

いつものことだが、ヨーロッパまでの長いフライトの末(慣れてはくるが、長時間狭い所に固まった姿勢でいることは辛いものだ)、やっとトルコに着いて、やれやれ。明日のギリシャへのフライトまで、一晩イスタンブールで休むことになるのだが、ここでこの旅最初のびっくり!があった。
空港から市内への電車。そして路面電車(この路面電車もけっこう乗った気がする)から降り、夕暮れのイスタンブールの街を、ホテルを探して歩いていると、いきなり「二度目!トルコ二度目!」と妙な日本語が,,,。こんなところに知り合いは〜と半信半疑で振り向くと、なんと!三年ほど前のトルコ旅行で世話になった、オスマンというトルコ人達だった。
本当にびっくり!オスマンとは、イスタンブールとは遠く離れたコンヤという町で会ったのだ。その時、我々はバスターミナルの人に紹介された(ブラザーとか言っていたが、後から考えると日本人が考えるような親しい中ではなかったような..)、サンツアー(たぶん)という小さな旅行会社の人に紹介された、ルミというちょっとあやしげな日本人と待ち合わせをしていた時(その時は、まだ経験も浅かったし、トルコで暮らしているとうルミに興味を持ってしまったが、後から考えるとつくづく着いて行かなくてよかったと思う。見るからに彼女は怪しげであった。後で会った裕美さんにはそんなことは全然感じなかったのだが)に、裕美さんという日本人といっしょに通りかかったオスマンと会ったのだ(説明が長くなるが要するにたまたま会った人です)。
彼は、当時の『地球の歩き方』に信用できる店と載っている「イヨキペル」という名(たぶん)の絨毯屋で働いていて、「あなたたちは観光で来ていて、ビジネスではないのだから、そんな怪しいルミに会う必要はない。」と、店の人々ともども、我々を止めてくれたのだ。そして、夜行バスが出る深夜まで、お茶と夕食までごちそうになったのだ。近くの市場まで、彼らと一緒に歩いて買物に行き、買った野菜でサラダ(たぶんこちらの家庭料理)を作っていただき、ちょっと地元気分を味わうことができたのである。
しかし、このイスタンブールで、しかも三年前は話せなかったはずの流暢な日本語で話しかけられるとは思わなかった。

一旦ホテル入った後、外で会うことになった。ホテルは路上電車から少し入った辺りにあった
(↑こぎれいな街のアパートという感じだったが,,)。
お茶を飲み、しばし歓談した。話によると、最近はトルコもインフレで地価も高騰して大変とのこと。今は、こちらで絨毯屋を手伝っているそうだ。明日、店を訪ねる約束をして別れる。..盛りだくさんの日であった。
<O・Tの一言>
奇跡のような偶然で?3年ぶりにイスタンブールで再会したオスマン。U編集長の顔は覚えていないが、私の方を覚えていたので呼び止めたとか〜、3年前は若ハゲを気にしている元ボクサーあがりの24歳の純情で不器用そうなそうな青年(我々は始め34位かと思っていたが~)で、都会のお洒落な女性より地方の女性の方がずっといい、と確か言っていたはずだが〜。
写真の様に、この3年の歳月の間に、彼は都会に出てきて商売を始め、日本にも商売で来たことがあるとかで、少しスレたというか、以前より積極的になり~変わってしまったような気もした。知り合いに商品を売りつけようとするのは、こちらでは普通のよう?だが、日本人的には余りいい感じではない・・。まあ、変わったのはこちらも同じだろうし、ただでカフェでお茶をご馳走になったりしたから、何も言えないが
彼の26歳の友人にも会ったが、こちらの青年は25前?位までは、日本の若者以上に若者らしいのだが25を過ぎると、もう準アダルト(大人)という感じで20代前半とは雰囲気が違う。日本の若者~が何となしに30歳位まで引き伸ばされてしまっているのとは違い、境界線がはっきりしている印象である。、これも今は変わってきているのかもしれないが~。
7月28日(火) 成田 → トルコ・イスタンブール (アタチュルク国際空港)