命短し,旅せよおじん、せめて中風にならぬまに

ネパールにて

貴方は,番目の訪問者です。


お題目

プロローグ

風の大地 −北海道−
白い大地 −北海道−
養父神社 −但馬−
センチメンタルジャーニー −芦屋−
万朶の桜 −吉野山−
雪だるま −ベラルーシ−
奥飛騨 −信州−
美女と老獣の旅日記 −台湾−
Live to die のトラジャ族 −インドネシア−
雲の南 −中国−
万骨枯れて −旧満州−
涙、涙の上高地 −長野−
パタヤよいとこ一度はおいで −タイ−
神戸食べある記
山の彼方の空遠く −パキスタン−
イラワジ川 −ミャンマー −

念願のラフレシアご対面−ボルネオ−
極楽♪温泉−日本
冬の旅 −ドイツとオーストリア−
グルメ −台北−
ペラヘラ祭  スリランカ
欧風大豪華船 アラスカンクルーズ
タクラマカン砂漠  中国
姉妹飯  中国
世界一周旅行 −トパーズ号ー
世界一周旅行 −寄港地ー
コロンビア号の悲劇  アメリカ
少数山岳民族探訪  ベトナム
ピーマイ・ラオ  ラオス再訪
息子の結婚式  ネパール
つわものどもの夢のあと  マルタ共和国
白い大陸   南極クルーズ〈U〉
白い大陸   南極クルーズ〈T〉
恐怖の報酬 高山病   チベット
カオスと混沌   インド
見捨てられた核実験地   カザフスタン
羊の王国  ニュージランド
中国風大豪華船   東南アジア・クルーズ
なしてアラブへ?   アラブ首長国連邦
 百万頭の象の王国   ラオス
発展国への苦悩   マーレシア
悲劇の子供達   ベラルーシ
最後の桃源郷   ブータン
熱帯雨林と洞窟   ボルネオ
本家トルコ風呂   トルコ
コモド大蜥蜴   インドネシア 
チエルノブイリ原発事故   ウクライナ
   地の果てを行く  モロッコ

写真ギャラリー

   これは60歳を過ぎた頃からの旅日記です。
もはや「明日の月日はないものを」の老人ですが、
足腰が立たなくなるか耄碌しない限り
随時追加の予定です。

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パプア・ニューギニアにて

 何気なく本をめくっていると、エジプトのピラミッドを背景に両刀を腰に、袴姿の武士達の記念撮影写真が目につきました。何とその中に私の一族の一人がいたのです。写真が撮られたのは、明治の開国以前のことで、パリで開催された万国博覧会に出席を兼ねて欧州訪問の途次だったようです。
 私にもその血が流れているのかも知れず、学会出席、ボランティア活動による集団検診、或いはただ単に遊びでと、これまでに相当な回数海外へ出掛けました。足跡を印した国は50ヶ国ぐらいはあると思います。
 日本は島国ですから海外に行くという言葉はまさに適当ですが、最近船旅は余程金と暇がある人以外は不可能で、色とりどりのテープが船と岸壁を結び、銅鑼が鳴り、「
蛍の光」に送られて出港という情緒豊かな風景は戦後の流行歌「憧れのハワイ航路」あたりでザ・エンド、成田なり関空なりからゴーッという色気のない排気音を残してのあっけない出国になります。しかし、私にとっては、特に医師としての現役時代、機内のエコノミークラスの狭い椅子に養鶏場のブロイラーよろしく詰め込まれ、ベルトで腰を締め付けられるという身体的には不自由状態、「いらっしゃいませエコノミークラス症候群発症」状態ででありながら、スチュワーデスの手によって搭乗口のドアーがパタンと閉められた時の解放感は何事にも替え難いものがありました。病院の束縛から逃避できたことが堪らなく嬉しかったのです。 もう、その瞬間、これからの数時間の機内拘束と不味い食事、下手な英語、乏しい手持ちのドル紙幣などすべてを忘れてしまったことでした。
 ただ、海外旅行で恐ろしいのは、金を盗まれたり、騙されたり、ボラれたりすることではありません。もっと恐ろしい落とし穴があるのです。パック旅行などに参加して、一年に一、二度海外に出掛けるくらいなら問題はありません。しかし、一度旅の味を覚えるともう旅中毒としか言いようのない状態に陥る人が必ずいて、「
ホトンドビョーキ」となり何もかも打ち捨てて旅に出る習慣がつくことなのです。旅は、いつでも戻れる家なり、仕事なりがきっちりとあるからこそ「」に対する「ハレ」の日としての楽しみがあるのです。ところが中毒にかかった人は、旅をするために生きているような状態になるので、旅に溺れるあまり生活の基盤すらアヤフヤとなり、[Tomorrow is anotherday,(明日は明日の風が吹く」とばかり糸の切れた凧が風に流されるような状態になると、最早風流などと呼べる段階ではありません。
       「
豊かな青春、惨めな老後
 これはバンコック、ジュライホテルだかの壁に書かれたバック・パッカーの間で有名な落書きです。今は廃業したそうですが、この宿は、バンコックにハマッテしまい、なにをするでもなく日を送る貧乏旅行者や、バンコックで日本より格段に安い航空券を手に入れてインドやパキスタンなど、より辺鄙な「
荒野を目指す」若者達の間では情報交換の場を兼ねた有名な溜まり場でした。翌朝二日酔い頭痛がにっこり笑ってお迎えに来るメコンウイスキーを飲んだり混ぜ物入りのハッシシを吸ったりしてボーッと霞んだ頭でこの名文句を書いたとすればこの男は大した才能で、自嘲的、捨て鉢的心情が惻々として、読む人の胸を打つ名句です。同類の漂泊俳人山頭火なら「鉄鉢にもスコール」と書くところでしょう。このくらいの男だと将来は貧乏旅行作家の肩書で暮らしていけるだけの収入が得られるに違いありません。
 しかし、大体この辺りに沈殿している旅行者達は、どちらかと言うと破滅的な重症旅行中毒症で、勤勉が美徳とされる日本の生活に息苦しさを感じる「
規格外商品」的男が多いのです。突然仕事をおっぱらかしては飄然と旅に出掛け、いつ帰ってくるのか見当も付かぬ男を何時までも飼っておく程、日本の会社は太っ腹ではありません。彼等のなかには日本はもはやフリーターとして、金を稼ぎに帰る場所に過ぎず、将来の確固たる展望を持てぬまま、生活費の安い当地などでその日暮らしの浮草暮らし、旅が生活という良く言えば自分に優しい、悪く言えば落ちこぼれた人生を送っている者が大勢いるのです。酒、異性、そして旅は、楽しんでも溺れぬ者こそ真の人生のエキスパートと呼ばれる価値がり、「紳士」と呼ばれる資格を備えているのです。
 現在ノーマル価格で航空券を購入する頓馬な人はまずいませんから、パック旅行参加者以外はまず格安航空券を探すことから旅は始まります。各国の航空会社の値引き率、即ち値引きプライスがその国の、あるいはその会社の外国から見た正当な評価と見て間違いありません。例えばバックパッカーの間では格安で有名なパキスタン航空、PIA(Pakistan International Airline)は Perhaps I arrive の略称と冗談を言われている会社だけあって、待遇や離着陸の遅延、ダブルブッキングなどいろいろと難点もあります。しかし、いつも墜落している訳ではありません。ツアーで「
JALで行く」など,日航に搭乗することを呼び物にしている場合がありますが、あれは日本語が通じるという安心感なら話が判るのですが、格安航空券の値段の割には事故率が高いような印象があります。
 さて、次に司馬遼太郎式に申しますと「
その国の在り方」は目的地に到着し、入国審査、通関と入国手続きを始める時に次第に明瞭になります。入国審査でコンピューターを覗き込んで何かを調べているのならまだしも、笑顔は隣の同僚向け、お喋りばかりしていたり、税関で暗に賄賂を要求されたりして「おみゃーら、一体なにしょんなら,馬鹿にせられな」とおきゃーま弁で怒鳴りたくなる国も少なくありません。大体空港で入国手続きに時間がかかる国は、現在では旧共産圏か、発展途上国のいずれかで、このような国では入国後も七面倒なトラブルが起こりうる可能性があると余程用心してかかる必要があります。
しかし、私の経験によれば、入国してその国の文化と文明、それに経済状態までが判る一つの目安はトイレです。インドで夜行列車に乗って早朝に窓外を眺めると住民たちが手に手に水を入れた缶からを持って列車に顔を向けて朝の行事をしているのを見て、この辺りは家庭にはトイレがなく紙を使用せぬ尻水洗い文化圏に属することを再認識したり、中国では壁仕切りなしの蠅の沸き上がる穴ぼこ便所が並び、その上ご丁重にも穴ぼこ以外の場所の床にも落とし紙の兜を被ったとぐろ巻きの排泄物があちこちに転がっているのを見て、孔子が必死になって道徳を説いたのも「
マタ、ムベナルカナ」と悟ったりしたことでした。旧共産圏の国々で、トイレの便座が壊れて消失し、トイレットペーパーがなく、あまり硬い紙を使うので下水管が詰まってしまうのを防ぐため使用済みの紙は目の前の屑籠に放り込む習慣を見て、改めて、巨大なスラブ民族の「けつ圧」と、乏しい経済状態を察するのです。しかし、七つの海を支配した大英帝国が香港の返還に同意したのも、鄭小平さんが痰をあちこちに吐き散らしながら交渉に臨み、相手のエリザベス女王が気持ち悪くなり、「キャー、モウヤメテ」と叫びたくなるのを抑えきれず妥協した結果と、嘘か真かある英字新聞に皮肉ってありました。あれ以上の"ぶつ"を撒き散らしたら、女王は卒倒、面倒ばかり起こすアイルランドをおまけにつけて返したかも知れません。中国人の体内にある汚物を排泄して、自分の身を清く保つ麗しい習慣が外交上の勝利に繋がったのです。やはり最古文明の発祥地の一つであり、世界の文化中心であることを誇るに足る老練な外交政策で、慰安婦問題,教科書問題などで近隣諸国に頭を下げることが外交と思っている日本の外交官に是非見習って欲しいものです。
 冗談はさておいて、日本の都市部でも終戦後相当期間までは、トイレは汲み取り式であり、銀座のど真ん中を肥たごを乗せた馬車が闊歩し、その臭気に耐えかねた米兵が肥たごをハニーパイル(蜜の籠)と呼んだぐらいですから、あまり大きな顔は出来ません。しかし、日本経済の回復につれてトイレは目立って綺麗になり、経済大国と言われるようになった現在、日本の公共便所の清潔さ、美しさは恐らく世界一であるのを見ても、私の仮説は正しいことがお分かりでしょう。お隣の県、鳥取県倉吉市では市営トイレはピアノ型を始め、全てユニークで綺麗な建築物ばかりで、観光の売り物となっており、後世、重要文化財どころか世界遺産として保存されることは間違いありません。これによりこの経済的に豊かでないこの過疎県は、土砂の崩落により毎年どんどんと頂上が低くなっていく伯耆大山に替わる新しい名所を持ったことになります。将来、00ツーリスト主催の「
二本立ての豪華版!松葉蟹とトイレ賞味巡礼の旅」などが企てられ、観光客の身体の入口と出口を充分に愉しませてくれることになるでしょう。



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