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2000年10月から、私はベルギーの首都ブリュッセルに住み始めました。 それまで共働き生活に慣れていた兼業主婦としては、働けない!となるともう学生するしかない!と、単純に思考回路が回り、子供のいない身軽さもあって、海外赴任後10日目には早々とフランス語を教えてくれる学校を決めて毎日通い始めました(注・ベルギーの公用語は3ヶ国語なのだけど、首都ブリュッセルではフランス語を話す人が多いので)。 とにかく何かしてないと耐えられない、という落ち着かない性格と、それまで周りに海外生活の長かった友人・知人が多く、彼女達から色々話を聞いていて留学生活への憧れもあった為、さっさと学生生活を始めることになりました。 今まで通った学校は計3校。それぞれに長所があり、短所があり、嬉かったこと、苦しかったことなど思うところが色々あります。 1.AMIRA 編 (10/16 2000 - 2/16 2001) 2.Alliance FranCais編 (3/19 2001 - 10/4 2001) 3.ULB編 (10/16 2001 -) 4.再びAlliance FranCais (1/9 - 2/27 2002) 1.AMIRA 編 (10/16 2000 - 2/16 2001) @初めの一歩 A初心者コース !! B初心者コースその後 Cそれから・・・ @初めの一歩 最初の学校を選ぶにあたって、参考にしたのはアヒル旦那の事務所の女性に作って頂いた語学学校リスト(電話帳のコピー等)と、New Comerというブリュッセルに住むことになった外国人のための情報誌(英語)で、それらに載っていた語学学校のうちホームページがあるものはホームページを調べ、そうでないものは電話をかけまくって情報収集しました(ホームページがあるものにしても空き状況を調べる為に結局電話をしたのだけど)。 一番興味があったのはAlliance FranCaisで、ここはまだ日本にいた夏ほんの少しだけ通ったECCのフランス語の先生からも良い学校だと聞いていたし、フランス政府による半公立の学校なので、ハズれることないだろうと思っていたんだけど、電話で初心者のクラスは来年1月まで空きがないと言われてしまいました。 次にいいと思ったのは授業料が異常に安いコミューン主催の語学学校(なんと1時間13BF=約35円の計算 !)。でも、何度電話しても誰も出ないし、メールを書いても音沙汰無し。ずっと後になってからやっと人が出たんだけどとても無愛想で、「3月まであいてないよ」と取り付く島もなかった。こんなところはたとえ安くてもダメだと思い、その他色々電話してみて対応が良かったところで、すぐに始められそうなところから考えることにしました。 結局、その時仮住まいしていたアパートホテルから歩いて15分位の語学学校で、料金も他と比べてまあまあ、とりあえずすぐ始まる一日4時間2週間の集中コースがあるということなので、そこに入ってみることにしました。それが、AMIRAでした。 他に気を引いた点としては、ベルギー初のISO取得という謳い文句と、少人数制(最高8人)を取っているところかな。 A初心者コース !! なんと初めの初心者コースは7人中私ともう一人イタリア人を除けば、国籍は違うもののみんな英語がネイティヴのクラスメートでした(今から思えばこういうクラスは結構珍しい)。 内訳はアメリカ人3人、アイルランド人(しかし両親は英語が母国語)1人、南アフリカ共和国から1人。そしてもう一人のイタリア人の女の子も問題なく英語を話せる様子。 私は日本では多少英語を使う仕事をしていたんだけど、英語がネイティヴの外国人と接する機会は決して多くなかったので、会話にはあんまり慣れてなかったのです。それがいきなり休み時間になると、すごい速さ(と私には思われる)で飛び交う英語のおしゃべり。先生も英語を話すので、ビギナーの成り行きとして授業も英語で行われます(ほんとは良くないんだろうけど)。フランス語を勉強する前に、彼らの英語に慣れなければならなくて、取り残されてしまいそうで初めは結構パニックに陥りました。フランス語習いに来たのにまるで英会話のクラスに入ったみたいでした。 そのうちアメリカ人の女の子の一人が、「貴女は英語で説明されるフランス語を頭の中で日本語に変換しているの?大変でしょうね」と優しく話しかけてくれて、救われる思いでした。 (彼女は今でもつきあいのある良き友人です)。 今までずっと日本人だけに囲まれて生きてきたけど、そんな風にいきなり外国人(私から見て)に囲まれて、日々を過ごすことになりました。 これはこれで、フランス語を学ぶこと以外の大きな「学ぶこと」なのだろうと思います。 これからもしょっちゅう思うことになるのだけど、今まで接したことのないものの彼らの考え方、見方、感じ方は、私の頭の中にどんどん「新しいもの」としてインプットされていって、日本にいたらできなかったかもしれない貴重な経験だと思っています。 この初めのクラスでそこそこクラスメートとも仲良くなって慣れてもきたので、彼らの一部と共に次のコース(ここでは、1A, 1B,2A,2B…とクラスが続いていく)に進むことにしました。ちなみにこの学校では通常は、一日3時間3週間で次のクラスへと進んでいきます。 それからは英語が母国語ではない多国籍なクラスメートと出会っていくことになりました。ヨーロッパの各地(北欧諸国、スペイン、オランダ、スイス、イギリス・・・)、トルコ、インド、ブラジルなどなど。そして初めの2週間では全く見かけなかった日本人もちらほら見かけるようになり、クラスが一緒になって仲良くなれた人もいて、母国語を話すことの貴重さ(ストレス発散)、便利さ(なんて気持ちの伝わることか !)を思い知りました。 B初心者コースその後 しかしそのうち私は壁にぶち当たることになりました。 みんなで英語をベースにして基本的なことを学んでいるうちはまだよかった、休み時間におしゃべりしたりたまに授業後にお昼を食べに行ったりということを、ただただ楽しんでいました。しかし、壁はやってきた(というか、自分が壁にたどり着いたってこと?)・・・。 周りのレベルが上がり、授業中のフランス語のおしゃべりが増えていくにつれて、全く話ができない自分がもどかしく、すぐにぺらぺら話せてしまうクラスメートが不思議でならなくなりました。 特に最後にいたクラス(結局2Bという4段階目まで。全部で11段階まであるらしいが)では、ラテン系の生徒に押されっぱなし・・・。 スペイン語が母国語の彼らにとっては、フランス語を話すことはさして苦ではないように見受けられてしまいます。彼らは彼らで決して同じじゃないよ!と訴えるんだけど、日本語がベースの私から見ればはるかに易しいんじゃないの?と思えてしまいました。 それとともに、別の問題も浮かび上がってきました。 それは、先生。今まで3クラスたて続けに教えてもらったフランス出身の初老の女性が4クラス目では変わりました。新しい先生はやたらと、「日本人はこうなんでしょ?」を連発し、その態度にはちょっとうんざり。いわく、「日本人は内向的な性格なんでしょう?」、「日本人はみんな真面目よね」その他色々(もうあまり覚えてないけど)・・・ 文化の違いというものをテーマにして学習を進めようというなら反対はしないけど、彼女の聞いてくることは単に彼女の好奇心を満足させるものとしか思えない。それに彼女の用いるテキストは難易度が高すぎて授業が全然分からず苦痛なこともしばし。 彼女は他の生徒からの評判も悪く、次のクラスでは彼女に教えられたくないという声も多く挙がりました。そしてその訴えが事務所側に聞き入れられ、この次のクラスは違う先生が持つことになったのだけど、私はこの頃非常に「頭打ち状態」を感じていたので、もう一度同じレベルのクラスを受けることにしました。先生は、初めに3クラス連続で受け持ってくれた先生。でも、ここでもまた問題が・・・。 その先生は初めの3クラスでは、少々きついところはあるかな?と思ったけど、何しろ私にとっては初めての「海外の語学学校での外国人の先生」だったので、こういうものなんだなとそのまま受け入れてました。でも、彼女の今まで見えなかった多くの欠点がここで見えてきました。 それは、授業の私物化!! 休み時間になると、外のCafeでコーヒーを飲みながらフランス語でおしゃべりをしようと言う。一度や二度ならまあ課外授業だと思うんだろうけど、それが毎日に。しかもCafeにいる時間も段段長くなる・・・。やっと学校に戻っても彼女はなかなかクラスルームに戻ってこない(スタッフルームで休憩?)朝もしょっちゅう遅刻。生徒に問題をやらせている間携帯のメールをうちこむ、私用の手紙を書く。 初めの3回のクラスでもたまにこういうことはあったがこんなにはひどくなかったです。考えられるのは、多分初めの3レベルのクラスでは初心者ばかりの為彼女自身が多少緊張していたのでまだましだったのかも。そして今回のクラスには若い男性が2人いたため、どうも彼女はひどくリラックスしてしまったらしい。(後から聞いた話だが、そのうちの一人に強烈に迫っていたらしい。あいにく彼はゲイだったというオチがつくんだけど)。 私の中で、すっかり彼女の印象が、ひいてはこの語学学校の印象自体が悪くなってしまいました。 C4ヵ月後 それからここで私は日本に一時帰国することになっていたので、ここですっぱりこの学校を止めようと思いました。自分の当たった先生が二人ともちょっとがっかりだったし、この学校の他のクラスの友人の話を聞いてもこの先生は最高、という先生の話をあまり聞かなかったので、ISOってあまり良い先生のいる判断基準にはならないのかな、とも思いました(もちろん、代理で会った先生の中には良い先生もいたわけだけど)。 でも、ここでもらった文法のブックレットは薄くまとまっているので今でも結構役に立ってるし、少人数の為アットホームな雰囲気になりやすく、結果として今でも会っている友人も何人かできたので、とっかかりとしては悪くはなかったな、と思っています。 2.Alliance Francais編 (3/19 2001 - 10/4 2001) 日本に2週間一時帰国、リフレッシュして帰ってきた私は、やる気も新たにもともと行きたかった学校、アリアンス・フランセーズに行ってみました。 ここは人気があり各クラス(特に初心者クラス)定員いっぱいな事が多く、一時帰国中に友人にメールで「結構待たなきゃいけないみたいだよ」と聞いていたので覚悟はしていたんだけど、レベルテストを受けてなんとかレベル2に入れると判明し、ラッキーにも「あら、ちょうど一週間前から始まったクラスに来週から入れるわよ」と言われました。 AMIRAと同じく毎日午前中3時間のクラスです。ただ前の学校よりも自宅から遠く、ちょっと通学時間が余分にかかることになりました。 ここは定員がMax15人で、私のクラスには9−10名の生徒がいました。 始めて入っていって、びっくり。前の学校よりみんな若い!20歳弱の学生が結構いました。 春休みを利用してホームステイ、 などでやってきているみたいです。前の学校では自分と同じように配偶者、恋人の仕事の都合でブリュッセルにやってきた女性(時には男性も)が多かったので(年齢もわりと近かった)、ここはより学校って雰囲気だなあと感心?しました。 テキストもしっかりしているし、先生もわかりやすく授業をしてくれるし、一週間遅れて入ってきた為わからない文法事項もある私に親身になって教えてくれました。 ここで休み時間に恐る恐る話しかける私を、フレンドリーに迎えてくれた女の子3人がいました。 エクアドル出身のクリスティーナ(25歳)、スウェーデン出身のニーナ(19歳)、南アフリカ共和国出身のフランチェスカ(19歳)です。 特に、クリスティーナとの出会いは私にとってとても重要なものになりました。なぜかというと、クリスティーナは英語が話せなかったのです。 これまでクラスメートとは英語でしかおしゃべりをしませんでした。まだまだこのレベルではフランス語は未熟だし、どうしても英語のほうが手っ取り早い。でもクリスティーナは英語は苦手だといい、彼女の母国語のスペイン語を私が話せるはずもなく、彼女と会話するにはお互いつたない(というか私のほうが圧倒的につたないんだけど)フランス語を使うしかないのです。しかも彼女はとてもひとなつっこいムードメーカーで、休憩時間にみんなが英語でおしゃべりしていると、「ちょっと、何語で話してるの?フランス語で話そうよ!」と明るく入ってくるのでした。 陽気な彼女と私はとても気が合い、他の女の子とも一緒にランチしたり彼女が住んでいる彼女のおじさんの家に遊びにいったりしました。(クリスティーナは大学を卒業した後就職する前にフランス語を学ぼうと、ブリュッセルに住んでいる伯父さんを頼ってベルギーにやってきたのです)。 この授業後のおしゃべりは私のフランス語の向上にとても役に立ちました。授業中ではなかなか発言できないし、先生に振られてもなかなか緊張して話せなかったりしたけれど、クリスティーナとは何でも話せました。彼女はいつも間違いを直してくれたし、ほんとにいい先生だった。 そしておしゃべりに熱が入ったのは、彼女が恋愛真っ只中にいたせいもありました。 ・・・つづく (アヒルン) タイトルページに戻る。
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