文久3年4月16日

幻の土方歳三日記
以前より、永倉新八の書き残したとされる『浪士文久報国記事』の存在は知られ、
最近になって発見された。

しかし、新選組ファンとしては土方歳三が京都へ到着してからの事を綴ったとされる
土方日記についてはその所在が未だに不明のままである。

京へ着いてからも度々故郷日野へ手紙を送り続ける程の筆まめ人間歳三だけに
是非とも読んでみたい一品である。

その日記の一部から京都守護職より新選組総員が黒谷に呼ばれた事が書かれていた。
勿論、総員と言う事なので幹部から新入隊士まで全てである。

守護職松平公は新選組の武術をご覧になりたいとの事であったそうで
早々に組み合わせを決め、試合形式と演武を披露したらしいのである。



こんなメンバーが!
剣術
土方歳三VS藤堂平助

平山五郎VS佐伯又三郎

永倉新八VS斉藤 一

沖田総司VS山南啓助

棒術
川島勝司

柔術
佐々木愛次郎VS佐々木藏ノ丞



その時、近藤勇は
近藤についての事が書かれていないので想像ではあるが、おそらく会津公の近くにて
武術のご説明をされていたのではないかと思われる。



試合結果
剣術

内容についての記述も無いので、これについても想像しかできないのが残念である。
流派が違えば型も違ってくるでしょうから、いわゆる型稽古ではなく、
試合形式であったのだろうと思われるが・・・・・・・。

このメンバーの中でも”永倉VS斉藤”の組み合わせは興味津々なのではないでしょうか?
まるで、小説や漫画での組み合わせの様ですし。
なにより、隊中でも指折りの達人同士の戦いですから!

それと、
”沖田VS山南”も見応えがありそうな試合。
いったい、どのような試合だったんでしょうか?
今なら、東京ドームをいっぱいに出来るカードですよね。(笑)

補足ながら元・隊士で伊東甲子太郎と共に御陵衛士となった、
阿部十郎が維新後に残した証言に

「実地に掛けましては榊原健吉よりは近藤勇の方が上だろうというのでございます。
それが為に高弟には沖田総司是がマア勇の一弟子で、なかなか〜〜能く仕いました。
其の次は斉藤一と申します。それから派が違いますけれども、永倉新八という者が居りました。此者は沖田よりチト稽古が進ん居ました。」

これを読んだ限りでは近藤を除けば、最強は永倉と言う事になりますが・・・・・・・・・。
皆さんはどうお考えでしょう?
確かに永倉は前線で戦い続けたのですから強かったのでしょう。

棒術

川島勝司と聞けばファンなら良くご存じの探索方で有名です。
そして探索方と聞いて忘れられないのが”山崎蒸”なのですが、この時は入隊前なので
当然参加はしていませんね。
そして面白い事に新選組の探索方は棒術を得意としてるんです。
山崎が川島から棒術を習ったかについては不明で、山崎の相手には斉藤一が良く立ち会ったとされてます。

川島の棒術は相手がいないので型稽古にとどまったと想像されます。

柔術

佐々木愛次郎と言えば”隊中美男五人集”で有名ですが、相手をしたのも佐々木姓なんで
ひょっとすると兄弟かも?
兄弟で柔術師範でもしていたのかもしれませんね?
柔術家としての実力が記録には無いのでなんとも難しいのですが、会津公の前にて
試合をする以上、相当な腕前であったのだろうとは想像出来ます。

後の柔術師範、松原忠司や篠原泰之進は相当な腕前だったことは知られています。





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