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   インド(2)                                      データへ

 1996年2月、バンコク経由で1回目のインド旅行は首都デリーから始まった。空港を出たとたん、鼻につく異臭。言い方が悪いが乞食がたくさんいました。今までとは全く違う世界。デリーに3日いてまずはインドの雰囲気になれようとしました。その後ラジャスターン地方に行くという女子学生2名に会い、8日間行動を共にしました。ラジャスターン地方はデリー西部に位置し、イスラム色が強く、インドの中でも武を尊ぶ州らしい。そしてそのほとんどが砂漠地帯です。長〜い道のりでした。その長い道のりも飽きてくるので途中インドのアイドル?アリーシャという歌手の「MADE IN INDIA(タイトルもなんかインドらしい)」という音楽♪をかけながら楽しく8日間すごしました。これはヒンディー語で話していますが思い出の1曲です。途中車が故障したり大変でしたが案内人スレンダーと計4名協力し合い到着。そこで待っていたのは日本とは全く違う広大な砂漠の大地に、空間、時間の流れがありました。そして、案内してくれたスレンダーとの友情です。最後、デリーで手づくりタンドリチキンをご馳走になりました。この小旅行では、特にジャイサルメールの街は感動しました。中世そのままの街並でした。

インド鉄道 インド鉄道3等車にて、上の荷台に座っている スレンダー宅 手作りカレーをごちそうになりました。本当に親切にしていただきました。
らくだ らくだに乗り、キャメルサファリへ 砂漠の宮殿 砂漠に立つ宮殿?太陽がきれいだ

 その小旅行が終わる頃には、インドにも慣れ、病気なども掛からず、再び1人になり、最終目的地カルカッタを目指す。途中、タージマハ-ルのあるアグラ、聖地ガンガーのバラナシに滞在する。アグラは観光地のためか、治安が悪くタージマハ-ルを見てすぐ2日で、バラナシへ移動した。移動手段はもちろん鉄道ですが、きっぷの手配が困難(看板はヒンディー語なので読めないし、外国人用と地元用に分かれたり)であったり、駅名は地名と違って混乱したり、また列車に乗るとどこに座るかなど困惑しました。座るところは、よく日本では窓の上にある荷台があるのだが、インドも同じ様になっていてそこに座っていた。そこなら、人が歩いたり、荷物を奪われる心配も少ないので非常に便利だ。日本では全く考えられない。さらに、その目的地の鉄道に乗っても、今度はどこで降りていいのかわかりませんでした。というのは放送などもヒンディー語で全くわからないので、もう現地の乗客に駅に着くたびに確認しました。事実フランス人旅行者2人と出合い、彼らもわからないのか、共同で3人でアグラからバラナシまで一緒に行動しました。インディアン英語に、フランス語に、ヒンディー語(現地の言葉)が交じり合いながらバラナシへ到着。 


 
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