまるで遊園地の海賊船に乗っているかのようにゆれまくり、乗客の4割ほどが船酔いのためにトイレの付近で倒れているくらいだった。もう2度と乗りたくない。 | ![]() 日本最西端の砂浜 |
| この島の西の端、つまり日本最西端に西崎(いりざき)灯台がある。天気が良ければ海の向こうに台湾が眺められる所である。この日は灯台近くの公園でキャンプをしていたんだけれど、情報源のために持っていったラジオが全然聞けない。すべてのチャンネルが中国語なのである。NHKが入らないとは、そんなに孤島なんだなぁ…。 あと、この島の名産品で「花酒」と呼ばれる泡盛は、アルコール度が60度もある。こんなお酒の醸造を許されているのは日本でこの島だけだそうで、火が付くくらいすごいお酒であった。もちろん僕たち素人にはストレートで飲めるものではない。 |
![]() ここが日本最西端 |
| 日本最南端は東京都の沖の鳥島であるが、人が住んでる島ではこの島が日本最南端なのである。(台湾の台北市より100qほど南でもある) この島のすぐ南には北回帰線があり、冬から春にかけては天気が良ければ南十字星を見ることが出来る。僕が見えたのはホンの数分だったけれど、去年北海道で見た星空とは全く違った、南国の星空を見ることが出来た。この島の周りは海なので、星は本当にきれい。 それと、沖縄の中でこの島の黒糖が一番おいしいと言われている。現地価格はたった180円だけど、那覇では500円、内地ではもっとする。かなり甘いけれど、これは絶対やみつきになるよ。 |
![]() ここが日本最南端 |
| 平和祈念公園・摩文仁の丘・姫百合の塔、と戦跡エリアを訪れたが、サミット前でほとんどが工事中であった。なによりがっかりしたのが、沖縄平和資料館で、サミットの為に立派な建物が建てられていたが、4月1日オープンだそうで、残念ながら外から眺めるだけであった。沖縄がうけた戦争に傷は、計り知れないほど大きく、そして僕たち内地の人間はその大きさを全く知らない。この公園を歩いていると、まさにそのことを思い知らされた。 | ![]() |
| 那覇市から20qほど離れた、中城村・宜野湾市・浦添市の市境にまたがる丘に琉球大学がある。どこもそうだが、神殿のような医学部、なぜだか隅っこに追いやられている法文学部、敷地の大半を占める工学部と、まさに国立大学らしい広々したキャンパスであった。 那覇市の二つ北の“宜野湾(ぎのわん)市”にはかの有名な「普天間(ふてんま)飛行場」がある。街のすぐそばに基地があり、しかも、国道の左側は基地、右側は普通の街という異様な光景が続くのである。柵の向こうはアメリカ、でもここは日本。まるで国境のような高い壁が沖縄には存在するのである。 「嘉手納飛行場」はもっとすごい。戦闘機が爆音をあげて飛び交っている。その騒音は、伊丹どころじゃない。沖縄の人は長い間我慢して耐え抜いてきたんだ。もっと内地の人間は基地問題について深く考える必要があるなぁと、つくづく思い知らされた。 |
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| 名護市では、今年7月に“九州・沖縄サミット”の首脳会談が行われる。今はそれに向けて、今はどこもかしこも工事ばかりで、おかげで国道は渋滞ばかりである。場所によれば砂利道が何キロも続き、頻繁に車が横を通り抜けるので、緊張しっぱなしの走行であった。 せっかくなので、サミット首脳会議の行われる“部瀬名崎”の高級リゾートホテルにも立ち寄ってみた。工事は着々と準備が進んでおり、欧米のリゾート地にもひけを取らないほど立派な感じになっていた。 でも、よく考えてみると、こんな田舎で世界のトップが集まり、21世紀の世界を動かす決断をするのかと思うと、なんだか不思議な感がする。 |
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できるだけ安くと思って入った食堂で出会ったおじさん・おばさん、500円という破格の値段で泊まれたドミトリーのスタッフの方々、そこで出会った旅仲間、本当にたくさんの人々に出会うことができ、最高に楽しい旅ができた。
実際の話、少々無茶をして苦しいときや、一人でキャンプをして寂しい思いもしたけれども、それ以上に多くのものを得ることができた。
最後に、沖縄の人は私たちが忘れている“人情”とか“家族”を大切にする心を持っている。沖縄の人はみな暖かい。旅人は、沖縄の青い空、青い海、まぶしい日射し、そして人々の笑顔に魅了され、沖縄の虜になってしまうのである。
この夏、沖縄の魅力で平穏な世界へ導いてもらいたいものである。