• 2004年04月12日 01時20分12秒
    Being scold


     今日先輩に怒られた。
     稽古が全然足りないという。私としてはそこそこやっているつもりだったのだが、先輩にしてみればまったくできてないらしい。段位に即した技ではないという。その段位でその技では情けない、技が効いてないぞ、もっと研究が必要だと叱られたのである。

     人に叱られるのはまったく久しぶりだ。ここ最近はチヤホヤされてばっかりで、極端に言えば、自分勝手に鼻ばかり高く、天狗になっていたような気がする。なんか刺激が足りないな〜と思っていた。そんな矢先であった。
     人は叱られて成長すると思う。叱られて叱られて、また同じことで叱られて、何度同じことを言わせるんだっ、と言われて初めて自分のものにできるのだと思う。叱るということが、おまえはもっとできるはずだと期待されていて、また、頼りにされている証拠なのだ。将来的に君に任す、そのために今叱っているのだということなのである。
     そんな叱り方をしてもらえれば、以心伝心とでも言うのだろうか、私のことを思って叱ってもらっているのだと思える。素直に相手の言うことを聞ける。言われていることができなくても少なくともそれに近づこうと素直に努力できる。しかし、これがただの嫌がらせや嫌悪感からくる怒りならどうだろう。そんな素直になれないはずだ。アンタに言われなくてもやってやら、と思ってしまうのだ。

     今日叱られて素直に聞けた。久々に怒られてスカッとした。怒られているのに、それが妙に嬉しくて、ニヤニヤ笑ってしまった。それでまた叱られた。この喜びをどう表現すればよいのだろう。
     どんな人に叱られても自分は素直でいたい。その人が言うことを素直に聞きたい。そしてそれを踏み台にして成長したい。一回り大きな自分になりたい。叱られれば叱られるほどでっかくなりたい。
     叱られ上手と人に言われるような人物になりたい、そう思った今日一日でした。。

  • 2004年03月18日 00時20分33秒
    How Can We Creat Things??

     常々私は「創造する」とはどういうことか、どうすればできるのか、ということを考えてきた。そして考えれば考えるほど、創造することについて否定的な考えにかたよってしまう。仕事にしろ趣味にしろなんでもないことについてでも、自分にはムリだ、創造なんてできないと思ってしまうのだ。
     先日、創造することについて、(人生の)先輩から貴重なご意見を拝聴した。

    「『創造』とはアイデアのことだが、なにもせずにアイデアをひらめくのは天才がすることで、凡人にはムリなことだ。我々凡人は日々の努力の中からひらめきを得るのであって、努力がなければアイデアは生まれず、したがって『創造』もできない。日々の努力が肝心なのだ」

     何の気なしに聞いていたが、これこそが私の日々の疑問に対する解答そのものだった。
     私はどうすれば天才のように「創造」できるのだろうとか、なぜあんなにポンポンとアイデアがうまれてくるのだろう、と不思議にさえ思っていたのだが、これは見当違いだった。「なぜ」よりも「どのようにして」と考えるべきだった。天才と言われる人たちもそのほとんどが、血のにじむような努力をしてきて、その結果がアイデアとなって生まれたのだ。

     先輩の言葉は私に光の一筋を与えた。
     努力無しに創造はできず
     大切にしたい言葉のひとつです。

  • 2004年03月01日 22時14分43秒
    海外ドラマ試写会って何?

     あんまり行く気がなかったwowowの試写会に応募したところ、なぜか当選し、今日参加してきた。行く気がないとは言ったものの、懸賞に当たったとなれば嬉しいもので、ウキウキワクワクで参加したのだが、その試写会は期待を大きく下回るものだった。ここでくだらない愚痴を述べてみたい。

      この試写会は映画の試写会ではなく、wowowで放送している「フレンズ」と「Sex And The City」の人気海外ドラマ試写会だった。会場は一流ホテルの一催し会場の貸切。今まで2,3回映画の試写には行ったことがあったが、それはどこかの映画館かそれに準ずる会場だったので、今回の結婚式会場みたいな場所は初めてだった。円形のテーブルを7,8人の参加者で囲むのだが、これがなんとも気まずいのだ。あんな短時間でどうやって仲良くなれってんだ。

     待ち時間にはコーヒーとケーキが出され、これはなかなかおいしかった。しかし、私のは隣の人のケーキとは違うケーキだった。なんで統一しないんだろう。隣の人のいちごのケーキの方がおいしそうに見えるって。

     また、ペアで参加可だったのに、一人で行ったということもしくじった。平日の昼2時開始って誰をターゲットにした試写なのか。主婦か、学生か、それともプーか。ついでに横にはカップルがいたのだが、またコイツらがうるさくてしょうがない。彼らが席をはずした瞬間、私の前にいた女の子二人が「あのカップルってちょっとうるさない?」「うん正直めっさうるさい」と言い合っていた。

     はっきり言って、この試写の目的がまったくわからない。
     おそらく、おそらくであるが、wowow加入・未加入問わず応募しているから、未加入者へのwowow加入キャンペーンなのではないだろうか。
     「Sex And The City」は来月から新シーズンが始まるため、その先行試写ということで新シーズン第一話を今回見ることができたが、「フレンズ」の方はもうすでに放送した回の再放送なのである。これは「しにしますよ」ではない。すでに本放送した分なのだから。私が思うところでは、「Sex And The City」一話分だけでは物足りなく、人を呼べないので、人寄せのために「フレンズ」の放送した分をくっつけておこうという魂胆なのではないだろうか。wowowではこんな海外ドラマを放送していますので、未加入の方はぜひこの機会にご加入されてみてはいかがでしょうか、といったところだ。今ご加入されますとこんな素敵なオフィシャルブックもついてきます!などとも言っていた、いや、ほざいていたので、これは確実に加入キャンペーンだ。それなら未加入者対象の試写会にすればいいのに、そう思った。

     今回はwowow既加入者にとって、ちっとも面白くない試写会だった。来場記念wowow特製グッズをもらったが、小さいポスターとボールペンである。ホントがっかりである。どうせ試写会をするならドーンと催してほしかった。当たってよかった、応募してよかったと思えるような。そこまで見せていいのかっわうわう!と叫びたくなるような。

     嗚呼、wowow・・・やめよかな・・・。みたいな。
     

  • 2004年02月06日 00時53分52秒
    座禅

     先日座禅(正しくは坐禅か?)を行ってきた。
     別に座禅を体験しにお寺に行ったわけではなく、禅の修行をしようと思ってお寺に行ったのである。座禅は以前から何回かやったことがあるが、はっきり言って私は苦手なのだ。
     座禅にもやり方や流派により違いはあると思うが、私が行ったお寺では趺坐(ふざ)というあぐらに似た座り方で、あぐらをかいた状態から両足、または左足を反対の足のふくらはぎの上に乗せる。両手でひとつの円を作り、目を半分閉じて、黙想をする。足が痛くなると和尚さんに頼んで、背中を棒のようなものでたたいてもらう、たまにはどついてもらう、そういうスタイルである。
     基本的に黙想をするのである。腹式呼吸で呼吸を整え、心を落ち着かせる。そして雑念を払う。精神の修行なのだ。呼吸をするたびに心の中で「ひとつ」と数えるが、次の呼吸も「ひとつ」と数える。決してふたつと数えることはなく、自分と世界をひとつにする。自分自身を自然のもののひとつとして捉えるのである。
     と、えらそうなことを書き並べたが、座禅初心者としてこれほど苦痛なことはない。この趺坐という座り方が痛くてしょうがない。雑念を払うどころか、足か腰か背中が痛くて痛くて、「ひとつ」と唱えるはずが「イタイ、イタイ」と唱える始末である。体を動かす筋肉は常日頃鍛えているつもりではあるが、体を動かさない筋肉というものがあるのなら、それはまったく鍛えていないのである。

     剣豪宮本武蔵は「武と禅は一体である」と説いた。道場で武道の稽古を積むと強くなり上達はするがそれには限界があり、その限界を超えるには禅の修行、つまり心の修行が必要であるという。動と静、陽と陰双方の修行をしなければならない。別に私は宮本武蔵の信者ではないし、いやむしろ、私のやっている武道は武蔵の剣を破るために編み出された技術であるのだが、ただ武道をたしなむ者の端くれとして、呼吸法を通じ禅というものを少しなりとも知ることで、武道果ては日常生活においても役に立つのではないかと思った次第である。

     本当に武道の稽古に役に立っているのか。本当に日常生活に役に立つのだろうか。初心者である私にはまだわからない。少し考え方がポジティブになったかな、自分でそう思うようにしているだけである。
     座禅の修行。おそらく人には時代に逆行していると言われるであろう。なんと言われようと構わない。私は私のやり方を貫くだけである。そしてこれからもこの苦痛の修行は続く。

  • 2004年02月02日 00時59分18秒
    和菓子

     アルバイトをしていた頃、和菓子についてショックなことが起きた。
     そのバイトはいわゆるキャッチコピーのアルバイトで、道の真ん中でこれいりませんか、あれしてみませんか、と通行人に声をかけて商品やサービスを売るのが仕事だった。はっきりいって私にはあまり向いていない仕事だったかもしれない。
     いや、そんなことはどうでもよくて、そのバイト中に休憩が何回かあってその合間に目の前にあった丹波屋で和菓子を買った。バイト仲間にも分けてあげようと思って、さくらもちを何個か買った。それをバイト仲間にあげたら、ものすごく不思議そうな顔をするのである。なんでそんな怪訝な顔をするのか聞いてみると、
    「若いコは、こーゆーの、買わないよ」
    と言う。
    「うそ!?でもさっき、あの丹波屋いいにおいやな〜、ゆーとったやーん??」
    「そうじゃなくてさくらもちは買わないんだって」
    「・・・!!!?」
     彼曰く、"若いコ"はみたらし団子などを買うのであって、さくらもちを買うのは"若いコ"ではないらしい。確かに彼は私より年下だったし、私は実際の歳より上に見られることが多いし、私自身も自分の同い年のコより感覚的に老けているとは思うが。にしても!である。和菓子に年齢制限とは言わないが、年齢区分があるなんて思ってもみなかった。私は家によくさくらもちがあることが多いので(親が買ってくる)、さくらもちを買っただけなのだが…。
     同じ和菓子であるのに、なぜみたらし団子は若いコにうけて、なぜさくらもちは若いコにうけないのだろう。さくらもちは手がもちに直接触れるためベトベトになり食べにくく、その点みたらし団子は手が汚れないからなのだろうか。そのバイト仲間の彼に聞いてもなんとなくそんな感じがしただけ、感覚的にさくらもちが古いと感じただけで詳しくはよくわからないと言う。

     考えれば考えるほど不思議な和菓子の年齢区分。今度買うときはみたらしとさくらもちを一緒に買ってやろうと思った。
     みなさんも和菓子年齢区分にご注意ください。

  • 2004年01月27日 21時57分51秒
    ある書店にて

     大阪キタにある某有名本屋さんに行って来た。
     キタには何店か有名本屋があり、人によって好みが分かれるところであるが、私は自分の沿線方面に近いA書店を利用することが多かった。ジャンルによってフロアがわかれているので、エスカレーター・階段を使わなければならないというデメリットはあっても、見やすさという点でA書店を多用していた。今回訪れたのはJ書店で、先日友人と共に行った際にこんなところにこんな本屋があったのかと驚いたのがきっかけで、一人で行ってみようという気になったのだ。
     J書店は3フロア構成で、8フロアあるA書店よりフロアは少ないものの、フロアごとの売り場面積はA書店より広い。高級感を出そうとしているのだろうか、廊下にはちょっとしたじゅうたんが敷かれており、歩くとコツコツとなんだかいい音がなる。本棚もアンティーク風になっており、本屋というより外国の有名図書館か美術館の空間を意識してつくっているのだろう。窓際にはイスと机が用意され、気になった本をその場でちょっと読めるようになっている。このイスは常に満席状態で、それほどこのJ書店の人気が高いということがわかる。
     気になるのは、どこになにがあるのか、わからなくなるということだ。私自身J書店に慣れていないということもあるのだろうが、案内図が入り口とレジのところにしかないので、こう行ってああ行くと覚えていても、実際に行ってみると目指す本はどこなのかわからなくなったということばっかりだった。広いうえにどこに行っても同じ本棚が並んでいるので、書店内のトイレに行った後自分がどこからきたのか、今どこにいるのかさえわからなくなってしまった。同じフロアをグルグルと何度も回ってやっと入り口に戻れたのである。
     広すぎるというデメリットはあるにしても、本をちょっと読めるスペースがあるというのは大きな利点だ。こうやって書店も他店とのサービスの差別化を図っていくのだろう。これからもっと本屋巡りしようかなと思う今日この頃である。

  • 2004年01月06日 01時06分35秒
    楽しい(?)稽古始め

     正月三が日が終わり、今年最初の月曜日の今日、早くも道場では稽古を始めることになった。稽古は一年を通して行うが、それは稽古初めから稽古納めという節目の中で行うのであって、節目である初めと納めの行事は我が道場ではこの行事を大切に扱うと共に、ビールや酒、ちょっとした食べ物、つまみなどで祝うことになっている。
     最近は道場生が増えて(私もその一人)、稽古初めも盛大になってきて、にぎやかだし、なかなか盛り上がる。このちょっとした食べ物がもうすでに「ちょっとした」ではなくなってきた。みなさんかなり手の込んだ料理を家から持ってきていただいて、おいしく稽古初めを祝うことができる。
     だが、若手の私にとってこれがチトつらい。みんなで食べられないくらいの量だからこれがすべて私の方に回ってくる。
    「アンタ若いんやから、食べよし」
    「ジブン!飲んでるか!?」
    「あ、これ、彼に回したって」
    「ぜんざい、余ってんねん。もう一杯いっとく?よしいっとこ!」
    「キミ図体デカいのに全然食べへんな〜」
    「たこ焼き、余ってっから、全部持って帰れぇー!」
    う〜ん。けっこう食べてるつもりなんですけど。う〜ん。けっこう飲んでるつもりなんですけど。まあ、確かに体の割にはあんまり食べない方かもしれませんけどね。しかも今日は若手が私一人だけだったということもあって、かなりの持ち帰りをいただけることになった。嬉しい悲鳴。これらはすべて家でいただくことにしよう。
     私などあちこちの門下の道場でお世話になっている身である。あちこちの稽古初めに参加させていただくことになっている。
     今日は稽古初めの初めの日。う〜ん。先は長い。体もつかなー・・・?

  • 2003年12月29日 01時28分27秒
    恐怖の5分間ドライブ!! 〜こくいち編〜

     久々に長距離・長時間ドライブをしたその帰り道にガソリンが少なくなっているのに気付いた。
     だが、気付いた場所から自宅までの距離なら余裕で持ち堪えるだろうとタカをくくっていた。私の車のガソリンのメーターは針のアナログ表示なのである。このアナログ表示、なかなかいい加減なヤツで、しばらく走っているうちにちょっと増えて回復したり、急激にEに近づいたりと情緒不安定もいいところなのだ。
     まだ大丈夫、そこまでならいける、ヨユーヨユー、と車内独りカラオケで盛り上がっていたら、ついにガソリンが減ってますよのランプが点滅し始めた。
     ちょっと焦りを感じた。
     私は車両輸送のバイトを学生時代にしたことがある。あのランプが点滅(もしくは点灯)し始めてもそれから30キロ、40キロと車を走らせたことがあるのだ。だが、それはバイトのときの話である。あのときは昼間だったし、バイト仲間が運転する車数台が周りにいたのだ。もしエンストになったとしても、携帯で連絡をとり合えばなんとかなるだろうと思っていた。仲間がいればエンストなどなにも怖くはなかった。だが、今は深夜ではないにしても真夜中であり、周りに仲間はいない。
     もしエンストになったらどうすればいいのかを考えたのがいけなかった。
     急に車の馬力がなくなった(ような気がする)。いやそんなことはありえない。ガソリン最後の一滴まで車は元気に走り続けるはず。もうさきほどの余裕はどこへやら。
     少しでも燃費のいい走り方をしようと努力する。急に赤信号で停車する回数が増えた(ような気がする)。こんなときに限ってガソリンスタンドは見えてこない。嗚呼!どうしよう・・・!


     ガソリンスタンドの明るい看板が見えたときには思わず祈りを捧げたくなるような気持ちだった。ありがとう!
    ガソリンスタンドで臨時的に少しだけ給油してもらい、残りは後日家の近くの行きつけのスタンドで満タンにしてもらおう。
     
     情けなくも私は言った。
    "ハイオク・・。ハイオク・・、5リッター・・"
    ここにきてもなおハイオクにこだわる誇り高き我がプライド(?)に独り拍手を送った。私は日本人である。値段の高い方がハイクオリティ、高燃費、低公害と信じて疑わない。


     無事給油を終え、オン・ザ・ロード・アゲイン。すると今まで緊張で気付かなかったのだろうか、急にトイレに行きたくなった。
     あのお茶。名前は忘れたが台湾かどこかのお茶。味こそ他と同じだったが、相当の利尿作用だ。体中で新陳代謝が高まったのを確信した。
     今度は逆に満タンになるのに注意した。

  • 2003年12月24日 02時46分06秒
    不幸中の災難!〜危機をどう切り抜けるか〜

     いきなりだが少々下品な話になるのをお許しいただきたい。
     
     今日地震があった。あったというより揺れを感じた。そのとき私は家の2階のトイレで一休憩をしているところであった。これがタイトルの"不幸中の"である。揺れを感じた瞬間、これは余震かもしれないと思い、ドアを開け、1階にいる家族に大声で「地震や!!」と叫んだ。後でわかったのだが、母は外で庭掃除をしており、姉はコタツで昼寝をしていたらしく(なんとも羨ましい冬の日の昼下がりであるが)、私の大声のwarningはまったく無意味だった。とにかく次にくると予想されるビッグウェーブの地震に危険を感じた私は、大急ぎで用を足し、ウォッシュレットの乾燥もままならず、トイレの外に出たのであった。
     だがしかし。1階に下りてみると誰も地震のことに気付かなかったと言う。TVでも震度いくつの地震がありました、なんて表示はなかったそうだ。数時間後知人にそのことを話しても、「あ、地震あったんですかぁ」とのんきな反応である。なんという危機管理のなさ。これが安全大国ニッポンである。
     
     私は数年前のアメリカ滞在中にもこの"不幸中の"災難に巻き込まれたことがある。よっこらっしょと腰を下ろした瞬間、そのビルが停電になってしまったのである。
     そのトイレは窓がなく、密室性が高いのか、朝方だというのにまったく外の光が入ってこない。真っ暗闇である。少しでも光があれば、時間の経過とともに目が暗さに慣れてくるものだが、真っ暗だと自分の手足ですら見えない。拭いてももう一度拭くべきかそうでないのか判断できない。
     だがそうこうしているうちに、非常用のライトがついたらしく、おかげでなんとか足元は見ることができるようになった。もちろん私は大急ぎでトイレを脱出したのであった。

     今日の地震もアメリカでの停電も、ちょっとしたことを大げさにとる私の恥ずかしいくせなのだろうか。
     ただし、両件とも私の貴重な休憩が妨げられたのは言うまでもない。

  • 2003年11月21日 01時48分31秒
    タクシーって。

     久々にタクシーに乗った。

     こんな不況の時代である。タクシーの数が増えたということは、それだけ運転手になりたい、というよりも運転手にならざるを得なかった、そういう人が増えたのだろう。
     それはともかく、タクシーに乗っていつも感じるのは(とはいってもそんなにタクシー多用者ではないのだが)、ドライバーさんと私との年齢の差はどれくらいあるのだろうかと考えてしまうことである。別に10歳だろうと20歳離れていようとタクシーのサービスにはまったく関係もないのだが、タクシーに乗り、行き先を告げてからの、あの沈黙がなんとなく居心地悪くてしょうがないのだ。もともと話すのがうまいとはいえない私だし、というより客だから必要がなければ話す必要はないのだろう。だが、黙々と運転をし、仕事をこなしているおじさんになんらかの労いのことばでもかけたいな〜と余計なお節介心が働いてしまうのである。
     そこへいくとうちの父親は違う。必ずなにか話しかける。最近はどーですか?儲かってまっか?なーんて、どうでもいい話だ。まあだいたいがいや〜あきまへんわ〜と返ってくる。するとどこもそーやな〜うちもあかんわ〜と聞いてもいないのに"うち"の話をする。そこからは会話の9割9分くらいを父が支配する。ドライバーにとってはどーでもいい話だし、もしかすると迷惑なのかもしれない。なんでもかんでもいいところも悪いところもさらけ出し、共感を求め合っているのか。いや、親父が労ってもらいたいのか。そこはわからない。だが、運転手との年齢が近いので、家での立場が同じであり、家族を養わなければならないという男の意地なんかが共感できるのであろう。ともかく、会話が弾んでいる、この2人は同じ空間にいる、少なくとも私にはそう感じるのである。

     今日タクシーに乗ったらドライバーさんから話しかけてきた。どこどこの地名は○○と言うんでっせ、というどうでもいい話。どうせまた沈黙が続くのだろうと思っていただけにことの意外な展開に戸惑いながらも、なんとか会話を続けた。この運転手さんは地元住民なのか、かなり土地柄に詳しく、いろんなことを聞かせてもらった。おもしろかった。会話の内容も重要だが、私にすれば会話そのものが大切なのだ。
     私も運転手さんと同じ空間にいることができた。それだけ私も歳をとったということなのだろうか。だが、その分私も認められたということなのだろう。
     久々にタクシーに乗った、ではない。
     久々に気持ちよくタクシーに乗った、である。

  • 2003年10月27日 23時14分13秒
    ドンキー前でのブース営業

     結局一件も契約とれへんかった…。

  • 2003年10月19日 01時36分27秒
    東京

     久々に東京に行ってきた。ってもう1週間前の話なんですが。
     
     とにかくとにかく、毎回思うのは、旅費が高すぎる!飛行機にしろJRにしろバスにしろ、全体的に移動費が高いのである。大阪−東京というこの大都市間を結ぶ移動に往復で3万円もかかってしまうのはどうなんだろう。もっと安くすればヒトとモノの出入りがますます増加して、景気もよくなるんじゃないのか、というのは消費者側だけの意見なのだろうか。
     いや、高い乗り物は高くあってもかまわない。安いのはもっと安くしてほしいと思う。明らかにバスの旅は長くしんどいのだから、大阪−東京のバス運賃をもっと下げていただきたい。この移動の3手段、どれも値段、サービス、快適さ、すべての面でトントンという気がしてならない。

  • 2003年10月03日 20時48分07秒
    What should I be called?

     最近、というより試合前だから、という理由もあり、曜日ごとにいろんな道場にお邪魔して稽古させてもらっている。いろんなといっても3,4ヶ所しかないのだけど、道場によって(曜日によって)集まる人もそれぞれで、ある道場では高段者が多かったり、別のところでは初心者が多かったりと稽古体系はさまざまである。学生と稽古するのを除いて、そのほとんどが年配の方と一緒になって稽古するのであり、いわゆる「若手」に入るのは私だけである。

     そんな中、稽古内での私の位置とは、簡単に言うと中段者という位置づけになるのだろうか。私自身はまだまだ初心者の気持ちでがむしゃらに稽古に臨んでいるのだが、ふと客観的に見てみるとその時によって扱いが変わっている(らしい)。高段者に交じると末席扱いだし、初心者に交じると上のほうに座ったり。年配で初心者の方に稽古をつけたり。いや、当たり前のことなんだろうけど、それがなんだか恥ずかしかったり、嬉しかったり。
     私が言いたいのは私のすぐ横に座られる高段の方は相当の使い手であって、私との間には天と地の差もあり、私はまだまだ未熟であるということ。つまり高段、初心者と分けるなら私も初心者の分類に入るということである。そんなにお高く扱われたりすると気が引ける。まだ仕事も見つからないヒヨっ子なのだ。
     こんな風に感じたのは、あるとき初心者が多い道場で稽古中の小休止時、どこに座ろうかと狭い道場を右往左往してたら、私に対して、「あ、先生、こちらへどうぞ」と年配の方に声をかけられたからである。もちろんすぐに「『先生』はおやめください」と丁重にお断りさせていただいた。まだそんな歳でもないし。どちらかというと、名前呼び捨ての方が身が引き締まって私としてはいいんだけど。

    初心忘れべからず
    まだまだこの気持ちでがんばります。ハイッ

  • 2003年09月22日 09時17分32秒
    ウェイト・コントロール

     実は最近体重が増えた。もともと身長による一般標準体重よりも3,4キロ重かったのだが、それよりもさらに2,3キロ増えたのだろうか。いや、ここでサバを読んでもしょーがない。以前より3,4キロは増えただろう。原因はわかっている。食べすぎ水分の摂りすぎ。なのである。
     食べすぎ、水分の摂りすぎといっても炎天下の肉体労働をしていたのだから、しょーがないといえばしょーがない。ただ疲れてしまってフォローができなかったのが正直なところ。食べすぎた後すぐに寝てしまったり、有酸素運動をサボってしまったり。これではGENKI TVに逆戻りだ。
     いや、自分の中で正直なところどうなりたいのかがまだ決心していない。体重を減らしたいのか、増やしたいのか。体重が増えた!といえば普通脂肪がついたことだから、あかんことなんだろうけど、筋トレファンとして、体重が増えることは筋肉がつき、トレーニングの結果が出たということで非常に喜ばしいことなのである(とはいっても私は脂肪ばかりだが)。体重が減れば、せっかくのトレーニングの意味がないように思うし、体重が増えれば増えたで、脂肪がついたように感じる。実際のところ、どうなんでしょう。
     とりあえず、体重をこのまま維持しながら、体脂肪を減らしていこうかな。
     よっしゃ。

  • 2003年09月09日 18時40分33秒
    The Summer Camp

     大学のときのクラブの合宿が長野県であって、OBとして参加してきた。長野って大阪からはちょっと遠いな〜、くらいのイメージだったけど、実際車で行ってみると思っていたよりも果てしなく遠いことがわかった。夜中に大阪を出て、ちょっと仮眠し、朝に長野に着くとすぐに稽古し続けたので、疲労は極限に達した。

     この旅で一番のビックリは露天温泉だった。その地域は温泉街ということで、宿舎の室内温泉より、近くにあった外湯の露天の温泉に行こうということになった。
     今までの経験から、露天の温泉って外にあるわけだから、まわりから見えないように囲ってあったりして、ほんの少し空が見えるくらいのもんだと思っていたが、今回のはその常識を覆すものだった。スキー場であるから斜面に温泉があるのだが、なんと、正面一面丸見えなのである。斜面のすぐ下に田んぼがあって、農家の人が普通に畑仕事をしている。いや、こっちが見ているというより、あまりの無防備さにこちらが見られている、といった方が正確な言い方なのかもしれない。まあ、それが夕方であったので、まだ明るく、スッポンポンって感じだったけど、夜に行くと星が見え、なだらかな斜面の下に家々の明かりがまばらに見えて、露天風呂の醍醐味なのかもしれない。
     にしても、いやこれが正しい露天だ!!と妙に納得してしまい、2回も行った露天風呂でした。
     ウホッ!!!

  • 2003年09月03日 21時31分07秒
    不覚・・・!!

    しもた!!!
    警察24時みんの忘れた…!!!

  • 2003年08月25日 00時52分54秒
    タイガース聖地にて

     今日は姫路に行ってきた!ってこうやって日記に書いていると毎週どこかに行ってるようだ。といってもそのほとんどが武道関係なので、自分勝手に観光したり寄り道したりすることができず、また毎年恒例の行事参加のため、去年行った場所へ同じルートをつかって訪ねたため、特に観光気分ではない。
     
     姫路の帰り、団体さんでウロウロしていたら、あれっどっかでみた神社を発見。神社といっても商店街の一角にあり、またすべて手作りで神妙な感じがしない。
     それもそのはず、これは阪神タイガース優勝を祈願したタイガース神社だったのである。99年に地元商店街の人が作った神社で、私は偶然1週間ほど前に「タイガースファンが集うところ(主に居酒屋など)」特集のTV番組でたまたま目にしたのである。
     しかも入った喫茶店がその神社の横あたりで、そこのマスターもTファン、その喫茶店もTファンが集う店として取り扱われていたのだ。
     マスターに「先週、TVでてへんかったここ!!?」と尋ねたら、「そうそう!!」
     なんという偶然だろう。いや、ほんとに偶然なのである。たまたまTVを見ていて、たまたま特集していた場所に、たまたま行ったのである。そのときはただ嬉しかったけど、時間が経つにつれ、なんだか怖くなってきた。なんでなんだろうか・・・・。

     自分の将来をTVでみることができたら・・。そんな人生、全然おもしろくないっすね。

  • 2003年08月21日 23時19分05秒
    私の最寄駅は…。

    家からの最寄り駅というと、この駅しかないだろうと思っていたのだが、実はもうひとつあることに気がついた。生まれてこのかた、電車に乗るなら、とりあえず京阪に乗らなければどこへも行けないと思っていたのだが、JR学研都市線を利用することも案外簡単で、利用価値が高いのだと思った。
     JR学研都市線に乗ろうとしたら、家から駅まで歩くのはちょっと遠すぎる。かといってバスは微妙にはしっていない。となると、チャリしかない。ってなわけで(といっても京阪乗るにもチャリ)、今日もチャリでブイブイッ。でもそれが、また違う。田んぼの真ん中を通っていかねばならない。これがまた、草の香りがしてなんとも。
     また、JR学研都市線で大阪まで出るのは初めてで、歳柄にもなく電車内からの景色が面白かった。車では通ったことのある道がまったく違う風に見えて不思議だった。
     京阪は淀川に沿ってはしっているが、学研都市線はそれより少し田舎くさい。すぐ近くに山も見える。その生駒山(で、あってますよね?)を超えるともう奈良である。そんな自然の雰囲気が私はすごい好きである。ただの通学の車内なのに旅行に来たかのように感じられた。いつもと違う駅、いつもと違う車内、いつもと違う風景、もちろんいつもと違う乗客。なんかまったく異空間だった。
     
     なんか最近、初めてすることがすごく多い。しかもそれが楽しいことばかりだ。日々の生活がこれほど冒険ばっかりだったらなぁ〜。って今も日常なんですけどね。

  • 2003年08月11日 01時17分14秒
    夜間パトロール

     今日の夜(8/10)、近所の夏期パトロールをやってきた。火の用心、マッチ一本家事のもと、と言いながらパチンパチンとやる、あれだ。なんか気晴らしないかなぁ〜と思っていたときに、うちのオカンが、「今日パトロールや!!忘れてた!」と言い出したので、じゃあ行ってみようかと、甥っ子連れて参加してみた。
     集会所に行ってみると、参加しているのはかなり年配のおっちゃんおばちゃんばかりで、中年層も少なく、若いのは私一人だけだった。もちろん子供はうちの甥っ子のみ。なんとなく予想していたけど、若い人が参加しないのはやっぱり心細い。いやつまり、私が参加したことをすごい心強いと言われたのだけれど。
     数人のグループを作って、その中の男の人がスピーカー持ってマイクで「火のよーじん!」とやってください、ってことでしゃしゃり出てみた。でかい声で「夜道の一人歩きはやめましょぉう!!」てなことも言ってみた。それに続いてみんながそれを復唱する。甥っ子も夜の道を歩くのが面白くなってきたらしく、大きな声で復唱してる。 おばちゃんたちは「あそこの子はこーなのようちの子はあーなのよ」で歩きながら盛り上がってる。おっちゃんは暑い暑い言いながら、魚焼いても家焼くなと勝手にゴロ合わせを作って叫んでいる。初めはみんな恥ずかしかったけど、慣れると笑いながらパトロールしていた。

     これって地域のコミュニティー活動の一環なんだろうけど、私には大人になってからの初めての経験で、勉強になった。やっぱり地域の問題はできる限り地域で解決しなければ。なんでもかんでも市や府、警察に頼んでいては問題は解決しないと思う。そしてこれを若い人、子供たちにもっと経験してもらわなければ。
     パトロールしながら、NHKのご近所の底力を思い出した。これからもっと地域のイベントに参加してみよう!

  • 2003年08月03日 01時07分36秒
    初めての体験

     野外フェスに行ってきた!!情熱大陸に酔った!踊った!酔っ払って、途中5分ほど寝てしまった!でも良かった!!ハカセがすごいのは髪型だけじゃないということが体験できた。
     野外コンサートというとサマーソニックのバイトをしたことがあるせいか、ロックでノリノリのイメージがあった。今回のはそうじゃなくて、みんな座って音を楽しんでたって感じだった。パンクばかり聞いていた私には、その空間が不思議で、初めての体験だった。他ジャンルの音楽も聴いてみようと思った一日だった。
     
     その帰り、なぜか電車の中で写真を撮られた。携帯でパチリって・・・。
     降りる駅が近づいてきて、降りる準備をしようかと読んでいた本から目を話した瞬間、視線を感じた方になにげに視線を移したら、女の子にパシャっと写真を撮られた。
     明らかに携帯のカメラレンズをこっちに向けて、しかも写真を撮るときにできる脇があいていたポーズだったし、音もはっきり聞こえた。
     どういう意味で撮ったんだろう。意味不明。かっこいいな〜ってツラじゃないし、特に変な顔もしてなかったし。その女の子の友達とかに似てたのかね。悪用されたらどーしよー。
     今日は初めての体験をいっぱいした一日でした。オツゥ!

  • 2003年08月01日 01時41分13秒
    におい。

     今年の夏は涼しくて、非常に心地が良い。
     そんな涼しい夏の夜、夜中に洗濯物を干そうと外に出た。外に出るとほんとに涼しくてなぜか、ほっとした。
     急に外のにおいを嗅いだ。私は、あ、これってどこかで嗅いだことのあるにおいやな、って思うときがあるのだが、このときもその外のにおいで急になにかしら懐かしく感じるものがあったのである。そういえば、いつかのアメリカの夏の日ってこんな感じだった。昼間はすごく暑くて、夜はひんやり涼しいのが特徴的だった。たしか、高校のときに行ったワシントン州の夏だと思う。
     私はもともと鼻が効くのか、においを非常に気にする。口臭とか体臭もそうだし、雨のにおいだとか、草木のにおいにもどちらかというと敏感だと思う。夜のにおいを嗅ぎたくて、それだけのためにドライブに行ったこともある。夜のにおいは昼間のにおいとはまったく違って、同じ町並みもまったく違った印象を受ける。それがたまらなくいいのだ。

     ふと、においにつられて、昔のことを思い出した夜でした。明日もがんばろっと。 

  • 2003年07月27日 11時48分58秒
    TSUTAYA

    レンタルCDのイージーリスニングのコーナーに六甲おろしがあるの、あきらかにおかしいですよね。

  • 2003年07月21日 10時12分46秒
    久々のユースホステル

     気持ち転換を図ろうと京都に一泊旅行をしようと思い立った。
     京都って近いし、おばあちゃんちあるし、しょっちゅう行っているのだけれど、いざ本格的に観光するって初めてだったのかもしれない。

     それで久々にユースホステルに泊まってみた。こんな近くからの宿泊客っていないだろうと思っていたら、案の定ほとんどが外国からの人か、関東からの観光客だった。
     しかしながら、ユースホステルって私の欲するものをほぼすべて満たしてくれる。 見ず知らずの人と一晩であそこまで仲良くなれる場所ってほかにあるのだろうか。旅は道連れ、ってこういうことなのか。そして次の朝またそれぞれに散っていく。もちろん、みんな旅行してるという意味で共通点があるから、話も弾むんだろうけど。ついでに、今回のユースは予想以上にハイクオリティだった。

     旅ってエエなぁ〜って改めて感じた旅行だった。Back to the roadだ。また旅行に行こうっと。

  • 2003年07月12日 01時20分36秒
    悩み

    満員電車で座ったとき、どうして私の横にはだれも座らないんでしょうか。

  • 2003年07月07日 14時22分41秒
    スポーツジム

     昨日スポーツジムで筋トレに一汗かいていたところ、危ないヤツがやってきた。マッキンキンの金髪で一目で「私は危ないですよシグナル」を発していて、目が合うだけで怖そうな兄ちゃんだ。
     フィットネスルームで柔軟・ストレッチをするのは当たり前なんだけど、そこで彼はシャドーボクシングみたいなのを始めた。そのスポーツジムは高齢者・身障者の方も多いので、危ないなぁーと思っていた。
     マシーンの筋トレって自分にあったウェイトを使うでしょ普通。それが彼はマシーンの最大重量を使用。レッグプレス、180キロくらいでトレーニングする。っていうても華奢な彼にはできるわけがなく、無理にやろうとするのでその度にガシャーンガシャーンと大きな音をたてる。レッグプレス180キロを2回くらい。それって、トレーニングになるのかしら。横におったおっちゃんが笑いながら「壊すなよー」って小さく独り言を言っていた。
     鍛えるのは自分だし、間違った方法で自分が怪我をするのはまあよしとしましょう。でも人に迷惑をかけるのはよろしくない。公共の場で公共のものを使うのだから、ものを壊すなんてもってのほか。どうせ使うなら気持ちよく使いたいもんだ。あの場で彼にそう忠告すべきだったのか。なーんて私らしからぬことを考えた一日でした。

  • 2003年06月26日 23時50分45秒
    幼稚園

     今日、姉貴からのお願いで、甥っ子を幼稚園に迎えに行くことになった。
     幼稚園に行くなんて何年ぶりだろう。卒園してからだから20年ぶりだ。
     まだ結婚もしてないのに幼稚園児を迎えに行くなんて!とも思ったがなにか新しい発見があるかも知れないと思い、ドキドキしながら行ってみた。

     その幼稚園、新築されたばっかりでものごっつきれい。冷暖房完備。埃ひとつ落ちていない。
     そしてなにより驚いたのは正門が開いていないことだった。これは幼稚園の常識なのか。自分の中でなんとなく大学をイメージしていたのかもしれない。学問を学びたいものは拒まず、開けておくからいつでもこの門を入ってきなさい。みたいな感じで。
     ま、なんとか中に入れて甥っ子がいる体育館らしきところまでたどりついた。
     すでに我が子を迎えに来たママさんでいっぱいである。そしてみな物珍しそうに私を見る。そりゃそうだ。どの子のパパ?と目が問いかけている。
     甥っ子も私の姿を見たときは、目が点だった。え、なんんで?って。

     にしても幼稚園ってなにもかも小さい。当たり前だが25のおっさんにしてみればなにもかもが低い。手洗いの蛇口の位置が私の膝くらいしかない。
     私も20年前はこんなに小さかったんだなって思いました。
     あのころにもどりてー。

私のホームページへ | SilkRoad-Oasisのページへ | メイン | 今すぐ登録