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いくら暑くとも、蒼い空を突き抜けるように、浮き立つ真っ白な入道雲を椰子の葉越しに見る楽しさには代えられません。今年はボルネオ島の洞窟見物と洒落てみました。
6月終りにクアラルンプールより南シナ海を渡ってボルネオ島ミリに飛びました。ミリでのガイドはなかなか賢そうな青年で、首切りで有名なイバン族の末裔であることが自慢でした。ミリからムル行きの飛行機は19人乗りのプロペラ機です。チエックインの時、飛行機のバランスをとるために一人ひとり体重を計るので女房が嫌な顔をしていました。平素の心掛けの問題です。目的地に近づくにつれて次第に搭乗する飛行機がだんだんと小さくなるのが面白かったです。眼下には緑のジャングルが続き、所々に現地人の小部落と僅かな耕地が見えます。所々に相当広範囲に伐採地があり、大地の生傷のようでとても痛々しい感じです。この環境破壊には日本の商社が噛んでいるようです。
ロイヤル・ムル・リゾートホテルは飛行場から車で5分、濁流のメリニュー河の鉄橋を渡ったところにあります。全て褐色木造の平屋建てで緑の屋根に統一されています。出来るだけ自然林を残すように工夫して建てたのだそうです。ロビー、フロント、食堂、プール等を持つセンターハウスを囲んでコテージ風の建物が並んでいます。全て高床式で、各々の建物は欄干のある橋で繋がっていました。ここで綺麗な色の羽根−実は前肢と胴との間の膜なのですが−を持つ褐色の色をした飛びとかげを見かけました。昆虫のはんみょう(道おしえ)の様な飛び方で、ファーッと飛んではすぐ前方に舞い降りるのです。食堂のウェイトレスは地元のメリニュー族で色白の美人揃いです。この族の気の利いた親は娘をなるべく陽に当てぬように心掛けて育てるそうです。嫁入り前の娘の商品価値を高める親心?でしょう。料理のサービスも客の右手からと、マニュアル通りで"Enjoy
your dinner"などと愛想もよろしい。
翌日は天気が悪く当ホテルの専属日本人ガイド、上村さんの忠告に従ってその日の洞窟探検には参加せず、一日ホテルに沈没と決めました。風通しのよい吹き抜けのロビーでのんびりと一日読書です。定年後の余裕を実感する楽しい一日でした。
次の日は上村さんの予言通りの快晴で午後ジャングルトレッキングに出発しました。パーティは我々夫婦と彼女のみで、彼女は昨日もガイドを務めたにもかかわらず、今日も休まず我々の為にガイドをしてくださった訳で、すっかり恐縮してしまいました。国立公園本部事務所で入園許可とカメラの持込み代1台につき10ドルを支払わされました。ジャングルはかなりの湿度で、地面は沼地に近い場所もあり、横木を並べた歩道を歩くのです。鳥、蛙、虫の声を聞き、木にまとわりついて締め上げ、ついにはその木を枯らしてしまう「絞め殺し」という恐ろしい名の蔦などを眺めながら鬱蒼と繁った熱帯多雨林の中を結構探検気分でトレッキングしました。小一時間歩くと発見者の名前を取ったラングケーブに着きます。あちこちに見える鋭い山容や屹立した大岩壁から分かるように、この地方は石灰岩で出来ており、そのために無数の洞窟が存在しているのですが、現在一般に開放されているのは4ヵ所のみです。ラングケーブは鍾乳石で有名で、自家発電によるライトに照らされた各種各様の鍾乳石が上からぶら下がり、石筍が下から生えています。奇怪なくらげ状のものもあり、見応え十分でした。1ヵ所妙な恰好の石筍が地上から伸びており、上村さんが「これから何を想像されますか」と問われたので、淑女の質問にしては少々おかしいとは思いながらも、「オ○ン○ンですか」と答えたら、「いいえ。ライトに照らされたこの石の後ろの壁に映るシルエットをご覧ください。聖母マリアのお姿をしているのです。」よく見るとなるほど、岩壁に映るシルエットは確かに厳かなマリアの像を示していました。チン答を神よ許し給え。
次いでデイアケーブに向かいます。この洞窟には沢山の蝙蝠が住み着いており、昔、その糞に含まれる塩分を求めて鹿が沢山集まってきたのでデイアケーブと名付けられたそうです。洞窟は全長1キロ、天井まで一番高いところは120メートルで、大型ボーイングの格納可能と言うことでした。入ると同時に蝙蝠の匂いか糞の匂いか、かなりの刺激臭が鼻をつきます。床は全て蝙蝠の糞で覆われており、天井を見上げると懐中電灯の届く範囲全てに蝙蝠が眠っているのが見えました。過去何年かかったのか知りませんが、蝙蝠が穿ったのだという直径10a程度の小さな円筒状の円い凹みの中に1匹ずつぶら下がっているのです。匂いに閉口し、早々に退去し、夕刻に蝙蝠が餌探しに洞窟から飛び出すのを待つことにしました。
まだ空は青く陽は高いのですが、大体夕刻5時から6時までの間に飛び出すのだそうです。5時を少し過ぎた頃、ガイドが「出ました。出ました」と言うので、目を凝らすと我々が入ったところとは別の懸崖上部に穿たれた洞窟口の周りに黒い斑点のように見える蝙蝠が渦を捲いて飛んでいます。彼ら先発隊は仲間が出揃うのを輪になって待機しているのです。その黒い斑点はたちまち数を増して、やがて無数の蝙蝠は円筒状の編隊を形作り、見る見るうちに同じ太さのまま魔法の杖のようにするすると伸びつつ少しずつ方向を変え、竜巻のような優雅な曲線を描きつつも1匹も隊伍を乱すことなく、まだ暮れやらぬ空を目掛けて切れ目なく飛んでいくのでした。
蝙蝠は暗闇でも飛べる特殊なセンサーを持っていると言われていますが、これだけの大集団がどうやって一糸乱れずコントロールされているのか、まことに不思議な編隊飛行です。概算200万匹の蝙蝠が住んでいると言われています。何処に飛んで餌を取ってくるのかは未だ不明ですが、1匹が1日約5グラムの蚊を食べるという話でした。昨日のように雨模様ではなく青空なので光量は十分、良い写真が撮れそうで大満足でした。いくら見ていても円筒状の魔法の杖は延々と続いて切りがなく、空に陰りがさしたところで再び薄暗くなったジャングルを通って帰途につきました。
4日目は残り二つの洞窟見学に出掛けました。ホテル前を流れるメリニュー河の船着場に降りて乗船します。船は古い丸木舟の両側を側板で補強して舷側を高くし、少々船が揺れても転覆せぬ構造となっており、簡単なエンジンで走るのです。しかし、丸木舟と補強板との間の接続が完全でなく、水が少しずつ漏れてくるのが心配です。メリニュー河の水は泥色ですが、両岸の熱帯樹を眺めながら風を受けて走るのは大層気持ちがよいものです。
この島には人に危害を与えるような大きな動物はいないそうです。流れはかなり急であり、水路も深浅が複雑で、本日のように雨後で増水していない時には時には喫水を浅くして船を降りて押さねばなりません。ある河の合流点で突然澄んだ水に変わり、クリヤーウォーター河に入ったことが分かりました。源流に近い所に上陸し、近くに設けられた小屋でホテルで作ってくれた弁当を食べました。小憩の後洞窟の底から強い風が吹くというウインドケープに向かいましたが、まだ入り口に鍵が掛かっているので見学をスキップすることにしました。 見学最後の洞窟、クリアーウォーターケープの入り口はかなり絶壁の高所にあり、相当にきつい登りでした。この洞窟の中を流れる川は底の石まで見えるぐらい澄んでおり、地下を通ってクリアーウォーター河に流れ込むとのことです。洞窟の奥まで入るにはケービングの重装備が必要で、州の許可が必要だそうです。ボートや、岩登り、時にアクアラングの装備までして未知のの洞窟を探検するのは、スリルがあり、一度味を覚えると止められぬ面白さでしょう。この洞窟には四通八達の側洞が無数にあるそうです。翌日、見るべきものは見たという満足感とともに、快適なホテルから引上げ、再びプロペラ機の待つ飛行場に向かいました。また、体重を計られて女房が嫌な顔をすることでしょう。
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