国旗と仏旗                ペラヘラの祭


 昔、東南アジアの某国で王様は気に入らぬ臣下には白象を下賜したそうだ。白象は神の化身として神聖視され、仕事をさせることは絶対禁忌、無為徒食、暖衣飽食の生活を送らさねばならない。暑い国だから暖衣は関係無しとして、象は草や果物を1日300キロぐらいは軽く平らげる大食漢、世話人も必要となればその養象料と言うかメインテナンス・フィーは莫大なものとなり、憐れな臣下は遂に破産に追いこまれ窮死し、王様はニッタリと笑う構図だそうだ。現在インドではチーク材の伐採が禁止されたため、多くの象が失業の憂き目にあい、都会で出稼ぎ、観光客を乗せて食い繋いでいるのは事実だ。
 それに較べ、スリランカの象は、日常の生活については詳らかではないものの、ペラヘラ祭りという一大イベントが年に一度は必ずあり、象は尊い佛歯を運ぶ上に、主役としての出番が待っているだけ恵まれている。  
 ぺラヘラとはシンハラ語でパレードを意味し、かって王家の私有物だった仏陀の左側の犬歯と伝えられる聖遺物を一般住民にも拝観させることにより雨を降らせ、この国の経済基盤である水稲の豊作を祈る目的で始まったものである。仏陀が生まれ、覚りを開き、入寂した日がすべて満月の日であったという伝説から、満月の日は当地では聖なる日とされアルコールの発売も飲酒も禁止されている。セックスの禁止については、現在私には用が無いので聴かなかった。
 ペラヘラ祭りは、元来8月の新月から満月の日までの15日間であるが、現在パレードは満月より遡って10日間実施され、月齢の増加とともに次第に盛りあげていく演出で、最後の2日が夜のパレードとなる。
 佛歯は王家の統治権のシンボルであり、最初のヨーロッパよりの征服者であったポルトガル人が王様から巻き上げようとしたが、偽物を渡してごまくらかしたという話である。嘘も方便、血を見た末、バンザイ玉砕するよりは余程利口で、これぞ仏陀の知恵といえる。
 仏歯が尊ばれるのは、仏陀はその生涯において八万四千回説教をされたので、その回数だけ歯は仏陀の教えにふれたとので力ありとの理由だそうだ。しかし、佛陀も人の子、80歳で毒茸に当たって入寂され、荼毘に付されたので、この犬歯は虫食い歯で入寂前にポロリと落ちたものか、火葬後下額骨か引きぬかれたものか、医師としては法医学的研究結果が知りたい気持ちが動く。またおなじ仏陀の右鎖骨がスリランカに渡来し、アヌラーダブラのトゥパーラーマ大塔に祭祀されている。鎖骨は犬歯と違い説教にふれていないと考えられたのか、この大塔は周囲に数本の倒れかけた石柱が立っているのみで参詣者も少なく、佛歯寺に較べ冷く扱われている。鎖骨は仏陀の平等の教えに反すると怒っているに違いない。入寂後、遺骨は8分割されたという。ヒトの骨は数え方にもよるが解剖学的には100と一寸で、鎖骨が一本スリランカにあるとすればどのような割合で8分割したのか、公平に別けるには大苦労したに違いない。しかし、米の隠語を舎利というところを見れば、粉々にして別けた可能性も考えられる。退職して十数年経ってもまだこんなアホなことで頭を悩ませるのを医者バカという。
 6月にアラスカで銀鮭を釣り損ねた私は、これを機会に殺生などは止めにして、いずれ近からず来るであろうお迎えに備え、仏陀の袖にすがるのもまた良しなどと殊勝な考えでペラヘラ祭りに出掛けた訳ではない。残り少なく後はケの日ばかりかもしれぬ人生の残照に、祭りというハレの日の光芒を一度でも多く浴びたい身勝手な思いで、エコノミークラス症候群の発症を恐れ、弾性ストッキングを穿き、機中好きなアコール摂取を制限しつつ関空から飛びたったことだった。
 我々の祭り見学は最終日の1日前、満月前夜だ。各地からバスなどで集まった人々でもうキャンデイの街は過密状態、特にパレードの通路は前日から席取りが始まっており、当日は昼過ぎから人が折り重なって道路端に坐っていた。日本のように仮設トイレも見られず、この方々の食事後の必然的結果は何処で済ませることやらと他人事ながら気になった。これも医者バカだ。日除け付きで椅子などが用意された政府のお偉方や観光客用の指定席が通路に面して数個所設けられていた。数日前、外務大臣が何者かに自宅近辺で暗殺された事件もあり、治安関係者の気苦労は大変なものだろうと同情した。目下シンハラ族系政府と紛争中のタミル族はバルビダ系の多い南インドからの移住民で、シンハラ族はアーリア系と「地球の歩き方」などには書かれているが、私の見たかぎりではシンハラ族にもバルビダ系の顔がかなり多いように見受けられた。平和な高原地方の茶摘み女達は英国の植民地政策の名残りで、伝統的にタミル族であり、顔貌体型、あるいは地域による区別は不可能で、下手をすればracial profilingによる人権問題に発展する可能性もあり、取締りは難しいに違いない。もっとも、この紛争は民族紛争だか宗教紛争だか判らぬところがあるが、これはヒンヅー教自体が民族宗教であるので仕方があるまい。それよりも旧宗主国でもなく、縁もゆかりもない北欧のバイキングの子孫がなぜ調停に乗出したのかもまた判らぬ話だ。昔、祖先がヨーロッパ沿岸で、残虐の限りを尽くした罪滅ぼしかな。
 我々も通路での指定席で見学の予定と聴かされていたが、なぜか佛歯寺近くのクイーンズ・ホテルの2階一室のバルコニーからと変更された。昔ながらの天井の高いコロニアル・スタイルの由緒あるホテルである。写真を撮るには行列を見下ろす格好となり、またフラッシュが届くかどうかの心配もあったが、他の群集と隔離され、満月の1日前なので、アルコールのサービスも受けることが出来たのは、望外の幸せだ。しかしおなじ仏教徒とはいえ、信仰心も希薄な外国人が「高みの見物」とは不遜ではないかと気も引けた。途中の混雑やボディ・チェックを予想して宿泊先のスイス・ホテルを4時間前に出発、ホテル到着後2時間待って8時半頃、なにやら爆竹のような音が鳴り響きパレードが始まった。
 日本と同じ赤、青の警告灯を付けた白色の警察車に先導され、白衣の男数名が背丈と同じ長さのある鞭を交互に振りまわして道路に叩きつけてはバッシ、バッシと鋭く乾いた音をたてさせる。爆竹と聴いたのはこの鞭の音だったのだ。これは、人々に対する警蹕(ケイヒツ)かも知れぬが、上半身裸、松明を振りまわしているの一団がその後に続いたのを見ると、火は宗教の如何を問わず潔めを意味し、この鋭い鞭音は相撲の四股のように地の神を呼び出すとか鎮めるなど、何らかの宗教的意味を持っていると想像した。群集からの投げ銭を器用に拾って行く係もいる。次いで佛旗や、象などを描いた金属性の旗を立てた一団が続く。佛旗はこの国では国旗と対をなして、何処にでも掲揚されている旗である。
 行列の左右には、長柄のついたかがり火を持った男達がパレードを引立てるように光を投掛けている。
 ここでようやく象の登場だ。牙の先端には黄金のキャップが付けられ地上に届かぬばかりの長さだが、これぞツケヤキバだな。誹色衣装で目の部分を除き鼻の先から耳をも含めて尻まですっぽりと覆われ、しかも顔面、耳、鼻に小さな電球が精一杯取り付けられて輝いている。胴体あたりの格子模様のなかには獅子がデサインされていた。獅子は国旗にも描かれ、この国のシンボルだが、現地ガイドによればスリランカには昔から獅子は棲んでいなかったという。獅子の棲んでいなかった中国、日本と同じタイプのデフォルメされたデザインはその所為だろうか。伝説によればインドのベンガルの王女と獅子との間に生まれた子供が成長後エディフィス・コンプレックスだかなんだかで親獅子を殺し、近親相姦で妹と結婚して王国を建設したが、「獅子食った報い」ならぬ「獅子殺した報い」か、「親の因果が子に報い」か、悪の遺伝子倍増か、その長子がスサノオノミコトと同じく手に負えぬ悪ガキでスリランカに追放された後、悪者は強者の法則、全島の統一に成功、その子孫が獅子を殺した者、シンハラと呼ばれるようになったという。そうとすれば国旗の獅子は憐れ親殺しの目にあった獅子ということになり、辻褄の合わぬ話だ。現地ガイドの思い違いで、遠い昔には獅子がスリランカに棲んでいた可能性もある。
 同じく父親を殺して強引に王位に就き、弟の復讐を恐れ切り立った一枚岩の花崗岩上に宮殿を造った王にカーシャパがいる。彼は後室の美女を集め様としたが、昇り降りにも苦労する宮殿では希望者がおらず、その欲求不満が、かの有名な肉感的シギア・レディと呼ばれるフレスコ画を産んだとも想像できる。
 閑話休題、その後に太鼓隊、続いて白い衣装の象が続く。象は視覚は弱いが、聴覚、嗅覚は鋭いと言うのに、良くこれだけの騒音と松明から発する異臭のなかを暴走もせず大人しく歩けるものと感心した。象も労働組合がないだけ、ここは大人しくパレードせねば、将来インド象のごとく失職の可能性があり、大食いも出来ぬと理性を働かせたのだ。
 次いで楽隊、ダンサーの登場だ。殆どが白を基調とした服装である。音楽は賑やかな中にも、なんとなく仏教的な調べがあり、念仏踊りの阿波踊りと一脈通じるところがあるように感じられた。ダンスは阿波踊りの有名連ほどの整然さはないにしても、かなりの練習を積んできたようだ。ダンスの中には笊を持った泥鰌掬いスタイルも見られた。米から籾殻を外して風で飛ばせる作業の再現と思われる。この象の1頭または2頭、楽隊、ダンサーの組合わせが、地域別などで一団を形成しているようだ。
 10頭ほどの象パレードの後、豪華な格子模様の中に蓮華を描いた水色衣装を着け、ひときわ大きい威風堂々たる象が登場した。背上には天蓋の下、電飾で輝いたミニチュアー宝塔の中に佛歯を入れたカスケットが安置されている。一歩下がって左側に4人の楽人を乗せた同じ衣装の象が従う。
 宝塔の天蓋は象の左右から各々徒歩の3人が長い棒で支え、四角い天蓋の角ごとに1人づつ前後の左右斜め方向から白紐で引張って傾きがなく、正しく宝塔の頭上に覆い被さる仕掛けだ。相当な相互協調の訓練と体力が必要である。この象の歩く通路には白いカーペットが次々と繰り延べられていく。人間なら赤いカーペット、やはり佛歯はVIPだ。
 その後も次々と象、楽隊、ダンサーの一団が延延、続々、延延、続々と果てることなく続く。象の衣装はそれぞれ趣向を凝らしている。女性のみのダンサーの一団もあった。この国では東南アジアでよく見られるように女が働いて、男がボーッとして遊んでばかりいるという風でもなく、ムスリムのように女が家に閉じこめられて隔離されている風でもない。女性警官も多数見受けられた。仏陀の平等精神の遺産と思われる。ただ、一人の僧侶も参加していなかった。これは厳しく僧と俗を別つ上座部仏教の故か、雨安居(ウアンゴ)の時期による故かは聞き漏らした。
 もし、上座部仏教がそのまま日本に伝来していたら、現在では雨安居の僧院に態々食物を届ける奇特な人もおらず、僧侶は飢死、それよりも戎律厳しく妻帯飲酒、還俗も出来ぬ僧侶にはなり手もないであろう。仏陀の入寂からどう勘定しようと今は末法の世だ。
 本日のパレードには、象が100頭、人間が3000人動員されたと後で聞いた。今回の旅の目的は、このパレード参観であったが、パレードの最後の方はあまりの果てしのなさにさすがに飽きがきて「もう十二分愉しませてもろて、もう結構ですわ。ありがとさん」と言う感じになった程、延延、続々のパレードであった。満月となる最終日の明日には、象が150頭出る予定だそうだ。もうこうなると出る方も見る方も苦行だろう。しかし、象を始め、楽隊、ダンサーはこのパレードを同じメンバーで10日間続けるというのは本当だろうか。昼間仕事を休んで寝ているとしても、そのエネルギーは大したもので、一種の憑依現象かエクスタシーの極みでもなければ勤まるまい。「神は偉大なり」いや違った、「仏は偉大なり」だ。
 ようやく終ったのは11時半、それから大群衆が帰路を急いで散るのを待って宿泊先ホテルに帰った。ホテルのエレヴェーターの中で、関西弁で「もう体力の限界やな」と呟いたら、見知らぬ他のグループの日本婦人が「ほんまにそうですわ」。このあたりが関西人のええとこやな。東京人やったら返事もしくさらん。いずれにせよ見甲斐のある祭り、ハレの日だった。
 スリランカ人は信心深い仏教徒のせいか、皆性質が温和で、あれだけの混雑の中で、目立った争いも見られない。乞食もいるにはいたが、最大の稼ぎ時であるにも拘わらず、数も少なく身体障害者か老人ばかり、インドで見られるほどの厚かましさもない。この国はインドに較べればカースト制度も緩やかで、貧富の差もそれほど極端なものでは無く、暑さもドタマにくるほどでも無いので暮しやすい所為かも知れぬ。仏教発祥の地にも拘わらずインドでは仏教が殆ど消滅したのも、骨がらみのカースト制度が大きな生涯となった故だろう。ここでは国も人も身の程を知った生活をしているようだ。無闇な殺生をせぬこともあろうが、野生の象、猿、栗鼠、大蜥蜴も身の程を知って人里の内外で共存していた。
 スリランカの土産は宝石だが、ちょっとした品は手が出る値段ではない。女房には象の毛を一本引っこ抜いて、ゾウゲと洒落て土産とし、無事帰国の途につくことにした。「口に合わぬカレーよ左様なら、むっとする機内食よ今日は」では老体には絶え難いが、ビスネス・クラスを利用する身分でも無い。こちとらも退職後の身だ。身の程を知らねば、生きてはいけぬ。それでも75才を過ぎた身でまだ海外に行けるだけ幸せと思はねばならぬ。これからはお盆の読経にえー般若孕んだなどとふざけずに依般若波羅密多と正しく般若心経を唱えて、佛恩に感謝しよう。

       象のおまけ話
 スリランカにはまだ野生の象が数多く棲んでいる。王様の治水事業の賜物である貯水池に水浴びに来るのだが、道路脇で横断する機会を窺っている。人間とは互いに干渉せぬという暗黙の了解があるように見えた。
 象の孤児院には60頭の象が飼われている。近くの川での午後の水浴を象は待ちかねているようだ。水を鼻から吸込んでは、胴体に吹きつけ自分で身体を洗う自立シャワー派の象と、どたりと水中に横になって鼻先のみを水面から出して半身を水に浸し、人間に洗わせるバスタブ派の図々しいぞーとがいる。象もさまざまだ。




野生の象                 孤児院の象