記念室前の尾崎士郎の碑

旧糟谷邸の水琴窟

三河湾の幸に恵まれた愛知県・吉良には、各所に歴史が刻まれている。
「華蔵寺」には、吉良家の菩提がある。木立に囲まれた、ひっそりとした高台に義央(よしたか)の墓がある。元禄15年(1707年)の赤穂浪士の討入りで死去した義央の墓には、線香が添えてあった。
小説『人生劇場』の作者・尾崎士郎は、この吉良町で生まれた。その墓は、「福泉寺」にある。訪ねた文学碑の傍には、ススキの穂が伸び始めていた。その隣に、尾崎士郎の墓があった。石碑を読むと、尾崎士郎は「愛知県立第二中学校」出身だ。現在の「岡崎高校」で、妻の大先輩に当たることになる。
清水次郎長が建立したという、任侠徒・吉良仁吉の墓があるのは、「源徳寺」だ。天保10年(1839年)に生まれた、本名・太田仁吉の「義理と人情」の人生碑が、彫られている。
次に回った「旧糟谷邸」。江戸時代にこの地の大地主で、地場産業の三河木綿の江戸造りの総問屋として、栄えた家だ。
現在の建物は、明治初期に改築されたというが、重厚な造りの長屋門は、当邸宅の最古の建物だという。
建屋や庭を見る限り、旧時の豪農豪商の暮らし振りを彷彿とさせる。この庭には、水琴窟がある。初めて耳にする、澄んだ神秘的な響き。縁に胡座をかきながら、しばし幻想曲に聴き入っていた。すると、わたしの心が、ファンタジーの世界を彷徨している気持ちになっていく。
「町立図書館」を訪ねる。その隣にあるのが、「尾崎士郎記念室」である。初版本や、自筆原稿、遺品などが展示してある。
今日は台風の影響で、雨が降ったり止んだりと、蒸し暑い日だった。しかし、花盛りの萩の白や赤紫色が、華やかに輝やいていた。