公開済みの oohara の ページ (Click でジャンプします)
OOHARAのページ
top page
シルクロード   の旅 ラオスの旅のページへ インドシナ半島  3ヶ国周遊  クメール紀行 パミール高原
click により 仲間共同の 旅日記-我等青春の1ページ にジャンプ click により 仲間の masutani のページ にジャンプ


LINK この旅で一緒だった乾杯仲間の、すばらしいエジプト旅日記と写真も公開されています。  ここをクリックしてください



エジプト旅行


2004年3月25日〜4月3日 日通旅行のツアーに参加し、エジプトに行ってきました


5000年を越す歴史を持つエジプトです
その巨大さ!美しさ!古さ!に圧倒されました



以下の日程・スケジュールをクリックするとジャンプします

日程 スケジュール 宿泊地
1日目 関西空港12時発(SQ985) シンガポール、ドバイ経由カイロへ 機中
2日目 カイロ到着。 到着後ギザの3大ピラミッドとスフインクス カイロ
3日目 ダハシュール(赤・屈折ピラミッド)。メンフィス(博物館)。サッカラ(階段ピラミッド) カイロ
4日目 スエズ運河。シナイ半島へ、モーゼの泉、ファラオの温泉見た後セントカテリーナヘ セントカテリーナ
5日目 シナイ山登頂朝日鑑賞。下山後セントカテリーナ修道院観光。シャルム・エル・シェイクヘ
フェリーで紅海を渡りハルカダへ
ハルカダ
6日目 サファガ経由ルクソールへ、ナイル川東岸(カルナック神殿&ルクソール神殿)観光 ルクソール
7日目 ナイル川西岸(メムノン巨像、王家の谷、ハトシェプスト葬祭殿観光
寝台特急「ナイルエクスプレス」でカイロへ
車中
8日目 カイロ市内観光とエジプト考古学博物館見学。ナイル川ディナークルーズ カイロ
9日目 カイロ13時05分発(SQ427)ドバイ経由シンガポールへ 機中
10日目 シンガポール07時10分発(SQ984)関西空港着15時45分。 解散 ----



 1日目(3月25日)  関西空港12時発(SQ985) シンガポール、ドバイ経由カイロへ

  最終案内で当日関空混雑が予想される故、集合時間(10時)より30〜40分前に来るよう連絡あったので、愛媛を24日の夜行フェリーで出発。大阪南港7時30分発の空港リムジンに乗り8時10分に関空到着。まだ時間があるので新聞を買って時間をつぶす。
 9時10分宅急便で送っておいたスーツケースを受け取り冬衣装のジャンパーとセーターをいれる。 9時25分団体受付へ行く。他の会社のツアーの受け付けも始まっているようだがそんなに混雑はしていない。”旅のソムリエ”のバッチを胸につけ指定されたカウンターに行くとすぐ受け付け。
事前に電話をもらっていた添乗員のKさんに挨拶。エジプトのビザ代25$渡す。航空券を渡されシンガポール航空に自分でチェックインし、10時20分再集合するよう言われる。航空機出発(12:00)の2時間以上前だが搭乗手続き中とのこと。あまり離れていないシンガポール航空のカウンターで手続きする。まだ早いので全然待たずに9時35分にはチェックイン済む。後方ではあるが、窓際の席をゲット。この航空券はマイレージ対象外とのこと。残念!!シンガポール回りではカイロまで片道8000マイルはある(と、機内の冊子で知る。)もし100%対象となれば一発で国内の航空券得られるのにーーー。10時20分再集合。
  今回のツアーの参加者は16名。春休み中であるが学生さんはお父さんと一緒に参加した4月から中学生になるという男の子が一人。エジプトのロマンは若い人にははやっていないらしい。圧倒的に熟年者が多い。次は各自搭乗ゲート集合ということで解散。小生はお茶を一本買って10時50分出国。殆どならぶことなくスイスイ進む。春休み中でも空いている。11時30分機内へ。BGMは喜多郎の”しちゅうのみち”だ。シルクロードフアンの私としてはそれを聞きながら搭乗することはそれだけで旅への期待が高まる。
  12時15分離陸。12時40分には飲み物。まずビール(ビア−というとスーパードライが出る。)1缶飲んでキョロキョロしていると違う缶もあるようだ。次にシンガポールビアー(と言ったつもり)で"Taigar Beer"が来る。去年のタイ以来のタイガービールだ。ほどよい温度でアサヒもタイガーもうまいがアサヒの方がキレがあり口にサッパリした感じが残る。13時40分〜食事。(食事のメニュウが事前に渡され2種の中からチョイスするようになっている。よく見ると飲み物のリストもあり、ビールは”International"となっている。)これがまたおいしい。タイガーを済ませたあと。白ワインも飲み食事終了。離陸時は曇っていたが食事の頃から晴れる、下は海。15時30分頃から陸地(島)見える。15時40分頃にはいくつかの島が見え何ヶ所かケムリも見える。焼畑なのであろう。
  18時35分(現地時間17時35分)シンガポール着陸。6時間20分地面からはなれていたわけである。広い広いターミナルビルを歩き中央部の広場で(以後現地時間)18時10分解散。22時まで約4時間自由行動。とりあえず日本から着てきた冬シャツを夏シャツに替える。で、次に何を食べようか?とレストランの並ぶところウロウロ。ビア−スタンドを見つけ「まずは一杯!」(われながらよく飲むものだ)"Carlsbarg"( デンマーク)生中(6$)家から持ってきたあぶった干たらをかみながら飲む。これは美味かった。”元気すし”という回転すし屋があり茶ソバもある。同じツアーのご夫婦がソバを召し上がっているのを見つけ”どうですか?”と聞いてみると”まぁまぁですよ。”とのことで小生もソバにする。茶そばとタイガービール330ml缶をオーダー、ともに6.8シンガポールドル。ソバはのど越しもうひとつだが、ツユは美味い。日本円で支払い。レジスターには1013と出るが1100円と言われる。プリーズジャストワンサウザント!とか言って見るが1000円札一枚ではだめという。(コイン!コイン!と手をだす。)結局1100円払う。日本と変らない物価である。お土産店を覗きマーライオンの小さい置物を買ってシンガポールにも来たことににする。更にうろうろしスーパーを見つけペットボトルの水(1$)1本買っておく。それでもまだ21時にならないが集合場所にもどる。一人で参加のFさん座っているのでそのとなりにすわり雑談し時を過ごす。
  22時集合し、またかなり歩いてカイロ行きの出発ゲートへ。23時15分機内へ。23時50分離陸。食事でるが(昼から十分飲んであるので)パスして眠る。
   
topに戻る

 2日目(3月26日)   カイロ到着。 到着後ギザの3大ピラミッドとスフインクス

  冷房のよく効いた飛行機は飛び続けている。毛布をいっぱい広げ肩から足まで毛布にくるんでいないと寒い。5時パンとジュースの朝食。6時50分ドバイに着陸。座席は変らないが荷物は全て持って降りる。外は暗く、霧雨が降っている。現地時間は2時50分なので暗いのは当然だ。トランジットの客も全部セキュリティーチェックあり。ドバイの空港は新しく、明るくてきれい。トイレの手を洗う蛇口”TOTO”製。手を出すと自動的に水の出る節水タイプのものである。蛇口に書いてある文字は日本語で”自動”であった。空港内いろいろのヒフの色をした人たちが、いろいろな服装でたくさん歩いている。この時間でも店は営業中でFさんCDを買ったとのこと。待合室で4:00(予定)の出発を待つ。
  4時前ゲートが開き皆がゲート前に並ぶがすぐ閉まる。霧で視界が悪く、出発遅れるとのこと。確かにすぐ近くに駐機している飛行機の尾翼が見えないほど視界は悪い。ドバイは沙漠で晴れだけと勝手に思っていたがこういうこともあるのだ。待機中パンと揚げ春巻き?&ジュース。更に時間をおいてコーヒーがでる。待つこと3時間40分の7時10分にやっと機内へ。夜はあけているが視界は悪い。機内でも待機。定刻より4時間30分遅れの8時30分離陸。3分もすると沙漠にアパートが見える。がまた雲その中にヨットの帆のような形の高い建物とプラントの上部だけが見える。どうも局部的に濃い霧が発生しているようだ。8時42分には雲も消えて飛行機は海上にでる。
  9時20分頃朝食。10時過ぎとなりの外国の人がビールを飲んでいる。下は砂漠。小生もビール飲む。今回は"FOSTER’S" オーストラリア製、アルコール4,9%、これはきりんラガー(クラシック)に近く苦味のきいたビールであった。このあたり沙漠の色は赤い。その中に大きなグリーンの円形いくつも見える。農場(牧草?)であろう。11時ごろ海へモニターに書いてある飛行機の位置からすると紅海だ。更に20分ほどで岩山の多い沙漠、シナイ半島(?)そして数分でスエズ湾のむこうにアフリカ大陸みえる。岩の多い砂漠の上を飛び、ナイル沿いのグリーンと大きな街が見えるとカイロ着陸。
  着陸は12時(現地10時)であった。やはりアフリカは遠い!現地旅行社の人が全員の(パスポート)一括してビザとってくれる。(ここでは現地旅行社の人が入国手続き前のゾーンまで入ってこられるのだ。)10時40分荷物も受け取り、50分にはバス乗車。バスはトイレ付きの45人乗りと大きく、二人掛けのところを一人で使用。ここで本日だけのエジプトのガイドさんとアシスタントのモハメドさんも乗車。街の気温20℃。今日は金曜日、イスラムの国であるエジプトは金曜日が休日。そのため道路はいつもより空いているということでバスは順調に走る。11時30分頃には右側にピラミッド見えてくる。写真では何回も見たピラミッドだが実物は大きい!飛行機が遅れたので先に昼食を済ませ午後、ギザのピラミッドとスフィンクス見るとのことでレストランに直行。11時45分着。窓からピラミッドを眺めながらの昼食。うすい円形のパンにペースト状のもの塗って食べる。ペーストは5種類あった。ゴマの香りのするもの、香草のような青い野菜の入ったピリ辛のもの、等々。どれもあっさりしており食べやすい。メインはチキンケバブ(だと知らされる)にチャーハン。(飛行機で飲んだのでここではビールのまない。)
  12:30昼食完。パピルスの土産物店へここで初めてパピルス草を見る。草といっても大きいものは高さ5mにもなるという。人類最初の”紙”という認識であったが漉いたものではなく、パピルスの茎をうすく削り縦、横に並べて圧着させたものであること実演してくれる。13:20より10分たらずで第一(クフ王の)ピラミッドへ。高い!大きい!バスはかなり離れた所に停まったがカメラに全景は収まらない。トップはちょっと(9m)欠けているが高さ137m、底辺227mの大きさだ。積まれた石灰岩も縦、横とも1m以上ある巨大なものだ。この巨大な石が200万個(どう数えたのだろう?研究する人も大変だ)も使われているという。今はこの巨大な石が剥き出しになっているがもともとは化粧石で覆われていたとのこと。(第二ピラミッドのトップの方に残っている。)ちょっと登ったところに盗掘で開けられた入口がありここまで登って見る。カイロの町がよく見える。少し登っただけだが風は強い。
  続いてバスで第二(カフラー王の)ピラミッドのすぐ近くを通り、第三(メンカウラー王の)ピラミッドへ。第一ピラミッドの方が大きいとのことだが、トップが欠けているので大きさの殆ど変らない第二の方が高く、きれいに見える。バスはゆっくりゆっくり走るが5分程で第三ピラミッドに到着。ここで希望者は内部に入る。板に滑り止めを打ちつけたかなりの傾斜の長い、まっすぐな、高さの低い坂道を腰をかがめて歩く。この姿勢股にくる。中には広い、天井の高い部屋があったがそれ以外はあまり印象にない。
ギザの3大ピラミッド スフィンクス。午後行くとお顔が日陰になる
  バスですぐの三つのピラミッドがきれいに見渡せるパノラマポイントへ。ここで写真タイム。いろいろな国から来たであろういろいろな顔した人たちが記念写真を撮っている。いいポイントは順番待ちという感じ。15:05バススタート。第1と第2ピラミッドの間の道を通りスフィンクスへ。10分もかからず到着。ここも大混雑。スフィンクス神殿のすぐ近くに川岸神殿というのがあり、ここからカフラー王のピラミッドの前の葬祭殿まで参道でつながっていたとのこと。参道の長さは300m以上あった。この神殿ではお供えの食事をつくる儀式が3000年続いていたとのこと。とにかくケタが違う。スフィンクスは高さ20m、長さ50mとのこと。本で見る写真はスフィンクスをアップで撮ってあり、大きいものと想像していたがピラミッドに比べると小さい。顔は鼻が削られ、ついていたというヒゲもイギリスにとられ(大英博物館にあるという)できた時はもっともっときれいであったであろうと思う。破壊されていない頭の部分を後方から見ると十分想像できる。それとスフィンクスは顔に陽のあたる午前中に見るほうがよい。(このツアーでも飛行機が遅れなければ午前中に見ることになっていた。)それでもスフィンクスとピラミッドをバックに写真撮ってもらって大満足。16:00チケット売り場のそばの大きなゴムの木の下の日陰に集合し(そう 日陰でなければ暑いのです。)駐車場へ。広い駐車場にたくさんのバスが駐車しておりバスに集合では捜すのがむつかしい程の台数だ。10分ほどでホテル着。
  広い敷地に2階立のコテージの並ぶホテル。18:15の夕食出発までに風呂に入る。バスタブつきの風呂はお湯も十分出て問題ない。それにしても長旅の後のこの風呂は気持ち良かった。18時頃部屋を出るとシャツだけではやや寒い。部屋にもどりウインドブレーカーを着てくる。18:15ホテル発バスで10分ちょっとのレストランへ。あのまぁるいパンつきの魚料理(スープもフィッシュ)の夕食。で、飲み物はもちろんビール、"STELLA"を呑む。アルコール%4.5% あっさりしているが苦味もけっこうある。500ml瓶(17Eポンド。)2本飲む。19:10食事終了。ホテルへ 21時頃には寝る。

topに戻る

 3日目(3月27日)  ダハシュール(赤・屈折ピラミッド)。メンフィス(博物館)。サッカラ(階段ピラミッド)

  7:30より朝食。洋食のバイキング。他のツアーの日本人と同席、この人たちのツアーでもやはり(霧のため?)ドバイに飛行機着陸できず、2時間近く旋回して待機したがドバイはだめでバーレーンに着陸し給油、ホテルには夜中に着いたとの話だった。昨日のドバイは夕方にもなにかあったようだ。
  9:00ホテル発ダハシュールへ。これからのこのツアーの観光の全てのガイドをつとめてくれる、浜ちゃんこと アーメドさん挨拶。彼はカイロ大学英語科卒、日本大使館カルチャーセンターで日本語を学ぶ。ここで1番になり、奨学生として2年間日本に留学、今も日本語を勉強中という(早口の)日本語の上手なガイドさん。記憶力には自信があるというだけあって史跡の年号、大きさ等の数字スムースにどんどん説明。30分も走ると畑のある郊外の(畑用の水の)幅10mちょっとの運河沿いを走る。たくさん見られる大きな木はナツメヤシ。畑のミドリはキャベツや(牧草の)クローバーとのこと。水は澱んで濁っている。途中この運河にワイヤーを張り四角い数人乗りの箱のような船があり、自分でワイヤーをひっぱり向こう側に行く”自力運行渡し”があった。また釣りをしている人、ボートで網をうっている人もいる。この運河にも魚がいるようだ。
ダハシュール屈折ピラミッド
ダハシュール赤のピラミッド
サッカラ階段ピラミッド
  10:00頃小さい町、格子の小さい窓の所に行列あり、パン屋さんとのこと(このあたりに2軒しかないとのことで)大変混んでいる。(ピラミッドの帰り11時過ぎに再びここを通ったが行列はまだあった。)10:05チケット売り場、ここからバスで約5分で(屈折。赤。黒。の)3つのピラミッドの見える所に着く。外は暑いので説明はバスの中である。ここには建物もなく、土産物を売る人もいない。遠くに小さく右側が崩れた黒のピラミッド。その右側に屈折ピラミッド。そして振り返ると二等辺三角形のピラミッドとしては最古という赤のピラミッド。浜ちゃんは屈折ピラミッドが何故地上50mのところから傾斜54度から43度になったか3つの説がある等10分間に渡り説明してくれる。それから下車し写真タイム。このあたりにはきれいな石もあるので記念に持ち帰る人もいますよ。と添乗員さん。確かに玉砂利のような形の表面のつるつるした石がある。中に屈曲した表はザラザラして濃い茶色で裏はうすい茶色でつるつるし、形はものが割れたように不規則なものがある。ひょっとすると5000年前の”壷のカケラ”か?と思って拾う。添乗員さん”いいものありました?”5000年前の壷のカケラ拾いました。手のひらの上のカケラを見た浜ちゃん曰く”ただの石灰岩ですね!”ションボリ! でもひとつはこの(価値も、価格も)ただの石を持ち帰りました。この石を見るときっと太陽光線のきつい、風のつよい、沙漠の中の風景がよみがえると思ってーーーー。
  11:35から希望者は赤のピラミッドの中に入っていいということでさっそく数人が入る。わたしも行く。直線の通路は長く、暗くて暑い。下りきったところに広い部屋がある。その先に上へ木の階段があるジグザグについた階段を上がると格子の向こうに大きな空間がある上をみると大きな石が内部に少しづつずらして積んであるのがわかる。浜ちゃん20分で帰って来てくださいとのことだったがかなりの強行軍だった。
  11時過ぎバス、スタート。来た道を引き返しメンフィス博物館へ11時25分着。このあたりからの出土品が展示されている。元は高さ20mはあったというラムセスU世の像が横たわって展示されているのを二階の回廊からみる。BC1200年のスフィンクスは高さ4m、長さ14mと小型ではあるが完全な形で展示されている。バス10分で12:20レストラン着。ツアー客がよく利用するレストランのようですでに2台のバスが着いている。入り口のところでは楽団がにぎやかに迎えてくれる。門を入ったところでは客に見えるように大きな釜でパンを焼いている。肉のエジプト料理。ビールは"STELLA."
  13:35 サッカーラの階段ピラミッド着。階段ピラミッドは最も古いピラミッドで最初はマスタバといわれるカコウ岩の長方形の墓であったがその後上に4段の石灰岩がプラスされ、そのあとさらに一段プラスされた階段状のピラミッドで4780年前のものとのこと。階段ピラミッドを一周し円形の柱のならぶ中廊を通りパノラマ台に上る。好天に恵まれここからの眺めはすばらしかった。東に赤や屈折のダハシュールのピラミッド。北に緑の向こうにカイロ。その左にギザのピラミッド(これがそう毎日は見られないーーーそうだ。)そして西は遠く遠くサワラまで続く砂漠。(ついでに。浜ちゃん曰く。サワラとはアラビア語で沙漠と言う意味、アラビア語的には”サワラ沙漠”はおかしいのだと。)
  14:40発カーペットスクールへ。カーペットスクールとは若い子に手織りのカーペットを織る技術を教え、安い給料(1日:10ポンド)でカーペットを織っている所でこのあたりにはたくさんあるカーペット工場。ツアーの客が寄るところは二階にいろいろなカーペットが展示されており、工程見学後ここでお土産としてのカーペットを販売している。絹のカーペット小さいマット3万円から4年かかってつくったという12帖(くらいと思う)850万円というものまであった。手織りのカーペットは密度の高い縦糸の間に色のついた横糸を通していくが指が細い若い(というより幼い)間でないとできないとのこと。カーペットスクールの生徒も3年もすると(指が太くなって)生徒卒業せざるをえないとのこと。15:35スクール発。エジプトの学制は日本と同じ6・3・3・4制であり、大学は14ある等の説明がある。
  16:15ホテル着。17:30ホテル発で夕食へ。20分でレストラン着。ここにはいろいろなビールがある。まずラベルに階段ピラミッドの描かれた"SAKARA"を飲む。苦味少なくあっさりしており飲みやすい。(アルコール%4.0)次に"MEISTER"飲む。こちらは味が濃く、少し甘味を感じる。(アルコール%5.2)価格はともに21ポンド。乾燥地で飲むビールはうまい!19:05ホテルに帰る。明日出発早いこともあり、というより眠くて21時前には眠る。(21時は日本時間は明け方4時だ眠いはず。)


topに戻る

 4日目(3月28日)   スエズ運河。シナイ半島へ、モーゼの泉、ファラオの温泉見た後セントカテリーナヘ

  6:00より朝食。昨日と変らず。レストラン入口に料金書いたものがありBreakfast:45Eポンドとあった。カーペットスクールの乙女の4.5日分だ。ついでにガソリンは1Eポンド/g(約17円)とのこと。
  7:00バス出発。ガイドさん。アシスタント。交代ドライバー。そして観光客警護のポリスも乗る。エジプトでは観光の収入が非常に大切なので、警備にちからをいれているのだとのこと。エジプトの外貨獲得:1位観光。2位スエズ運河。と浜ちゃん説明してくれる。本日はスエズ運河の下のトンネルを通ってシナイ半島に渡り、セントカテリーナまで540kmの旅。ホテルを出発しすぐ高速道に入り35分程度で砂の少ない土の上に石ごろごろのところとなる。たまにこの(中国でいうところの)ゴビの中に高いアパートが立ち並ぶ団地が見える。殆どは左右ともゴビの中をはしる。8:37スエズまで43kmの標識。この少し先から鉄道(=線路)が道路の近く平行に走っている。8:52高速料金所。9:02スエズまで14kmの標識。やがてスエズの大きな町が見えてくる。スエズは人口17万人の町と説明あり。
  9:20海の見えるところに出る。これからバス走ること10分でスエズ運河に到着。レセップスの像を建てるため?の台座のあるところでバスを降り写真タイム。このあたり(目の前)は運河というよりスエズ湾の一番奥という感じで対岸のシナイ半島まではだいぶ距離がある。ここで海に向かって左側=地中海方面を見ると遠く両岸がコンクリートの壁という感じでわたしの想像していた運河に見える。9:45〜バス魚市場へ行くべく市中へ。10分ちょっと走って少しの広場にバス停車、魚市場は見当たらない。ガイドさんちょっと待って下さい。と言って下車。気がつくとバスの前に白バイが止まっている。白バイのポリスさんトランシーバーか携帯でなにやら連絡している。そのうちパトカーが来る。ガイドさんや我らのバスの警護ポリスと(誰と話たかははっきりみていないが)少し話してからバスはバックし(この間約10分)広い通りに出て魚市場へ10:20魚市場につく。以外に大きな魚、いか、かに、えびもある。1軒の店のかまえは2m程度で50m以上少なくとも2列はあった。(行きと帰りは違う通りを通った。)魚市場の前には道路をはさんで果物も売っている屋台が並んでいる。バナナ1kg:1ポンド(約17円)ツアーの中の誰かが2kg買い全員に差し入れてくれた。色はまだ青いところ残っているが甘い。ここに20分程居てバス出発。白バイは待ってくれていて先導を続けてくれる。Uターンする時は直進の車を止め優先的に進めてくれる。10:50郊外の広い道路に出る。白バイはここで手を振ってバイバイし町へ引き返す。魚市場の辺りで怖そうな人見かけなかったがきっちり警護してくれているようだ。
  11:00トンネルに入る前の土産物店のあるところでトイレタイム。端っこの店の前で車椅子のオジサンが我々の日本人グループの方に向かって日本語で”いらっしゃいませ!””いらっしゃいませ!”と絶叫している。何分間もこの絶叫が続くので殆どの人がこの店にも立ち寄る。ここを出てすぐトンネルに入る。トンネルは写真撮影しないよう注意がある。トンネルの長さは1800mとのこと。バスは3分でトンネル抜ける。5分も走ると三叉路左は地中海方面。右は紅海方面。われらは右に進む。砂漠の中走ること20分モーゼの泉に着く。
モーゼの泉。左の方に土産物店が見える

まばらに木のある小さなオアシス。そのなかに直径3、5m、深さ3.0mの円形の石積みの井戸がある。元は12の井戸があったが現在水のあるものは1ヶ所、石積みの残っているもの2ヶ所である。このオアシスの先300m?には紅海が見える。海からの風は強い。泉の片側に屋台のような大きさのベドウインの人の店が軒をくっつけて一列に10軒以上並んでいる。商品は多くない。その中でも奥の方の一際商品の少ない、だれも寄っていない店にいく。母娘で店番している。母親はマラソンの金メダリストのあのハツマ・ロバさんに似ている。木を削った小さなラクダ買う。1$という。これにビーズの腕輪(これも1$)をつけて1$でどうか交渉するがノーという。少しねばってみる。娘さん色の良くない、ちょっと中古という感じの腕輪を出してこれをプラスし1$ということで商談成立。なぜかお母さんの顔が悲しそうに見えた。エジプトでは値段交渉当然と聞いているのでやってみたがこれはもう少し高いことを言われた時にやるべきと思う。あの悲しそうに見えた顔を思うと(帰国した)今も胸が痛む。12:05出発。たまにレンガの低い、四角い家の見える砂漠を走る。砂の中に白くなっている所もある。塩だとのこと。12:40右折し遠くに見える町の方へ向かう。
  12:50RUSDURという海岸リゾートのコンコルドホテル着昼食。メインはビーフストロガノフ。ビールはSTELLA:15ポンド。食後ビーチに行くべく外に出ると乾杯仲間?のYさんがドライバーさんが水タバコやってますよ!と連れて行ってくれる。彼女タバコはやらないが水タバコ吸ってみたとのこと。好奇心いっぱいの小生ついていく。ドライバーさん水ブクブクいわせながら楽しんでいる。横に座ってやってみろというゼスチャー。ちょっと吸ってみる。マイルドではあるがやはりタバコの味だった。このホテルのコテージの間を歩きビーチに出る。波は荒い。コテージにはお客さんも見えるが泳いでいる人はいない。このホテルもそうだが敷地は1km四方はありそうで、その中に多数のコテージが建っているという造り。この形のホテルが何ヶ所か建設中である。13:50出発。12:40に右折した所まで戻り、シナイ半島の先端の方向へすすむ。時々右側に海が見えるが殆どは岩山と砂の少ない砂漠というところを走る。
  14:25海岸まで岩山のせまっているところで温泉の湧出している”ファラオの温泉”に着く。ここには洞窟があり天然サウナになっているという。ここの案内の人がこの穴に案内してくれる。穴は不規則に曲がっており、這わなければならないほど狭いところもあり、暗い。その上途中からどんどん熱くなる。案内の人奥の方で”Come On! Come On!”と言っているが、途中で引き返す人続出。小生も退散。一度に300人は入れるという広いところまで進んだ人はいなかったようだ。海岸に湧出している温泉に手を触れてみるが熱い&熱い。15:50三叉路のところのドライブインでトイレ休憩。隣りはガソリンスタンド。ここでわれらは左折=海から離れ山の方へ向かう。16:20女性と子供数人が歩いている、どこからきたのかと見回すと少し離れたところに村が見える。時々村の見える殆どは岩と砂まじりの土の風景のなかを走る。
セントカテリーナ近くの村
  17:30 白い2階建ての同じカタチの建物が5〜6棟並んでいるのがみえる。バスは左折しそちらに進む。この集落とも見えるところが本日のホテル。18:30〜夕食。バイキング。ビールはSTELLA(20ポンド)このあたり海抜1400m以上あるということで日がしずんだ今は少し寒い。ということかどうか?ビールは(冷蔵庫にはいれてあるが)十分には冷えていない。ここのデザート、大きな丸いケーキ(われわれの食事の直前にだされた)が”まんまる”のまま5種類ならんでいたのに感激!その中の2種にはわたしが最初にナイフをいれました。19:00には食事終了。なにせ明日いや正確には今晩は1:30起きなのだ。8合目までのラクダの代金15$払う。アシスタントのモハメドさんは早く行っていいラクダを確実に確保しておくのだとのこと。21時には寝る。

topに戻る

 5日目(3月29日)  シナイ山登頂朝日鑑賞。下山後セントカテリーナ修道院観光。シャルム・エル・シェイクヘ  
                  フェリーで紅海を渡りハルカダへ


  1:30ドアーノックのモーニングコール。これならお客さん起きたかどうか確実にチェックできる。2:05バス出発。6〜7分でバスターミナルに着く。すでに何台ものバスが到着しておりすごい人だ。15分歩いてセントカテリーナ修道院の壁のところに到着。ここで5分ほど説明を聞きすぐ近くのラクダ乗り場へ。ガイドさんが次々とラクダを操る人をつけてくれる。わたしはけっこう背の高いお兄さんらしき人(暗くて顔は見えない)についていくとラクダがしゃがんでおり、これに乗れ!というゼスチャー。しゃがんでいてもけっこう高い鞍に精一杯マタを開いてまたがる。前の棒につかまるとすぐにラクダ立ち上がるこのときかなり傾く。(ガイドさんから注意はあるが)この傾きは大きい。ラクダさんの背中は大きい。多少のガニマタでは間に合わない、ちょっとしたストッレチ体操ほどマタを開く。
  2:40ラクダは歩きはじめる。彼が何頭のラクダを担当(3頭という説もあるが未確認)しているか分らないが、ともかくわたしの乗ったラクダの前にはいない。それでもラクダはラクダと自分の足で登ろうという人との行列の中を全部が同じ方向に進んでいる。道は広そうで2人ならんで歩いている人もいる。しかし普通はラクダの方が早いので鼻息で知らせるごとくして人を追い抜いていく。なかには稀にラクダを追い抜く猛者もいる。(数えた結果5人だった。)わがラクダの御者はわたしの乗ったラクダのすぐウシロについているようだ、前のラクダ(どこのラクダか知らないが)とちょっとあいだがあくと”はやく!”か、”いそげ!”か、”シッ!”か、とにかくそんな意味の合図でラクダを追い立てている。寒くて空は晴れてよく澄んでいる。明るい星がそこらじゅうに輝いている。天の川の白さがうすい雲のようだ。大きな1ヶを含め何ヶも流れ星を見た人もいたが、小生は小さいの2ヶだった。3:30灯りをつけ営業中の(2軒目の)売店を通過。たくさんの人が休んでいるが日本人らしき人は見えない。日本人はみんなラクダか?。そうです日本語の上手い、われらの浜ちゃんは言ったものです。日本の人はみんなラクダに乗りたがります。それはラクだからです!と。この売店の手前で右下の方のスタート地点の方が明るく遠くに見える。かなり登っている。
  3:50(4軒目の)売店このあたりからは上にも下にもジグザグに徒歩の人の懐中電灯のあかりがちろちろと見える。4:00売店が何軒も並ぶ8合目に着く。ここでラクだおりる。たくさんの人とラクダで大混雑。ここでトイレすませておくようにとのことでならぶ。なが〜い行列。葦で囲んだ個室のトイレが1ヶ所。灯りは各自持参のものだけ。中から明りがかなりもれてきている。ということはそれだけ隙間があるということ。このトイレでもトイレ近くに人がおり、暗がりの中1ポンドばっちり徴収している。われらのグループ全員がトイレすませて集まったのは40分後。頂上へスタート。少し登り狭い鞍部を抜けて裏側にまわる。出発してから10分で5軒ほど売店があるところに着く。ここからあとは各自のペースで頂上へ行き、下山してきたらここに集合。で、再出発。ここからは殆ど階段多くの人が文字通り”ジュズつなぎ”で頂上へ向かう。

シナイ山 左の方の高い所がピーク、ここまで登りました

  5:20教会のある頂上到着。でも鉄のハシゴを登ったところのピークは狭く(10人ちょっとで満員)もう満員状態。その下で少し明るくなりかけた方を向いて待機。寒いと聞いていたが、風がなく寒さ感じない。(手持ちの簡易温度計10度C)ここでも毛布や敷くためのマットのレンタルの商売しているが借りる人殆どいない。小生冬用ウールシャツとヤッケというスタイルであったが、寒くなかった。(リュックの中のセーターは出さずじまい)5:42日の出低い雲のところから日がさしてくる。1〜2分?とにかく間もなくという感じでまん丸の太陽となる。でもはっきりとご来光拝むことができた。おそらく生涯でただ一度のこの場所で迎える”日の出!”はっきりと見られたことは幸運だ。聞けばこの会社の2月のツアーでは頂上に雪が積もっているため登頂が禁止されたとか。5:50下山開始。またもや大行列。6:15集合場所に到着する。6:30全員が揃い出発。10分足らずで8合目売店着。上りの客を運んだラクダが待っていて下りる客を乗せようと騒がしい。われらのツアーの人も何人か下りのラクダに乗る人もいる。各自のペースで下山し修道院のところに集合ということで5:42再出発。ジグザグの道を多くの人が下山中。途中で写真写したり振り返って山を見たりしている間にグループの人と離れ一人になる。しかしかなり離れてはいるが上にも下にも同じグループの人は見えているのでまぁ真中あたりだろうと安心して歩く。7:06上り3:30に通過した売店のところ通過。下り途中でバテル人もあるのか、このあたりにもラクダの客引きがいる。また青や白のタマゴ型の石を何個か持って売っている子供が何人もいる。どちらもあまり商売になっていない感じ。7:45修道院に着く。何人か日陰で待っている。日向は暑い。8時前には全員揃いバスターミナルへ。
  8:30ホテルに帰着、すぐ朝食。9:50ホテル発。再び修道院へ。バスターミナルから修道院までの約15分の上り。登山の疲れと暑さでけっこう遠く感じる。この修道院同じ敷地の中にキリスト教の鐘楼とイスラム教のミナレットがすぐ近くに共存している。世界中これが実現すれば世の中ずいぶん変っただろうし、今からでも変るだろうと思った。1801年にここを訪ねたというナポレオンのサイン入りの書類の前は大変な人だかりだった。4世紀に造られたという高い塀がきれいに残り今もそのまま使われているのも感慨深かった。約1時間修道院観光。

セントカテリーナ修道院の中の
キリスト教の鐘楼とイスラム教のミナレット

11:00バスターミナルへ。服装夏モードに着替えているが暑い。気温30度C。11:25出発、シャルムエルシェイクへ。バスは昨日きた道を少し引き返し右折しアカバ湾の方へ向かう。即ちシナイ半島を横断するように走る。岩山と砂と茶色の土、中にポツンポツンと木のある風景の中を走る。木はアカシヤとのこと。一本づつポツンポツンと生えている。12時過ぎラクダの放牧みえる。途中赤い岩がかなりの高さ&幅(=長さ)で渓谷をなしているところもある。小型グランドキャニオンという感じだが、渓谷の中に水は全然見られない。14:05遠くに町が見える。そして海も見えてくる。やがて人口17万人というシャルムエルシェイクの町に入る。道路は広く舗装もよく街路樹も大きくかつ多く、道路沿いの白を基調とした建物も大きくきれいな町だ。この町への観光客はイタリア人が多く、年間120万人も来るという。14:25〜ホテルのレストランで昼食。ホテルの入口には星が五つ。マカロニを含むバイキング。ビール(STELLA)30ポンドと高価。料理もビールも美味しい。
  15:20から10分ほどでホテルといろいろな店のならぶビーチへ。ここで1時間20分自由行動。グラスボートで海中を見るオプションツアーもあり、何人かの人が出かける。サンゴとたくさんの魚がきれいだったとのことであった。小生、今後ビール30ポンドで計算するとエジプトポンド不足するので両替のため近くの大きなホテルへ。フロントで銀行尋ねると今はクローズ、18時オープンとのこと。少し離れた別のホテルに行くがやはり18時までクローズとのこと。ここでは親切に町の中にある両替屋を教えてくれる。こちらで両替。レートはカイロのエアポートと殆ど変らず。中に50ルピー札あるので10ポンド札に変えるべくこれを出して”テンパウンドプリーズ”と言ったらなぜか5ポンド札を10枚と変えてくれた。ビーチに出て見るとたくさんの白い肌の人がベンチに寝そべっている。泳いでいる人もいるが、ベンチの人の方が多い。トップレスのご婦人も ちらほら。でも孫のありそうなご婦人ばかりという感じ。土産物店何軒か覗き時間をつぶす。

 土産物屋を覗き時間をつぶす。エジプト音楽のテープ買う。"traditional"と言ったつもりだが通じない。”old&famous"と言って見ると、ちょっと探して出してくれる。20ポンドを15ポンドで交渉し購入。17:10フェリー乗り場着。ゲートの向こうに広い駐車場がある。ハルカダ行のフェリーはすでに着岸している。一般の人はゲートでチケットチェックしているが、われわれは(団体のためか?)ゲートをバスに乗ったまま通過、建物のところで停車。ここでバスから下ろされた大きなスーツケース自分のものを運び飛行機に乗る時と同じように荷物X線、身体金属探知機、そしてパスポート&チケットチェック。大きな荷物はこの建物出たところでポーターが運んでくれ、フェリーにも積んでくれる。スーツケース砂のホコリで色が変わっている。カイロからずっと一緒だったバスはここまで。あの陽気な、奥さんが3人というドライバーさんバスのところで盛んに手を振ってくれる。あまりしゃべらなかったが、忠実に任務をこなし、シナイ山ではラクダに乗らず徒歩で頂上まで付き合ってくれたアシスタントさんも一緒に手を振っている。これから走り続けカイロまで帰るようだ。カイロに着くのは深夜だろう。心の中で”気を付けて!と叫ぶ。17:35フェリーに乗船。先客かなりあり窓側の席はもう無い。わたしの座ったところは冷房の風のよくあたるところで、シャツだけではさむい。ウインドブレーカー着る。20分遅れの18:20出航。
遅れたことや出航することに関する放送など全然ない。船が動きだしたので出航を知る。波もあまり無くて静か、座席もゆったりしている。深夜1時過ぎに起きてから眠っていないのだ。すぐ眠くなる。目が覚めたのは19時45分、夜だ、前方に灯りが見えている。アフリカ大陸だ。20:00着岸。
  上陸後手荷物検査。20:25バス。これから本日をいれて3日間はこのバス。型式は本日までと同じ(補助席いれずにトイレ付き)45人乗り。ハルカダはドイツ人観光客の多い町でドイツから年間40万人もくるとのこと。20:47ホテル着。すぐ食事。バーベキューを含むバイキング。ビールはSTELLA3種類ある。まずプレミアムを飲む。色は黒ビールがかっている、味も濃くおいしい。アルコール%6.4%と高い。値段はすこし高く330ml:16ポンド、次にSTELLA Export飲むこちらはアルコール%が5.2でレギュラーより高いが味はあっさりしておりレギュラーと変らない。500ml:16ポンド。このホテルもコンドミアム式で宿泊棟はフロントとレストランのある建物と広い道路をはさんで建てられている。21:50部屋へ。荷物の砂ホコリきれいに拭いてある。バスタブ大きくきれいなお湯も豊富にでる。ゆっくり入浴。ここには110Vのコンセントもあり電気カミソリ充電しておく。荷物がきれいにしてあったこととお湯が豊富であったことでリッチな気分となりぐっすり眠る。


topに戻る

 6日目(3月30日)  サファガ経由ルクソールへ、ナイル川東岸(カルナック神殿&ルクソール神殿)観光
  4:30起床。5:30荷物廊下に出す。ここで失敗。部屋のドアーが1mほど引っ込んだところにあるので見えなかったら?と思い、気をきかせ(たつもりで)廊下の壁のところまで出す。荷物置いてふりむくとドアー閉まっている。オートロック!キーは室内!ひろい道路の向こうのフロントのある建物へ行く。(ああ、スリッパを履いていてよかった!)建物の前に二人のガードマンがいる。なんと言ったか解らないが.Good Morning! My room key is in room. But door closed My room number ---とか言って両手を開いたという感じ。 得意の、いや必死&窮余のボディーランゲージ。 OK! Please wait here one minute.と言って1人がどこかへ行く。もう一人の人はユーエジプト初めてか?と聞く イエスと言うと Welcome! と言ってくれる。気持ちがいい。(これが言いたくて恥ずかしいことをクドクドと書いたのです。)すぐにキーの束を持ってきてくれる。一緒に道路を渡って部屋に行き開けてもらう。チップ1ドル。この1$は価値あった。ロビーで朝食のボックス受け取る。飲み物はコーヒーかティー。熱いお湯を紙コップに注ぎコーヒーは粉入りのスティック、ティーはパックを入れて渡してくれる。こぼれそうなのでフタをするジェスチャーするとティッシュペーパーかぶせようとする(ホコリが入らないようにーーーと解釈したのだろう)が手を振って断る。小生はお湯だけもらい、バスの中でお吸い物つくる。
  6:00出発。サファガに向かう。バスの中で朝食。ボックスにはパンが6ヶ(6種類)も入っている。小生3ヶで十分。本日朝早いのはこの方面からルクソールに向かうバスは全部サファガに集まり、そこからルクソールの手前まで(沙漠の中)バスの列の前後を警察の車(自動小銃をもったポリスが数人乗っている。)に護衛されて走る。この区間はこの護衛なしでは観光バスは走ってはいけないようだ。6:40サファガのバスターミナルに着く。すでに20台を越えるバスが到着している。トイレと飲み物等の売店がある。われらのあとからもどんどんバスがくる。10台以上の列が4列出来ている50台ちかいバスが集まっているようだ。7:10われらのバス、列のやや後半で(先頭も最後も見えない)スタートする。バスは岩山と砂礫の多い荒涼とした水のない風景の中を走る。この沙漠をエジプトでは東方沙漠というのだそうだ。これに対しリビアの方の沙漠を西方沙漠といいこちらは砂が多いのだとのこと。8:15 ガソリンスタンド、食堂、土産物屋、そして多数のトイレのあるオアシスで停車。ここには両替所もある。トイレ休憩だ。バスは駐車場に入りきらず道路にも並んでいる。8:40頃よりバス動きだすが道路からかなり離れていたわれらのバスが道路をはしるまでには20分ちかくかかった。9:40右側に長い貨物列車見える。
  10時前エナの町の中で左折する。地図を見るとこれからナイル川に沿ってルクソールに向かうことになる。が、ナイルは見えない。すぐに町を抜ける。運河沿いに道路が走り、両側に農村がある。作物はサトウキビ、麦、クロウバー等が多い。サトウキビ収穫中で狭い線路のトロッコがありその貨車に葉を取ったサトウキビの束が積んである。10:20〜30このあたりはサトウキビ多い。10:50右折ルクソールの町へ向かう。11:00ナイル川沿いのホテルに到着。ここでトイレ&(一部の人)両替。15分ほどでバス出発、約10分でカルナック神殿に着く。
カルナック神殿 大列柱
ルクソール神殿 塔門
(もうひとつのオベリスクはコンコルド広場にある)
ルクソールのベリーダンサー。胸に注目!わたしは谷間に埋めたのだがーーー
 両側にスフィンクスの並ぶ参道を通り高さ43m 幅113mという巨大な第1塔門を入る。ここでの圧巻は第2塔門を入ったところの大列柱室だ。高さ23mと15mの円柱が134本(だそうだ。)しかもレリーフつき。上部には古代の色が鮮やかに残っている。浜ちゃん日陰を探しては説明してくれるが写真を撮っておこうとする人多くなかなか集まらない。とにかく詳しく説明あるが殆ど憶えていない。暑い!日向は40℃近い。しかし日陰では暑さ感じない。爽やか。高さ30mというオベリスクもある。2000年間も作り続けたというその年月にも圧倒される。13:00より昼食。添乗員さんの旅日記では魚のタジンとなっているが、STELLAが美味しかったこと以外記憶にない。14:00より土産物店へ。18金のカルトーシュ(ペンダントトップ)を妻に買う。本人がそんな遠い所はいや!と言ったにせよ、やはりこの大エジプトを一人で楽しんでいる負い目は多少ある。浜ちゃんが説明に使っていた大きなエジプト地図(40ポンド)も買う。地図は定価販売のようで安くならないか?言ってみたが即座にNO!であった。でも気持ちで小さいエジプトのカレンダーをくれた。わたしがもらったカレンダー(英語表記)は土曜日から始まり金曜日で終わっていて日曜日が赤字になっている。14:40出発、ルクソール神殿へ。10分でルクソール神殿に着く。
  ルクソール神殿はカルナック神殿の副神殿ということでかってはスフインクス参道でカルナック神殿と結ばれていたという。規模では及ばないが短時間で見学するのにはちょうどよい感じの規模。参道のスフインクスもカルナックほど破壊されずきれい。塔門のところのラムセスU世の像は3200年前のものとのこと。その隣りのオベリスクは今はひとつ。もうひとつは1819年エジプトからの寄贈でパリのコンコルド広場にあるとのこと。(わたしは見たことありません。)ここにも列柱あるが3000年前の円柱がその上に大きな石をのせてしっかりと立っている。つくづく自分の小ささ、はかなさを思う。アレキサンダー大王により修復された柱も残っている。15:55発 ホテルへ。10分でホテル着。ホテルはナイル川に面しプールつきのリゾートホテル。部屋はナイルビュー。夕方のナイルは夕陽を反射し静か。ホテル表示の価格だとわが部屋は180$となっている。本日の夕食はセット料理なので各自勝手にどうぞとのこと。オプションで”カルナック神殿音と光のショー”(浜ちゃん冗談で”男二人のショウ”と言って笑わす。)にも案内するとのこと。半数弱の人がこちらに参加。わたしはいつもビールを飲む人と4人でまだ飲んでいないエジプトワインを味わいながらのディナーを楽しむこととする。19:00より開始、STELLAよりスタート、次に白ワインーーちょっとフルティーでない香りがある、味はあっさり。その後またビールを追加オーダーしゆっくり食事。飲む習慣のないこの国では長い食事は経験ないのか1時間を過ぎると度々終わったか?と確認に来るが、ねばる。音と光のショーに行っていた人たちも帰り近くの席で食事中。そのうちベリーダンスのショーはじまる。と。ナイスバディーのダンサーわれらの席まで来て間近で腰を震わせてくれる。感激したわたし彼女の胸の谷間に1$のピン札入れる。彼女わが光る額にキスしてくれる。カメラをかまえるとポーズもとってくれる。次には一緒に飲んでいる京都の女性を誘い舞台で踊る。彼女スタイルもよく踊りのセンスもよく立派に相方務める。京都の女性われらのテーブル担当のボーイ?さんにボールペンプレゼント。彼お返しに(内緒でーーと思う)ピラミッドの描かれたSAKARAのコップもって帰ってもよいとのこと。ありがたくいただく。21:00切り上げ。コップ、ベストの下にいれてレストラン出る。(コップはクツ下を被せて持ち運び無事持ち帰りました。)22時前にキスされた額のあたりに温かみを感じながら気持ちよく眠る。

topに戻る

 7日目(3月31日) ナイル川西岸(メムノン巨像、王家の谷、ハトシェプスト葬祭殿観光  寝台特急「ナイルエクスプレス」でカイロへ

  本日、観光は半日の予定であり、しかも、22時頃発(エジプトの列車、時刻表通りでないこと多々あるので)の寝台列車”ナイルエキスプレス”でカイロに向かうことになっている。ということで時間は十分ある。朝食は各自済ませ、11:30ホテル出発と、朝ゆっくりできるようスケジュール組み直してくれる。ここ3日間早起きが続いているので、助かる。昨夜早く寝たこともあり、7:10には朝食にいく。朝食後ホテルの庭の門からナイル川の岸に出てみる。岸には大きな船が停泊している。クルーズの船であろう、ちょうど朝の観光が済んだようで多くの人が小型船から停泊している大きな船に戻っている。岸を歩いているとお兄さんが寄って来て”ボート!ボート!フィフティーンミニッツ。”とかいう。数人は乗れる帆船がいくつも岸壁につないである。これに乗れということのようだ。それは断る。
  岸壁に立ってシャッター押してもらう。ボールペン渡す。すると帆船に乗って写真写してやるというジェスチャー、ボールペンの威力?と思いご厚意に甘えることにする。ボートへ乗る細い板のところでは手を牽いてくれる。ボートの上で写真撮影。サンキューと帰ろうとすると”ツーダラー”という。しかもボールペンは返すという感じで突き出してくる。停泊しているとは言えボートに乗ったのはただではなかったようだ。まぁしゃーないと1$出す。サンキューとあっけらかんとしたものだ。たとえ写真撮影だけとは言え、船で商売している人の船に乗ったのだ。ラクダに乗って写真とるだけでお金がいるのと同じだと思って納得しておく。対岸では熱気球があがっている。観光用の熱気球のようだ。少しの間見えなくなるがまたあがってくる。けっこうお客さんあるのだろう。乗ってみたいが対岸なので無理。ホテルの土産物屋覗く。ガイドの浜ちゃんはルクソール出身。この土産物店の主人は知り合いで彼はパピルス等に絵を描く達人だという。パピルスの栞にヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)で名前を書いてくれる。孫の名前をフルネーム(ローマ字)で書いて出したら長すぎるという。結局、姓の方は省略。表にきれいな絵の書いてあるパピルスの栞、2$でした。部屋にもどり休む。窓から見えるナイルには帆船いくつか出ている。川面はきらきらと輝いている、豊富な水は動いているようには見えない。11:35出発。10分足らずでホテル(ノボテル)レストラン到着。昼食。待望の鳩料理、モロヘイヤのスープ。われわれの食べた鳩料理は鳩のハラのところに味つけされたライスの入ったもの。肉そのものは少なくあっさりした味。わたしは北京ダックの方が好き。これからの暑さを考えビールは我慢する。
  
13時前出発。13:08ナイル川(ルクソール橋)渡る。13:25メムノンノ巨像着。野原に大きな二体の大きな坐像がある。元はこの奥に葬祭殿があったのだそうだが今は巨像だけ。巨像だけがポツンと残ると三千数百年の年月をしみじみと感じる。15分程で出発、王家の谷へ向かう。途中盗掘で栄えたと噂される村、世界最古の土レンガの建造物といわれるカマボコ型の屋根をもった建物や古代の遺跡発掘で有名な吉村教授の住居等を見ながら15分ほどで王家の谷に着く。暑い!日向では35℃越えている。ゲート入ったところからツタンカーメンの墓の入口まで300m?ほど車で牽引するトロッコに乗る。まずツタンカーメンの墓に入場。ここだけは特別料金(40ポンド)1922年に調査中に偶然ロバが脚を落としたところの下に入口があって発見されたという。埋葬品3500点は全てカイロの考古学博物館に収められているとのこと。玄室への羨道は車も通れるほどの大きなトンネル。両側には絵が描かれていて色鮮やかにはっきり残っている。ぶつかったところが前室その右奥が石棺のあった玄室、玄室のとなりに宝物室と説明には書いてあるが見えたのは大きな部屋。ツタンカーメンのミイラはここにあると聞いたようにも思うがミイラそのものが見える訳ではない。(この事実についてはあやふや???)続いてラムセス6世の墓に入る。このお墓はツタンカーメンの墓の上に位置する。洞窟がツタンカーメンのそれより大きい、この大きな墓にはどれほど多くのの宝物(すべて盗掘された)があったのだろうか?と想像してしまう。更にラムセス3世の墓に入場。この墓は未完成とのこと。ゲートからバスの駐車場までの50mくらいの間に土産物店ある。土産物屋はともかく、その前の道で少しの商品を持って売っている人たちがうるさい!シツコイ!全く無視すればついて来ないが商品をちらりとでも見て興味示すと値段を言いながら通行止めるように前にまわって売り込む。とにかくこういうことがいやな人は全く&完全に無視することです。15:35出発。
ハトシェプスト葬祭殿
ルクソール駅
ハトシェプスト葬祭殿に向かう、5分ほどで到着。ここは1997年日本人10名を含む62名の人が過激派に襲われ亡くなったところだ。入場ゲートのところには銃をもった何人かの警察官がきっちりと警護している。ゲートから見る三層の葬祭殿広く、大きく、美しい。3500年も前によくぞこんなに整然としたものを造ったものだ。ゲートから列柱室の円柱には見事なレリーフも残っている。テラスからはたくさんの穴が見える。このあたりにある貴族の墓、各国が割り当てられた範囲をまだ発掘調査中だという。とにかくゲート付近で見る全景はすばらしい。集合時間より早めにゲートにもどり全景をじっくりと眺める&もう一度写す。16:40出発 アラバスター加工工場つきのお土産店さんによる。ここの家の壁には飛行機の絵が書いてある。これはこの家の主人がメッカの巡礼を済ませたということを意味するのだそうだ。メッカ巡礼をすますということはすごい誇りであり、また人々も尊敬するのだという。飛行機の絵は勲章を飾っているというところだ。
  家には主人の3人の奥さんが同じ部屋に座っている。その奥に加工場がある。アラバスターを切る、削る、彫る、磨く、という工程だ。手作業がかなりはいる。気になっていたタマゴ型の磨かれた石はアラバスターを磨いたものとのこと。ピラミッドの置物とともに1ヶ買う。17:20出発、ナイル川を渡り、昨日の昼、一番最初に寄ったホテル(メルキュールホテル)に18時前にもどる。これから20:50まで自由行動。オプションで喫茶店での飲み物つきの(1.5時間の)馬車による市内観光あり、半分ぐらいの人がこれに出かける。小生はバーを見つけこちらで時間つぶすこととする。18:30バーに入りメニューを見ると Draft Beerとある、これを指差すがノー!という。どうも今は無いようだ。暑くてもやはりまだ冬なのです。STELLAとSAKARA両方あるが今日はSAKARAにする。500ml瓶20ポンド。おつまみとしてピーナッツとポップコーンがつく。よく冷えている。ゆっくりゆっくりのむ。なにせ2時間以上時間あるのだ。この時間ここのバーにはわたし以外に4組の客があるが日本人は小生1人。もうすんだか?と言う感じで何回もボーイがくる。ボーイに昼間使っていた(百円ショップの)扇子渡す。しばらくするとポテトチップスが出てくる。扇子のお返しか? もう1本追加。19:40までバーでねばる。出てみるとロビーの隅の方のテーブルで添乗員さんなにやら書いている。行って見るとレポート作成中とのこと。ホテルの周り一人で歩いても問題ないか聞いてみると問題ないとのこと。30mほど行ったところに土産物売っている店何軒かある。”どうぞ!”とか”やまもとやま!”とか声がかかる。エジプトではルクソールにかぎらずどこでもなぜか”やまもとやま”なのだ。途中でとうきょう?なごや?おおさか?と声をかけてくるおじさんがいる。おおさか。というと、にほん!とか言っていきなり1,2,3,4,5、−−−−と数えはじめる、10で終わるかと思うと11,12,13、−−とくる15の辺でアイ シー。アイ シー。と言って止めてもらう。なんか子供がいくつまで数えることできるぞ、といっているようでニヤニヤしてしまう。おじさんの店に入る。小さい石のピラミッド3ヶ2ドル、クレオパトラの胸像、これも2ドルに値切る。クレオパトラ何故2ドルなのか?安い感じ。そうこうしている間に20時過ぎている。ホテルにもどると皆さんもロビーに座っている。20:55ホテル発 駅へ、10分足らずでルクソール駅到着。壁画がライトアップされているビルだ。ホームで待つ。21:45列車入る。一室(2段の)ベッド2つの個室。小さいながら洗面所もある。これを一人で参加の人は一人で一室使う。11号車10室われらのツアーで全部使用、11号車貸切ということ。リッチな気分。列車は定刻10時発車。ただホームに入る時も発車の時も放送は全然ない。音もなく静かに動きだす。22:25〜食事 飛行機で出るのと同じようにセットがトレーにのっている。牛肉とチキン。ビールもある、STELLA缶 14ポンド。クーラーはよくきいている。23:20ベッドメイキング。トイレ(共同)車両の端(通路の両サイドに)2ヶ所あり。わたしが使用した方は洋式で個室は広く、きれいであり何も問題なかった。エジプト式の方は水の流れが悪く後始末やりにくかったそうだ。
旅行のパンフレットには”満天の星空の下カイロへ”とあったが星を見るのを忘れていました。残念!

topに戻る

 8日目(4月1日) カイロ市内観光とエジプト考古学博物館見学。 ナイル川ディナークルーズ

  5:15 ドアーノックのモーニングコール。あと1時間ほどでギザに着くとのこと。ベッド片付けた後5:35よりパンの4種の朝食。6:10荷物取りに来る。バスまで運んでくれるとのこと。6:25案内もなく列車止まる。みんな降りる。われらは地下道を通って改札を出る。荷物はまだホームにある。なんと列車出た後でポーターは線路を横切って最短距離を運ぶのだ。ギザの駅は小さい。駅舎に待合室はない。待つのはホームのようだ。そういえばルクソールの駅ではホームにテーブルと椅子のある喫茶店があった。バスは前と同じ、陽気なドライバーもまじめなアシスタントも同じ。バスに乗り、待つこと10分、荷物くる。6:50出発。7:07本日宿泊のホテル着。ロビーで休憩。7:50発モハンメドアリモスクへ。20分ほどで着く。とにかく大きな建物だ。全体を写すのに苦労する。内部もシャンデリア多く、高いところのステンドグラスもきれいだ。小学生や高校生と思われる団体も多い。
エジプト考古学博物館 ツタンカーメンの黄金のマスク

  約1時間見学。考古学博物館へ。9:30考古学博物館着。すごい人長い行列。日本の援助でいれたというバーコード付きの入場券だがなぜか機械は使われていない。手作業。その上荷物チェック2回、入場したのは20分後。まず入口近くのロゼッタストーン(レプリカ)、どのガイドさんも説明するので順番待ち。想像していたより細かい文字らしきものが書いてある。4800年前の最初の彩色画といわれる6羽のガチョウ。3800年前のパピルスに書かれた神々は色鮮やか。坐像が人に近く、目に入れられた水晶が光ったことで盗掘者が逃げたというラーホテプとネフェルトの坐像等説明聞きながら進む。2階に上がりツタンカーメンのいくつかの厨子を見た後この奥に有名なツタンカーメンの黄金のマスクがありますという所で、あとは自由見学。とにかく自然光は入らない奥の方に進む。すごい人、その中にりっぱなケースに入ったあのマスクがある。クーラーが効いていたこともあるが感激で鳥肌がたつ。3300年前の黄金が燦然と輝いている。人々が前から、横から、後ろから、そして斜めからとあらゆるところから写真写している。そして殆どの人がマスクとともに自分の姿も写しておこうとするのでこのケースのまわり大混雑。実は小生も上に書いてあるところ全てからシャッターきりました。大混雑の割には声が少ない。みな息をのむという感じではないかと思う。この部屋にある黄金の棺も美しいまま。この部屋で30分うろうろ。つづいて40ポンドの別料金を払ってミイラ室にはいる。12体のミイラが安置されている。どういう訳か一体だけ名板が無い。ここではやはりラムセス2世だ長身、鷲鼻、足も大きく、指も長い。頭には毛髪ない。92歳まで生きたということ。やはりふさふさではなかったのだろう。魂がもどってくることを信じてミイラを造ったとはいえ3000年を越えてなおこの完全さには感動する。
  12時の集合までに少し時間あるのでツタンカーメンの黄金のマスクもう一度見に行く。今度はさっきよりはかなり空いている。マスクとならんで写真撮れそう、見回したところ制服を着た人があまり動きもせずいるのでシャッター押してくれるようたのむ。OKとのことで正面から写してもらう。彼をよく観察するとどうもこの部屋の監視人のようだった。とにかくありがとう。ご迷惑かけたのならごめんなさい。12:05発船上レストランへ。魚料理の昼食。飲み物はSAKARAのクラシック330ml缶 19ポンドアルコール分 5% レギュラーより味濃い。昼食後ハンハリーリ市場へ。13:35市場のところの広場に着く。たべものでエジプトのおみやげとしてよく買われますよ。と添乗員さんの言うナツメヤシにナッツ(今回買ったのはアーモンド)いれたもの買いに行く。浜ちゃんについて半数ぐらいの人がお菓子屋さんにいく。みんなで30個買うということで値切り交渉してもらうが30ポンドを25ポンドまで。値引き少ないと言うと最初から特別価格にしていたのだという説明(浜ちゃん通訳)。その後一人でうろうろする。歩いているとここでも”やまもとやま”の声何回もかかる。ハイビスカスのお茶買う。このお茶の値段交渉の時ボールペンを渡して値切る。ボールペンを眺めた彼はこれは日本製では無いという。”ひゃくきん”のボールペン、Made in Japanでないこと見抜かれてあまり戦力にならなかったがそれでも40%オフに成功。集合場所の広場にもどる。カシュガルで売っていたいたのと同じ蝶々を子供が売っているがカシュガルほど熱心ではない。この蝶々どこが本元なのだろうか? この広場からの眺めもすばらしい、大きなりっぱな寺院いくつか見える。15:00ホテルにもどる。ホテルの部屋はナイルビュー。TVはNHK(海外)見える。日本には大事件ないようだ。大きなバスタブの風呂にはいる。19:15ナイル川ディナークルーズにでかける。ホテルを出て大きな橋を渡り、車の多いナイル川沿いの道路を走り15分で乗船するところに到着。すぐ乗船、乾杯仲間がやはり隣どうしになる。飲み物すぐにオーダー、迷わずビール!(ここはSTELLA) 20:07出航。
ディナークルーズの踊り。この布の下の人が布を回している

  船はゆっくり、静かにすすむ。動いているのが分らないくらい静か。まわりの会話はにぎやか。日本の団体、われらの他に2組。食事、ビール追加。デッキにでてカイロの夜景を見る。カイロタワー ライトアップで一段と目立つ。席にもどる。突如ハッピーバースディーのメロディー!しかもYamagutiさ〜んと呼んでいる。なんとわれらの仲間のYさんのこと。やがてテーブルにバースデイケーキがくる。ハッピーバースディー合唱。Yさんびっくり、しかししっかりとロウソクの火は吹き消しました。21:20頃よりべりーダンス、これははっきりと”腰”のダンスであること再認識。(ウイグルはまわる。タイやカンボジャは手から指先ーーーに比較して)ダンサー客席のお客さんを誘って一緒に踊る。2番目に登場した若い男性見事でした。おそらくプロ!(と思う)。やがて男性のダンサー登場、カラフルな大きな布を指先で回転させ見事に広げる。3番目は男性2人、棒を持った踊り、これに最初のベリーダンサーも加わる。すぐに獅子舞ならぬ馬舞も登場、客席をまわる。2時間がアッという間に過ぎて22時前着岸。上陸すると楽隊でにぎやか、まわりではやし立てる人の中に正装の男女が直立している。結婚式とのこと。こちらの結婚式は大勢ひとのいるところで披露するのだそうだ。22:30ホテルにもどるとやはりロビーで楽隊=結婚式。今日は日がいいのだろう。部屋からナイル川の夜景ながめる。あこがれのエジプトとも明日はお別れ。きらきらと夜の灯りを反射するナイルの流れよいつまでもーーーとおもう。
<エジプトの永遠の未完成>
エジプトを旅をしているとカイロに限らず農村でもまだ”工事中”という感じのアパートや家に人が住んでいる。1,2階はレンガむき出しのまま、屋上なのか3階を造る予定なのかその上には鉄筋がむき出しのままの柱が建っている。いかにもこれから3階の工事にかかりますよ。という感じ。こういう状態で何年か経ってしまったような家たくさんたくさんある。半数を超えるところもある。これは節税のためだそうだ。即ち工事中の家屋には税金がかからないのだそうだ。そこで庶民は永遠に?未完成の家に住んでいる。(のだそうだ。)



topに戻る

 9日目(4月2日) カイロ13時05分発(SQ427)ドバイ経由シンガポールへ

  7:30より朝食。今までは食べていなかった水洗のなま物たべる。スイカがおいしい。食事後レストランの前のナイルへ出て見る。流れはかなり速い。水は豊富だ。ルクソールに比べ濁っている。エジプトポンド使いきるためホテルの売店へ。10ポンドのチョコレートやそれより安いガムやビスケットを買う。10:15チェックアウト。10:35発空港へ。バスの中でチェックイン済みのチケット渡される。30分で空港着。1)機内持込みを含め全ての荷物&身体チェック。その後スーツケース預け。2)出国審査。あまり長い行列ではないがわれらの前にならんでいたよその国の人たちが時間かかり、われらの列は出国まで50分近くかかる。隣りの列の人より20分は余分にかかる。このため(あまり多くない)免税店覗く時間殆どなく、お金使わずにすむ。3)搭乗ゲートで機内持込荷物再チェック。4)機内への入口でパスポートチェック。 と、とにかくチェックは厳しい。着席したのは12:40分。13:24離陸。さようならエジプト。
サバクの農場

  14:20アラビア半島へ 14:27〜昼食 Tigarビールその後フランス白ワイン。窓際の席なので子供のように下を見続ける。草木なし,岩山と少しの砂、その中にまっすぐな1本の道路。14:40赤い砂漠に少しの黒い岩。15:05砂の中に円形の緑(沙漠の農場?)と集落。15:09サッカー?スタジアムのある町。15:16沙漠と1本の道路その途中にひとつの村。15:35砂漠だけ。15:47海とタンク群見える((Dhahra?)15:55左前遠く陸地、真下の海には油井が見える。−−−−−と下を見続けて飽きない。16:25飛行場のある町通過。16:37ドバイ着陸。すべての荷物を持って一度降りる。免税店へミュージックテープ買いに行く。アラビア音楽のテープどこ?と聞くとレジのおねぇさんわざわざ連れて行ってくれる。インターナショナル、アラビック、ヒンズーと分けられてたくさんのテープ&CDがある。ここでもOld&Famousというと彼女選んでくれる。1本4$のテープ購入。17:40乗機、18:20離陸。(ドバイ現地時間は20:20)ドバイは暮れている。町の灯明るく、多く、きれいだ。19:25〜食事。20:40頃より眠る。

topに戻る

 10日目(4月3日) シンガポール07時10分発(SQ984)関西空港着15時45分。 解散

  5:30(カイロとの時差6時間)オシボリを渡され起きる。5:55パンとコーヒーの朝食。この飛行機で3度目の食事。こんどは飲みませんでした。前方真っ黒な雲の間に真っ赤な朝焼けがきれいだ。もうすぐシンガポール。7時過ぎシンガポール着陸。また広いターミナルを歩いて関西空港行き(SQ984)の出発ゲートへ行く。7:55チェックイン。8時過ぎ乗機、日本の新聞がある。久しぶりで新聞読む。子供がビルの回転ドアーに挟まれて死亡する事故があったようだ。9:25(日本時間10:25)食事、久しぶりの和食。美味しい。13:50サンドイッチ出る。タイガービールと白ワイン飲む。シンガポール航空昨日カイロ発ってから実に5回目の食事。でもこの航空会社の食事は美味しい。特に関空とシンガポールの間のものは日本人にはありがたいと思う。15:23関空着陸。15:48入国完了。日本は早い。

  添乗のKさん。一緒に行ったみなさん。特に共に一人で参加しシャッターを押し合った京都のFさん、そして乾杯仲間のYさん夫妻、ありがとうございました。


                                       おわり

ご覧いただきありがとうございました
topに戻る
oohara  page top に戻る        仲間のページ(旅日記)へ