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ご存じ小沢昭一が「この世の天国」と絶賛したとか言う噂の日本のトルコ風呂は、トルコ大使の抗議により、あえなくソープランドやらと名前を変えてしまいました。そこで、はるばるトルコにまで旅をし、ハマムと称する純粋トルコ風呂にも行かなかったとあっては、トルコ大使に申し訳なく、旅路の終わり、イスタンブールでの最後の夜に出掛けてみることにしました。どうせ出掛けるならホテルのそれよりも現地の庶民相手の方が、ホンモノで面白かろうと現地ガイドに頼み、下町のハマムにまでわざわざ出掛けてみたのです。
案内されたところは、小さなモスク(イスラム教の聖堂)らしい建物の裏に面しており、ハマムの入口にはただ電灯が一つポツンと光っているだけで、不慣れの者が一人でくれば通り過ぎるような平凡な店構えでした。私の女性現地ガイドは、入口近くにいたおっさんに「よろしくお頼み申します」と言ったのか、「これは良い鴨よ」と言ったのかトルコ語が全然分からぬ私には定かではないものの、後で迎えに来ると言ってそのまま帰ってしまいました。殆ど英語が喋れないおっさんは、したり顔で僕をロビーに連れ込んでくれました。周囲を見渡すとロビーはかなり広く、中央には大理石造りの池があり、真ん中の噴水からチョロチョロと申し訳程度に吹き上げています。その周囲に置かれている長椅子その他も相当草臥れた時代物です。ロビーを取り囲んで窓付きの鍵の掛かる小部屋が10程並んでいました。ふと見上げるとロビーの中央は吹き抜けとなっており、2階の周囲にも同じ造りの小部屋が壁に沿ってぐるりと回廊付きで並んでいますが、今は電灯のついた部屋もなく人影もありません。対角線上に張られたロープには古びたタオルが2、3枚ぶら下がっていて、なんとなくうらぶれた雰囲気でした。小部屋には洋服掛けとビニール張りのベットが置かれ、その上にバスタオルが準備されています。おっさんが手真似で服を脱いでタオルを腰に巻けという動作をするので、裸になって部屋から出ると、おっさんは鍵をしっかり閉めて"no
problem"と一言英語で言い、その部屋の番号を記した木札付きの鍵を僕に渡してスチームルームに案内してくれました。スチームルームはかなり大きく天井がモスクと同様ドーム型です。
トルコ族がドーム型天井を好むのは、遙かアルタイ山脈あたりの遊牧民族であった彼らにとっては、ドームは高原の蒼穹を意味するからだそうです。ちなみにトルコの月と星の国旗は、彼らの先祖が月と星を頼りに方向を定めて当地まで辿り着いたのを表しているのだということでした。現代のトルコ人は毛髪、瞳孔ともに黒く、肌も浅黒く、濃い眉毛と目の間の間隔が狭いのが特徴です。東洋系の面影を残した顔も多いのですが、完全な西欧系、特にラテン顔もいて、遠い昔からいろいろの民族が忙しく戦争したり仲良くしたりした跡が窺えます。
先客が一人いて"ジャポネ?"というので"イエス"と答え、これは助かった、英語が喋れるならこれから先の水先ならぬ湯先案内をして貰えると英語を使ってみましたが、"イングリッシュ、ノーノー"というばかりでした。しかし、この筋肉隆々、胸毛男はななか親切で、小生と同じコースを辿りながら最後まで身振り手振りでよく面倒を見てくれました。
スチームルームの奥の壁にはドア付きの小さな四角の孔があり、そこから熱風が吹き込む仕掛けで、ドアの開閉の具合によって温度を調節するようになっています。かなり蒸された頃胸毛男が出ていくので、慌てもあわてて彼についていきました。次の部屋はこれまた壁の周囲に衝立で仕切った小部屋が並び、湯水の蛇口が付いた洗面台のようなものが床に設置してあります。胸毛は態々僕の為に水と湯を適当な温度に調節してくれました。自分の前はここで自分で洗えということらしく、ジャボジャボと洗って、待っていてくれた彼に連れられて次室に行くと、満々と水だか湯だかを湛えた大きな風呂らしきものがあり、狭いホテルのバスタブに飽きた僕は、久しぶりでこの大風呂に入れるのかと期待したのですが、残念ながらここは素通り、そこは湯溜め部屋だったようです。次の部屋に進みます。かなり大きな部屋で真ん中に八角の柱みたいな石柱が立ち、一部の壁には湯水の出る蛇口が並び、他方には床より一段高い大理石の台が置かれています。その上に木の枕が置いてあるので洗い場らしいと分かりました。木枕がヌルヌルで一寸気持ちが悪かったのですが、まず上向きになってみました。しばらく待っていると髭を生やした無骨な胸毛付き上半身裸臍下タオル巻き垢摺男が登場し、挨拶するでもなく、笑うでもなくやにわに目を瞑る暇もなく頭から湯を無遠慮にぶっかけてきました。それから僕のバスタオルを剥ぎとって、垢摺り袋を手に嵌めてゴシゴシと擦りはじめたのです。この垢摺袋は土産として売っており、絹製だというが信じられないぐらいの硬さなのです。かなりの強引さで遠慮会釈なく擦ってくれます。一寸手入れが悪いと垢がボール玉ぐらい出ると聞かされていましたが、どうも僕の場合は日本男児の恥になるほどの垢もでなかったのは幸いでした。
裏表を遠慮会釈なく擦った後、僕を起こしてまた頭から予告もなく、お湯をジャーです。それから戦争中の粗製乱造製品を思い出させる、目に入ると赤目確実という感じのかなりソーダの利いた石鹸で頭を洗ってくれ、再びジャー。その後ほんの少しマッサージの真似事じみたことをした後、乾いた新しいバスタオルが渡され背中をポンと叩かれたので一巻の終わりと分かりました。僕は躯の隅々、足の指の間に至るまで懇切丁寧に洗ってくれる濃厚サービスを期待していたのですが、どうも当て外れでした。しかし、胸毛男も僕と殆ど同時に終わったので、外人の一見客だといってサービスをケチった訳ではなかったようでした。
それからロビーに戻ると若い衆という感じのお兄さんがチャイを勧めてくれます。トルコのチャイはカップが小さい上、カップの中央部がぐっと締まって凹んでいるので、甚だ量が少ないのです。ついでながら、この国ではコーヒーを頼む時、ネスカフェと言えば所謂我々が平生飲んでいるコーヒーが普通の大きさのコップに入れて供されるのですが、単にコーヒーというと小さなカップでトルコ式のどろどろの、底にカスの溜まる奴が出てきます。トルコ式コーヒーはその濃厚な質から言っても小カップが正解ですが、日本の煎茶ほど繊細なシロモノではありません。
ロビーにはやはり日本の銭湯のごとくコカコーラやジュースなどを入れたガラス製の冷蔵庫が置いてあります。胸毛男は常連客なのかそれを勝手に開けてグビグビ飲んでいました。僕は盗難予防のため財布は持参せず、ガイドに自動車代、案内費を込めて2,000
円渡してしまったのでスッカラカンのオケラ状態、万一飲料が有料であると恥をかくことになり、涙をのんで我慢することにしました。チャイはどうせタダであると踏んで若い衆らしいお兄さんが勧めるままに、熱いチャイのお代わりを何杯も頼みました。
当家のお兄さんは何かをしていないとボスに怒られるのか落ち着きのない性格なのか、鉢植えの木に水をやったり、噴水を調節したり、お客にチャイを配ったりと、まことにこまめにまめまめしく働くのです。手持ち無沙汰になると、靴磨きまで始めました。その途中でまた、手も洗わずチャイをサービスしてくれるのです。冷たそうな冷蔵庫のジュース類を横目に見て、微かに靴墨の匂いの混じったタダのチャイを心行くまで啜って充分に水分を補給し、再び服を着て私のトルコ風呂探検は借金をすることもなく無事終了したことでした。
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