見よ,この勇姿
 

 ある旅行広告のクルーズ特集でかねてから行きたいと思っていた、観光で生きているバリ島と違って、素朴さが残るというロンボック島、大とかげの住むコモド島などをクルーズするバリ島発ツアーがあるというのを見つけました。その名も南の島巡りらしくスパイスアイランドクルーズ、船はバリ・シーダンサー号という超格好のよい名前です。渡に船とはこのこととばかり早速申し込みました。
 名古屋からガルーダインドネシア航空でデンパザールに飛び、ヌサドヴァのバリ・ヒルトン・インターナショナルに2泊、ケチャクダンスなどを楽しみました。ケチャックダンスはどんどん世俗的に堕落している感じで、拾数年前にはまだトランス状態に陥ったような振りだけでも見せたのですが、いまや商売商売という雰囲気です。まあ商売女と同様、いつもエクスタシーに陥っていては体がもたないのかもしれません。バリ島の人々は、インドネシアの他の島々とは異なり、ヒンズー教なので、島から離れては差別を受け易く、島内に留まって伝統的郷土芸能を売り物にする、即ち観光で生きていくより方法がないのですから、もう少し真面目にやれと言いたいところです。
 翌日出航地であるベモア港に荷物を引きずって出掛けました。乗船するバリ・シーダンサー号は4,000トン、まだ新しい1994年就航で純白の美船です。煙突に赤で描かれたダンサーをイメージしたマークが粋に見えます。 乗客収容数は140名で客室は73室、乗組員は81名だそうです。やはり豪華船と言っても1000人以上乗るような大型船よりも、この程度の大きさの船が乗船、下船に時間がかからず、モノクラスで家族的雰囲気で乗り心地が良いようです。大きな豪華船では昔ながらの船室クラスによって、食堂まで違うと言う船もまだ珍しくないようですので、ビンボー旅行者にとっては嬉しくない場合があります。
 いつものことながら乗船時タラップを上ると、潮とペンキの入り交じった独特の船の匂いが鼻を刺激し、船好きの私は子供のように心が弾みます。私の部屋は上甲板の最も船尾に位置した外側窓付きの一人部屋でした。一人旅は割増料金を請求されるので、安い内側の窓なし部屋を申し込んだのですが、エキストラ・チャージなしなら窓がある方が閉塞感がなくありがたいのです。しかし,考えてみると一人部屋があるのにも拘わらず割増料金を請求するのはちょっとおかしな話です。
 狭い部屋の片付けが済んだ頃サイレンが鳴り響き、乗客一同に義務づけられている避難訓練に参加しました。オフィサーのうち、船長を始め肩章の筋が4本3本クラスはイギリス、オーストラリアの白人で、筋1本のクラスがインドネシア人です。筋が3本で、その間に赤線があるのが船医です。船医は女性でインドネシア人でした。一応医師としての仁義を通して挨拶しておきました。しかし,彼女にはその後一度も合う機会がなく、なぜか部屋にこもり切りのようでした。
 定刻5時、船は明るい日差しのなか、紺碧の海を鏡にその美形を映しながら、もう人影の少ない岸壁を静かに離れていきます。
 夕食はスマートカジュアルと指定されていました。要するにTシャツや半ズボンで行かねば良いということらしいのです。メニューは前菜、メインディッシュ、 デザートが各々セレクトできる仕組みです。メインディッシュにラムチョップを選んだのは正解でした。どうも外国でビーフを選ぶと、時に歯がたたなかったり、これが肉かというほど紙の如く味なしのこともあるのですが、ラムを選んで後悔したことは一度もありません。私は欧米で食事に招かれアラカルトの場合、大体メニューからラムチョップを選ぶことにしています。値段のリーズナブルであることも含めて、招待する方も「おぬし、なかなか通じやのう」と喜ばれ、その上、ドメスチックワインを試みたいというと、いよいよ相手の顔はほころぶものです。
 部屋に帰るとベッドの上には印刷物「ザ・ダンサー・デイリー」が配付されていました。明日のスケジュールや、日の出、日の入りの時刻、その他を記してある船内発行のニュースペーパーで大変便利です。船尾に近い部屋のせいか、エンジンが響き、かなり振動が激しいですが、船好きの者にとっては心地良い子守唄です。
 翌日はスワンバ島観光で一日を過ごし、航海3日目が待望のコモド島行きでした。7時に船側から救命用具着用でゾデヤックボートに乗り換えます。最早若いときと違い、船側の出入口から一気にパッとボートに飛び移ることができず、ヨッコラショと一歩一歩と降りるのは我ながら悲しいことでした。15分程でコモド島桟橋着です。大体この島は水が不足しているようで、海岸には少数の島民が雨水を溜めて飲料水とし、烏賊を釣ってほそぼそと生活しているのみです。
 この辺りではヒトはオラン、コモド恐竜はオラと呼ばれ、大昔は双生児であったとの伝説があり、食料がどんなに逼迫しても決してオラを食べることはせぬ伝統だそうです。この巨大なトカゲはコモド島やその周辺の島に分布する大トカゲの一種で全長3bに達し、地上最大のトカゲと言われています。昔は餌付けをしていたのですが、自活させぬと、自然環境の破壊に繋がるとの考えで現在中止され、彼等は野性の豚その他の野性動物を自ら捕食して生きていかねばなりません。のんびりと寝込んでいるように見え、動物が油断して近づくと電光石火まず尻尾で一撃を加え、さっと食らいつくのです。朝に最も食欲があり、人を襲う危険もあるとのことです。子供は親に食われる恐れがあり、コドモコモドはある一定の大きさに成長するまで樹上で生活するとの話です。このような生活習慣がどのようにして遺伝子に取り込まれるのか実に不思議です。これもstruggle for existanceの結果で、親を信用しない利口な子が生き残り、その遺伝子にインプットされたのかも知れません。しかし、飼い馴らすと、飼い主と一緒に散歩するほどになつき、昔、王宮内で飼っていた王様がおられたようです。まあ,犬を連れて歩くより,王様としての威厳があってカッコよかったのかもしれません。
 10人程度の小グループに別れ、1グループに2人のレンジャーが付き、大声を出さないこと、勝手に列から離れぬことなど注意されました。レンジャーは2人とも先端が二股に分かれた木の棒を携えています。トカゲが攻撃してくるとこれで取り押さえるつもりらしいです。少々傾斜のあるジャングル内の小道を内陸に向かって進みます。熱帯多雨林では陽光が大きな樹の樹冠に妨げられて小さな木は育つことが出来ず、地表面は雑草や蔓のみで案外ガランと開けているものなのです。
 やがて一寸した広場に着くと、そこには3匹の大蜥蜴が大きな木の下付近に寝転がっていました。皮膚の色は陽に当たると褐色に近く、木陰にいると青みがかって見え、これが保護色となって周囲から識別するのに一寸暇どりました。確かに手足をだらんと左右に伸ばしべったりと大きな腹を土につけ、 だらしない格好をしていて殆ど動かず、地面に丸太が転がっているように見えるのるのです。この保護色の丸太スタイルが彼等の動物を捕らえるトリックで、この姿からはとても野豚などを素早くぱっと捕らえる光景を想像することが出来ません。しかし目だけはこちらを油断なく見張っていました。二股に分かれている彼等の舌を観察したかったのですが、お愛想にも口を開いてはくれませんでした。どうやらもう朝飯は喰い終わり、のんびりと木陰のホテルでご休憩中らしい様子です。相当な巨体で、レンジャー達の持っていたチャチな二股棒ではとても押さえきれるとは思えません。彼等のドロッピング、即ち糞は白色の石灰質の固まりみたいで、これは骨以外はすべて消化吸収された結果なのです。随分と写真を撮りましたが、帰国後現像してみるとまあ満足できるショットは1枚きりでした。
 9時過ぎには再びゾデヤックボートで帰船しました。その後シュノーケルとフィンを借りて再びボートに乗り、ピンクビーチに赴きます。白砂が波を被ると混じったサンゴの粉のためピンク色を呈するのでこの名があります。昔はアクアラングもやりましたが、この20数年間泳いだり、潜ったりしたことが殆どないので、足が吊らぬか心配しながらシュノーケルとフィンを付けて泳ぎだしました。私が最年長者らしく、ガイドが爺さん大丈夫かと心配顔でした。海岸から10メートルも泳ぐと、もう水面の2〜3メートル下は珊瑚礁で、その間を熱帯魚がぞろぞろと泳いでいます。不思議なことに大きな魚は地味な色ですが、小さい魚ほどカラフルです。久しぶりに気持ち良くフィンを動かしましたが、年寄りに冷水にならぬよう2度ほど泳いであとは甲羅干しです。帰船後、まだ泳ぎの興奮覚めやらず火照った躯をシャワーで冷やし、ウイスキーを引っかけて熟睡しました。
 翌日はロンボク島に上陸です。バリ島のように俗化しておらずのんびりと無為に過ごすには格好の島です。地元の青空市場などに出掛けましました。バリ島のように「買え買え」とか、「廉いよ廉いよ」とかの強引に客を引っ張りこもうとする商人も少ないので,ゆっくり見学することができました。退職後のんびりと滞在してみたい場所の一つです。
 明日はもう下船の日で、現在までのプライベートの費用、即ち酒代などの計算書が既に部屋に置いてありました。ランドリチャージとスワンバとロンボックのツアー料金を含めて総計145ドル、ワインやビールをがぶがぶ呑んだにしてはリーズナブルな値段です。夜はさよなら・パーテイで、船員達が仮装して踊りを踊ってくれたりの大サービスでした。
 27日、いよいよ下船で6時から朝食をとり、7時にラゲッジを船室外に出して、支払いに行きます。チップは一日4ドル見当と案内書に書いてあり20ドルをチップ箱に入れました。このチップを下船時に纏めて払うのが殆どの客船の習慣で、一々払う煩わしさがない上、誰が幾ら出したかも判らず、乗客にとっては、チップ不用の航空機に次ぐとても便利な、有難い制度です。8時30分、船長以下船員に見送られて気分よく下船し愉しい船旅は終わりを告げました。
 スラマット・ティンガル
 バリ・シーダンサー号!
 (スラマット・ティンガルは、旅立つ人が残る人に言うさようならで、残る人が旅立つ人に言うさようならはスラマット・ジャランです。)



スラマット・ティンガル バリ・シーダンサー号