| やぶ蚊のロンドレールなトビリシ日記です。 |
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19日の昨日の日曜日は新学期前日ということで、TVはグルジア映画オン・パレードだった。ノダル・ドゥンバゼ原作、テンギス・アブラゼ監督の「僕とおばあさんとイリコとイラリオン」を見た。
主人公ズラブが鉄道の三等車に乗るシーンがあった。込み合い、鶏や荷物で座る場所もない。現実の三等車もそうだったな。ズグディディに行ったとき。 で、なにがわかったのかというと・・・ 電車の窓が開かない理由だ。あれはタダで電車に乗ろうという輩を排除するために開かないんだ、きっと。開いても上部が少しだけで、身体を押し込むことはできない。うーん、なんていうところだろう。 今日は国公立の学校の新学期が始まった。田舎のファッション・ショーのように着飾った子供たちが溢れていて、見ていて楽しいね。 |
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2004年09月20日 15時30分20秒
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ロシア領のサハリンからメールが来た。
なまはげさんからだ。 ああいうところ(行ったことないけど・・・)からもメール送受信できるんだね、今は。すごいね。 うーん、なまはげさん知り合ったのは2001年かな、それより1年前か。 泥棒が横行した民泊「ナジ・ハウス」を飛び出して、フラットが見つかるまで「シラゼ・ハウス」にいた。あれっ、そのときじゃなかったか? まぁ、いいや。とにかく昔だよね。 秋田訛りのなまはげさんは酒・煙草が嫌いでコーカソイド或いはスラブ系美人が好みだ。私と反対ですね。 おそらく、5、6年ぶりの日本なんだろうね。彼が社会復帰できるかどうか、関心がありますね。私にとってはひとごとではありませんから・・・ ここのところ、バテ気味です。最高気温は35度前後で、まぁ、暑くてかなわん、というほどではないのだけれど、夜間に気温があまり下がらないのがつらかったですね。今朝は涼しいですよ。あっ、今、ネット・カフェ「穴蔵」です。 小柄なイリナがなまはげさんによろしく、と言っています。 いい赤ワイン見つけました。少し、幸せです。 |
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2004年08月22日 14時06分55秒
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ウチの南窓(高さ3m ×幅4m!だよ)に蔓を伸ばし、たわわに実るぶどう(アデッサ種。フランスでいうところのロゼ・ワインになる。食べてもおいしい!)が色づきはじめた。
そうそう、昔、上質ワインになるぶどうは、食べてはおいしくない、という話が日本にはあった。(20年以上前だけど・・・) しかし、私が実際にボルドー・メドック地区、とりわけ高級シャトー(二つのロートシルトとラトゥール)が位置するポィヤック地区のぶどう(カベルネ・ソービニオン種)を食してみたところ、たいへん美味であった。あの話、うそだね。でも、作りたてのワインはメチャ渋くて飲めたものではなかった。それでも一本七千円くらいする。(当たり年の場合ですよ) まぁ、30年後ぐらいには飲みごろになるはず、というロバート・パーカーの話で・・・ そうなれば、一本十万円くらいにはなりますけどね・・・ そうじゃなくてグルジアのぶどうは――今年も出来が悪い――イメレチは悪かった。今年は行ってないが、聞くところによれば、カヘチはもっと悪いそうな。 悲しい色やね、グルジアは。 上田正樹、知ってます? ここ何年かグルジア・ワインの出来はよくないのです。天候不順が原因でしょう。それでも田舎にお客として招待されて行くと、上質なワインをいただくことになります。グルジア人は二枚腰なんだよね。 売りに出すものは低品質で、家で客にタダで出すものは上品質―――うーん、やっぱり、ここの人は「交換」行為よりも「贈与」行為に重きを置く、正しい、資本主義時代以前の伝統を守っているのだね。そういう国にサアカシュヴィリのような米国コロンビア大学で勉強して戻ってきたような人間が大統領になって「西側を見習え。我々はヨーロッパ人なんだ。国際共通語の英語と西側(西洋)資本主義の下で 我々グルジア人は幸福になる」とやってますが、私は上手くいかないと断定してます。 それにしても就任以来8か月で二度の訪米ですよ、我らが大統領は。TVで見る限り、ドナルド・ラムズフェルド国防長官、コリン・パウエル国務長官、ライサ?という黒人女性の大統領顧問との会談などと精力的ですね。まぁ、若いからねぇ。 ところで、彼には持病があって(どんな?)、治療薬の副作用で急激に太った、という話です。それをまた別の痩せさせる薬を飲んで見られる「バディー」にしているらしい。 そうそう、モスクワのタイクーン(大君−大金持ち−という意味)のカハ・ベンドキーゼというのが今、トビリシで経済相をしています。このカハ、ほとんど、かば、ですよ。 先日、エルサレムのホテルのプール・サイドのサマー・ベッド?でくつろいでいるところをTVで見ましたが、ありゃあー、うーん、カバというより「トド」ですよ。分かります? 言ってることが・・・ こういう体型のグルジア人、沢山いるなぁー。 私は50才近くになっても少年のような痩せすぎの体型です。グルジア知人は「日本の最高機密のダイエット方法」と宣伝して金を集めろ、と私に勧めます。さてさて、どうしましょう。 |
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2004年08月08日 23時43分54秒
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グルジア文部科学省は4日、「新年度の新学期は9月の第3月曜日(今年は20日)からスタートする」と発表した。今までの9月1日スタートはソビエト連邦時代のもので、グルジアの伝統にはそぐわない。1年度は9月第3月曜日から6月末日(3学期に分ける)ということです。
うーん、教師、教授たちには好ましくないなぁ。9月分の給与は11月上旬にならないと出ない、ということになる。最後にもらった月給が7月上旬だったから、8月、9月、10月と3ヵ月間、約90日間を月給なしで暮らせよ、ということになる。4分の1年間ですよ!! 他のアルバイトをせにゃあならん!! 生きていけなくなります。 そういえば、うちの庭の向かい側の長屋で3日に火事がありました。正午ごろです。私が銭湯から戻って来たところ、向かいの建物の陰から煙が出ていて、かしましい、けたたましいグルジア語会話が飛んできた。 「水はでるでしょ。早くかけなさい。なんて、おバカさんなの」 「消防署にデンワしたの?えっ、してない?早くかけなさい。なんて、おバカさんなの!!」などなどである。煙の勢いが強くなったころ、ようやく消防車が到着。30分後には沈下した。 ウチのあたりは今、ガスが止まっている。(書き込んでいる今日7日にガスは戻って来た!!) 出火の原因は何だったんだろう? 大家に尋ねると「長屋の住民の一老人が生きていくのが嫌になって、部屋に灯油を撒いて火をつけた。本人自身は灯油をかぶってはいなかったらしいよ」とのこと。これもいわゆる一つの焼身自殺行為なのでしょうね。はた迷惑なことです。でも、働くことができない人たちは生きていくのが大変ですね、この国は。ある女性がTVで「果物がカタストロフィックに値上がりしたままだ、この果物の季節に。肉も野菜も高い。給料だけが据え置きだ。どうやって暮らせ、というのか、大統領に聞きたい」と語っていたが、これは本物の民の声ですよ。 新学期をずらした背景に冷夏を指摘する声がある。いわく、今年グルジアは冷夏であり、避暑地の海岸沿いのコブレチや林間のボルジョミなどで貸し別荘に滞在する家族も少なく、その期間も短い、と言う。貸し別荘のオーナーらが、政府首脳に「夏休みを延ばしてほしい」と泣きついたそうな。 政府首脳も別荘オーナーもグルジアでは金持ちだ。献金、ワイロも贈与しているかも? で、議会にも諮らずに冒頭のような決定をして通ってしまうところがグルジアなんなんだね。我々の社会とは違いますね。 昨日、とうもろこしとスイカを今年、初めて食べました。この辺のとうもろこし、おいしくないですよ。甘くないし、いくら煮ても柔らかくならないし・・・トルコやアゼルバイジャンのもダメだったなぁ・・・ 日本ではバンタム種とかハニー・バンタムとか黄色くて甘く品種改良してあるのが普通で、あれは旨いよねぇ。 で、食べながら思い出した。とうもろこしにも「うるち」と「もち」と二種あって、「もち」は そのまま食べてもおいしくないよ、という話を20年くらい前に聞いたような・・・日本で・・ ここのも「もち」種なんでしょうかね、きっと。うーん、日本でも味のしないとうもろこしを食べたことがあることを思い出したゾぉー!! |
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2004年08月07日 22時26分18秒
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ネットで私を知ったという日本人青年が訪ねてきた。今年2月からアルメニア・エレバンで私費留学を始め、夏休みを利用してグルジア、アゼルバイジャンを見て回ろうという訳で。お土産にマーボー豆腐の素をいただきました。ここのところ、中国人との付き合いが薄いので豆腐は入手困難です。夏野菜のナス・ピーマンは安いので、麻婆茄子にしました。
パッケージには「本格四川料理だから、辛さの度合いは、大辛」と恐ろしいことが書いてある。たまねぎとトマトも動員して宥和作戦でのぞみました。それでもダメなら、最後は生卵をぶっかけるぞ、と決意しながら(うーん、なんか東海林さだお?の文章になってきたなぁ) 結局、卵なしで、ほど良く甘辛の麻婆ナス丼に仕上がって、彼も満足してくれたようです。 しかし、エレバンに住んでいて、問題なくアゼルバイジャンに行けるのだろうか?在トビリシ・アゼル大使館は即日ヴィザを発給しました。あっ、アゼル大使館、サブルタロ地区からヴァケ地区に戻ったんですって。申請者を中に入れてアンケート書類を本人が書くようになったとか、進歩しましたね、ようやく。 彼から連絡がないので、おそらく無事に入国できたのでしょうね、きっと。 ここのところ、いろいろと書きたいことができました。掲示板も使ってカキコします。すこしづつ。 |
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2004年08月05日 18時59分26秒
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Now I am in a cyber-cafe on Marjanishvili street.
Their basic soft is windows 2000. But they don't have CD in which the programs in. It means we can't add other languages. They only needs English,Russian and Georgian. It is they who want to do business with foreigners or tourist with computer or internet. I can't understand what they're thinking. They're Idiots or Nutcase! |
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2004年07月29日 21時25分00秒
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Now I am in a cyber-cafe on Marjanishvili street.
Their basic soft is windows 2000. But they don't have CD in which the programs in. It means we can't add other languages. They only needs English,Russian and Georgian. It is they who want to do business with foreigners or tourist with computer or internet. I can't understand what they're thinking. They're Idiots or Nutcase! |
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2004年07月29日 21時18分16秒
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With support of foreign fund, the main roads of Georgia have developped.
We can't find holes on the road nowadays. Georgian drives a car as if he be sitting in front of TV car game machine. So each time I make a small trip, I see car crush everywhere. It is not only Georgian driver, I suppose. Around here so-call middle east or caucaus, eachone can get driver-lisence without training how he or she should do. Sometimes I want to drive a car by myself. In fact I rent a car in Europe and enjoyed sightseeing. But Georgia is not Europe, even though our President Mikeil insists to be so. |
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2004年07月27日 14時46分48秒
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22nd of July there appeared heavy rain in Tbilisi.
On that day in the afternoon I came back here from Imereti Region. Our plain streets have become rivers, our downhill streets have become waterfalls. And our yard has become a lake. In spite of that, our Marjanishvili region is safer and more sound than any other region in Tbilisi, I believe. |
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2004年07月24日 15時19分04秒
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昨日の最低気温はトビリシで24度でした。稀にこんなことがありますが、たいていは日中の最高気温が38度くらいだと、朝方は22度前後でよく眠れるのですが・・・
私はやぶ蚊ですが、蚊が苦手です。毎夏、身体中を攻撃されてます。かゆくてかゆくて、日本のムヒとかは持っていないし、こちらの薬は効かなくて大変でした。 今年は窓辺に置いたお皿にお酢を注いで、蚊取り線香代わりにしています。これが けっこう効いて 被害軽微です。 暑くなると 私は食欲が増進します。おそらく、やせすぎの 身体が非常事態宣言を勝手にするのでしょう。ガンガン食べてます。それで、体重が増えることはありませんが・・・ 木原孝一という詩人が東京にいます。彼の編纂した本の中に太平洋戦争で南方の島で戦いを余儀なくされた兵士の詩?が載っています。 いわく、「温泉に浸かり、糊の効いた浴衣を着て、てんぷらと刺身、少々の日本酒をいただけたら、思い残すことなく死ねるのになぁ・・・」というのがあります。 外国に住んで、日本のものや考え方に触れることがなくなってしまった私には、この兵士の言葉が新たに身にしみるのでありました。 |
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2004年07月17日 20時36分52秒
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Our cyber-cafe on Rustaveli str. has completely collapsed!!
Now I have no chance to write in Japanese on web-site. Fortunately Japanese words are displayed on the screen, you have no problem sending e-mail to me in Japanese. Some of my Georgian friends here have windows XP system. From there I hope to make articles or mail in Japanese very soon. |
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2004年07月08日 14時15分53秒
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ここのところ、最高気温が36度くらい。でも、部屋は 風が通るので、そんなに暑くない。団扇一本でしのいでいる。夜には夕立が来る。扇風機やエアコンなしでやっていけるんだから、東京よりは まし ということでしょうか。冷蔵庫も持ってませんけど・・・
7月は38度くらいになる、と新聞が言っている。3年前は40度の時もあったなぁ。 ビールとスイカとヨーグルトでしのぎます。 |
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2004年06月28日 23時07分02秒
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いやぁ、夏になりましたな。日本は梅雨入りでしょうか?お気の毒です。こちらは500ccで50円のビールですが、馴れると旨いです。キュウリとトマトを適当に切って、卵白と植物油、酢、塩、胡椒でマヨネーズ如きものをかけて、つまみにしています。
実は私、冷蔵庫、持っていません。2年半、住んでいたウズナーゼ6番地は家賃が40ドルでしたが、冷蔵庫、ありました。でも、使いませんでした。ロシア製の古いもので、コンプレッサがイカれていて、うるさいだけ(それでも冷えるけど・・・)だったので・・・ 日本人には必需品というわけでもないでしょう。逆に「物を冷やせば長持ちする」という間違った考えで、腐らさせてしまうのでは・・・ 冷蔵庫なしの生活を4年以上続けていますが、それができるのは下町に住んでいるから、とも言えます。 私はマンション・タイプのアパートが嫌いです。隣り近所とのつきあいがないし、セキュリティも低いと考えています。で、長屋(こちらの言葉でエゾ「庭」)に住んでいます。国防大臣ギア・バラミーゼも同じ長屋でした。 「エゾ」もよくないところもあります。まず、庭がウルサイ!! 夏は夜12時すぎまで、みなさん、ダベっています。ときどき、喧嘩もありますしね・・・ でも、行商の人がエゾにやってきて、たとえば、野菜や生活雑貨など、持ってきた品物の名を大声で叫びます。昔の日本の豆腐屋さんのようですね。毎朝、ヨーグルトや牛乳も来ます。とても便利です。冷蔵庫要りません。 夏は冷たいもの、たとえば、ビールですが、これは必要な分だけ、お店に買いに行きます。足りなくなったら、また出かけます。近所は商店街なので不自由はありません。 しかし、豆腐、ずいぶん食べていないなぁ・・・ 中国人のところへ行って分けてもらおうかな?少し固いけど、削りぶしとねぎと生姜で冷奴っこにして食べたい。マーボ・ドーフも食いたい!! |
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2004年06月08日 14時58分12秒
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いやぁー、昨夜9時のTVニュースを見ていて驚いた。うちの近所で夕方5時ころ、強盗事件があったそうな。現場はエルバキーゼ通り。家からはガラクティオン橋を渡ったところ。ホテル・イベリアの下です。
GEOCELLという、ここの携帯電話会社の社長が乗っていた車が狙われ、ピストルで撃たれ、同乗の2人を含んで重体だという。これも近所のミハイロフスコエ病院(イスラエルやブルガリア大使館前)に収容されているという。 安全神話を作っていた、家の近所だからショックだ。 まぁ、サンケイ新聞のサイトの国際面を読んでいるが、世界中、どうしようもなく、混沌だね。 ここのところ、声がいい人に憧れている。最近の考えでは、いわゆる日本で「頭がいい」という人よりも「声がいい」人の方が「優れている」気がしてきている。 たとえば、東大出の学者さんの話とかは「なんか難しすぎて全然わかんない」ということはあるけど、たとえば、矢沢栄吉という人の話を暴走族のあんちゃんたちは熱心に聞くんじゃないだろうか? 足寄町の松山千春は ハ○ているけど、彼の主張に耳を傾ける人は多いのだろう、で、今は政治家になっている? 彼も声はいいよね。 僧侶修行時代、阿呆みたいにデカイ声でお経を読む練習をして、喉をつぶすんだけど、あれって、凄みのある声をつくるためだったんだよね。 まぁ、確かに話の中身は大切だけど、声の質で聞きたくなる、聞きたくない、ってのは ありえるもんね。 グルジア人は声が大きいし、歌手もいい声の人が多い。とても魅力的な声です。ポリフォニーもいいですしね。 いまさら、なんだけど、まぁ、私はおもしろい話を書く以外に生きる道がありませんな。ちょっと残念。 |
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2004年06月01日 14時46分42秒
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25、26、27日とグルジアを代表するアンサンブルの一つのルスタヴィのコンサートがフィラルモニアであり、最終日に見に行った。
26日がグルジアの独立記念日であり(今後、これは変わるかもしれない、4月9日にするかも?)、今年、就任した大統領は派手な軍事パレードを催した。 ここのところ、サアカシュヴィリは突然、猛烈に太りだした。日本で活躍している「黒海太?」という力士と殆ど同じ体型になっている。 最近のサアカシュヴィリの発言を聞いていると、石原慎太郎都知事を思い起こす。やけに強気な発言が多い。力−軍事力を含めて−を持たなければ、国は成り立たない、ということを強調している。それは全くそうだけど、何か気に入らない。 生活面では、密輸入が厳しくチェックされはじめた(という噂)ということで、関税の支払いが高く、物価が上昇している。もちろん、便乗値上げもある。食料品がこんなに(20%)上がる理由がわからない。野菜の季節なのに・・・ グルジア通貨GELラリが異常に高くなった。今日現在1US$=1.90GELである。 さて、コンサートであるが、あまりに外国人が多くて驚いた。まぁ、踊りとポリフォニーが中心だから、言葉が分からなくても問題ないのだけれど、いったい、どこから、こんなに多くの外国人が湧いてきたのだろう?と不思議だった。街中では見かけることが殆どないからね。 もちろん、留学生や大使館関係者がたくさん、トビリシには住んでいる。でも、学生は貧乏だし、デプロマットたちは車のナンバーでわかる。 アフリカの人たち、インド人、韓国人、台湾人たちを含め、米国人、ドイツ人など、私の周りに座っていた。通訳というか、案内役のグルジア人が付いていたけどね・・・ 今回のコンサートでは多くの新作の踊りが演じられた。私には、あまり、こなれた感じがしなくて、いままでの伝統的なもののほうが親しみがあるが、一般的なグルジア人には評判が良かった。私の好きな「サマイア」や「ガン・ダ・ガナ」がなかったのは残念だ。 でも、ヘプスレティやトゥシェティ、スヴァネティなんかの新作はとても良かった。そうそう、オセト人の踊りが今回はありませんでしたね。皮切りはアチャラでしたし・・・ 最近、TVでグルジア映画「ハレバとゴギ」それから「シェレキリ」を見ました。 「ハレバとゴギ」は10年位前に東京で見たことがあります。 そのころはパフレットや字幕を読んでもよくわからなかったものが、何のない状態で見ている今では理解できるようになったのが うれしいですね。 エリダル・シェンゲラーヤ監督作品の「シェレキリ」、実におもろい映画でした。 弟よりも才能を感じます、私は。 さて、ミヘイル・サアカシュヴィリさん、あんた、アンサンブル「ルスタビ」か「スヒシュヴィリ」に参加して踊って、少しダイエットしたほうがいいよ。太りすぎたよ!!! ああ、外国人好きの大統領だから、アンサンブル「エリスィオーニ」の方がいいかぁ・・・ |
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2004年05月29日 15時29分43秒
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うーむ、日記が書けない。一番の理由は このサイトに到着できないから。2番は書く内容がないからかな。
このところ、なぁーにもしてなくて、飯、作って、喰ってるだけ、っていう感じ。少しは誰かの役に立つようなことしないとなぁ・・・ FDにあるnote pad が開けないときが多い。それで日記サイトにたどり着けない。着いても日本語カキコできない状態のときもある。 ノート・パソコン必要かなぁ?秋葉原なら1万円くらいで買えたのに、今では夢のような話になっちゃった。 そうそう、明日26日はグルジアの独立記念日なんだけど、今年はやけにリキ(ちから)が入ってるんだよね。なにかイヤーな予感がする。 |
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2004年05月25日 15時03分45秒
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別に川島英吾?の話をしようというわけではない。アチャラの政変が落ち着いて(いないか?)平穏なトビリシ・ライフである。
先日、東京から ある女性がトビリシにやってきた。WEBサイト上の知り合いなのだが、「差し入れは要りませんか」と申し出てくれたので、「乾麺日本蕎麦」をお願いした。 大体、日本人ってのは気が利く、というか、回るというか、直接、言葉で要求しなくても、相手の気持ちを読もうとしますよね。美点ですよね。でも、他文化で育った人は理解不可能。 で、彼女、インスタント味噌汁も持ってきてくれました。(他にも いろいろ頂きました。ありがとうございます。) で、味噌汁って旨い! ウマイんだけど、何か物足りない。何年か前に炊き立ての飯に味噌をこすり付けて食べたら、「うーんと、アゴがはずれるくらい、旨かった」という経験があります。それ以来、インスタント味噌汁を味噌汁として飲むことをやめてしまいました。 こちらはキュウリの季節が始まりました。キュウリの皮をむくと台所中にキュウリの匂いが拡がります。適当なスティック状態に切って、味噌をこすりつけて食べるとビールが何杯でも飲めますな。こんなことばかりしている。 酒と女とギャンブルは男を骨抜きにしてしまうものとして嫌われているけど、私は、この三つが大好きでした。 今は女とギャンブルには縁がない。酒だけなんです。そう、つまり、私はアルコール依存症なんですよ! えッ、昔から知ってました!? おそれいりました。 今日、16日は16年前、私が尾瀬の山小屋で働きはじめた日です。思い出しました。自分の生活雑貨を担いでボサボサと雪の降る沼山峠を越えたのでした。 |
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2004年05月16日 17時06分59秒
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夕べは ずうーっとラジオを聞いてきた。またまた、アチャラで革命騒ぎがあったので・・・
で、外国の報道は どうかな? ということでフランスのRFIも聞いていた。 そこの音楽番組にJane Birkin(ジャン・ビルカン、日本ではジェイン・バーキンスと呼ぶ)が出演していて、日本と日本人のことを誉めていた。 たいだい、世界中のアーティストは日本を誉めることが多い、ようですな。 わが、ニノ・アナニアシュヴィリも大の日本ファンだと言っている。 日本人はコンサートや舞台、オペラのチケットは いくら高くても買いますからね。いいお客さんなんでしょう。おそらく、世界一、高いチケットを日本では買っているわけですね。 で、このJ・ビルカンですが、井上陽水とドュエットしたんですか?なんか、日本語の語りとフランス語と英語の混じった歌が流れていましたけど・・・ あまり、いい曲とは 感じませんでした・・・残念です。 今日は春のギオルゴバです。授業のあとでお祝いですな、アチャラの解放?も一緒に祝うことでしょう。 |
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2004年05月06日 15時08分19秒
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ある放送作家さんからメールが入り、TBSラジオの看板番組「吉田輝美のヤルマン」への出演依頼が来た。報酬は出ないそうだが、この番組、私が日本で大工さんの手伝いをしていたときには良く聞いていた。
ですから、日本のPRになりますから、出演します。詳細は のちほど・・ね。 |
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2004年04月27日 18時01分18秒
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昨日、アジア・アフリカ大学のチコヴァニ学長から、国際協力基金の日本研修への私の不採用の通知をいただいた。
「採用」というガセネタが在バクー・日本大使館から流れたため、皆さんに ご迷惑をかけました。 で、なんで、こんなことになったのかを質問したんだけど、「調査した結果、こちらは間違っていることはしていない。そちらが勝手に滑って転んで 怒っているのでしょう」という返事をいただいた。 ですから、私も ひつこいですが、もう一度 調査します。なんか 燃えますね。 お役人が なにをしているのか、あばいてやりますか。サイケイなら 買ってくれるかもね。 |
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2004年04月23日 14時52分29秒
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あまり冷たくない雨が二日続けて降ってます。
これがやむと 一挙に 夏に突入ですね、トビリシは・・・ ここのところ、天ぷらうどんに凝ってます。週に2、3回、天ぷら あげてます。 バザールで 缶詰ものなんですが、結構 イケルイカをみつけました。1 缶140円くらいです。 麺つゆもあるし、イタリア製の細麺スパゲッティが このつゆにあいます。以前は小麦粉をうって、ほんものをつくったりしたんですが、なんか、最近 めんどうなもので・・・ カレーもよく つくります。 あれもこれも 日本からの 差し入れのおかげです。 皆様、どうも ありがとうございます。 |
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2004年04月22日 16時36分22秒
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在バクー日本大使館は どうも混乱しているらしい。機能していないようだ。
そういった話を去年も聞いたし、3年前には 内部告発で そうなるだろう、という恐れがあると聞いていた。 で、バクーに質問のメールを出そうとしたのだが・・・・ 現在の私の環境では日本語文書はパソコン上に保存できない。 で、オン・ラインのまま、メールを書いて送信するわけだが、 今回の質問状は 長文になってしまった。 で、集中してキー・ボードと格闘しても30分以上かかってします。 その間に 停電があったり、誰かが電気コードにつまづいて、線がぬけたり、 電圧の変化でパソコンが不安定になったりで、もう、 4回も 質問状をうちなおしました。 こういうことって、本当につかれるよなぁ。 先週は 東京から中沢新一「カイエ・ソバージュ」シリーズ第5巻とSonyの短波ラジオが届きました。 心配していたけど、ようく、盗まれなかったねぇ・・・ |
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2004年04月18日 15時00分04秒
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ここのところ、在バクー日本大使館とトビリシの関係が悪化している。日本外務省は在バクー日本大使館がアゼルバイジャンとグルジアを兼轄する、としていて、大使館員は しばしば、トビリシを訪問しているようだが、グルジアの実状はバクーには伝わっていないようだ。
これは言葉の問題も大きいが それ以前に グルジアの生活習慣に関する知識が根本的に欠けているためと思われる。 日本に強い憧れをもっている私の生徒たちもここのところの一連の混乱に巻き込まれれ、強い失望感をあらわにしている。 一度、強く大使館に抗議しなければならないだろう。 |
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2004年04月15日 14時13分58秒
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今年は4月11日が復活祭だった。イメレチの田舎に9日の金曜日に行き、そこで過ごした。
あいかわらず、電気はなかったが、水道からは毎日1時間だけ水が出たので、あまり困らなかった。 まぁ、そういうわけで、イラクの情勢についてはトビリシに戻ってから知ったわけです。大変なことになっていて、ご家族は さぞや、ご心配でしょう。 それはそれとして、復活祭の次の日は「お墓参りの日」になっていて休日です。 キリスト教徒にとって、復活祭は一年で一番大きなお祭りのようですね。私も飲みつかれました。しばらく、禁酒したい。 |
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2004年04月12日 15時09分04秒
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April has come with cold wind to Tbilisi.
These days we find iced water on the streets in the morning. Again today, someone made a telephone call "I have set bombs in your university". In our university, her mother and wife of Mikheil Saakashvili, our president have lectures, our students told me. They say, that's one reason of fucking telephone call. |
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2004年04月06日 15時20分59秒
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トビリシの日本センターのタムナさんから電話があって、「国際協力基金」のプログラムに応募した、ここの日本語教師5人が日本へ研修にいけることになった、そうな。3人の女性教師と2人は男性。その一人が私らしい。
私以外の人たちは 2か月から6か月の研修期間だが、私は30日間だけ。まぁ、十分ですけど、わたしには。 でも、一つの国から こんなに大勢?研修が認められるのは 珍しいのでは・・・なんといってもグルジアは 小さい国ですから・・・ |
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2004年04月02日 18時09分29秒
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BA英国航空がトビリシから撤退する。
正式にはBAではなくてBMA英国地中海航空なんだけどね。 最近は飛行機に乗ったことがないけど、日本との往復に私は利用していた。料金もたしか、ロンドン〜トビリシ往復で300ポンドくらいだった。 週3便あるのと、離発着時間が日中なので、大変便利であった。というのは、トビリシ市内と空港を結ぶ交通機関は日中しかないから。バスなら25円。マルシュートカでも50円。タクシーを利用しなければならない、夜間、早朝ならグルジア語で交渉しても10ドル以下には下がらない。 まぁ、アエル・ゼナ・グルジア航空が力をつけて、ヨーロッパ路線に関して強気に出ている、と理解しておきましょう。日本からはウィーン経由やモスクワ経由もあるしね・・・ ところで昨日、20米ドル札を入手したけど、デザイン変わったんですか?なんか変なんですけど・・・ ここのところ、グルジア・ラリ以外の外貨ってみたことないから・・・ユーロも使ったことありません。グルジアに根が生えて、ここから脱出できなくなった、ようです。 |
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2004年03月27日 15時31分16秒
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昨日、今日と国立トビリシ大学5号館に「爆弾をしかけた」という情報があって、休講だ。ポラらしいけど・・・ 困ったもんだ。
昨日の最高気温は24度。一気に熱くなった。ビールが旨い。 街行く娘たちも 春になって、きれいにかわゆく見える。強い日差しの下では、コーカソイドのグルジア娘たちの目は縁が真っ黒で、ドキドキするくらい、きれいで吸い込まれちゃいます。トビリシでもミニ・スカートが目立つようになりました。最近は 似合う子が増えましたね。 突然ですが、トビリシの散歩は やはり楽しいですね。老若男女が普通に 観察できますもの・・・ モスリム色が薄いといわれるイスタンブルなんかでは 私の行くところは汗臭いむさ苦しい男ばかりでしょ。なんか変ですよね。 今度の日曜日が遣り直し国会議員選挙の投票日です。それでTVのCMは長々と政党のアピールばかり流してます。それで、スイッチはきりっぱなしですね、最近は。 今日もいい天気。暑くなりそう。ところで、今、ネット・カフェ「穴蔵」。隣のネエーちゃん、きれいだね。ロシア娘のようだが・・・ |
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2004年03月24日 17時48分58秒
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2か月ぶりにサチュヘレに行ってきました。バスで。
うーん、サチュヘレ自体は電気も水もなくてひどかったですね。地元の人の話によると3日連続で水と電気がなかったそうで私は その4日目に行ったわけですから、4日連続なかったということになります。ですから、天気がよかったにもかかわらず、洗濯をしている家がありませんでした。 行きはワゴン車で帰りは大型バスでした。ワゴン車は バスよりも早いので運賃も割高です。でも私は 出来るだけ、大型バスに乗ります。だって、その方が旅行している感じがするでしょ。何も早く移動できればいいってもんでもないでしょ。バスは窓も大きいし、背も高いので、車窓からの景色が楽しめますしね。速度もゆっくりの方がいろいろと見れて、また、いいよね。 で、午後3時発の帰りのバスなんだけど、サチュヘレが始発ではなく、チアトゥラ発でした。バス駅で切符を買うと座席指定で17番になってました。定刻にバスがやってきて、その窓側の席に座ると後ろにいた10代後半のチアトゥラ娘?が「あなたの隣にだれか来ますか?」と言うので「空いてますよ」と答えると隣にやってきた。 すぐに思ったのは「コイツ、売春婦かな」。いやいや、こんな若いのはなかなかいないよな。なんだろう? 英語の会話でもしたいんかな。それとも、ドロボウかな。などと考えていました。 私、ビール片手に乗り込みましたんで、スキをみせたりすると何か盗られちゃうのかな、などと思ってました。 ドライブ・イン?での休憩のとき、彼女はハチャプリを買って、私におすそ分けしてくれました。トルコでは睡眠薬強盗が盛んですが、グルジアでは そんな手の凝った話は聞きません。まぁ、大丈夫だろう、とごちそうになりました。睡眠薬も下剤も入っていませんでした。別に彼女と会話もありませんでした。眠っているようです。 ようやく、わかりました。彼女はゆっくり、のんびりとバスの中で眠りたかったのでしょう。で、痩せて、非力そうな東洋人の隣なら安心と思ったのでしょうね、きっと。 グルジアのバスは知らないグルジア人同士なのに勝手に話が盛り上がって宴会になったり、合唱会になったり、とにかく、うるさくて おもしろいです。 明らかに外国の人、とわかれば、興味津々でさまざまな質問を受けたり、説明を聞かされたりしますが、その外国人がグルジア語を理解したりすると、その人に対する興味は逆にさめてしまいます。おかしいですね。 トビリシ。私のマルジャニシュヴィリは、やはりいいですね。日当たりがよくて、電気と水とガスがあって、幸せです。 ここ以外のトビリシは電気事情、悪いようです。 それから新大統領誕生後、街道のチェック・ポイントの賄賂警官、いなくなりましたね。いいことです。 |
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2004年03月21日 15時22分42秒
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ここのところ、何か忙しくて?週に2回しか銭湯に行けない。だいたい、月曜日と金曜日かな。グルジア人は週末やお祭りの前の日とかしか、利用しないので、のんびりできる。
曇天続きだった日々が終わって、今日は春らしくなった。風呂上がりだし、気分がいい。ビールを軽く飲みたいところだが、これから講義があるので、ままならぬ。5年前くらいは一杯ひっかけてから授業をしたりしたんだけどね。今はまじめにやってます。 なんだかしらないけど、うちのそばのマルジャニシュヴィリ広場に面した建物の外壁が塗り替えられて、とてもきれいになりました。外観は。 そうそう、昨日、ミシコ大統領がバトゥミ入りしましたね。緊張は収まったようで・・・熱烈に歓迎している人たちと アスラン一派(アゴルジネバ党)の反対集会がTVで放映されてましたね。 この緊張緩和の立役者は、その前日バトゥミ入りしてアスランと6時間?話し合ったN・ブルジャナゼでしょう。彼女の政治手案は この国では抜きんでているように感じますね。 授業のあと、今日はイメレチ地方のサチュヘレまで小旅行するつもりです。 |
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2004年03月19日 16時21分36秒
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ここのところ、やけに寒い。TVによれば、今日も最高気温は7度程度だそうな。明け方には薄氷もはる。こんな風だったっけかな、トビリシの3月って。
28日の国会議員選挙前になってバトゥミのA・アバシーゼがトビリシのM・サアカシュヴィリに揺さ振りをかけている。 1月4日の大統領選挙のとき、投票所に締め切り間際に現れたアバシーゼは配偶者も帯同せず、その顔にはサアカシュヴィリに対する「恨み」の色がみえた。 それを今度の議会選挙を利用して、その恨みをはらすのだろう。 トビリシ政府はバトゥミ港を海上から封鎖した、と言っているが、果たして、そんな実力があるのかな? グルジアの海軍はトビリシ政府の支配下にはない。先だっても サアカシュヴィリは海軍に「ボーナスを出すから不法船舶を捕獲して」とやったばかり・・・ アチャラの海外資産の凍結を各国に依頼しても、モスクワは 話を聞いてくれるのだろうか? トビリシではアバシーゼは「とんでもない悪人」というのが一般評だが、TV映像を見る限り、彼の実力はあなどれない。 今日、N・ブルジャナゼがバトゥミに行って、彼と話し合う。穏健な彼女はどんな妥協案を持っているのだろうか。 彼女が失敗するようだと、緊張は一気に高まるだろう。 週末の旅行は とりやめたほうがいいかな? |
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2004年03月17日 15時45分38秒
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トビリシ市内を走る車のフロント・ガラス− 最近、割れていないし、ヒビも入っていない。ボコボコの車体も減りましたね。もちらん、まだまだ、たくさん 見かけますけど・・・
「バラの革命」で新大統領になったM・サアカシュヴィリは外交で忙しそうだ。ドイツを初めとして、ロシア、アメリカ、アゼルバイジャン、フランスと駆け回り、今日はアルメニアへ行くんじゃないかな? 各国から支援を取り付けたせいでもあるまいが グルジア通貨ラリの評価が以上に上がり、4日前は1USドル=1.85ラリまであがった。 評価のしすぎでしょう。為替レートは大幅に遊んでいて、国だけが 差益を楽しんでいるように思います。 28日のやり直し国会議員選挙のポスターが貼られはじめました。でも、まだ、盛り上がりを感じませんね。OSCEをはじめとして、また、大デラゲーションが来るのでしょう。ホテル「マリオット」のトイレが使いにくくなりますね。 |
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2004年03月12日 15時57分59秒
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3rd of March was Mother's Day.
8th of March also was Women's Day. In Tbilisi, it is a duty for men to give flowers to ladies. We are poor boys. In this month I am afraid if some girl will invite me for her bithday party. I did not get my salary for Febrary yet. But spring has come, my heart does not have so much pain. God helps me always. |
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2004年03月10日 15時32分44秒
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Again today I could not write in Japanese.
Somebody sent me message on M-board. It drove me happy! I will send them in Japanese in a couple of days. How poor I am nowadays!! |
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2004年03月08日 19時00分33秒
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国立トビリシ大学5号館前のヌシの大木の花が咲きはじめました。なんかウキウキします。
1日から ずうーっと暖かくて日中の最高気温は18度です。セーターもいらないくらい・・・ 夜もストーブをたかなくなりました。 トビリシには桜の木はありませんが、ヌシのほかには トゥケマリの花が早く咲きます。ともにバラ科だと思います。梅や桃の花に似ていますね。 仕事を早く片付けて お花見をしたいところですな。カツレツとワインを持って・・ そうそう、この間、カニ飯を炊きました。 えっ、言いましたっけ? 実においしかった。また、作ろう。 納豆、誰か持ってこないかなぁー? |
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2004年03月04日 19時11分18秒
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自宅と大学のパソコンが使えない、壊れているので、ルスタヴェリ大通り、ホテル「マリオット」前のネット・カフェ「穴蔵」に通っている。
こことの付き合いは長い。7年くらいかな。 親切だったハトゥナとダトーは ここの誰かと喧嘩していなくなってしまった。 それから 日本語が打てるマシーンが減った。 それでも まし。ほかのカフェでは ほとんど不可能になってしまっているから・・・ 小さいイリナは 親切だからいいが、 ろくにパソコンをしらないガキドモは相手にしたくない。 ようやくトビリシらしく快晴の日がつづくようになった。 ラジオによれば、今日の最高気温は15度だそうな。 ハイキングに行きたいなっ! |
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2004年02月26日 15時40分55秒
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大学内「日本センター」のパソコンの調子が完全に悪くなって 使えない状態になった。
えーと、これからはたいへんだ。 日本語を打てるパソコンをみつけるのは かなり難しい。 というのも、今時のOSはXPとか2000とかだが、この辺には正規のプログラムを持っている人がほとんどいない。 そういった人を見つけないと、パソコンの設定をかえられないからである。 まぁ、英語の勉強だと思って英語で書きますので、読む方も そう思ってくださいな。 |
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2004年02月23日 20時01分05秒
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グルジア全土であったようだ。
うちは 朝なかった(電気の話)し、夜も2回停電して、復旧したのは午後9時半ごろだった。 電力会社の話だと、第9発電所で事故があった。アルメニアから緊急輸入するので、トビリシ市内だけは供給できるから、今後は停電しないよ、とのお話。 真に受ける人は どれくらいいるかな? 天気予報によれば、雪かも、ということです。 今夜は グルジア正教映画に招待されてしまったので、出かけます。 |
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2004年02月21日 18時10分59秒
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グルジア全土であったようだ。
うちは 朝なかった(電気の話)し、夜も2回停電して、復旧したのは午後9時半ごろだった。 電力会社の話だと、第9発電所で事故があった。アルメニアから緊急輸入するので、トビリシ市内だけは供給できるから、今後は停電しないよ、とのお話。 真に受ける人は どれくらいいるかな? 天気予報によれば、雪かも、ということです。 今夜は グルジア正教映画に招待されてしまったので、出かけます。 |
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2004年02月21日 18時08分53秒
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今日の昼、NHKラジオのインタビューを受けた。ディレクターの口調とは違って、さすがにNHKのアナウンサーの日本語はじょうずだねぇー。感心しちゃいました。
収録後、ディレクターさんとの会話で「やぶ蚊さん、日本語の会話、あまりしてませんね」と指摘されたので、「ここのところ殆どしたことがありません」と答えたら、笑われちゃいました。 うーん、事前に2時間くらい、日本語の台本を作って 練習したのになぁー・・・ ところで、今日の昼間、マルジャニ地区は今月、初めての停電。大学は電気ありました。 これから日本料理屋「東京」へ行きますが、生寿司は食えそうもない。ガッテム!! |
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2004年02月20日 18時40分56秒
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イスタンブルなんかで大雪だそうで、
それからグルジア西部の町もさむいそうで、 ついにトビリシにも寒寒がはじまりました。 今年の冬は今までは 暖かかった。 国立大学の授業が始まって月曜から金曜まで通わなければならない。 そこまでの距離が中途半端なんですよ。歩いて行くか、バスに乗るか。 大学が始まると朝のバスは混んでいてなかなか乗れなくて3台4台と見送ることになることが多い。 それなら、歩いて20分くらいだから、そうしてもいいのだけれど、風がつめたいもんね。ウォッカ飲むわけにもいかないし・・・ そうそう1月分の給料、16日にゲットしました。で、カニ缶を1つ600円で買いました。 むかし、三越でお歳暮用に買ったタラバ缶は3缶で1万円だった。 これは おそらくタラバではないだろうけど、獲れたのはカムチャッカと書いてある。 どうやってたべたらいいんだろうか? |
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2004年02月18日 21時00分21秒
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A&A大学内の「日本センター」のパソコンが不調で困っている。
直し方は知っているが、必要なシステム・ディスクが大学内には無い、というばかげた理由で修復出来ない!! ったく、ドロボーばっかりで、やんなっちゃうよ。 |
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2004年02月17日 18時58分50秒
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ワジャ・シュブラーゼ観光省大臣は14日、おかしな発表をした。
ロシア国民にとってグルジアは観光スポットである、と言ったのだ。 また、グルジアを訪れる外国国籍者はトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンについでロシアは4番目に多い。 03年の訪問者は のべ30万人強で、02年に比して1万5千人多い。 しかし、歳入は02年より半減した。 なんだろうね、この発表。 そうそう、治安悪化のはなし。 うちの近所のお店の閉店時間が早くなりました。 いままで、夜11時まで開いていた店は午後9時に 10時までだったところは8時に締めちゃいます。 聞くところによると、どうもギャング集団が暗躍しているらしく、 経営者たちは不安がっているようです。 通りが暗くなりましたね。ますます危険! いままで問題の少ないマルジャニシュヴィリ地区だったのに・・・ |
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2004年02月15日 18時46分00秒
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夕べ、1.5リットル=100円のカズベキ・ビールを飲みながら考えた。私は私達日本人の常識がここでは通じないことに苛立っていた。
きっかけは宗教学者・中沢新一の中央大学での講義録が出版され(Cahier Sauvage というシリーズ)て、知人の一人が日本からはるばる4冊 もってきてくれた。それで考え込んだのである。 中沢氏とは面識がないが、ずいぶんと昔から彼の文章は読んでいる。 昔、東京の錦糸町に「キネカ錦糸町」という映画館があり、主にソビエト映画やアジア映画を上映していた。 で、この辺、コーカサスや中央アジア、中近東の映画のパンフレットには だいたい彼の意見が書かれていて興味深く読んだもんだ。 その後、また聞きであるが、日本でオウム擁護ととられる発言をし、出版界などから嫌われている、という話を聞いた。 オウムが宗教だとなのり、それなりの形態を整えようとしていることを学者として評しただけだったのかもしれないが、一般大衆のヒステリーに遭遇してしまったのかもしれないな、などと考えていた。 今回の講義録は 面白かった。この世は愛で成り立っていたのだ、というのだ。(今のことではない) 私は こう思った。そうか、ここグルジアでは資本主義と古典的な愛の戦いが現在、行われているのだ。 そう考えると ずいぶんとすっきりした。納得できるものも多い。 我々日本人は交換ということに慣れ親しんでいるが、こちらの人はそうではない。むしろ、贈与というものに親しい。 共産主義のあと、西洋風資本主義の洗礼をグルジアは今、受けている。 これが好ましいと考える政治家は多いようだが、グルジア人の伝統とは相容れないものがある。 みたこともないような商品に襲われて、グルジア人は 何が大切なのかを 判断できなくなってきているような・・・ そんな感じがするのである。 |
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2004年02月13日 20時06分21秒
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ここのところ、グルジア語を勉強したい、という問い合わせが増えている。なんでやろ?
こんな400万人強の人間しか話さない言語を時間をかけて勉強したい、というのは私から見ると「物好きだねぇー」ということになる。 もちらん、学者にとっては狭間の言語というか、あまり日本では研究のすすんでいない分野だから、学位がとりやすいのだろうか? まぁ、それはおいといて・・・ 年があけて、用事があって、大学の事務室に出向いたら(そうそう、また1月分の給料でないよ、2月10日すぎに来てくれ、っていわれちぁった。)へんなオヤジがやってきてグルジア語で「アンタ、英語分かるかい?」と変なことを聞いてきた。 「もちろん分かるよ、日本人だからね」と答えると「じゃあー、これあげるよ」とサインして薄い本をくれた。 Georgian for Beginners by Alex Jordania というタイトルだ。 この本、1週間くらい前に近所の本屋でみかけた。7ラリ(380円)ということで なんてバカ高いのだろう、と思っていた。 グルジア辞書の傑作チコヴァニ辞書は中古で8ラリで手に入るのに・・・ ところで、このジョルダニアさんの本、けっこう面白いんですよ。 普通の初級の語学テキストって、良い言葉ばかりならんでいるでしょ! 親切とか 嬉しいとか・・・ この人のテキストは悪口とか悪い言葉が豊富に出て来るんです。「あいつは信用できない」とか「あいつは丸太みたいに太ってる」「どうしてそんな無礼な口をきくの?」とか、ここに住んでいると実際に使いたくなるような単語が並んでいて楽しい! ほしい人、います? |
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2004年02月07日 20時59分20秒
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今日、yahoo japan のニュースを読んでたら「吉野屋、駆け込み需要で売り上げ増」というのがあった。すこし、関連記事もチェックした。
えええーっ、知らなかった! 日本って牛丼というか、牛肉なくなっちゃったの! 米国のなんかの問題で? 知らなかった。 こっちではハルチョ(グルジア・スープ)用の牛肉が1キロ4.5ラリ(230円くらい。うちの近所での話)だから、よく作ってます。だしとみりんとワインと醤油と大量の玉ねぎでとろとろ煮込んでます。 グルジア知人のうけもいまのところいいですね。 ただ、紅生姜が切れた!! じつに痛い!!! |
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2004年02月05日 20時53分14秒
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去年の秋にトビリシに初めて日本食レストランが開店しました。
私は招待されませんでしたけど・・・ 後日、食べに行きましたけど、まともな味だった、と思います。ストリップにいって、そのあと、かなり酔っ払って行ったので、はっきりとは言えないけど・・・ 値段は ものすごく高いです。 その後、何度か そこでミーティングがあって、客が どんなものを食べているかを観察しましたけど、やはり、ちょー 高い 握り寿司、1ケ400円、とか 刺し身盛り合わせ1皿1.600円とかを 食べている人は いませんね。 紅茶とか、コーヒーを飲んで喫茶店みたいに利用しているグルジア人が多いようです。 実は 今日、これから、また、その店(東京という名前なんだけど)に行きます。寿司は 奢ってくれそうもありませんけど・・・ マグロとかタコとか 食べたいね、実に、猛烈に!!! |
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2004年02月04日 19時26分52秒
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1年マルチ・ヴィザは これで5枚目だ。
今回初めて大学の事務員が手続きをやってくれた。 いままでは毎回いやな思いをしながらOVIRに並んだもんだ。 で、大学の職員から「いつでも好きなときに来てくれ、と外務省から電話があったよ」と言われ、先月28日に出向いた。 すると、来年1月27日までのヴィザが渡された。私は今年2月12日まで有効のものを持っていたのに・・・ いままで、何でも納得が行くまでグルジア人に質問を続け、嫌がられてばかりいたやぶ蚊だが、今回は まぁ、どうしようもない、と諦めた。 わたしが悪いのよ。 明日、早朝ウィーンから知人が飛んで来る。 何か持ってきてくれるんだろうか? そんなことを期待する自分が情けない。 |
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2004年02月02日 21時23分33秒
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C. Powell has come to Tbilisi for celebrating M. Saakashvili.
From Japan, who came here? I don't know. Our PC has not been working for 2 weeks more. It is our Georgia. Today I have received new Visa. It cost me 200 US$. Shit! |
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2004年01月28日 18時31分52秒
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ここのところ、頻繁に駅前バザールに通っている。何かと必要なものができたので・・・
まもなく大統領に就任するミヘイルの要望で「駅前路上での商いを禁止する。汚いし、不衛生だ」という話だったが、行ってみると何も変わっていなかった。 電話のベルがなったり、ならなかったりするので、買い替えた。10ラリ(550円)。 隣りの家族の声がうるさいので、隙間テープを大量に買ってきて、ドアに卵が割れないようにクッションになっている紙を前面に張った。 テープ・レコーダーが壊れたので買い替えた。中国製で40ラリ。カラオケ機能がついているので、グルジアの歌でも唄うか。 ギターの弦が切れたので1本買った。1ラリ。 ええと、あと韓国醤油やカニ缶やロシア製の麺も欲しいけど、金が続かない。来月はヴィザ代200ドル払わなければならないし・・・ そうそう、久しぶり、ここで2回目かな、ロシア語の本を買いました。2巻本のレールモントフ、3ラリでした。 この中に彼の小品「アシク・ケリブ」というのがあって、彼はトルコの伝説、と言っているのです。 セルゴ・パラジャノフの映画で初めて、この名前を聞いたのですが、グルジアでは「アシク・ケリブ」も「スラム砦の伝説」もわがグルジアのことである、となってますから、ちょっと、調べてみようかと思って・・・ ただ、もう全然ロシア語がよめなくなっちゃって、たいへんたいへん。 私、もともと1点?豪華主義の人だったんです。なにか、高貴な高価なものがほしい、今日このごろです。 |
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2004年01月20日 20時13分34秒
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やぶ蚊はパソコンを現在、持っていない。正確に言うと2台、持っているが壊れている。ここで修理をしようとは思わない。
で、大学3階の「日本センター」のパソコンを利用している。 最近、この建物全体がDSLでつながり、24時間、無料でネットが出来る環境だ、と学長は自慢しているが、実際はつながらないことが多い。 それで日記へのカキコが滞るわけです。まぁ、私自身がロンドレなのが最も大きい原因ですが・・・ ところで、自衛隊がイラクへ30名、派遣されたそうですな。BBCで見てました。アナウンサーは「日本の危険な賭け」と表現してました。英国で、こんな風に評されるのは、ちょっと驚きですね。 それから小泉氏。私は首相になる前しか知らないのですが、現在の彼の顔は なんか異常ですな。 睡眠不足なのか、目の周りが腫れ上がっているし、目自体もやけに細くなってませんか? 激務なのでしょうが、身体に悪そうですねぇ。 |
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2004年01月17日 18時18分25秒
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アルメニアに住んでいた日本人の方のサイトを読んでいると、いかにエレヴァンの冬が寒いかが、分かる。
それに比べてトビリシは暖かい、と言えるのだろう。部屋もこちらの方が暖かそうだ。 このごろのトビリシの朝の最低気温はマイナス3〜4度程度。でも、朝、ストーブをつけたことはなかった。 薪をけちっているわけだが、前夜の温かさが残っているので、必要をかんじなかった。 我が家の窓は大きくて南向きなので、冬でも午前10時から午後3時くらいまでは日が射すので暖かい。暖炉に火を入れるのは午後5時過ぎが普通だった。 ところが、なんか体調が悪いせいか、ここのところ、やけに寒さが気になる。やはりガス・ストーブは役立たずか? ところで、一昨日、ガスの集金人が来た。この1か月で17立方メートルを使ったわけだが「すくなすぎる。ガス・ストーブをつかっているのに・・・」。4.5ラリの料金なはずなのに「5ラリ払え」と言う。 腹が立ったので「大学から給料を受け取ってないので払えない。それに、アンタ、俺がガスを盗んでいると思ってるな。ふざけるな。俺を怒らせてどこがおもしろい。出ていってくれ」ということで払いませんでした。 隣人はガスを盗んで使い放題つかってます。私はちゃんと払ってます。正規料金を。 トビリシではガスや電気を盗んで使う人があとをたちません。ちなみにタダ、盗んだガスのことを「レビ・ガズィ」といいますが、この「レビ」は どうやら、左のことを指しているようです。ロシア語からなのかな? 東京に住んでいるグルジア知人から日本茶を頂いて飲んでいます。牛丼に紅生姜を載せて、お茶をのめるなんで幸せです。こんなことが 幸せです。茶漉しをもっていないので、大きめな紅茶カップに日本茶を直接入れて、お茶を沈ませて飲んでます。この方が 味がする。 こんなことをして幸せと感じるのは アキ・カウリスマキ作品「ラ・ヴィ・ド・ボエム」を思い起こしたからです。 今は亡きマッティー・ペロンパー演じるアルバニア出身の売れない画家の部屋に珍しく自画像を頼みに来た金持ちがいて、接待、接客したいけど・・・というところで、画家は同棲する女性に「お客さんに水道の水をあげなさい」というのが悲しくて覚えています。Parisでの話ですよ。 最近、なんかほんの少しのことでも感動しちゃうね。 |
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2004年01月13日 19時10分48秒
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7日のクリスマスはイメレチの田舎で過ごして、トビリシに戻り薪ストーブを市場で15ラリ(900円くらい)で買いました。確か、日本の安い薪ストーブも同じくらいの値段でしたね。
ところが、このストーブに薪を入れる予定はありません。 同じ市場で?マークの形をしたガス・バイプも購入しました。これをストーブの中に入れてガス・ホースをつないで点火し、暖をとるわけです。煙突も2m買いました。 ガス・パイプは10m買いました。で、今回の暖房セットの値段は合計で30ラリ(1.650円くらい)です。トルコ製ガス・ストーブは40ラリくらいしますから、こちらの方が経済的。 ガス料金ですか? 1立方メートル27テトリ(15円くらい)。夕方から就寝まで6時間つけっぱなしで1立方メートルくらい使います。まぁ、安いもんですね、比較的。 ただ、このストーブ、つまんないですね。火の面倒をみることがないし、炎が単調だし、排気ガスも気になるし・・・と、 やっぱり、薪を燃やしたいな。それで今でもセッセと薪拾いをしています。 近所のプラタナス(もみじ葉すすかけの木)が枝落としされたので、早速、拾ってきました。 この木の肌ですが、ぶなの木に似通ってます。 十二分すぎるほど水分を含んでいるところも共通しますね。長さを揃えて干していますが、今月中はダメでしょうね。 でも、いいんです。当分はガスで我慢します。 でも、お客さんがあるときには暖炉で燃やしたいですな。見栄を張って。 見栄を張る−グルジア語で「マリアジョーバ 」といいます。 「やぶ蚊もマリアジョブルようになったって!? じゃぁ、もう立派なグルジア人だ」と 知人・友人に誉められています。ん? |
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2004年01月11日 20時11分34秒
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5日に近所のグルジア人家庭に行き、日本蕎麦をごちそうになった。
「信州そば」という乾麺だが、食べ終わるのが悲しいくらい旨かった。 帰りには その蕎麦とそばつゆをお土産に頂いた。 それで2日間、堪能した。 あれだね、茹でた蕎麦は あまり冷たい水で洗わない方がいいみたい・・・ 蕎麦が冷たいと蕎麦の味が薄くて物足りない・・・ 蕎麦を食べたのは2年ぶりか。 日本では こんなこと考えたことないけどね。 別な方からは「京風うどん」と「春雨スープ」というカップ・メンを頂いた。 いい正月になった。 あとはスープに浮かぶお雑煮の餅に よだれが落ちる。 誰か、持ってきておくれ。 |
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2004年01月09日 18時55分09秒
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楽しくない04年のスタートだ。
修羅の道を進むしかない。 |
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2004年01月05日 17時45分52秒
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昨日、国立大学から給料が出るということで出かけた。窓口の前はとても混雑していた。
それでも、1時間くらい並べば、受け取れるだろう、と思っていた。甘かった。グルジアを甘くみていた。 15分ほど経った。列らしきものは進まない。 なに? 窓口に金がない!? 1時間後に届く?! ふーん。2時間並んだ。列らしきものは2メートルしか進まなかった。午後6時である。列が進まない理由は列を作らない人(殆どの人)が横入りをするためである。本当に彼らは国立大学の先生たちなのだろうか?倫理とか道徳というものを知らなくても、人に物を教えて金を取れるのが、この国の姿なのだろう。 まだ窓口まで10メートルある。今、午後6時である。10メートル進むには10時間かかるのであろう。翌日の午前4時に窓口に到着か? でも、窓口は午後7時には閉まっちゃうんだよね、間違いなく。 で、諦めて家へ帰る。金がないので、知人宅へ遊びに行って、ワインを飲んで、バカ話して、深夜に帰宅。 電話局から金を払わないと止めますよ、と連絡があった。毎月15日には ちゃんと全額はらっている。なんかの間違いだろう、と思う。 今日、もう一度、並んでみるつもり。 ブダペストのルーマニア大使館でヴィザ取得のため、2日通ったが、領事がいないもんで、というふざけた理由で取得出来なかったことを思い出す。(当時は必要だったのです) ああー疲れたなぁ。グルジア生活。 やっぱり2、3日の観光に来て「人々が親切でワインが美味しかった」くらいにしておくのが日本人には向いているよね。 コーカサスに住むのは、みなさん、やめましょう。 |
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2003年12月30日 18時49分49秒
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2003年12月30日 18時32分57秒
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ギリギリ人の真骨頂なのが先日の話。もう公園の枯れ枝もほぼ集め終わっちゃって「ああ、これから どうしたら よかんべー」と困っていると、ようやく近所の大通りの街路樹の枝落としが始まったんですよ。
今まで中央区のルスタヴェリや文京区のチャフチャヴァゼ大通りでは激しく枝落とし事業をやっていて「どうして ウチのプレハノヴァ大通りでは やってくれないんだろう」と悲しんでいたもんで・・・ まぁ、街路樹のほとんどが「モミジバスズカケノキ」で、まぁ派手に太い枝を伸ばすんですね。 これが排気ガスやその他もろもろの環境下で、枯れやすく勝手に落ちて来るんで危ない、ということから、この事業は行われているのだろう、というのが私の推測です。 ウチの暖炉の入口は直径25cmですが、中は幅60、高さ100、奥行き100cmという、まぁ、驚くほど大きい空間です。 あまり乾燥した木ばかり入れると紙のように あっ、という間に燃えてしまうので、湿気ったものと混ぜます。この割合が難しいし、楽しいもんです。 年末は どこにも出かけないことになりました。 明日から、また薪集めに精を出して、暖炉の前でブランデーでもかたむけ、優雅に年末年始を送りたいもんですな。 |
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2003年12月29日 19時43分37秒
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私は いつもギリギリの生活をしているギリギリ人である。
お金(預金)も少なく、いつもギリギリまで使ってしまう。昨年は 口座に残金がなかったのに、引き出していた(本人はそのつもりはなかったのだが)ので、クレジット扱いの借金になっていて、知人、友人、母親に迷惑を掛けて返金した、という情けない経験もした。その時、ホンコンに住む日本人友人に借金をお願いしたのだが、「やぶ蚊さん、長く海外に住む日本人は イザというときに備えて予備費を持っているのが当たり前でしょう」と言われ、拒否されてしまった。 彼の言い分は正しいし、もちろんなのだが、その予備費を使い果たして困っているから、羞じを忍んで、借金を依頼した、ということが 彼には 伝わらなかったのだろう、と私は理解している。 何を話そうとしているのかというと「薪拾い」なのである。 先月(11月)中旬に大枚40ラリ(2.200円)も払って買った薪は さすがに出来がよかった。3週間しかモタナカッタけどね・・・ 木の種類は 日本で言う「樫の木」の類です。グルジアの山の広葉樹としては一般的ですね。キノコも沢山とれます。 でも、使いきっちゃった。薪買う金なんて持ってません、今は。で、公園で枯れ木または倒木を拾ってくるわけです。只ですから・・・ しばらく、ノコギリは友人に借りていましたが、彼の近所の人が しばしば、ノコを使いたがり、いちいち返しに行くのが面倒なので、思い切って? ノコ 買いました。バザールで。 10ラリくらいするかな? とおもいましたが、中古のすばらしいのが3ラリで買えました。 でも、集めた枝、これが 湿気っていてもえないんだよねぇ。(つづく) |
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2003年12月28日 20時56分42秒
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大学内の日本センターのパソコンは、つい最近、24時間オン・ラインになったという。
しかし、実際には24時間、つながらなくなってしまった。 ルスタヴェリ大通りにあるネット・カフェ「穴蔵」も最近、パソコンを入れ替えた。親しかったハトゥナやダトもいなくなり、日本語が打てなくなった。 で、しばらくは 英語で「カキコ」することになりそうです。 日本語で打つ場合はタイムリーではなく、タイム・ロスしてからの「カキコ」になります。しばらく、我慢してね。 On the Avenue Chavchavadze and Rustaveli, the street trees are cut down. I want to gather those branches for my stove in the room, but a little bit far away. If on our Avenue Prekhanova, I could have done it. Shit!! |
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2003年12月17日 15時27分13秒
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Nowadays I can not write on Japanese.
Nowadays I often go to the park to collect woods for the fire in my room. My room is warm, but outside in these days ,for an emeple, in the morning -4 degree. But we do not have snow-fall in Tblisi, yet. Snow-fall and wood-fire and wine!! I am waiting for them!! |
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2003年12月15日 19時29分18秒
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まぁ、わたしゃ、ビンポー人だから、あまり関係ないとは思うけど、シェヴァルナゼ辞任後、トビリシの治安が悪くなっているのは間違いない。
とにかく、ドロボー、かっぱらいが増えている。まぁ、冬場は 夏よりも その傾向があるけど・・・ 金目のものなら、何でも盗まれそうですな。 私のグルジア滞在も潮時、ということかも・・・ |
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2003年12月08日 15時40分05秒
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早起きして、近所の公園で薪を集める。
散歩していた見知らぬ親父がやってきて話し掛けた。 「薪が欲しいのかい? 家にあるから取りに来なよ」 人が良さそうだったので、ノコノコ付いて行きました。「朝だけど、知り合った記念に一杯やろう」 親父は「ダトー・ダトー・」と息子を呼んで、つまみをいいつけています。 顔をみると、あれっ、こいつは 俺の生徒じゃん。 トビリシは小さい町なんですよね、しょっちゅう知り合いに会っちゃう、街で。レストランで。 で、このダトの親父(レクソという名前)は土産に3リットルほど新酒の白ワインをもたせてくれました。 こういうことは 昔は よく あったんだけどねぇ・・・ 最近は すくないかなぁー?! |
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2003年12月05日 19時11分51秒
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例年12月の声を聞くと突如として「ザ・停電」に悩まされるのが常だったが、3日を迎えても、今のところ、我が家は正常で ありがたい。
大学(正確に言うと「日本センター」)のパソコンも ADSL?となって、24時間 on line となった。ありがたいことではあるが、競争というか、なかなか自由にパソコンが使えなくなった。 12月になってから 原因不明?の 肺の痛みに襲われている。右肺に上部で 咳をすると痛むので、つらい。病院へ行こうか? 知人友人が東京からやって来て、調味料からペーバー・フィルターからV・テープなどを持ってきてくれた。 給料も遅配なくゲットした。これで、なんとか、まともな正月がむかえれそうな気配である。 |
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2003年12月03日 20時48分39秒
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やってくれるよなぁ、グルジア人は。
革命だって? 無血革命? バラの革命? 憲法に従って国会議長だったニノ・ブルジャナゼが暫定政権を担うことになった。 2日の選挙の開票のやり直しと大統領選挙が彼女の大きな仕事になるのだろう。 人々の生活は変わる?のだろうか。 23日は私の誕生日。グルジアではギオルゴバといって、聖ギオルギーの祝日でもある。 お気に入りのシャンパン・バグラティオニを買いに行ってもらったが、1本5.5ラリ(300円)だった、そうな。少し前まで、4ラリだったのになぁ・・・ 誕生日のお祝いの電話と政情に関する電話取材で忙しいギオルゴーバだった。 ところで、45日以内の大統領選挙って、難しいんじゃないかなぁ? |
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2003年11月24日 17時38分07秒
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昨日の夕方、イベリア・ホテル下(トビリシ人はエルバキーゼ広場と呼ぶ)で薪を買いました。
値段は やはり高いままでしたが、部屋も寒くなってきたので・・・ 足首を捻挫してから1週間経ちましたが、まだ、荷物を持って歩ける状態ではないので、学生に声をかけて手伝ってもらいました。 日本で言う樫の木ですね、薪は。太いものが多いので、焚き付けが必要です。 近くに公園があるので、そこで焚き付けを拾っています。 40ラリ(2200円)も払った高価な薪です。 これで歳が越えられなかったら・・・ト・ホ・ホ・ですよ。 |
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2003年11月22日 17時54分24秒
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CNNのニュース番組に野党党首ミヘイル・サアカシュヴィリが生出演したり、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズでグルジア情勢が報じられるようになってからですね。
私のところへ、情勢に関する質問が日本から来るようになったのは・・・ そう言えば、今年の2月ごろだった、と思うけど、ここの国家保安省大臣のヴァレリ・ハブルザニアが日本へ行った、そうですね。 こちらのニュース・サイトで読みましたけど・・・ バクー大使館は それを知らなかったらしく、驚いてました。公式訪問ではなかった、ようです。 日本のある人が招待したようですね。(名前は特定できているけど・・・) こちらでは公式訪問で、日本側は私的訪問ということですよ。ええんかいな、こんなことで。 |
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2003年11月20日 18時03分57秒
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ひさしく、日記をさぼっていた。
政情不安なため、掲示板の方に比較的、力を入れていたためだ。 E・シェヴァルナゼは やはり、したたかなポリティシャンだ、予想したとおり。 いろいろと言われ、騒がれているが、今のところ、倒れるような気配は感じられない。 民衆の声は 圧倒的に アンチ・シェヴァルナゼなのに、それが反映されない。不思議な国だ。 思うに、グルジア人は自主的に物事を解決することが不得手だ。 誰かの手、たとえば、神の手(少し前の日本風に言えば、お上の手)、での導きを待っている。 若者達と話し手も政治構造とか、選挙構造、要するに、公民意識がなくて、知識がない。勉強したことがないのだろう。 シェヴァルナゼを倒せば、それでいい。そのあと、どんな国体、政治体制が望ましいかは議論されない。できないのだろう、と思われる。 M・サアカシュヴィリもZ・ジュヴァニアも2年前までは シェヴァルナゼの番犬だった。 外国人の私でも知っていることをグルジア人が忘れるはずはない、と思うのだが・・・ 日記をサボっている理由は もう一つ。 金曜日の夜に左足首を捻挫した。かなり重症で歩くことができない。 3年前に知人の日本女性をカズベキのサメバ教会に案内した後、彼女が足の痛みを訴えたので、トビリシ市内で湿布薬を探したのだが、何軒目かで、ようやく、ドイツ製「カプシ・プラスト」を発見しただけだった。 この国のひとは湿布をしないのだろうか? で、わたしも処置を何もしていない。腫れがひくのを待っている。 ストーブや薪を買いに行かねばならないが、歩けない状態ではねぇ・・・ |
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2003年11月17日 18時19分46秒
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冷たい雨が降り続いている。日曜日の昨日、議会前までデモを見に行った。
うーん、民衆の風呂に入らない体臭よりも、小便くさかったね。寒いしね。 ガス・ストーブを探しているが、なかなか良いものに遭遇しない。 4年目を迎えたイラン製石油ストーブは調子が悪くて、不完全燃焼するので使えない。 実は、家の壁には暖炉が備え付けられている。 大家の話だと「燃やしてもかまわないけど、あまり暖かくならないよ。隣人の部屋が暖まるだけだよ」 それでも 中を掃除した。試してみようを思った。寒いんだもの。 10月になるとイベリア・ホテル下に薪(まき)を積んだ車が6台、7台と勢揃いして、トビリシの冬の風物詩を作っていると 私は感じている。 だから、雨の中、リュックを担いで行ってみた。少し、買おうと思って・・・ あれっ、1台もいないじゃん。どうしたん? あっ、そうか、トビリシへ向かう道路が封鎖されてるから、来れないわけか。ふーん、困ったなぁ。 で、捨てないでおいた割り箸を焚き付けにして、部屋の中に置いてある、大家のがらくたを、断らずに暖炉にほおりこむ。 へぇー、良く燃えるじゃん。けっこう部屋も暖まるじゃん。 なんたって、炎をみながら、ワインを飲むのは オツなもんですな。 経済的には おそらくガス・ストーブが一番なんだろうけど、薪ストーブを楽しみたい。 今朝、イベリア・ホテル前を通ったら、1台だけ、薪を売っていた。 帰りによって買って行こう。 でも、相場を知らないんだよね。初めてだし・・・ 政情不安を反映してか、ラリ安が進行している。 |
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2003年11月10日 17時32分20秒
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秋晴れで 気持ちよく目覚める。窓と玄関を全開にして空気を入れ換えながら朝の気持ちいい掃除を始める。住み替えた新居のここもエゾである。今回は4階建ての2階に住んでいる。隣接する(正確に言うと入口が同じ)世帯は2つ。ともにグルジア人だが、双方ともイカレタ家族だ。エゾも以前、住んでいたウズナーゼに比べてバカというか能無しというか、とにかく、下層民のエゾで、気分の悪いこと、おびただしいい。こんなところに月70$も払うのかと思うと、自分もバカだなと思う。
玄関先を10才くらいの女の子が通りがかり、止まって「中国人の警察官」と言った。当初、私のことを言っているのではなくて、何かの会話の連続で、そう言ったのだろう、と思ったが、二度目に玄関先に来たときも同じせりふを言った。 この女の子は私の隣人の親戚なのかもしれない。間違いなく私に向かって言っている。反射的に私は「シェ・ボゾ!」と言っていた。グルジア語の悪口で直接は「淫売、お前は男好き、スケベな女」という意味だが、どうも実際は もっと悪辣な意味があるらしく、この言葉を使えば、だいたい喧嘩になるのが普通だ。よくよくのときにしか、私は使わなかったのだけれど・・・ ここに住むようになってからか、気分を害することが多くて、常に悪口を考えながら歩いている。うーん、危険だな。 「中国人」というのは別にかまわない。下等な家族の一員であろうから、もし両親があっても、その二人さえも識別できないであろうから・・・ しかし、隣人の親戚だとすると、隣人も私のことを中国人と思っているのかもしれないね。引越してきて4か月になるというのに・・・ 「警官」というのはロシアと同じで「ミリツィア」というのがグルジアでは普通ですね。時々、Police だからポリツィアということもありますけど・・・ 何の因果かグルジア隠語でも警官のことを「犬」と呼びます。音は「ザグリ」です。 日本の場合「あいつ、犬だよ」「おまえ、犬か」といえば、これはたいへんな悪口雑言のたぐいになると思いますが、ここでは「おまえは犬だ」と言っても問題になりませんね。 この辺は言葉と文化だけではなく、その根底に流れている意識がかなりズレているような・・・ で、話を元に戻すと「中国人の警察官」というのは、そういう意味では、たいした悪口ではないんですね。だから、怒ったりしなくてもよかったのかも・・・ でも隣人の「子供なんだから放っておけばいいのに・・・」という声が聞こえてきて、私は「グルジアでは、子供と大人とどんな違いがあるんだ。同じレベルのアホーどもじゃないか」と言いたくなりました。 まぁ、世界中でそうなんでしょうが、一番の悪口は「お前の母ちゃん、泣かすゾ!」で、ここでも毎日、このせりふを聞いています。 父ちゃん、泣かすゾ は なんで 意味がないんだろうか? |
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2003年11月06日 21時43分00秒
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台所のシンクからのパイプが詰まって排水できなくなった。まぁ、いままで、良く詰まらなかったものだ。エラカッタ。
古いタイプの配管で、ゴミ取り用のバイパスもない。針金でつついてみたが、固くて、ウンともスンともいわない。 バザールで「パイプ・クリーナー液」を買ってきて、入れてみる。24時間経っても詰まったままだ。あきらめて、翌日、別の「パイプ・クリーナー液」とアルミの自在棒?を買ってきて、再びチャレンジするが、敵は手強く、こちらのいうことをきいてくれない。 もう、15ラリ(825円)も使っている。15リットルの赤ワインが買える金額だ。2週間分のワイン代と同じ金額だ。 寝ずに対策を練り直す。「そうか。押してもダメなら引いてみるか」 透明なホースを1メートル、1ラリ(55円)で買ってきて、排水口に差し込んで吸ってみる。3度目のチャレンジで、大変化が起こり、目詰まり?は あっ、という間に解消された。なんか、あっけなかった。 昨日からやけに寒くなった。そろそろ、ガス・ストーブを買わにゃ、アカン。 |
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2003年10月28日 17時56分12秒
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アパートを借りて住むようになってから、のべ5年目を迎えて、初めて公共料金を払いはじめた。
電話代は1か月の基本料金の4ラリ(220円)。 水道料金は一人分の1.5ラリ(82円)。これが1か月分なのかどうかは、未だ不明。 電気代は8月が3ラリ(165円)。9月が4.5ラリ(247円)。 ガス料金・・・これはまだ検量に来ていないので、いくらなのか、ちょっと不安。1説には1立方メートル50テトリ(27円)という話。8月から累計では17立方メートルを使っている。8.5ラリ(467円)といったところか。 ところで、先日、電力会社に直接支払いに行って驚いた。窓口を探して「ここで払えますか?」と尋ねた。返事は「全料金払うつもりですか。それともナンボ払うねん?」私「ハッ?」 4.5ラリ(247円)だもの、全部払いましたよ。 後に友人達に聞いてみると答えは様々で「払ったことがない」「前の住民の未払い分が残っているので、適当に少しづつ払っている」「払えないので電気がない」などなど、である。 おそらくガス料金も同じようなものであろう。 アメリカ資本は呆れ返って撤退してしまった。 代わりにロシアの大会社が乗り込んできた。 ロシア人はグルジア社会でビジネスがうまくいく、と考えているのだろうね。 そういえば、トビリシに開店した日本料理屋「東京」もモスクワのロシア人の経営だそうだ。調理人もモスクワからのロシア人。寿司を食べてみたがおいしかった。ただ、マグロの握りが1つ7ラリ(385円)、エビが8ラリ(440円)では、自腹で食べることは当分、不可能だね。 |
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2003年10月27日 19時39分21秒
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おととい、冷たい雨が降って、それから、ずいぶんと寒くなった。夕べは今秋、初めて灯油ストーブをつけた。今朝はタイツもはいた。今度の日曜日がトビリソーバで、その日を境に冬が来る、というのが一般的だけど・・・
11月2日にグルジア国会議員選挙がある。そのためのCMでTVは殆ど占領されている感がある。日本の総選挙も気になるが、住民票がないので、比例代表区?だけ投票できる。バクーにまた、行くかもしれない。 |
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2003年10月21日 16時38分50秒
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昨日はフィラルモニアへコンサートを見に行った。お目当てはアンサンブル「ルスタビ」の踊りと歌だ。チケット代金は1席10ラリ(600円)と高い。それでもルスタビはグルジア最高峰の質だから・・毎春、毎秋、見に出かけている。 ただ、いつもはオペラ・ハウスでの公演なのに、この秋はフィラルモニアなんだろう?という疑問はあった。 コンサートが始まった。前座の子供達の踊りが長い。それにとても下手だ。私が通っていた「子供の館(ピオネール宮殿)」の子供達のほうがましだ。 となりのおばさんが言った。「外にかけてある垂れ幕にはルスタビのコンサートと書いてあるけど、あれは嘘なの。只の民族音楽コンサートなのよ。だけど、そう書くと客が入らないでしょ。だから、ルスタビの名前だけ書いたのよ」 アンサンブル「ルスタビ」は終わりの頃、出演した。演目は少なかったが、やはり素晴らしい。残念ながら、私のお目当ての踊り「ガンガナ」は無かった。 それにしても、この、旧ソ連の国って、CMがほんとにダメなんだけど、思いっきりウソつきなのには、ほんとに泣かされる。何かを信用するというのは ほとんど命懸けに近いんだよね。 まったく、困ったもんだ。 |
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2003年10月17日 17時19分06秒
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ここのところ、日本製品がほとんど、そこをつきはじめた。 カレーのルー、醤油、味噌、紅生姜は おしまい。 残っているのは、カツオだし、あおのりだけ。 昨日はバザールに行ったけれど、ツナ缶は見つからなかった。 カニ缶とタコ缶を見つけたけれど、それぞれ12ラリ(660円)、5ラリ(275円)と高いので買えない。 これから、アンサンブル「ルスタビ」のコンサートに行きます。 |
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2003年10月16日 19時53分48秒
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今朝、本当に久しぶりに銭湯に行きました。 新居にはシャワーがあるので、少し足が遠のきました。前より距離も遠くなったしね。 でも、やっぱり、アバノ(グルジア語でお風呂のこと)はええなぁ!! 硫黄泉のお湯が どばーっ、て出て、気持ちいい!! 家のシャワーは ロシア製?瞬間ガス湯沸かし器だから、猛烈に熱いお湯が作れますが、水量が足りない。ちょろちょろしか出ないので欲求不満になります。 最近、日本の、または日本語の本が全く手に入りません。家にある、大家が置きっぱなしにしている本箱のなかに、日本推理小説傑作12選という英語の本があって、今、読んでます。 で、昨日、 double suicide という単語があって、意味は分かるんだけど、日本語の単語が出てこない。 やっぱり、2年前にも こんなことがありました。スーパーで物を盗む人を見て、泥棒は泥棒なんだけど、日本では何ていうんだっけ? で、万引きという単語が出て来るまで、2時間かかりました。 夕べは 「しゅん」っていう音が入っているような気がする、ところまではいったんだけど、その後が続かない。結局、諦めて、ベッドに入って、明け方、唐突に思い出した。うん、「心中」だよね。 まぁ、こんなバカなことをしています。 昨日は スヴェティス・ツホヴロバ でお休み。一般的には「ムツヘトーバ」と言いますが・・・ ムツヘタにある教会・スヴェティス・ツホヴェリのお祭りの日です。 近いので、行こうと思ったのですが、知人から「とても混んでいて中には絶対入れないから、別の日にしたほうがいいよ」と言われてしまったので、TVで見てました。歌や踊りもあって、なんか、お正月に似てましたな。 |
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2003年10月15日 17時49分46秒
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在バクー日本大使館の領事担当官から総選挙の案内が来た。(在バクー日本大使館はアゼルバイジャンとグルジアを兼轄している) 時間の許す限り、日本の新聞のサイトを覗いているつもりだったが、衆議院解散をしらなんだ。恥ずかしい。TVも入手したことだし、国際ニュースくらいは見るようにこころがけねば・・・ ところで、投票の案内を頂いたのだけれども、実際に間に合うように投票(私の場合は郵便投票に限られるようだ・・?)するのは 難しい。それだけ、不便なところにすんでいるということですな。在バクーなら、大使館に投票に行けばいいだけだった、と思うけど・・・ 今日からトルコ映画週間が始まる。これも楽しみだ。 |
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2003年10月13日 20時26分59秒
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ここのところ、何か美味いものが食べたくなって、バザールで探し物をしている。 ラーメンはロシア製 Mivimex だけが頼りだったが、 もう2年近くみたことがない。 バザールで 新製品のラーメンを買ってみた。2コ入りで90テトリ(50円)、けっこう高いが縮れ麺だ。スープは付いていないので鳥肉を買ってきて作る。 大当たり!! この麺!!! 何か、日本で食べるラーメンより美味いような気までする!!! メンマは入手不可だから、ねぎとチャーシューでチャーシューメンにして食べる。 うーん、しあわせ。 つかの間だけどね。 |
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2003年10月10日 18時02分42秒
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9月30日から10月6日まで「第4回トビリシ世界映画祭」が映画の館(キノス・サフリ)と映画館アミラニで開かれています。まぁ、それでちょっと忙しくしています。 この映画祭に、私は第一回からずうーっと通っているわけですが、ゼンゼン進歩しないのが おかしいですね。 今回も50本以上を上映する予定でしたが、彼らの説明によると、モスクワの税関で10本以上の作品が通関できず、上映不可となりました。 アキ・カウリスマキ作品「過去のない男」が見れなかったのは非常に残念です。もう何年も彼の作品はみたことがありません。 アトム・エゴヤン作品「アララト(2002年カナダ)」が良かったですね。それから、イラン映画「Secret Ballot」も楽しかったです。 ハンガリー映画「Hukkle」では、貧しいハンガリーの田舎が舞台ですが、それでも電気があって、レンジをチンしているのが うらやましいですね、ここと比べて・・・ グルジア映画も3本見ましたが、うーん、出来がわるいですよ。とても紹介する気になりません。 「チェチェンの子守り歌」と題したグルジア人監督によるドキュメント・フィルムも見ましたが、なんか人のふんどしで相撲をとっているよな作品で肩透かしをくった、感じです。イギリス、アメリカ、ロシア、フランス、チェコのジャーナリストにインタヴューしただけですから・・・ 昨日は夕方オペラで「アベサロムとエテリ」を、夜はTVでソフィコ・チアウレリの「ツーティス・ソペリ」を見、よかれ日々のグルジアを満喫。しかし、現実とのギャップが大きすぎて、なかなか寝付かれない。 |
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2003年10月06日 18時02分38秒
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昨日、グルジア南部ボルニシで政治闘争があり、何十人かが怪我をした。 これはミヘイル・サアカシュヴィリ率いるNational Movement 党と 現政権支持者(そんな人いるんかいあ?)との喧嘩だったようだ。 サアカシュヴィリ曰く、「シェワルナゼはすでにグルジア国土の3分の1を失わせた」 この発言を支持する人は多いと思う。でも、彼に大統領を任せようという人は少ないでしょ。 話は変わって、トルコ航空がようやくトビリシ乗り入れを再開した。英国航空はまだまだのようですが・・・ 今日はグルジア・トビリシ政府がアプハジア・ソフミを失ってから 丁度10年になる。 国民全体が貧しい中で、アプハジア避難民が優遇されすぎている、という批判の声が上がっている。彼らのほとんどはメグレリア人だ。わたしも彼らとはうまくいかない。感覚的に。でも、なんとかして、うまくやってよね。 この秋、トビリシは政治の時期を迎えている。ポスト・シェワルナゼは誰だ、がテーマ。でも、全く先が見えない。まぁ、グルジアならではの おはなしですな。 |
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2003年09月27日 15時28分17秒
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なーんも変わったことがない。 桃とかぶどうがおいしいのがありがたいだけ・・・ あしたからはちゃんと書きます。ね。 |
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2003年09月24日 18時29分45秒
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昨日、知人の紹介で二人の映画監督にあった。 11月にバトゥーミで「第一回国際キリスト正教ドキュメンタリー映画祭」を開くので、参加しないか、という申し出であった。 ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ルーマニア、ブルガリア、スイス、アメリカなどが参加するそうだ。 話を聞いていておもしろそうなので、取材させてもらう予定を組んだ。 また、グリアのチョハタウリの10月中旬の「ノダール・ドゥムバーゼ祭」にも別な人から 招待を受けた。 グリア地方は 私のお気に入りの一つだ。別にシェヴァルナゼの出身地だからというわけではなく、私のグリア出身の友人たちの気心、物事の考え方が 私には理解しやすいからである。 昨夜は豚汁を作ってみた。ここの豚肉はとてもジューシーだし、醤油、みそ、カツオだしも持っていたので・・・ 美味かった!! 大根があれば、もっとしあわせだったろうにねぇ・・・(イスタンブルあたりでも大根の入手は難しい、と昔、聞いたことがある) |
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2003年09月18日 19時44分25秒
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秋晴れだ。今日の講義は午後2時からだけど、朝9時に起きてコーヒー飲んで、洗濯と掃除をする。 昼過ぎ、電話局に一ヶ月の料金4ラリを払いに行くが、なんと12ラリも請求されてしまった。買い物の予定があったので、ポケットには 15ラリ入っていたけど、買い物は無理だなぁ。 原因は至って簡単。タムリコが家の電話から携帯や遠距離電話で長話をしたため。そうせぬように彼女にも携帯を買い与えているのにね・・・ ようするにグルジア人って、懲りない人たちなんだよね。反省しないんだよね。 別の例でいうと、無謀な運転をして死んじゃった若者のお墓?が峠道なんかにあって、そこで友人たちが法事をして飲み食いするんだけど、そのあと、酔っ払い運転で、また、誰か死んじゃうんだよね。なんなんだろね。 ルスタヴィの刑務所から出ていった?129人のうち79人は戻ったそうです。 7人はアゼルバイジャンで拘束されたそうな。ほら、国境って簡単に越えられるでしょ。なんで我々は40ドル以上も払ってるんだろうね。 電力会社テラスがロシアから電気を輸入し始めました。安定するという話だから、ついに、電動?コーヒー・メーカー買おうかな? でも金欠だよ。 |
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2003年09月17日 17時48分57秒
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えーと、日曜日にサチュヘレに行きました、1泊で。 朝8時半に出て、午前11時には家に着いたから、いつもよりも1時間半ほど早かったな。 まず、ベランダのブドウをもぎ取って洗わずに食べる。こちらトビリシの市場で買うものに比べて甘くてジューシー。庭に下りてトマトとキュウリをちぎりとって塩を軽くふりかけて食べる。そうすると野菜の本来の甘みがより強く感じられる。ともに香りは昔ながらのように強い。 トマト味の肉じゃがスープの朝飯。食後は庭の木に登ってりんごと桃をかじる。 仮眠後、ビールが飲みたくなったので、ピスタチオの木から実をとってきて、小さい金槌で叩いて食べる。乾燥してない方が甘いんじゃないの? というわけで、幸せすぎて、日帰りの予定のところを泊ってきたわけです。 15日を過ぎて本格的に新年度・新学期が始まりました。なぜか今年はアジア・アフリカ大学よりもジャワヒシュヴィリ国立大学の方がコマ数が断然多い。昨年度は在留邦人3人で教えていた国立大学だったからだね。今は日本人は私一人だけ。だから、見知らぬグルジア人たちは必ず私を「中国人」と呼ぶ。はい、けっこうです。 午前中の1、2コマ目の講義に行くのがうざったい。というのは、乗合バス(マルシュートカ)が殆ど満席で止まってくれないから。失業率85%(誰が調べたんだ?)の状態でこうだから、もし経済が好転するようなことがあったら、ますます交通渋滞がひどくなっちゃうんだろうねぇ。それでも車を買わなくちゃいけないかな? |
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2003年09月16日 13時47分49秒
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うちの地区の都市ガスがなくなってから、もう3日すぎたかなぁ?今は鉄道駅前バザールで買った来た灯油を使って石油ストーブで料理をしている。ときどきは電熱器を使う。うーん、どっちが経済的なのかなぁ? 昨日は 5人ほどのお客さんが来た、夕方に。 で、停電と通電が交替で頻繁に起きる。ロウソクやランプを点すと電気が戻る。消すと電気も行ってしまう。5回も6回も。 こうゆうのをトビリシ人たちは「電気が遊ぶ」と表現する。 また、単なるパッカーがだいたい覚えるグルジア語の最初の言葉は「シューキ・モヴィダ」ですよね。意味は 電気が来た、です。 主要ライフ・ラインのうち、電気とガスは全くあてにならない。せめて水道だけは止まらないでおくれよぉー。 プロパン・ガスも灯油も値上がりして腹立たしいこと、この上ない。 |
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2003年09月11日 17時59分39秒
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ITERAというのがガス会社の名前。ロシアの会社だ。ここがグルジアへのガス供給を完全にストップした。8月分の使用代金28万米ドルをグルジア側が払えないからだ。 今年に入って、今までに3回、ガス供給をストップさせたITERAだが、今回は完全版だ。トビリシ中、どこにも都市ガスは出ない。 で、プロパン・ガスや灯油が値上がりしている。こういったライフ・ラインの危機にもグルジア市民というのは反応しない。もし、これがフランスだったら、大統領を含めて政府首脳は辞任あるいは更迭されるのが当たり前だけどねえ・・・ |
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2003年09月08日 18時32分38秒
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実は 昨日、元の大家さん宅をおじゃましました。18才になる、そこの娘のナナとうちのタムリコが なんか急に仲良しになっちゃって・・・ 共通するのは、ナナの弟の嫁タコが二人とも大嫌い、ということ。そういう話でもりあがっているらしい。 で、ナナがスラミから自宅に帰ってきて、タムリコに会いたい、と電話したらしい。母親のイリナとおばあちゃんのダリは私も連れて来い、と言った、らしい。で、行きました。 ダリおばあちゃん: じつはね、ジノ。2.3日前に 私達の猫が帰ってきたんだよ。 わたし: ええーっ、コタローが・・・ 生きてたんだ!! ダリ: で、呼んだんだけど、ほら、いつも、出入りしている、 ジノのトイレの窓が今、ないだろ。模様変えで。 で、 悲しそうに見上げて、何処かへいっちまったんだよぉ。 わたし: うーん、でも 本当にいきていたんだね。うれしいよ。 こっちにつれて来たいけど、きっと、嫌がるだろうなぁ。また、ちょくちょく遊びにくるから、僕も。 今日は コタに乾杯だ!!! 本名、中曽根コタロー。オス。3才。右外耳が半分ほど無い。 |
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2003年09月04日 17時51分49秒
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ここのところの昼間、電気のない日が続いている。まず、大学のあるチャフチャヴァゼ大通り、中心街のルスタヴェリ大通り、それから、うちのあたりのアグマシェネヴェリ大通りに電気がない!! 天然ガスもむトゥクヴァリ川右岸のヴァケ・サブルタロ地区は10月いっぱいまでないそうだ。運良く、うちはあるので、カレーやたこやきが作れる。 今日の夕方、TV1チャンネルへ行く。インタヴューらしい。司会は誰かな? インガ・グリコリアニだと、いやだなぁ。あの声を聞くと むしずが走る?! |
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2003年09月04日 17時03分01秒
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9月1日ですから、新学期が始まりました。今年度のスケジュールですが、まだ、把握していません。 トビリシ、騒がしくなりましたね。人が戻ってきたので。それにしても暑い!! 食欲があまりでませんね。 でも昨日は たこやき・お好み焼きパーティを自宅で開きました。在留邦人は 私を含めて2人のグルジアですが、その1人が今月上旬に国外に出ます。パリに住むそうです。 で、彼女は大阪の出身なので、たこやきでお別れパーティをしようということになったわけです。 たこやき鉄板は2年くらい前、JICAの派遣でトビリシに住んでいたMさんが見つけてこられて、現在は私が管理?しています。 タコは缶詰ですが、入手しました。他に エビとイカもゲット。でも、エビは細かすぎて味が感じられませんでした。タコ焼き、イカ焼きは美味しかった。最後は これらの具を全部いっぺんに入れて お好み焼きで締めました。 でも、一昨日と昨日と停電したんだよね。マルジャニシュヴィリ通り。ルスタヴェリやチャフチャヴァゼもそうだったらしいけど、以前、すんでいたウズナーゼ通りは電気があるよ、と前の大家は電話で言っていた。やっぱりなぁー。 ウズナーゼが一番だよなぁー。 |
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2003年09月01日 17時27分01秒
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今日は聖マリア祭(マリアモーバ)だ。 なのに なんで大学に来ているんだろう。 この日にトビリシにいるのは はじめてだよ。 午後にはサチュヘレに行かなくては。 明日 帰ってくる予定。 |
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2003年08月28日 14時54分51秒
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昨日、歯医者さんのクリニックに電話したら、「明日、12時に来て下さい」と言われた。マリナという女性だ。よく、私のことを覚えていたなぁー。 だって、私が ここで 歯の治療をし、挿し歯を作ったのは、エリツィン危機のとき、秋から冬にかけてだった。だから、4.5年前のことだよね。 でも、そのときは その経済危機で銀行からお金が引き出せなくて、グルジア人の友達に借りていた。 挿し歯の代金も払えなくて、出来上がっているのに、入れてくれない。クリニックのボスのオタルに私のパスポートを預けて、「銀行が開きしだい払いにくるから」と説明して、ようやく 人前で 話をしたり、笑えたりするようになった。前歯だったもんで・・・ で、今日、12時に行きました。私の家と鉄道駅のちょうど中間あたりに そのクリニックはあります。担当してくれたグチ(マリナの旦那)もよく私を覚えていてくれた。 ははぁーん、セメントがとれたんだな、ということで、簡単に 20分ほどで メンテナンス?が 終わりました。 はい、2時間たったら、ご飯たべていいよ。水も2時間後にね。はい、あなたは自由です。 ということで退出。お金、払わなくていいの?いいんですって。うーん、太っ腹だなぁー。4.5年前に入れた挿し歯にガタがきて、治してもらうのに無料とはねぇー。 だいたい、挿し歯が これだけの長期間、問題が無かったことの方が驚きかな? 私の生活習慣からして・・・ で、鉄道駅前バザールに行く。イカの缶詰を買って、ふらふら歩いていると、懐かしの日本製ツナ缶に出会った。 UNの視察が この春にあって以来、ツナ缶は姿を消していたのであった。 というのも この缶詰は 日本が 世界食糧プログラムに 無料で供出しているもので、 Not For Sale と貼ってある。 JICAの専門家の話によれば、地域によっては 断った上で、販売することが出来、その利益を福利厚生に利用することは可能、ということだった。 一方、管轄大使は「そんな話、聞いたことない」ということですから、やっぱり、横ながしものでしょうなぁー、100%。 値段も10%ほど上がって90テトリ(50円)。でも 美味いからねぇ、日本人には、この缶詰。 熱々ご飯にツナのせて、マヨネーズと醤油かけて食べましょ! おかか or かつおぶし は持っていないもんで・・・(注文するの忘れた。クソーッ) |
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2003年08月27日 17時56分40秒
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今日、トビリシの日本センターで日本の文部科学省主催?の留学試験が行われている。昨日、急に連絡があって、立ち会っている。書類選考に残った9人の面接である。 まぁ、こんなことは どおでもよくて実は困ったことがおきた。 なんと 挿し歯の調子が悪いなぁー、と思っていたら、ポロっととれた。ガーン!! まぁ、5年前にここで作った挿し歯だからなぁ。けっこうながもちしたよなぁ。でも いまのトビリシの歯医者は高い、って評判だからなぁ。 今日はやめにして 明日、歯医者に行きます。 |
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2003年08月26日 19時42分21秒
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もう、1週間くらいになるけど、ブドウが色づいている。アデッサという赤ワイン(私にはロゼに感じる)に用いるブドウだ。残念ながら、私の好物の黒ワイン・サペラビのブドウは この辺にはない。カヘチに行かないとダメかな? アデッサを食べてみる。ちょっと味が薄いが酸味、甘みも感じられる。ワインよりは食用の方にてきしているのかも。白ワイン用のルカツィテリも食べてみる。うーん、こいつは やっぱり、ワインにしてあげなきゃなぁー、という感じですな。ああー、秋が待ち遠しい!! 今日、日本男性と結婚したグルジア女性Mさんから電話があって、8か月ぶりに会った。彼女たちは今、東京にすんでいる。里帰りですね。 Mさんの実家は わたしと同じマルジャニ地区にあるので、何かと便利だ。自宅に招待したいところだが、相変わらず、トイレは壊れているし、タムリコは田舎にいるので、彼女の実家を訪問する。 うーん、日本語うまいなぁー、と感心してしまう。と、同時に うーん、やばいなぁー、と。 私、ちゃんとしゃべれないよ。日本語。なんか緊張するなぁー。 ごちそうになり、日本からのお土産まで いただく。なんて気がつくグルジア人だろう。 |
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2003年08月25日 21時17分00秒
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うーん、昨日の夜、家に帰ったら断水だった。朝には復旧してたけどね。報道によれば、都市ガスは市の半分の地区で9月いっぱいまで供給できないという話。運よく 私の地区にはガスがあるけど・・・ 電気? これは夏場は問題無くあるでしょう、トビリシでは。と、思っていたが、一昨日、昨日と大学と日本センターは停電でモデムが使えずメール・チェックが出来なんだ。 今日、電話代を払ってきた。月の基本料金の4ラリ(220円)。大半の家庭では、この基本料金さえ払っておけば、市内通話での追加料金がない。だから長電話をする。ひどいときには電話を通して音楽カセット・テープを聞かせたり、唄ったりしている。こういうのは珍しいんじゃないの? 昨日大学からの帰り、夕方8時ころかな? まだまだとても明るい。チャフチャヴァゼ大通りでめちゃくちゃにクラッシュした黒い車を見る。 ありゃあ、即死じゃないだろうけど、生きている可能性もないだろうな。 おそろしや、おそろしや。強盗やかっぱらいよりも こういったアホーな兄ちゃんたちが沢山いるところに住んでいるのは、ああー、恐ろしい!! |
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2003年08月21日 17時36分42秒
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6泊7日で葬式に参列。疲れた。飲み疲れた。 葬式では十字を全く切らないのには驚いた。 魚も肉も食べた。おいしかった。 次期大統領にはニノ・ブルジャナゼを・・・ という声が結構あって驚いた。まぁ、実現しないと思うけど・・・ いいアイデアかもね。 |
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2003年08月20日 22時25分13秒
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うーん、先週の金曜日(8日)にサチュヘレへ行って、土曜の朝早くに客が来て、起こされた。この時間帯の客というのは 悲しい知らせをもたらすのがほとんどだという。 タムリコの母親の姉の夫−つまり、彼女からは義理の伯父さん−が亡くなった、という知らせだった。70才だったそうな。 やぶ蚊は その家に2回、招待されたことがあり、その伯父さんの顔も知っている。ただ、彼は糖尿を患っていて、目が不自由で、殆ど見えてないらしかった。アプハジアの内戦で息子の一人を失い、それからは元気がなくなったのだそうだ。 彼の家へ行く。タムリコの従兄弟のテムリに挨拶する。 お通夜というのか、遺体を囲んで一列に親族の女性たちが座り、男性客は彼女達一人一人の手を握り、退出するしきたりのようだ。 これはグルジア映画「苗木」(レソ・チヘイゼ監督作品)にも描かれていて、私は何度も その映画を見ているので覚えていた。 で、私もそのように振る舞った。お悔やみの言葉はタムリコに教えてもらった。 で、葬儀は今週の木曜日らしい。当然、私も出席せねばならないらしい。(まだ、正式に結婚してないので、親族ではないのだが・・・ そんなこと言うと叱られるかな?) リャンチキさんが彼のHPで私のことを書いてくれた。ちょっと、お世辞が多いので、うーん、こそばゆい!! 明日、水曜日は またバスにゆられてサチュヘレへ戻る予定。 |
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2003年08月12日 20時08分09秒
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昨日の午後4時過ぎにようやく法務省から結婚の許可が出た。2か月間で9度、同省に日参した。グルジア外務省の知人が困難な状況をいち早く解決してくれた。ありがたい。 ただ、これからも「結婚の家」での手続きがあり、順当に行って、申請から早くて1か月後に「正式に結婚の許可」が下りる。まだまだ前途は厳しいのである。 気分転換にショッピング、と家を出、マルジャニの駅に近づくと、うーん、日本人のような、あれっ!? もしかして「Iさん?」と日本語で話しかけると「ひぁい、そうですが・・・」とかえってきた。 I氏は歴史学者であり、20世紀初頭のボリシェビキ(メンシェビキだったかも?)研究のために3年前に初めてトビリシに滞在していた。その時も自由広場駅前でバッタリ遭遇したのであった。 予定を変更して話し合う。なんと奇縁なことか。 私は、私よりも上手にグルジア語を話す日本人を二人、知っている。 一人が東京在住のK氏であり、もう一人がI氏である。 今回の滞在も短いようだ。 ああ、暑い、暑い。明日には必ず、田舎のサチュヘレへ行こう。 ふーっ、疲れましたよ、やぶ蚊は。 |
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2003年08月07日 20時40分17秒
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ここのところ、暑い中、グルジア外務省とグルジア法務省に毎日 通っている。まったく ご苦労なことだ、我ながら・・・ というのは わたしのパスポートに貼ってある、或いは 捺してあるヴィザおよび入出国スタンプに問題があると法務省は主張、「外務省へ行って訂正して来い」という。 一方、外務省は「全く問題が無い。適正である」と反論。 両者が直接、話し合えばいいものを、なんで やぶ蚊がメッセンジャー・ボーイせにぁあかんんねん!? で、これから どうすべぇー? 新聞やTVに泣き付くしかないかなぁ? ああ、もう正式手続きの結婚届提出やめたい。 俺の金、かえしてくれー。 日本で 手続きし直すからさぁ。 |
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2003年08月06日 18時08分24秒
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引越し荷物を殆ど運び終わったので、イメレチの田舎のサチュヘレで3泊してきた。本当はもっと長く滞在したいのだが、グルジア法務省に提出した書類に不備があるらしく、出頭を命じられているので、トビリシに帰ってきた。で、メール・チェックや日記カキコができるわけ。 でも、法務省さんよ、不備があるなら受け付けないで、指摘してくれればいいし、だいたい、「銀行に行って100ラリ(5.500円)振り込んで来い!なんて言うなよな! ぼったくるつもりかよ!」 ということで怒ってます。これから行くんだけどね。 新居ですが、落ち着きませんね。一番の原因はトイレが壊れていること。トイレとシャワーは同室で、シャワーの金属の取っ手?を西洋便器の中に落としたのか、便器が半壊しているんです。 「おしっこはしていいよ。ウンコはうちでしてね、壊れている間」と大家は言う。で、大家のトイレに行ってみたんだけど、出るものがひっこんじゃいました。グルジア生活も長くなって、こちらのトイレ事情というか、その汚さ?には鈍感なはずのやぶ蚊でも「こりゃあ、なんだべぇ?」と言わざるをえませんな。 椎名誠はロシアのトイレ事情について詳細なレポートを発表しているが、グルジアの公共施設のトイレは、その上を行く汚さで私は呆れ返っていた。最近、少し、改善の傾向がありますが・・・ まぁ、トイレに限らず、公共のものの使い方には かなりのへだたりがありますな。日本人と彼らの間には。 で、結局、壊れたトイレを使ってます。水浸しになるけど、水は流れるので・・・ そうそう、トビリシに戻ってすぐにイギリス知人に遭遇。彼は私と話をしたいらしく茶店に入る。 ソニーのラジオとヴィデオ・カメラを盗まれたそうな。で、昨日、路上でそのドロボーを発見、殴っていたところ、グルジア人たちに羽交い締めにされ、ドロボーの逃げられたぁー! という話を熱を入れてジェスチャー付きで説明してくれた。 ここの人間はほんとうにあきれかえるほど訓練されていない、しつけられていない 。その対局にある日本人のやぶ蚊がどうして ここで長く暮らせるのかが不思議だ、と彼は言う。 うーん、わたしも彼と同意見かな?なんでやろ? |
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2003年08月04日 15時45分01秒
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24日に2件、昨日25日にまた2件の物件を見てきました。アパートの話です。 どれも「タスキに短し オビに長し」ですなぁ・・・ で、悩みに悩んだ末、結局はマルジャニ地区内での引越しとなりました。8月1日から新居に移りますが、明日27日から荷物を運びはじめます。家賃ですか? 70米ドルです。 ここのところ、トビリシ、涼しいです。夕べは長い雷雨があって、うちの部屋、久々に雨漏りしました。うーん、5回目くらいかな? 2年と半年の間で・・・ 今日はあと少し、公証所で用事を済ませて(もし、可能なら、ということだけど・・・)、ゆっくりと休みたいところです。うーん、カレー・ライスでも作りますかな。 そうそう、最近、ラジオのCMで日本食レストラン、オープンが流れています。「東京」という名前だそうな。来週、見学してみます。期待していませんが・・・ |
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2003年07月26日 16時31分22秒
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うーん、今朝、公証所に行って、在バクー・日本大使館から受け取った書類をグルジア語に翻訳して、法務省に提出に行ったんだけど・・・ 受け付けてもらえなかったよ・・・ 窓口は大変、混雑しているし、ようやく説明してもらったんだけど・・・ 結局、私の手続きは 未だに道半ば、ということが分かった、だけです。 これから、まだまだ、時間とお金と、あと何かなぁ、根性?が必要なのかもねぇ・・・ 今日の日本センター、じつにくだらない。 なんでかね。 |
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2003年07月24日 16時52分53秒
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バル・アカンのバス・ターミナルには2台の大型バスが止まっていた。一つはハンガリー製イカルス。ある旅行雑誌にイカルスは快適!?と紹介されていたが、これって、悪い冗談じゃ、ないの? それともアジアを横断してきた人たちはイカルスに乗って快適!と感じるのだろうか? もう一台はベンツでユーロ・ラインのステッカーが貼ってあるが、色、形とも本物とは違う。パクリものでしょう。 イカルスは19時、ベンツは20時の出発。料金は どちらとも5米ドルという。で、私、イカルスを選択した。理由は以下のとおり。 1.こんな場末のターミナルで待っていたくない。(私、アゼル通貨マナト、持っていませんでしたし) 2.イカルスはトロそう。ベンツは速そう。旅行人ノートによれば、バクーまで10時間だという。あまり早くバクーについても困る。マナト持ってないし、現在カードは使えない状況なので・・・ 3.イカルスは窓が開く。風が入る。ベンツは開かない。クーラーが動かない、効かない恐れがある。(経験済み)で、おそらく、この場合、イカルスが快適、適当であろう、という逆転の発想の選択であった。 乗客は8人なのに定刻の19時に出発。えらいねぇー、と感心。道々、客を拾って、あっ、という間に満席。車窓は緑が濃いがなんとなく気に入らない。車内も何か変だ。なんだろう? あっ、そうか!! アゼル男性って痩せてるなぁ、グルジア男と比べて。それから話声もとても小さい。ひそひそ話をしているように感じちゃう。ああーっ、腹へったなぁー。ハチャプリ喰いたいなぁー、とホーム・シック。 路面状況はグルジアに比して良さそうだなぁーと思っていると突然のパンク。後輪だ。 運転手と助手が手際良く?作業している、グルジア人に比べて。それでも後輪はダブルなので結構時間がかかる。30分くらいかかるかなぁーとみていたが、再出発までには1時間15分かかった。しつこいが これでもグルジア人よりはましだ。グルジア人なら いつ出発できるか、見当もつかないよ。 満月の夜だ。明るい。それにしても平坦な道だなぁ。退屈しちゃうよ。などと思いながらうつらうつらする。 翌朝06時30分、バクーのどこかに到着。「終点だ。早く降りろ」と急かされる。なんかロシア語が使えない奴等が多いなぁ。それにしても、ここがどこなのか見当がつかない、バス・ターミナルの一つであるには間違いないけれど・・・ パトカーに乗っていた警官に日本大使館職員の名刺を見せて、「ここに行きたいんだけど・・」と話す。ほんの少しだけロシア語の単語がでてくる。「遠い。タクシーで行け」 「金ないよ」と私。 で、この警官、500マナト、恵んでくれました。「メトロに乗れ。マルシュートゥカ(ミニ・バス)に乗れ」ということで。あとで金返しにくるから名前教えてくれ、というと「いいから、いいから」。うーん、気前いいなぁー。(後に分かることだが、1米ドル=5.000マナトほどであった) ホテル・ヨーロッパ前でミニ・バスから降りる。なんなく大使館の入っているビルを見つける。でもまだ7時半だぜ。 隣りのハイアット・ホテルのトイレに行って洗顔し、着替えてロビーで新聞を読み、10米ドルほど両替する。 10時、日本大使館へ行く。訪問することは事前に伝えてあったので事務手続きはスムーズに済む。11時、グルジア大使館へ行く。ここの領事、私のこと、知っていた。なぜか、ウオッカ2本、おみやげにもらう。 12時半、昼食の招待を受ける。イタリア・レストランだ。美味かった。なぜだか、てんぷらの出前も来た。これもエガッタ。 その後も 日本食をごちそうになり、白ワインをいただき、うーん、かなり酔いましたな。 20時、バル・アカン行き夜行バスに乗る。20.000マナト。っていうことは4米ドルだよねぇ。 翌日17日、午前7時、バル・アカン到着。二日酔いなので歩く気がしない。タクシーに「国境まで行ってくれ」というと、20.000マナトだ、という。 「無いよ、いいよ、歩くから」 「いくら持ってる?」 「5.000」 「乗れ。それでいい」 ということで、税関へ。今回は荷物検査ありましたな。出国審査問題無し。 アゼルバイジャン。家屋や車は新しいし、外見はきれいだけどねぇー・・・私、グルジアより貧しいと感じました。だって、食べてないし、タバコ吸ってないし・・・ 橋を渡りグルジアへ。ようやくグルジア語が話せる。うれしい!!! 私、たくさんグルジアの悪口を言ってますけど、本当は、本当にグルジア大好き人間なんです。 バクーへ行ったのはグルジア娘と結婚するために必要な日本からの書類を取りに行ったのでした。おしまい。 |
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2003年07月23日 16時40分16秒
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うーん、バクーから帰ってきてすぐ翌日にサチュヘレに行って3泊4日してトビリシに戻ってきました。 あちらでは チアトゥラ地区の田舎で地元の男達と宴会やって、まぁ、けっこう楽しかったですね。ひさしぶりに酔っ払いましたよ。 そうそう、この地区には7Kmにもおよぶ地中の自然水道がありました。奥山からの水のトンネルですな。入り口の穴の直径は1m弱で、中ほどには池、あるいは湖があるそうな・・・ 鍾乳洞のような感じなんですかな? この辺はマンガンの産地として著名なようですが・・・ 水はおいしかったですね。 さて、トビリシに戻って来て、夜、大家のイリナが「話がある」という。また、タバコのおねだり、かな? 違いました。 16才になる息子のグラミが3日前、結婚した。ついては 私の部屋を彼と彼女に使わせたい、というお話、でした。 彼女も16才です。この二人は全く働く気はないようで、生活費はイリナと新妻の両親が負担するのでしょう。新妻はタコという名ですが、料理は未だ出来ないようです。 まぁ、こういったケースはグルジアでは あまり珍しくはないのだけれど、 イリナは仕事をやめたばかりだし、私からの家賃収入もあきらめて、わが大家一家は、これから先、どうやって喰って行くのだろうか? まぁ、そんなことよりも 私は部屋を探さねば・・・ この季節、気の聞いたトビリシ人たちは避暑に出かけていていないのに・・・ うーん、ちょっと大変。これから外務省、法務省なんかに用事があるのに・・・ バクー紀行(その2)は後日、掲載しまぁーす。 |
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2003年07月22日 16時03分45秒
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7月15日(火): 9時、マルジャニの自宅で起床。コーヒー1杯飲んで大学へ。メール・チェックして帰宅。荷物をパッキングしてメトロへ。 前日までの情報では、地下鉄サムゴリ駅前広場からバクー行きのバスがあるという。 ガセネタをつかませるのが得意のグルジア人の話ですが、確認に行く。 広場をぐるーっと1周するが、やはり、ガセのよう。見当たらない。 次策に考えていた地下鉄イサニ駅に戻る。グルジア東部カヘチ地方の町ラゴデヒ行きのバスが、ここから出る、とオルタチャラのバス・ターミナルで聞いていたから。ラゴデヒからアゼルとの国境まで4キロらしい。 鉄道駅の窓口で聞いたところバクーまでの2等寝台(クーペ)は45.10ラリ(2.580円)とバカ高い。そんなに高いはずないが、国際列車専用の窓口は無くなっていて、国内線の窓口で交渉するしかないが、夏休みを田舎で過ごすグルジア人たちで混んでいて、とても交渉する気になれない。で、バスを選択したわけ。ちなみに飛行機なら83米ドルと代理店に書いてあるが、日本人は外国人料金を取られるので、その2倍ほどになるので、今回の旅行では対象外。 イサニのマルシュートカ乗り場は何度か来たことがあるので、土地勘はある。なんなくラゴデヒ行きのミニ・バス(マルシュートカ)を見つける。5.60ラリ(308円)。ほどなく満席・定員になり13時に出発。タムリコに電話する。 20分ほど走り、トビリシのはずれのリロのバザールの手前で検問にひっかかる。まぁ、良くあることだ。だが、車のナンバーと書類が一致していない、との指摘で出発出来ない。(ったく、ボケかましてくれるよな、グルジア人は) 運転手は携帯電話も持っていない。私の電話で上役なんだか誰かと話をしていたが、そいつが来ることになって待機させられる。 炎天下で日陰もない。風もない。乗客は私の他に、酔っ払いの男性が1人と残り8人は女性。うーん、グルジア女性にしては、皆さん、おとなしいですなぁー、と驚いていたところ、静かな会話から突然、怒りの声が上がった。 「小さい子供を連れているのに、こんなところで待たされたら病気になっちゃうよ、死んじゃうよおー。どおしてくれるの?」 こういう話にグルジア男性は弱い。警官もそうである。「まぁ、いいか」って、ことで再出発。いいかげんなグルジアならではのお話。それにしても、そんな2、3才の娘を連れて炎天下を3時間以上も走るのに、水も用意していない母親って、いったい何なんだろう? グルジャアニの手前で小休止。1年前にもここで休憩したなぁー。ペット・ボトルの水を補給し、50テトリ(27円)のビスケットを買う。T字路にぶつかる。左へ行けば、グルジャアニ、テラヴィ。ええっ、右へ行くの? この道は初めてだね。途端に悪路となる。 ラゴデヒ地区は乾燥したカヘチ地方では最も湿潤なようだ。緑が濃い。16:30 終点に着く。「タクシーを使え」という声を後国境まで歩き始める。4キロっていう話だったよね。携帯からタムリコにSM(ショート・メッッセージ)を送る。国境を越えれば難しくなるから・・・ SMを送り終わってテクテク歩くのもうざったい。手を上げて車のヒッチを試みる。3台目の車が止まってくれた。「どこまで行きますか?」と尋ねると「税関まで」との返事。ラッキー!! 乗せてもらう。ロビンソニという名の中年男性だった。 税関事務所には誰もいない。「先に進め」と言われて出国審査。これも2、3分の雑談の後にポンとスタンプを押してくれた。話に聞く賄賂の要求は全くなかったね。「バクーから帰ってくるときにお土産をもってくるんだよおー」とは言われたけど、まぁ、冗談として聞いておく。 なんていう川。マズム・チャイ?(アゼル語では川もチャイという発音らしい) この国境をなす川にかかる橋を歩く。こういう時、やっぱり、テオ・アンゲロプロス監督の「こうのとり、立ちすさんで」を思い出す。マケドニアの金網フェンスに張り付いた子供たちを思い出す。あれはフィクションなのに、私には現実のように思われる。 アゼル側の入国審査、税関もすんなりと。ただ、なんで税関の方で「アルメニアに行ったことがあるか?」って聞くんだろう。パスポートにスタンプはないから「ありませんよ」と嘘をつく。正直に言う必要ないでしょ。 ここから最初の町バル・アカンまでは10キロほどらしい。まぁ、途中でバスか車をつかまえればいいや、ってことで再びテクテクと歩き始める。携帯をONにすると「おっ、まだ使えるじゃん」。で、再び、タムリコにSMを書きはじめると「乗りなよ」と車が止まった。またまたラッキー!!! 「どこまで行くのか?」「バクーへ行きたい」「バル・アカンから夕方、バスが出るよ」「そこまでいい?」「OK!」ということで、ラクラクと町はずれのバス・ターミナルへ。 車を止める前に兄ちゃんは「金、持ってるんだろ。5ラリ払え」という。こういうときはロシア語がつかえるんだよね、こいつらは。 2年と5か月、国外に出たことがなかったので、旅行者の感覚が戻ってないらしい、私は。 「うーん、言ってみただけで、払ってくれればラッキーということなんだろうなぁ、きっと。こっちは乗せてくれって頼んだわけじゃないし・・・」でも、2ラリ(110円)あげちゃいました。この場合、払わないのが正解でしたな。ちょっと失敗。(「バクー」紀行その2 へ つづく) |
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2003年07月18日 15時30分31秒
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イメレチ地方のサチュヘレに3泊してトビリシに昨日、戻ってきました。あちらは涼しくてエガッタ、エガッタ。明日、バクーに出かけるつもりなので、いやいやながらのトビリシです。とっても暑いから・・・ いやぁー、なんかメールが溜まって、返事を書くのに苦労しそうです。 ところで、サチュヘレのタムリコの実家には基本的にガス・水道・電気がありません。(水道は1日に30分程度、稼動する。電気は夕方8時から午前1時と朝7時から9時くらいの間の通電です) 田舎生まれ、田舎育ちのやぶ蚊にとっては、どうってことないんだけれど、やっぱり、トビリシのマルジャニの家に戻るとホッとする。ライフ・ラインが整備されているのが一因かも? わたしが尾瀬の山小屋ライフを送っていたときに友人から「やぶ蚊は山暮らしが好きなように言っているが、根本的にシティ・ボーイである」と指摘されて、困った、困った。そういう部分も持っているから・・・ ところで、ここのところ、ずうーっと、グルジア女性たちとテーブルを囲むことが多い。男はいやだ。 なぜかというと、ほら、彼らの自慢話をつまみに酒を飲むのは気が進まないし、まずい酒になる。挙げ句の果ては口論だ。 身になる話をしたいところだが、なかなか、そういう相手は見つからない。いても、非常に少数だ。 で、いつも、常に女に囲まれて酒を飲むようになってしまった。 トビリシでも大家のダリやイリナと飲む機会が増えた。タムリコからは「飲むな!」と言われているけどね・・・ |
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2003年07月14日 14時21分58秒
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猛暑が昨夜で一休み。だが、なんか虫に身体を刺されて、痒くて痒くてつらい。薬局で虫刺され用の薬を求めて塗っているが、おさまらない。効かない。「ムヒ」とかが欲しいけど・・・ 久しぶりにアゼルバイジャン大使館に行く。相変わらず、腐っている、あそこは。バクーに用事があるので、やむをえず、行くだけです。 ここのところ、ドルの評価が低い。これは例年、夏になると起きる現象のような気がする。 グルジア人の国内旅行、バケーションのために ラリが必要ということなのかなぁ?9月になるとドル高となる。見ていて下さい。 ここのところ、自分のためには何もしていない。まぁ、何も必要ない、といえば、そうなんだけど・・・ おもしろい本が読みたいなぁ・・・ |
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2003年07月08日 19時20分06秒
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ここ3日くらい酷暑が続いています。 たまりませんな。椎名誠は暑、暑の真夏のてんこ盛りが大好きだそうですが、やぶ蚊は呼吸するだけでも体力が消耗するような夏はごめん蒙りたいところです。 もともと、いいかげんな性格というか、緻密ではないグルジア人たちは、この暑さで輪をかけていいかげんになってます。 几帳面である日本人としては腹立たしいことばかりです。まぁ、相手に通じませんけどね・・・ で、ですから、こちらもいいかげんな気持ちや考え方で武装していたほうが気が楽です。 お店に行って買い物をする、としても、もしかすると、買えない、とか、バスに乗っても、目的地につかないかもしれない、とか、考えていた方が 気が楽です。 一昨日かな?メキシコ料理屋サンタフェに行って、その帰りにイタリア風喫茶店ミュゼッティでコーヒー呑んで来ましたけど、まぁ、どちらもサーヴィス最低なのは知っているから許すけど、復唱させた(これさえも嫌がった)オーダーを間違えて持ってくるなんて、うーん、バカ!! としか、いいようがないでしょ! 誘いもしないのについてきたメグレリアのあんちゃんもアホーで最低だった。 ああーあーっ、扇風機、買おうかなぁー!? |
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2003年07月07日 17時42分18秒
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イチゴが去って、サクランボも行って、トマトの季節になりました。 自然というか、ナチュラルというか、尾瀬に咲く花々を思い出します。彼らも1週間か2週間単位で次々と盛りを迎えては交替していきますから・・・ で、ここのトマト、本当にダントツに美味しいですね。トルコやアゼルバイジャンにいたとき、そこのものも美味しいと思っていましたけど・・・ 5年くらい前の夏場は あまりグルジア料理が食べれなくてトマトばっかりかじってました。トマトのおかげで夏場を乗り越えられた、という感じでしたね。 今は、グルジア料理大好き人間に変身しました。でも、一般的に日本人にとっては塩辛すぎる、というところでしょうねぇ。 トマトは生食しますし、スープも作ります。炒めものにも使います。万能選手ですね。 今、1キロ90テトリ(50円)くらいです。50円でテニス・ボール大のものが7、8個、買えちゃうわけですよ。 うーん、今晩はハヤシ・ライスにしようかな? |
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2003年07月03日 17時38分40秒
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暑い。盛夏ですな。 グルジアとアルメニアはモスリム諸国に囲まれているわけで、陸路、これらの国からキリスト教国である両国に入国する旅人は、「アルメニア人やグルジア人は美しい」と言う。 イラン人やオセト人、トルコ人なんかにも奇麗な人がいると思うんだけどなぁ。やっぱり、肌の露出やボディ・コンシャスな服装なんかで、そう感じるんじゃないですかね。 エア・コンが整備されていないグルジアでは、夏、女性は「ここまでするかぁ!」というぐらいに肌を露出します。これは、老いも若いもです。醜も美もです。下着が見えちゃうこともあまり気にしませんねぇ。おへそも出します。でも、毛むくじゃら、という場合もあります。 上半身に関してはラディカルなのに、下半身は保守的ですね。まぁ、それでバランスがとれているような気もしますが・・・ ですから、夏場の夕方の散歩は 結構、楽しめます。中年スケベ男にとっては。 ただ、残念なことに もうすぐ、これらの美形たちはトビリシからいなくなってしまうのです。 それぞれの親類の田舎や海辺なんかに長期間のバカンスで行ってしまうからです。 一方、田舎からは芋あんちゃんとブタねえちゃんたちが都会であるトビリシに遊びに来ます。 彼らは東洋人、モンゴロイドなんかを見るのは初めてなので、僕らは不快な思いをする季節を迎えるわけですよ。 |
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2003年07月02日 17時21分42秒
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25日、28日とコンセルヴァトーリ(高等音楽院?)のクラシック・コンサートへ行って来た。 すばらしかったですね、彼らの演奏は。 クラシック・コンサートなんて何年ぶりだろう。記憶が定かでない。 28日はピアノとチェロのアンサンブル?で、25日のソロ・ピアノ・コンサートより盛り上がった。チケットが割高だったが、観客も多かった。 まぁ、そのチケットだが、同じ席に座った(前から3列目のど真ん中)わけだが、25日は10ラリ(550円)、28日は12ラリ(660円)だから、日本人には安いといえるのかも? 演奏者はともにフランス人で名前も同じジェロームだった。ピアノのジェロームはイタリア・ミラノを中心に、チェロのジェロームはイギリス・ロンドンを中心に活動しているとのこと。 土曜日の何曲目かのアンコールで、日本では、確かサントリーのCMで中国人チェリスト、ヨー・ヨー・マーが演じて知られるようになった曲が流れた。 チェロのジェロームは「スト・ピャーチ・ソーロック」と紹介したようだが、これって、105と40ってことなのかな?ぜんぜん意味が分かんない。まぁ、私の聞き違いかもしれないし・・・ まぁ、そんなことよりもジェロームという名前。私が昔、東京のアテネ・フランセでフランス語を勉強したときに1年間、担当してくれた先生の名前もジェロームだった。姓はブレエレ。 彼のおかげで私はほぼ1年間だけの勉強でフランス語会話が出来るようになった。いまでも感謝しています。 彼は私と同世代で、本国で兵役拒否をしているため、帰国すれば投獄生活を余儀なくされる、ということで、帰国する意志がなく、確か、日本人女性と結婚した、という話を聞いたような気がするが、どうしているだろうか? 同じクラスにいた加藤さん(私は阿佐ヶ谷、彼は高円寺に住んでいた)はアルジェリアのプラント建設に向かうといっていたが、どうしているだろう? コンサートは、ここのフランス文化センターの主宰なので、そこの職員も大勢来ていた。職員の一人の娘が 英字新聞 georgian times の記者をしていて、私にインタヴューを申し込んで来た。エカという名のかわいい娘だ。 さぁ、何を話そうか? |
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2003年06月29日 18時24分39秒
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みんなにいじめられてます。 「なんでアンタはそんなに痩せてるの?ちゃんとパンを食べないからよ。寝起きにタバコを吸うのはやめなさい。それからコーヒーもいけません。お茶を飲みなさい。ビールとワインもよくないわ」 おいおい、俺の幸せは どこへ行っちゃたの? これって、やぶ蚊が身延山で坊主の修行をしてたときと同じジャン。 ああーあ、身体が重い。一番太ってたのは いつのころだったかな?26才のころかな。あのときでも56kgくらいが最高だったのに・・・ 何処かへ逃げて思いっきりワイン飲みたいな。 でも、さっき、今晩と28日の夕方のクラシック・コンサート(今日はピアノ・ソロ、土曜日はチェロとヴァイオリン、ともにフランスの有名な奏者らしい)のチケットを買ったら、残金が2ラリ(110円)になっちゃった。 イラクリの所へ行ってビール、奢ってもらおう。 |
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2003年06月25日 16時30分55秒
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夕べは たまたまRFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)をずうーつと聞いていたんだけど、ほら、サッカーのコンフェデレーション・カップの予選がフランスのサンティエンヌであって、日本がフランスに1−2で惜敗?したことを何度も言っていましたね。大騒ぎのようでしたけど、あれって、日本人が沢山、サンティエンヌの押しかけた、ってことなんでしょうか?まぁ、私、サッカー、あまり興味ないんで・・・ それよりもイチゴの季節がそろそろおしまいで、さくらんぽの時がやって来ましたね。今、大体、1キロ1ラリ(55円)くらいですかね。 昨日、1キロ食べました。日本では高くて、とてもとても1キロなんて買えませんでしたからね。 で、この辺のさくらんぽは大きく分けて3種類あるようです。呼び名も違いますし、味も別々です。 わたしは「バリ」と呼ばれているものが好きですね。とても甘いし・・・「アルバリ」は酸味が強いので女性に人気のようです。「黄色いサクランポぉー」というのもあります。おいしいですが、ちょっと高めですね、値段は。 まぁ、何はともあれ、あした夏至だそうですが、夜10時くらいまで明るいです、トビリシ。 チェチェン映画のビデオ「Marsho(Freedom)」を日本センターで見ました。チェチェンの言葉を初めて聞きました。 |
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2003年06月21日 17時16分22秒
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うーん、朝風呂に入って、大学に来てネットやって。 そうそう、昨日、家の近くのDPE屋にネガ現像を頼んだ。25分後に取りに来てくれ、ということだったので、30分後に行ったら、空のフィルム・ケースを渡された。「中身はどこ?」と尋ねたら、驚いた様子で「取り引き業者が間違ってもっていっちゃった。明日か明後日には渡せると思うよ」とふざけた返事。 「アンタ、馬鹿言っちゃ、困るね。25分後って、言わなかった? で、その阿呆はなんていう名前、何処に行った?電話番号は?住所は?」 「えっ、知らない? おいおい、ふざけなんなよ。こっちも仕事なんだよ。おまえ、俺の事、中国人だと思ってるだろ? おあいにくさま、俺、日本人。ここに住んでいる数少ない日本人のビジネスマンだよ。さっさとその阿呆を連れれて来い」と大声を出しました。 奥から社長が出て来て「心配しなさんな。あんたのネガは無事だよ。明日か明後日には渡せるから。電話番号を教えてくれ。必ず連絡するから」と的外れの返事。 ほら、いくらグルジア語が話せても話が噛み合わないでしょ。ネガが無くなる、紛失するなんて論外。急いでいるんだよ、というのがゼンゼン伝わらないだよね。 だから、しょうがないから脅すしかない。 「あんたら、その阿呆の住所も連絡先も知らない、って言ったな。だいたい、名前も教えないじゃないか。内務省の知り合いに電話して来てもらうぞ。そして、その阿呆を警察力あげて探させるぞ。」 ここまで言うと彼らも薄ら笑いを止めて、ようやく真剣に探しはじめた。 それでもフィルムが戻るまで18時間近くかかった。 こんな店、つぶしてやる!! そこで薄ら笑いを浮かべていたネエチャン。アンタ、明日からはプレハノーヴァの売笑婦だよ。一発、25ラリの。俺は買わないけどね・・・ グルジアでDPEには行かない方がいいですよ、ツーリストの皆さん。 |
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2003年06月18日 15時46分11秒
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9か月ぶりかな?カズベキまで2泊3日で行ってきました。タムリコを連れて・・・ 彼女はイメレチ・サチュヘレの生まれ育ちなので、カズベキは初めてでした。 前にも書きましたが、グルジア人は親戚などがいない限り、国内・国外を問わず、旅行しないのが普通です。 土曜日の11時過ぎにディドゥベ・バスターミナルに到着。マルシュートゥカを探すが、ちょっと前に出たばかり。次は午後1時の予定、ということなので、タクシーを探す。 うーん、ツーリスト、いないなぁ。雲助が寄って来る。ええ、どこ?カスベキ?一人15ラリだよ、ガソリン代上がったしね。なんて言っている。こういうのは相手にしない。 私はけっこうタクシーでカズベキへ行っているので顔見知りの運転手もいる。その中の一人がやってきた。2人かい?20払える?OK。乗りなよ。ということで、ロシア製小型ジープNIVAに乗る。 途中、ガソリン・スタンドで普通の乗用車に乗り換える。先客が二人。ともにウラジ・カフカスまで行って夜行電車に乗り換えてモスクワまで行く、というグルジア男たちだ。 トビリシ−ムツヘタ境界で車を止められ警察の パスポート・チェックがあった。私、身分証明書関係、いっさい持ってませんでした。 えっ、パスポートない? こっちへ来て下さい。部屋に入って下さい。 私:何いってんの? わたしはここに住む日本人だよ。パスポートの携帯義務? そんなもん、ないでしょ、この国では。 ええ、だめ? じゃあ、バクーに電話してくれ。日本大使館に。あんたの電話で。番号は教えるから。そんなに大声出さなくても聞こえてるよ。恫喝してるつもりなの?じゃあ、ここの内務大臣ナルチェマシュヴィリ・コバに電話しようか?番号知ってるから・・・ ということで一段落。同乗のグルジア人たちと運転手は「いくら払った?」と聞いてくれるので「ぜんぜん、話をしただけさ」と説明する。 ジンバリ湖手前のドゥシェティで2回目のパスポート・コントロール。なんて日だ。同乗人たちは「あんた、なんでパスポート持ってないんだ。降りてくれよ。この調子じゃ、電車に間に合わなくなる」と言い出す。 うるせいなぁー、このメグレリ。がたがた言うな。 ここの警官はきわめて紳士的であったが、KGB本部と連絡を取るので1時間半ほど待っていてほしい、とのこと。 そんなに待てないよ、日本人なんだから。しょうがねぇー、外務省次官に電話するか。大臣の番号も知ってるんだけど・・・ ということで本当に次官に電話しました。携帯電話は持っていたので・・・ 事情を彼に説明する。彼は その警官と直接、話をするので、電話口に出せ、というので、警官を呼び、相手の名前を教えると、いやだ、いやだ、と逃げて行く。「分かった、分かった。早く行ってくれ」という。 私:「もう、この先、この車を止めるなよ。今度はメナガリシュヴィリ外務大臣に電話するぞ」と脅かしておく。 まぁ、パスポート不携帯の私も不注意だったし、乗り換えた車がロシア・ナンパーなのが一番いけなかった。グルジア・ナンバーなら止められないのに・・とおもったが、後の祭りでしたねぇ・・・ 運ちゃんはのんびりと運転している。それでも道路の整備が少し進んだせいか、午後3時すぎ、カズベキ到着。徒歩5分でベネラおばさんの家にチェック・イン。 出かける前に電話しておいたので食事を作って待っていてくれた。 タムリコを「私の妻です」と紹介すると、非常に驚いて、そのあと、非常に喜んでくれた。 「何年前か、グルジア娘を嫁にする、って言っていたけど、冗談だと思ってたよ。本当だったんだねぇ。いやぁ、エガッタ、エガッタ」 キオスクへ行ってシャンパンを買ってきて4人で飲む。イギリス人男性がバクーから登山のために来ていた。 翌日はサメバ教会に上って、ローソクに火を点し、善と福を祈る。 下山後、ゲルゲティのプールで泳ぐ。風が冷たいので30分ほどで切り上げる。 月曜の朝食後、再びタクシーでトビリシに戻る。だって知り合いの運転手ズラブが「あんたら二人だけ乗せるよ。20ラリ払えるかい?」と言ったから・・・ カズベキ、ゲルゲティは涼しい、というより寒いくらいであった。6日には村の平地でも積雪があったという。 それに比べてトビリシ、なんて暑いんだろう。 タムっ! サチュヘレに早く行こうよぉー。 |
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2003年06月17日 17時35分19秒
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今朝、タムリコが「蚊に上まぶたを刺されてイタいっ!」と言い出した。腫れている。なるほど。 うーん、でも酒のみの私じゃなくて、彼女を(やぶ)蚊が襲うかなぁ?いわゆる、ものもらい、という雑菌による化膿だったようだ。 それがきっかけで蚊取り線香を思い立つ。 まさか03年の蚊の出る季節まで、ここにいるとは予定してなかったので、夏用品はほとんど処理済。忘れ物のように蚊取り線香がほこりをかぶっている。普段、私が買っていたのはマレーシア製10巻2.5ラリ(140円)。イタリア製もあって何年前かに使ったことがある。価格は2倍ほど高かった。 イタリア製は とても柔らかいというか穏やかな匂いで「これで蚊が逝ってくれるんかい?」という感じ。 マレーシア製はかなり強烈で蚊より先に人のほうがまいってしまう。 福袋(前述のJICAのMさんがあれこれと入れて置いていってくれものを私は こう呼んでいる )の中に金鳥の線香が1巻だけあった。早速、焚いて見た。 うーん、とぉーても、いい匂いだねぇー。 遠藤賢治の「カレーライス」ではないが 日本の技術の高さを思い返すのでした。 |
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2003年06月12日 17時01分57秒
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6月6日、うーん、何曜日だったっけ? イメレチ・サチュヘレのタムナ・サムハラーゼの実家に行って彼女をさらって来た。 トビリシまでタクシーで50ラリ(2.750円)かかった。100ラリ、と言われても払っただろう。 で、今、マルジャニの小さい部屋で一緒に暮らし始めた。同棲生活である。 彼女の両親は私達の結婚に同意している。喜んでいる、と近隣の人たちは言ってくれる。 もちろん、正式、公式に結婚するつもりである。 だが、書類の整備に時間がかかるので、公的契約の書類は 結婚式のあとになる予定だ。 で、すぐにも教会で式を挙げたいところだが、これが 出来ない。 6月28日あたりを予定していたのだが、23日あたりからグルジア正教徒の断食(マルフワ)が再び始まるからである。今回は2週間と短いのだが・・・ 以前にも書いたかもしれないが、マルフワ期間中は セックスはできない。(グルジア正教徒の場合ですよ) 教会での挙式もダメ、ってことです。 まぁ、別に急ぐ必要もないと私は思うのだけど、式も挙げずに同棲するのは「恥」ということです。ちなみにやぶ蚊は誰かと同棲、共同生活するのは初めてです。(結婚していた時を除いてね。そのときも式をあげてから始めて一緒に住みはじめたんだけど・・) で、その略奪なんだけど、理由は二つ。一つは、このコーカサス地域には略奪婚の歴史、伝統があって、タムリコが そういったかたちを望んだ事。映画なんかでよく見かけましたね。二つ目が 本当の理由なんだけど、今は書けません。悪く思わないでね。 |
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2003年06月08日 18時43分15秒
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やぁ、4日ぶりにトビリシに戻ってきました。イメレチの田舎サチュヘレに3泊してたもんで・・・ で、ディドゥベのバス・ターミナルから地下鉄でマルジャニシュヴィリの戻ったんだけど・・・ なんか降りるところを間違ったような気がしました。出口をでたところがゼンゼン違う様子だったから・・・ 5軒ほど立ち並んでいたキオスクがきれいサッパリとなくなっていたもんで・・・ 「あれっ、間違ったかな? でも、ここだよね、マルジャニは。うーん、どうしちゃったんだろう?火事でも起きたかな? トビリシ、地震があった、って話はサチュヘレで聞いたけどねぇ・・・」という感じでした。 後刻、イラクリに聞いたところ、なんでも、昨日、早朝午前3時ころ、ポリスの手入れがあって、建物ごと、立ち退きを命じられたそうな・・・ 不法占拠だったそうな・・・ うーん、私の記憶では10年以上前からずうーっとこれらのキオスクはあったように思うけど・・・ あれかな? ほら、ここの警察って、給料もらってないでしょ。で、道端で商いをしている人たちから「場所代」を徴収したり、朝、仕事場へ急いでいる人の車を止めさせて、早く行きたかったら「金払え」とか、やっているでしょ。 普通、マルジャニに車を停めて、その車を利用して商売をしている人は1日5ラリ、車なしで2.5ラリ取られているそうですよ。 で、それらのキオスクの人たちと警官たちの交渉が決裂した、ってことでしょうかねぇ? ところ、うちの地区の大通り−アグマシェネヴェリ(旧・プレハノヴァ)大通りに立派な街灯が点いて活躍してます。なんか、めちゃくちゃ明るくて、目眩がしそうです。こんなに明るくしなくてもいいんじゃないの?だって、ここはグルジアなんだから・・・ 他の電気のないところに分けてあげればいいのにねぇ・・・ |
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2003年06月04日 17時01分00秒
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昨日29日は グルジアの第一学校(11年生。日本の小学校と中学校が一緒になったようなもの)の卒業式の日でした。 ですから、着飾った子供たちと母親たちに街路は占領されてました。 日本でも卒業の記念に寄せ書きをしたとおもいますが、こちらは真っ白なシャツに思い思いの言葉をカラフルに書き込んでいます。 シャツに書き込む場所がなくなると 腕や背中なんかにも書いています。 さすがに胸や腹に書き込んであるのは 確認できませんでしたけれど・・・ 6.7.8月と本当に長い夏休みですよねぇ。 大学は だいたい今月いっぱいで講義を終え、 6月中に試験があります。それから夏休みです。 去年の夏は ほとんどトビリシから外へ出なかったので、今年は イメレチ・サチュヘレで過ごせれば幸いですね。 そこは 少し高地ですので、夜間は寒く感じるくらい涼しいですから・・・ ただ、電気、ガス、水道といったライフ・ラインは整備されてませんから、毎日がキャンプ生活のようになります。それはそれでたのしめますよね、私、田舎者ですから・・・ |
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2003年05月30日 16時03分50秒
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週末、部屋の模様替えと掃除をした。 ある場所でなんかわけのわからない袋をみつけた。 「甘こうじ味噌」と書いてある。 一瞬、何のことがわからなかった。 「なんでこんなところに味噌が?」 しばらく、記憶を溯らせてみて、ようやく合点がいった。 丁度、一年くらい前、JICAの仕事でトビリシに長く住んでいらしたMさんから、頂いたのであった。 賞味期限は00年12月と貼ってある。舐めてみる。問題なさそうだ。 夕方、御飯を炊いて、味噌おにぎりを作る。 深夜、夜食に焼き味噌おにぎりを食べる。 あまりのおいしさ、なつかしさに涙が出た。 Mさん、ありがとうございました。 いまごろ、どこにいらっしゃるのだろう? |
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2003年05月27日 16時21分32秒
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今日、5月26日はグルジアの独立記念日だそうデス。ラジオによれば、様々なイベントがあるようです。 今朝、銭湯に行ってから大学で少し仕事をしようとして、マルシュートカに乗りました。ジャワヒシュヴィリ国立大学1号館の交差点(チャフチャヴァゼとケケリゼの交差点)で足止めを食いました。 ほら、大統領が移動する時とか、米国高官が来た時なんか、必ず道路を閉鎖するでしょ。市民は もうあきらめているみたいだけど、こういうのって、普通じゃない、って思わないのかなぁ? この大統領警備にかかる経費は莫大なもんだ、と思うんだけど・・・ 天気は ずうーっと夏模様なので、ビール飲んでます。今年は まだ、川辺りのカズベキ工場へは行ってませんけど・・・ そうそう、普通1.5リットルのビールは2ラリ(110円)で、果物のジュースなんかは1リットルで2.5ラリ(165円)するから、どうしてもアルコールの方に手がのびますねぇ。 |
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2003年05月26日 15時43分59秒
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やぁ、ヨーグルトとイチゴって相性いいよねぇー。 ここではヨーグルトのことをマツォニっていいます。日本ではカスピ海ヨーグルトと呼ばれているようですね。「バンカ」というガラス瓶で買うのが普通ですかね。400CCで50テトリ(28円くらい)。 私は私のエゾ(イタリア風?の庭)にあるキオスクで買ってます。部屋に冷蔵庫はあるのだけれど、古いロシア製でコンプレッサがいかれていて、うるさくて使えない。大家は音なんか気にしないでつかいなよ、と言うが、本人は ぜんぜんその気になれませんよ。 で、そのキオスクが私の冷蔵庫のようなもの。だから早朝、深夜は使えません。 イチゴのへた取り、けっこう大変ですよ。昨日はお客さんを予定していたので2kg 買いました。2ラリ(110円)で。30分くらいやっていたかなぁ。 でも、マツォニに蜂蜜とイチゴを入れて食べると めちゃ美味ですな。1回50円くらいで楽しめますから、くせになりそうです。 もうすぐ、さくらんぽの季節もやってくるし・・・ そうそう、今年、日本人男性と何回話したか、夕べ、数えて見ました。 1月に一人、3月に二人、都合三人でそれぞれ一回ずつだから3回ということです。ほんと、日本語忘れそう。 |
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2003年05月24日 15時12分37秒
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イチゴとキュウリの季節になりましたな。 イチゴは1キロ1ラリ(55円)。キュウリは1キロ80テトリ(44円)です。 やがてトマトとサクランボの時期が来ます。 コーカサスは こういった野菜や果物がとてもおいしくて安いので夏場は楽しいですね。 そうそう、金ですが、なんとか日本円が両替できたので、10日くらいは生き延びられそうです。 1万円が8千5百円ほどの価値に扱われてしまいましたが・・・ こういったことは精神衛生上、気分の悪い事、このうえないので、二度としたくないですね。 また田舎へ行ってました。涼しくてエガッタ。 |
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2003年05月22日 20時48分20秒
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日曜日から1泊2日でサチュヘレへ行き、しこたま飲まされて月曜日の午後、トビリシに戻った。 スコールがあったようで、道路に水溜まりが出来ている。昨夜も雷雨だったし、今日も雨が降っている。夏の雨だ。 私の財布の中身は冬の雨だ。3ラリ(165円)ほどの持ち合わせ。今朝、銀行巡りをしたが、やはり 、どこも日本円の両替はしない。この辺で一番近いのはトルコ・トラブゾンのナントカ銀行かな? そこまでの旅費も捻出できないし・・・ はははぁー、どうすべぇー? そうそう、ここのTBC銀行ルスタヴェリ通り支店長は知っている男だった。ポロリカシュヴィリというおもしろい姓なので記憶にあった。 かれも「ヴァケに日本食レストランガオープンする」と言っていたから、そうなる可能性はあるのだろう。だけど、まだ、調理人や誰がマネージメントするのか未定なようなので、ここの気の長い性格とあいあわてて考えれば、いつになるかは知れない、ということじゃ、ないのかなぁ? |
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2003年05月20日 16時37分06秒
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今朝、小雨があって気持ち良かった。 現金の持ち合わせ1万円と10米ドルだ。給料日は来月の3日以降なので、なんとか日本円の両替をトライしている。 5年前にも こんなことがあって銀行巡りをした。6行ほど行って、1行だけ日本円を両替してくれる、と分かって、ホッとしたのもつかの間だった。 私の計算では1万円が6千円の価値しかない、とこちらの銀行では計算するらしい。 で、結局グルジアでの両替と滞在をあきらめて トルコ・トラブゾンの銀行でまっとうなレートで両替して日本へ向かったのであった。 金曜の昨日、グルジア民族銀行がそういった主要通貨でないものも両替している、という情報があったので、土曜の今日だが、行ってみた。 道々、TBC銀行やグルジア銀行は営業しているので、おそらく、大丈夫だろう、と思ったが、結局、民族銀行は お休みでした。 こういった、かなぶり−ある情報を基にプランを実行する−は この国では頻繁に起こる。 来週には いいことがありますように・・・ |
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2003年05月17日 16時19分22秒
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15日連続晴天。一気に夏。 だけど、私は もやもやしている。 東京の友人に助けてもらってカードの借金をいったん全部、かたがわりしてもらったのに、 「元金残高」なるものが まだ4万円弱あった。 そのカード会社(クレジット会社)と電話で話した時は 総額14万円弱ということだったのに 実際は18万円くらいだった、ということでしょうね、きっと。 明細なんか、見れないから分かんないけれど・・・ こんな借金の泥沼からは 早く足を洗いたい!! 気の重い日が続く・・・ |
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2003年05月15日 17時09分22秒
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うーん、12日連続の晴れです。 カードが使えない、今後使える可能性も低い、ということが分かって日本からの送金をお願いしようと、ネットでいろいろ調べていますが、 なんとかなるのでしょうかね? 夏模様になって女性が薄着になって、今、考えている事は「白」のことです。 グルジア女性全てではありませんが、驚くほどきれいな白い肌の女性をときどき見かけます。 その白はスラブ娘の白でもなく、もちろん、ゲルマンでもなく、ラテンでもなく、本当にここだけの白です。 アルメニア人の肌とはかなり違います。(本当なんで、ごめんなさい) 宝石のような白ですね。こういう娘は いったいどこで生まれたんだろうか、というのが最近の疑問なんです。 それから今日、月曜日。なんで休日なのか未だにわからない。 |
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2003年05月12日 16時14分26秒
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今日も晴れ。10日連続の晴天です。真夏模様になりましたね。 それはそれとして、クレジット・カードの使い方を間違えて、カード使えない状態になりました。なんと3か月も残金不足で引き落としできなかった、ということで、お先、真っ暗です。 現金も持ってないし、これから どうしたらいいんだろう? |
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2003年05月10日 21時17分38秒
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5月9日はドイツが降伏した日なんでしょう? 戦勝記念日なんでしょう。 で、昨日の夜、イラクリと酒を飲んでの話。 「戦勝記念日?どっちが勝った、って。我々がファシストに勝った、って。でも、見てみろよ。負けたドイツ人たちは裕福に暮らしているのに、我々は貧困にあえいでいるじゃないか。本当に我々は勝った、といえるのか」というお話。 うーん、そうだよねぇ。なんでこんなに貧乏なんだろう。なんでこんなに嘘と泥棒がはびこるんだろう。つらい、悲しい事が多いところだ。 いいこと、楽しい事もあるけどね・・・ とにかく、がんばろう。I DO MY BEST。 |
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2003年05月09日 14時56分58秒
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木曜日はAA大学で2年生への講義が1コマだけある。 普段は サボッてばかりいる、タムナやハトゥナも珍しく?出席している。 「やぶ蚊先生、東京のゴツィリゼ先生が送ってくれた ドラエモンのVD見せて下さい!」 あああーつ、やっぱり、そんなことか。 で、一緒に見たんだけど、なんか聞き取れないんだよね、日本語が。CMも早口で聞き取りにくい。 普通の会話なら、問題ないと思うんだけど、 こういう事って、海外にいたりすると 起きる現象なのかなぁ? ちょっと不安。 勘違いしてました。明日の9日がドイツが降伏した、こちら側でいうところの「戦勝記念日」ですね。私は また4連休です。うれしい!!! |
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2003年05月08日 17時03分35秒
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7日です。まるまる1週間快晴です。で、街路樹プラタナスも順調に花を咲かせ、花弁だかがくなのかわかりませんが、大量に落ちてきます。 昨日、今日と強風なので それらとほこりとゴミで目を開けていられないほど、ひどい状態で服や髪の毛が汚れます。靴もほこりで白くなります。 そうそう、引越しの件ですが、やはりうまく行きません。5年前にも そんな事があった事を思い返します。 サブルタロからヴァケに引っ越すことに決めて 予定通りの日の朝、新しい大家さんにTELして「これから向かいます」といったら「あら、あなた、きのう、あなたにTELしたけど、つながらなかったの。じつは親戚がモスクワから急に帰ってくることになって、部屋をかすことができなくなったの」とのこと。 電話が通じなかった、というのも嘘だし、親戚が来るというのも嘘。おそらく、あとからもっと金を払うように言ったグルジア人に貸す事にしたのでしょう。 どうせ、グルジア人は口ばかりでちゃんと払わないんだけどね・・・ で、今回の新しい大家になるはずだったイリナは私が日本人であることを非常に喜んでいたんだけど、彼女の旦那のギオルギは無職だから あとからたずねてきたクタイシ人が差し出した目の前の10ラリのデポジットに目が眩んだ、ということらしい。 ったく、情けねえ奴等だよ。こんな大家ならあとあと、また、もめることもあるそうだし、べつなのを探した方がよさそうだ。 場所と部屋と環境はとれも気に入っていたのに残念だ。でも、まぁ、5年前に そういう経験をしているし、ここで何かをするには 最低2つ以上のヴァリーエーションを用意する、というのは身についているから、そんなにショックではないけどね。 話はゼンゼンちがうけど、それにしても、なんて気の長い性格のみんぞくなんだろう、と、再び、あきれています。 |
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2003年05月07日 17時39分15秒
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今日はイリナオバ(聖イリナの日?)で明日はギオルゴバ(聖ギオルギの日)です。なぜか今日は休日扱いになりませんねぇ。5日連続の快晴です。ほこりっぽいこと、このうえない。 事情があってアパートを捜してます。昨日、とても良い物件に遭遇しました。大家さんがとても面白い変わった、まぁ、私より若い女性で笑えました。1週間後に引っ越します。 ですが、トビリシの住宅事情について 独立後の産業崩壊に伴って地方にすんでいた人たちが大量にトビリシになだれ込んできた。とくにサメグレロから。世界中の貧困国に共通する現象ですね。 そのため、トビリシ郊外・近郊は強盗をはじめとする泥棒たちの巣となっています。 5年前、私は月額$100払って、サブルタロのヴァジャ像の傍のコルポスに半年住んだ。日本で言うところの3LDKでピアノもあった。(当時、サブルタロは貧乏人の住むところ、金持ちはヴァケ・ヴェラだったが、今は逆転しているようだよ) 先週、アパート探しをしていて、実際に物件を見て歩いて 非常に驚いている。 「あんた、こんなフラットで$100欲しいの?」というのが、殆どで、あきれてものがいえない。1Kで平気で$100と言ってくる。値切る気も起きない。もちろん、買い物・交通の利便性、生活するにあたっての安心度を考えてのことだが・・・ つまり、部屋貸しは自身が働くよりも手っ取り早い収入の方法となっている。(固定資産税なんてないしね) |
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2003年05月05日 15時56分21秒
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土曜日でしょ。日本では文化の日ですよね、ああ、ちがう。憲法記念日でしたっけ。私、歴史、からっきしダメだから・・・ 憲法は11月3日に採択されて、翌年5月3日から施行されたんでしたっけ、あるいは その逆ですかね? とにかく長い休みがとれることはいいことですよ。 こちらは5月に入って3日間とも快晴で気持ちいいです。ですが、花粉アレルギーの人をずいぶん多く見かけるようになりましたねぇ。こりゃあ、現代病ですかねぇ。運良く私は まだ、その苦しみを知らずにいます。 トビリシの街路樹といえばプラタナスが一般的ですが、今年の開花遅めだし、少ないようですけどねぇ・・・ 春は恋の季節ですよね。猫も杓子もやぶ蚊もペアになってます。いつまでつづくことやら・・・ ところで、この国にも成文憲法があって(あたり前?)法治国家の体をなしている、という人がけっこういますが、国会できめたことなんて、その議員からして守りませんから、あとは推して知るべしです。 この辺の民族のルール(グルジア語ではツェシ)は因習・迷信とかです。これって、けっこう、ばかばかしくて つらいです。付き合ってられない! 4月は浪費生活を送ってしまったので、現在、金欠です。誰か奇特な方、助けてください。 |
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2003年05月03日 14時26分45秒
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2日続きの良い天気です。洗濯日和ですな。 突然、引越しの話がはじまって、おろおろしてます。 2年と6か月 慣れ親しんだイリナとダリのところから出て行くのは 悲しいことです。コタローともバイバイですし。 できれば、このままここにいたいんだけど、タムが いやだ、っていうので 困ってます。 タムリコ、イリナと話をしておくれよぉ!! |
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2003年05月02日 15時57分18秒
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昨日は非常に幸せな気分だったけど、午後、突然タムリコから電話があり「会いたい」と言われた。トビリシに朝早く来たらしい。なんでやろ? で、夕方に会って話をしたんだけど、なんかゼンゼン様子が違って別人のよう。話が噛み合わない。いままでやぶ蚊がしてきたことって、いったい、何だったんだろう?もう、彼女の名前を呼ぶのが うれしくない。もう書かない。 あああーっ、今回も間違った選択をしちまった、ってわけさ。なさけねぇーなぁー。 昨日の夕方、ロシアとグルジアのサッカーのテスト・マッチがあって、1対0でグルジアがかったそうな。 TVだと涙まで流して喜んでいるオヤジもいる。「いつもいじめられている小国グルジアが傲慢な大国ロシアをやっつけた!!」ということがうれしいんだろうが、実際はLOTO(サッカーくじ、この国ではトータリザーツィア、って呼んでるけど・・)で儲けたのがうれしい、ってことじゃないかな・・・ クラクションを鳴らして流す車とシャンパンで浮かれる若者で遅くまでウルサイ!!! |
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2003年05月01日 12時05分38秒
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日曜、月曜と結局、サチュヘレに2泊してしまった。1日目は冷たい雨だったが、残り2日間は快晴で気持ちのいい田舎の生活だった。 といっても、ずうーっと飲みっぱなし、食べっぱなし、その間にシエスタ、という感じで、実際のところは あまり良く覚えていない。 ただ、タムリコの両親や親族といい会話ができたし、トビリシに戻る日に とてもいい話をタムリコがしてくれた。 今年の1月以来、私が願っていたことがかなうような話だった。 彼女はサチュヘレに残った。はっきりしないが彼女の誕生日5月6日までは トビリシに戻らないのかもしれない。彼女の家の電話は不通なので、隣の家や携帯に連絡して声を聞く。毎日、声を聞かないと寂しいからね。 国立大学へ講義に行くが、ものの見事に学生が一人もいない。この地もゴールデン・ウィークってことかい? 穴蔵のハトゥナに医事関係の翻訳を頼まれる。 彼女の願いならタダでやるっきゃない。 |
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2003年04月30日 16時02分49秒
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今朝、起きたときにいやな予感が来た。 大晦日に銭湯が異常に混んでいて入らなかったことを思い出したのである。 明日は復活祭だ。正月よりも盛り上がるし、必ず教会へ行くから、おそらく、その前に身体を清めるだろう。 で、通常の銭湯の開く時間、朝8時半に行ったら、やっぱり混んでいて待たされた。 うーん、5ラリ払って2人用に入っちゃおうかなぁ、とも考えたが、「すぐに空くよ」とのおばちゃんの言葉を信用して10分ほど待つと順番が来た。エガッタ! やっぱり、復活祭にはプレゼントが必須なようだ。昨日、イラクリのナナが言っていた。 ところで、最近、私の周りはナナとニノとタムナだらけで、話をするときに どこどこのニノ、とか、だれだれのタムナとか言わないと話が見えないし、こんがらがってしまう。 で、私のタムリコに やっぱり、プレゼントを用意しましょ。この間、春のプレゼントをしたばかりなのに・・・ト・ホ・ホ・・・ ようやく雨があがりましたね。明日も良い天気でありますように・・・ 月曜日にトビリシに戻るつもりです。 |
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2003年04月26日 14時54分25秒
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グルジアでは今日25日は「赤い金曜日」と言ってゆで卵を赤く塗る日です。磔されたイエスの血を意味するそうな。 今日から来週の月曜日まで、この国は4連休です。復活祭の連休です。断食をしていた人たちは さぞかし、待ち遠しかったでしょう。私の学生たちの多くは断食していたようです。 復活祭(アグデゴーマ)の翌日は「黒い月曜日」と言って、お墓参りする日ですって。 私は日曜の朝にサチュヘレに行って1泊だけしてきます。 おとといと昨日、スヴァネチ・メスティアのニノとラリに電話しました。なつかしい声でしたね。5月には行こうと思ってます。 |
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2003年04月25日 14時16分48秒
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今日も雨。5日連続です。去年と同じになっちゃうよぉー。 うちの大家の電話代の滞納は なんと25ラリ、タムリコの隣のニノは15ラリ、日本センター、8ラリ(1ラリ=60円)です。私は家賃を払ったばかりなのに、大家は金がない、という。こりゃ、当分だめだね。かけられないけどかかってはくるので、まだまし。ニノのところは送受信ともダメ。だからタムリコと話ができないわけさ。 昨日の日曜日は「ブゾーバ」(枝の主日 Dimanche de Ramseaux)。グルジアでは柘植の木の日ということです。こりゃあ、旧約それとも新約からかな? ようするに もうすぐ 主が帰ってくる、復活するよ、というニュースが流れた、ということでしょ。 雑誌によれば、最後の1週間はきつい断食をするらしい。油断ち、だってさ。まわりでちゃんと断食(マルフワ)しているのは20才のソフィコの家族くらいだね、今年は。 うわさの日本食レストランが月末にオープンする、という話を今日も聞いたけど、本当かなぁ? 未だに半信半疑である。 |
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2003年04月21日 15時51分16秒
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一昨日、昨日とルスタヴェリ像前の「映画の館」で16時から仏映画を見ている。今日も雨降りだが、やはり行くだろう。なんたって1ラリで映画館で映画を見られるのはシアワセさ! で、知人にも紹介したんだけど、16時の回のフランス語版は1ラリで、19時のグルジア語翻訳ものは2ラリするそうな。 ははぁー、フランス外務省と文化センターがフランス語で見る人には半額援助しているわけですな。考えてますな、フランス人。おかげでやぶ蚊は安くて、いい環境で楽しめます。 いい環境−グルジア人は映画館でのマナー、最低だからね。フランス語を理解するようなグルジア人は 少しましですからね。携帯なんか鳴らさないし、騒がないしね。 ただ、笑うところが違うんだよね。なんか単純なことが好きみたいで、ちょっと風刺のきいたとこなんか、わかんないみたい・・・ まぁ、あまり情報を持ってないんだろうから、しょうがないか・・・ で、昨日の Le Bleu des villes の主演のフロランス・ヴィニオン、とてもよかったですね。 この女優さん、はじめて見ました。映画の最初の頃は うだつのあがらない駐車違反キップ切りなんだけど、だんだん、だんだん、きれいに かわゆく、なっていくのがいいよね。年はくってるみたいだけど・・・ すこしタムリコに似てますな。 ということで いいおもいしてます。タムリコには ここのところ会ってないけどね。 |
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2003年04月19日 17時25分59秒
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二日続けて春の雨ですな。それはそれで新緑にやさしいので いいんでないかい? ところで、うちと大学内のニホンセンターと近くに住む友人イラクリのところと、普段、電話を使うところが料金滞納で使えない。だから、インタ・ネットは もっぱら「穴蔵」を利用してます。昨日はハトゥナがいたので、2時間を1ラリ(60円)で楽しませてもらえましたが、今日は知らないあんちゃんなので、30分で1ラリです。HPの更新や掲示板へのカキコはセンターの電話が回復してからになりそうですね。 ところで、昨日はようやく、念願のグリア娘のナナとデートしました。23才だそうな。うーん、ちょっと太りましたかな?でも、声がいいよねぇー。それになによりいいのは 彼女は時間に正確、ということですよ。まぁ、彼女は本当に忙しく働いて勉強しているからなのでしょうが、ほんとに例外的なグルジア娘ですな。 で、なんでなんだろ?食事のあと、トビリシ・ステーション・ホテルに住むアプハジア難民の家族のところへ遊びに行きました。 私は 以前にイベリアやアチャラ・ホテルの難民の部屋に泊めてもらったこともあって、よく状態をしっているつもりでしたが、ここはかなり快適な様子です。 それでもかれらはソフミでの優雅な生活が忘れなれないらしくて、長々と昔話を聞かされました。 今日から1週間、フランス映画祭りです。1本2ラリで見れます。楽しみです。 映画祭が終わるとアグデゴーマ(復活祭)で田舎出身の人は故郷に戻ります。 私もサチュヘレに行きたい!!! |
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2003年04月17日 18時55分53秒
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夕べ、イラクリから電話があって「おまえ、タムリコと歩いたか? 花、贈ったか? なんで一人で家にいるんだ?」と、うるさい。 なんでも4月15日はグルジアだけの「愛の日」だそうな。2月にも3月にも、そんな日があったでしょ。 14日の月曜日にはスヒシュヴィリのコンサートをフィラルモニアの一番前の真ん中の席でみました。タムリコとソフィコとニノと一緒だったけど・・・ うーん、踊り子の顔がよく見えましたね。「どの娘がいいか?」とタムリコに聞かれたけど、アンタ、皆んな、驚くほどの美人ぞろいでしょ。選べませんよねぇ、目移りしちゃって。 踊りと音楽の完成度を考えれば、アンサンブル・ルスタビの方がすぐれているかもしれないけど、こちらはこちらで味が深いですね。 それぞれが色とりどりのドレスを着た娘たちが踊る「ガンガナ?」には参りましたね。実にうづくぢぃい!!! とりあえず、しあわせな日が続きます。春ですなぁ。 |
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2003年04月16日 15時59分55秒
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ムツヘタの植樹祭前後から 多くの取材を受けるようになった。日本から、今回は来れない、というメールを受けていたので、私のできる範囲でPRにつとめた。日本人として何か、役に立てれば、やぶ蚊も本望ですから・・・ で、プレス・コンファレンスに参加したり、TV、新聞取材も快諾しました。 それで、少しは売名行為ができて、困惑気味なのに、昨日、今日と新聞記者や学生から「やぶ蚊先生、グルジア女性と結婚して一緒に住んでいるんですって」「グルジア語は奥さんから習っているんですか?」なんて聞かれる。 私、結婚してないよ。ここ18年間、ずうーっと独身です。一人で汚い、小さい部屋に住んでます。誰だい、とんでもない噂を流しているヤツは!!! それから、今日、私に恋の告白をしにきたウクライナ娘、歯くらい磨いてから そういうこと 言ってね。こっちは ちっとも その気になれないでしょ!! |
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2003年04月14日 16時31分33秒
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ひょんなことから昨日の夕方はヴェラのチャイ・レス「ピカソ」で飯を食べた。 タムリコと彼女の友達、ニノとソフィコが我が家に来たのだが、4人前の飯を作るのがおっくうだったので、半年ぶりの中華レストラン入りとなったわけ。 ここのマネジャーをしているイリナは私の昔からの知り合いで、現在、AA大学で中国語を勉強しているので、大学では頻繁に顔をみかける。 以前、同じヴェラに「東方酒楼」なるチャイ・レスがあり、そこの李や章や王と私は友達だったので、よく遊びに行き、タダ飯を食べさせてもらっていた。 そこでイリナはアルバイトをしていたのである。医科大学に通っていた。痩せた美人だった。 ここの若い女性の特徴だと思うけど、「あっ」という間に体型が変わるんだよね。で、イリナ、いきなりデブに変身して私をガッカリさせてくれました。ダイエットしたのかな?最近、少し元の体型に近づいたような・・・ で、マーボー豆腐と鳥肉と野菜炒め、スープを注文したんだけど、マーボ、最低だったね。ただ、辛いだけ。金、払いたくなかったよ。ちらっと見かけたけど、若いあんちゃんが調理人のようで、新人だね。こいつがつくっている間は もう、ここへは来ませんよ。そういえば、客はグルジア人ばかり。以前はよく中国人が遊びにきていたけど、あんな腕じゃなぁー、私より下手ですね。コックの肩書きが泣くよ。国に帰って勉強しなおしなよ、あんちゃん!! |
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2003年04月12日 18時32分41秒
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昨日、9日は祝日でお休みでした。 今年は、グルジアのカレンダーを使っていないので、よく覚えていませんが、たぶん、ドイツが2次大戦で降伏した日なのでしょう。今月末だったかな? 独立記念日があって、そのあとかな? 復活祭(グルジア語で「アグデゴーマ」)があって、7週間の断食が終わるわけです。 8日はハレバでした。マリア受胎告知の日ということでしょうかね? なぜか、断食期間なのに、この日だけ、魚を食べていいことになっています。 お茶の水のニコライ堂の高橋神父によれば、イエスと魚とは関係が深い、ということを昔、読んだような気がしますが、忘れましたね。 今日は とてもいい天気です。思い切って、タイツを脱いで大学に来ましたが、いやぁー、風が冷たい。朝の様子で 今日は どんな天気、気温になるのか予想できないのは、けっこう困りますね。厚着して来ると暑かったり、薄着のときに寒かったりしてね。 |
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2003年04月10日 15時36分48秒
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結局、夕べはさびしい一人めしだった。 豚肉を400g買ってきて、しょうが焼きにして食べたが、いままで、作った中での最高傑作であった。旨かった。まぁ、素材の肉を見た時から、その予感はあったんだけど・・・ で、お世話になっている大家さんにおすそわけする。 しかし、急に暖かい、というか、少し暑いというか、そんな陽気になりましたなぁ。 昨年の4月は長雨続きで、トビリシの平均の1年分の降水量を超えたりしたのにねぇ・・・ まぁ、街を見渡せば、いろんなものがでてますね。用もないのに 歩道でたむろする人が増えました。city watching がたのしい季節ですな。 |
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2003年04月08日 19時08分40秒
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昨日、書き忘れましたけど、ここのところ、街中に デッカイ看板が増えましたね。なんか、あぶなっかしいけどね。 ところで、グルジア政府でも ようやくラジオ、テレビでのたばこのCMを禁止することにしたようです。 どこの国でも そうですが、5、6才くらいのガキから「タバコ持ってない?」と聞かれるのは いい気分では ありませんよね。 で、看板の話にもどると どこかの電話会社のCMに出ているグルジア娘が めちゃくちゃカワイイんですよ、これが。 ナティア・ラザシュヴィリよりもいいですね。 赤くて、少し厚めの下くちびるがそそるんですよねぇ・・・ ふっ。 TVのCMではおへそもサービスしてましたけど・・ 名前、知らないんですよ。誰か 知っていたら 教えて下さいよ。 で、浮気の話だけど、わたしのことではありません。だいたい、わたしは独身だから・・ うちのコタローなんですよ。 大家のダリとイリナと夕べ、一緒にウィスキーを飲んでの話: ダリ: ジノー(私のこと)、最近、うちの猫、 見た? 私: うん、2日前に見たよ、病院の前で。 ダリ: まぁ、生きているならいいんだけど・・ ということで、ほら、病院の人って、ヒマなひとが多いでしょ。で、うちのコタローはかわいい声してるし、人なつっこいからねぇ・・・ 誰かに かわいがわれちゃったんでしょうねぇ、きっと。うちでは ダリと私が鳥肉やブタ肉を用意して待っているというのに・・・ ったく、しょうのないオス猫になっちまったもんだ!!! |
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2003年04月06日 17時48分13秒
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チャフチャヴァーゼ大通りにある国立大学5号館の前の大きなヌシの木の花が咲きましたね。 この木は いつも早く咲きますね。花弁も大ぶりで見ごたえがあります。で、桜と見間違うひとがでるわけですね。 そういえば、チャフチャヴァーゼ大通りには新しいごみ箱が設置されましたよ。 サーカスの前にも売笑婦のたちん坊がでましたし、アイスクリーム売りのオヤジたちも歩きはじめました。春ですな。 道路の修復・整備がゼンゼンなされないので、渋滞が激しい。外国から道路修復のための重機をはじめ器材と援助金が入っているのだが、ほれっ、いつもの通りに 関係者ほとんど全員が私腹を肥やしているため、工事は全く行われない。 末端の労働者たちは金を払って貰える可能性を信じてないので、働かない、という話ですよぉー。 そうそう、シェルコ・シャミル、イスタンのコンヤにいるそうな。ったく、好きな奴だねぇー。 |
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2003年04月05日 18時42分46秒
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飲みましたね赤ワイン。2リットル。やっぱりヴェロニック・サンソンはええなぁー。 94年のライブで買ったのは95年の暮れだったから、かれこれ10年近くなりますな。 で、Mi-maitre, mi-esclave というのが3曲目にあるんだけど・・・ 私、ずうーっと、これは女性がメイドであって、奴隷なんだ、って思ってたけど、 今回、歌詞カードを読んで、目が覚めました。 私に惚れた男は 私のメイドであり、奴隷なのよ、ってことなんですな。 さすがは フランスのねえちゃんだ!! ああーっ、フランス娘が懐かしいねぇ・・・ 東京は 桜満開なんでしょ? 我が山仲間たちは 恒例の酸ケ湯だそうな。いいなぁ、いいなぁ・・・ 写真おくってね。 |
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2003年04月03日 18時06分58秒
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いやぁー、春ですなぁ。4月の声を聞いて、道行くグルジア娘たちのスカートの丈が短くなったような・・・やぶ蚊の勘違いですかね? ここの女性達は黒とかコーヒー色とか、そういったダーク系の色が好きですよね。なんでかというと 汚れがめだたないからなんでしょうねぇ、きっと。そのへんが シックさを好むパリジャンとは違うようです。 道端の花屋さんも忙しそうです。黄ズイセン、ガーベラ、チューリップ、バラと私の好みの花が一杯です。 今日は ちょっと気合入ってます。なんでかというと、国立図書館内にある「フランス文化センター」からV.サンソンのライブCDを借り受けて来たからです。 以前から、ここでフレンチ・ポップスを聴きながら、サメグレロの塩辛いチーズ・スルグニを噛り、カヘチの黒ワインで酔ってみたかったからです。 話は変わって、ここトビリシの諸外国文化センターの状況ですが、うーん、イギリスとフランスがずば抜けてステキですな。 B・カウンシルは年会費20〜40ラリと割高ですが、ライブラリーは充実しています。 フランス文化センターは国立図書館に登録する(年会費3ラリ)だけで利用出来ます。何人かは上手にフランス語も話します。映画・ビデオが充実していて、これからが楽しみです。 わが日本センターは日本からの援助が微々たるためか、活動が停滞気味です。喝をいれなければ・・・ とは 思ってますよ。 |
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2003年04月02日 19時16分25秒
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明日?の日曜日からかな、夏時間になるでしょ、この辺は。それなのに雪は降るし、冷たい風が吹いているし、風邪を引くし、ろくなことがなーい。まぁ、このごろの夕方は午後7時過ぎまで明るいから、サマー・タイムにしたほうがいいよね。それでも6、7月は夜の10時くらいまで明るいんだから・・・ さて、わがグルジア国会では、例によって、外国からの援助が末端まで行き届かない、「あんたが悪い」「いや、あんたこそ、諸悪の根源だ」とやってますな。 お偉い方々やビジネスが上手といわれている方々は2万ドル以上する新車を「あっ」という間に買い替えてますねぇ。議員の月給は400ラリと聞いてますけど、それでは食べていくのが精一杯のはず・・・ 皆さん、98%くらいはドロボーなんですよ。 程度問題、または、目立つ、やり方がヘタな場合に チクられて 非難されるだけで、別に返金するわけじゃないし、やっぱり、盗んだ方が得だ、ってことですかね。 神様は 何だって お見通し、とグルジア正教徒はかんがえないんでしょうねぇ、きっと。 うそとチクリとごまかしはグルジア文化伝統の一部と考えざるを得ませんな。 |
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2003年03月29日 19時11分58秒
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おおーっ、風邪っ引きです。はなみず、頭痛、喉の痛みの三冠王です。 国立大学の講義は休みました。で、連絡しようと事務室にTELしたけど、つながらない。学部長の携帯もつながらない。だから、しようがない。れんらくのとりようがなーい。 日本センターのタムナから拙宅に電話があって、バクーに連絡するように、とのこと。 でもバクーに電話がつながらない。FAXもおくれなーい。で、とりあえず、メールだけしました。 風邪薬を買いたいのだけど、今、3ラリ(180円)しか持ってない。マリオット・ホテル内のTBC銀行へ行ってATMからお金を下ろそうとしたのだけど、ATMは故障中。 銀行のねえちゃんに「いつ直るの?」と尋ねても、「10分後に直るかもしれないし、明日まで直らないかもしれない。私は知らない。私の仕事じゃなーい」と 本当に優等生なグルジア的なお答えでしたね。 あんたら、外国人専用というか、外国人しか泊れないようなホテル内の銀行で働いていても、こんな認識なんすっよ、グルジア人って。おめえら、ホントに バカばっかり、って言いたくなります。 今日は金曜日なんだよ。外国人ってのはキャッシュレスなんだよ。バンカーなのに知らないなんてなさけネェーヤツらだ!! こういうのとビジネスは金輪際したくないね。 |
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2003年03月28日 20時13分58秒
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ここのところ、アジア・アフリカ大学の方では2年生から5年生まで、日本のビデオを見せながらの授業をしています。 昨年に注文した教材がようやく手元に届いたからです。バクーの日本大使館に半年も寝ていたらしい。何をやっているんだか。 「日常生活に見る日本の文化」という東京書籍の5巻ものを最初に使ってますが、 このビデオで現されている現代日本人の習慣というのが、どうも、私の認識とずれていて困ってます。 たとえば、握り寿司をはしで食べているシーンとか、「コーヒーでもいかが?」と聞かれて「紅茶、ください」とは返事しない、とか・とか・・・・ まぁ、先日、会ったシカゴ近郊のY君にも「やぶ蚊さん、日本人離れしてますねぇ・・」と言われてしまったし(顔かたちではなく、考え方のことでしょうね、きっと) 明日の晩、エリスィオニという民族舞踊団のコンサートがフィラルモニアであります。タムリコと行きたかったけどねぇ・・・。グリア娘のナナでも誘おうかな、って感じ。 関西出身トビリシ在住のMさんがようやく戻って来ました。これで在留邦人は4人になりました。 ようやく雪が上がりました。でも、強風です。 明日はデート日和になりますように・・・ |
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2003年03月27日 18時19分35秒
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しかし、よく降るよねぇ、雪・雪・雪。 まぁ、トビリシの雪景色の写真もいいか? そういえば、月曜日かな? シカゴ近郊の大学に通っている日本人学生Y君が私を尋ねてきました。彼とは1年前に拙宅でたこやきパーティーをした覚えがあります。 彼の母親はタイ人だそうです。ハーフですね。国籍は日本のようです。日本での就職は難しそうなので、米国で働くようです。 ここのところ、また停電が多くなりましたね。メトロも止まったりしています。 最近、わかったんだけど、同じマルジャニシュヴィリ地区でも うちのあたり以外は夜間は電気がないそうです。午前1時ころに停電するらしい。うちは 深夜の方が電圧が高くて、ストーブも暖かいし、電球も明るいので、本が読みやすいです。ありがたいですね。 タムリコが田舎へ行きました。私も一緒に行きたいけど、授業や仕事があるから・・・ 早く、帰っておいでよおーっ!!! |
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2003年03月26日 18時32分46秒
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今日も雪が降ってます。 私の心にも降ってます。 昨日は おもいっきり怒りました。 お茶碗を 投げわりました。 うーん、30年ぶりくらいですかね、 こんなに あれたのは。 タムリコ、ごめんよ。 もう、しないから。 でも、もう会えないね。 |
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2003年03月24日 16時35分59秒
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日本では春の彼岸ですな。まぁ、このころ、東京でも雪が降ることがありますなぁ。 なんか、今年、トビリシは雪、多いですね。今日、日曜日も降ってます。昨日は良い天気で春を実感してたのに・・・ 日本では 「女心と秋の空」と言って、変わり易いものの喩えになっていたと思いますが、ところ変われば品変わる、で、こちらは3月の天気が変わり易いそうな。 まぁ、日本女性もグルジア女性も コロッコロッ、と気持ちが変わる、というのは同じようで・・・ TVが壊れているので、CNNを見なくてすむのが ありがたいですね。 バグダッドのシャミルも元気そうだし、10人もいるようですね、日本人が。 それにしても1泊50ドルでは、赤字にならないかと 他人事ながら心配ですなぁ。 今日は 夕方、マイア・ズラシュヴィリのオペラ「ジゼル」があるから行きたいけど、タムリコは親類の接待をしてるし、マリカを連れて行こうかな? という感じですな。 |
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2003年03月23日 19時42分23秒
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ジョルジュ・ブッシュは今朝(こちらではの話)、攻撃命令を出したようですね。 それは別として、昨日、グルジア人知人から本を拝借しました。10日ほど前に借りるはずだったのですが、飲みすぎで忘れてしまったのです。 1968年にあかね書房から出された「カフカズの山々」という本です。初版本です。おそらく再版はされてないだろうし、絶版になっているでしょう。 まぁ、トビリシでこんな本に出会うなんて、ラッキーですね。横浜山岳会のメンバーが執筆しているようです。 文章がどうのこうの、というよりは、かなり以前のトビリシやグルジアの様子が描かれているし、スヴァネチやカズベギについても言及があるので、私にとっては 興味深いものでした。 お世話になった返礼として 贈られたものなのでしょうね、きっと。誰も読んだ形跡がありませんでしたから。 昨日は ケーキとかアイスクリームとか食べなれないものをいただいたので胃の調子がかんばしくありません。赤ワインで洗浄しなければ・・・ |
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2003年03月20日 13時55分33秒
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うーん、ここのところ、ほんとに忙しい。 なんでやろ? まぁ、大学が正常通りに始まったことと、タムリコが「あれをしてほしい、これをしてほしい、それはだめ」と注文の多い女の子に変心してしまったためでもある。 最近、よく写真を撮っている。今朝は小雪模様である。最後の雪かな? かぐや姫ではなく、斎藤仁の「なごり雪」を思い出しながら・・・ (斎藤仁はやぶ蚊の尾瀬時代の同僚、友人である。写真家である。新潟・六日町にすんでいるらしい。なぜかメールがつながらない!?) |
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2003年03月18日 14時28分42秒
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| Our Global Ime doesn't work well. I can't write in Japanese. Our institute doesn't pay telephone fee, so we can't make contact with providers. Here in "Anagura" also IME works bad. And hotmail server also works bad today. How a bad day today is! Yesterday girls were angry against me. I want to do nothing today. I go home to sleep. |
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2003年03月14日 16時20分29秒
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なんか、新学期というか、後期というか、そんなもんが始まって以来、ざわざわして忙しいし、来客も多くなって、訳が分からない。 そう、お見合いの相手、やはり、その気になっちゃったみたい、で、困ってます。だって、ぜんぜん、やぶ蚊好みのグルジア娘ではないからです。 勝手なことを言えば、やぶ蚊はグルジア娘でないと燃えません。どんなに美人であっても、ロシア娘やアルメニア娘とはできないと、思う。 なんでかなぁ? まぁ、性格、性質、言葉、しぐさ、とか、そういうことかもしれないし、そうでないかもしれない。とにかくグルジア娘はカワイイんです。正味な話。 昨夜、そのお見合い相手の娘に泣かれて、なだめに行きました。その姉の夫と酒を酌み交わしている間に、私の家にサチュヘレの彼女からTELがあったと、大家さんから聞きました。 なんかゼンゼンうまくいきませんねぇ。 やすお・田中知事は ペログリ?って言うんですか? そんな告白ものを書いて うけたそうだけど、私の場合はだめでしょうねぇ、きっと。 あああーぁぁぁ、お花見したい。新宿御苑か小石川植物園で。 |
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2003年03月12日 15時42分37秒
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どうでもいいようなことだけど、今日10日からグルジアの大学では 正式に? 後学期が始まった。 であるから、小型乗合バスは混んでいて満員で止まってくれない。別に学生達は ちゃんと講義に出ているわけではないんだけど、友達に会うため、或いは、自分のファッションを見せびらかすために大学にやってくる。 で、1か月も過ぎないうちに 半数以上が来なくなる。だいたい、無料で授業を受けられるという制度は良くない、とやぶ蚊は思う。 具体的に言うと、有料である「トビリシ・アジア・アフリカ大学」は出席率も高いし、宿題を出せば、ちゃんと やって持って来る。一方、 無料学生が多い「イヴァネ・ジャヴァヒシュヴィリ・トビリシ・国立大学」は その反対です。 それから、女学生の喫煙率が異常に高いのも気に入らないなぁ。 男子学生は ノートやペン、テキストを持ってこない、手ぶらで来る、というのが気に食わない。なんか、この辺では、男は物を持って歩くのはカッコ悪くて、ポッケに手を入れてあるくのがよろしい、と考えているようで、まぁ、お粗末な もんですよ。フッ。 |
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2003年03月10日 17時28分14秒
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3月8日をたしか、日本では「国際婦人デー」と呼んでませんでした? ここでは「女性の日」と言っていて、男性は知り合いの女性に花を贈る義務?があるそうです。 やぶ蚊の大家さん一家に3人前、今日、2軒、お客に行くので、その分は5人前、計8人分を用意しなければなりません。けっこう、大きな出費ですよ、これは。 花といえば、グルジアでもバラが一番人気ですね。アーラ・プガチョワや加藤登紀子の「百万本のバラ」という歌の舞台はトビリシの自由広場、というのがグルジア人の認識です。 ニコ・ピロスマニが一目惚れした、フランス人ダンサー、マルガリータ(だったっけ?)に そうした、というのがモチーフですからね。 今日は祝日扱いなのに呼び出されて大学で仕事してます。夕方行く、一軒目の家は酒を飲まない一家なので、おそらくやぶ蚊にとっては苦痛でしょう。2軒目に期待してます。グリアの娘が来ますからね。グリアの娘は正直者で、貞淑という評判ですから・・・ |
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2003年03月08日 19時10分54秒
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なんか、ここんとこ、ぜんぜん日本語を話す機会がない。1月7日にツーリストのK氏と話し手以来だから、かなり重症だな。 で、グルジア人とグルジア語で話すわけだが、グルジア語がよくわかる、あるいは、よく話せるようになって、私はとても悲しくなっている。その理由は うすうす知ってはいたが、ここの人たちは90%以上がうそつきだし、本当のことを誰も知りたがらない、という現実にぶつかるからである。 正直で まっとうなグルジア人は死んでしまったか、国外に退去している。残っているのは うそつき、どろぼう、売女だけ。この国の将来は真っ黒だ、というの話です。国外からの援助はますます貧富の差を広げる効果しかない、という現実もある。 だから、酔っ払うしか、ないのさ。 |
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2003年03月06日 16時54分19秒
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3日はグルジアでは「母の日」ということになっていて休日である。8日は世界的に「国際婦人デイ」だとおもうけど、ここでも女性にプレゼントをする日である。出費がかさむ。8日が休日扱いにしていたかどうか、記憶にない。 ちなみに2月25日は「男の子の日」だったそうだが、何も特別なことはなかったよねぇ。 その休日の3日がなんか、とんでもなく忙しい日になってしまい、4日の今朝は寝汗がひどく、熱も高かったので、午前の講義は休講させてもらいました。午後4時からの日本語スピーチ・コンテスト国内予選会には出席するつもりで大学へきました。 外は暖かいようですが、体調がいまいちなので、早く家に帰って眠りたいなぁ。 |
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2003年03月04日 20時44分06秒
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金曜・土曜と連荘で お見合いしました。連日の宴会で飲みつかれましたよ。 昨日の土曜日の彼女は近所に住んでいるので、家まで送って行きました。そこでは、お母さんと姉夫婦が待っていて、また、食事をして飲みました。誰かから、私が魚好きと聞いていたらしく、新鮮でおいしい川魚を焼いてくれました。2匹もいただきました。 で、姉の夫(マムカという名)はワイン工場の技師だそうで、イオセリアニ監督の「落葉」を思い出しました。 マムカが出してくれたワインはアデッサという品種のブドウから作られたもので、イメレチ、サメグレロやスヴァネチでは一般的ですが、カヘチでも作っているんですねぇ。(赤ワインです) このアデッサ、当たりです!! フランス、イタリアものにも負けません。実にすばらしい。しかも、およばれだからタダでしょ。(ただほど、こわいものはない?! あとで、高くつく?) 日曜の今日も 昼から およばれの予定だったが、迎えに来ないので、大学でメールしてます。すこし、助かりました。さすがのやぶ蚊も3日連続の深酒はしたくないから・・・ そうそう、日本にいたときに一度だけ日本人女性とお見合いしたことがあります。昔の話です。 大学の同級生だった女の子が塾を経営していて、一時、手伝っていたことがあって、彼女に拝み倒されてのお見合いでした。 全く私には その気がなかったので、悪い事をしました。その子とその父親がその気になっちゃって、断るのに苦労しました。 まぁ、ここでは そんなことないよねぇ・・・ |
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2003年03月02日 19時11分43秒
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今日から3月ですね。トビリシ、快晴です。あまり寒くありません。13時現在の外気温は7度くらいですかね。大学のガスも1週間ぶりに復活して Office も少し快適になりました。 うーん、やはりチェチェン・パンキシ関係の動きが多くなりましたね。雪解けとともにまた何かが起こりそうな予感がします。 ここのところ、公私とも多忙気味です。あまり楽しい事がないのが つらいですね。 渡辺千秋さんのサイト「チェチェン・ウォッチ」によれば 「一つの世代の三つの人生」 トビリシで最初のチェチェン劇映画が初公開、 とのことだが、肝心のどこで公開されたか、明らかでない。調べてみますかね。 |
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2003年03月01日 17時41分04秒
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| ここのところ、町中でインフルエンザが流行っている。私の2つの大学も現在、休講中で4日に再開の予定。時間ができたが、なんやかんやと野暮用があって、落着かない。雪は積もらんかった。風の強い日だ。 |
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2003年02月27日 16時50分52秒
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「あなた方の選択」というTV番組の録画撮りのため、スタジオ入りする。行き帰りを含めて4時間の拘束。タクシーで送り迎えしてもらったが、ギャラはなし。トビリシでは こんなもんでしょ。 テーマは「仕事とルール」。難しく、面倒くさい話題でしたね。本音は言えませんでした。 そのあと、大学に来ました。午後4時です。いつも思うのだけど、この町の交通渋滞って変な時間帯におきる。通勤時間帯である午前9時から11時はスムーズなのに、午後3時から5時くらいに渋滞する。 日曜日はスイスイすすむ。要するに仕事で移動する人たちで混雑するのではなく、適当に街をながしているあんちゃんたちが多い、ってことですかねぇ。 |
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2003年02月24日 21時52分29秒
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昨夜、友人宅でワインを飲み終えて帰宅したのが、午後11時ごろ。寒かったけど、降ってなかった。やけに静かな朝だな、って感じたら雪、積もってました。今、ガンガン降ってます。こちら、大学のあたりは うちよりも積雪が多いですね。8センチくらいかな、今。 昨日は 画家の友人に連れられて「グルジア貴族協会」なるヘンテコな組織に行ってきました。まぁ、皆さん、王族や大名の名字です。残念ながら あまり興味が湧きませんでしたね。 それよりもプレゼントしてくれた「私は罪人である」には驚きましたよ。アプハジア内戦で死亡した人たちの写真がてんこもりで、しかも、状態の悪い顔をそのままデカデカと載せてます。気の優しい人には とても見せられないシロモノです。 雪のトビリシの写真、撮りまっせ。なんせ珍しいですからね。 |
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2003年02月22日 16時30分16秒
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昨日は雪の一日でした。積もるほどではありませんでしたけど・・・今朝も寒いですね。 インフルエンザが流行っていて、やぶ蚊の彼女の親戚の老婆が亡くなってお葬式です。また しばらく会えなくなります。つらいですねぇ。 国立大学の講義が始まりました。(本当は水曜日に始まっていたらしいけど・・・) 今学期は土曜日にも講義が入っている。普段なら、文句を言って撤回させるところだけど、今、いろいろと物入りなもんで、言いなりになってまぁーす。 ここのところ、また私に対する取材が増えてきた。する方は得意だったけど、受ける方は馴れてないし、あまり目立ちたくないんですよ。私たちの愛の邪魔をする輩も多いもんで・・・ なんか手っ取り早いもうけ話はころがっていないだろうか? ないだろうなぁ・・・ああーあーっ、銭がほしい!!! |
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2003年02月21日 18時00分12秒
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昨日のラジオでエングリ川の発電所の調子が また悪くて、電力制限をする、というのがあった。 うちは昨夜2回、停電があったけど、即、復旧した。 今朝は、大学、信号とも停電で機能していない。カフェ「穴蔵」からの送信である。 お目当ての彼女の様子が変わって、やぶ蚊には春がきたようだ。 実は、15年ぶりくらいかなぁ?恋文を書きました。グルジア語で。あまり自信がなかったので、英文の翻訳文も同封しました。 先日、彼女の父親と話す機会があって、彼曰く、「手紙を受け取って、娘は非常に喜んでいる」と話してくれました。 昨日、彼女に会って、「文法的にどうだった?」と尋ねたら、間違いが「very much」だったそうな。けど、うれしそう。 そうでしょう。かなり力(リキ)を入れて創作しましたから、グルジア人にはない表現で驚いたのでしょう。まぁ、これから、おいおい添削してもらうことにしましょう。 しばらくぶりに幸せな気分で眠れるかと思ったけど、体調は相変わらず不十分ですぐに眼が醒めてしまう。困ったものである。 1US$=2.18GEL |
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2003年02月19日 16時05分22秒
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朝風呂からの帰り道、ちらりちらりと白いものがほんの少し舞ってました。街の中心では今年初めての雪ではないでしょうか? 小型乗合バスで私立大学へ来ました。まぁ、積もるほどの雪ではありませんね。2月いっぱい、ここでの私の授業はないので、らくちんです。その代わり、懐はさみしいですが・・・ 世の中はイラクに対する戦争に関して盛り上がっているようですが、ここでは誰も興味を示しませんね。ニュースは流れてますが・・・ それにしても、ここの人たちは いったい働かずに、どうやって飯を食っていけるのか、未だに釈然としないなぁ・・・ |
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2003年02月17日 16時17分03秒
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完全にグルジア人化してしまったやぶ蚊ではあるが、時折、フランス人やイギリス人と接触すると、彼らが頑固に生活リズム・習慣を守っている事に驚く。かなりの出費と労力がひつようだから・・・ ここトビリシには品質の高いものなんか、一つもない。やぶ蚊がレストランへ行かない最大の理由は「料金はヨーロピアン・スタンダードでサーヴィスはジョージアン・スタンダード」、なお、且つ、旨くない、からである。 グルジア人は写真とかヴィデオとか、大好きである。私はカメラしか持っていないので、招待を受けたような場合はできるだけ、写真を撮って、差し上げるように心掛けている。 で、ここのカメラ電池、最低!!! ふつう、常温で1年間 働くのに、去年はなんと6本も買った。ったく、ふざけてる。フィルムも状態の悪いものがあり、スムーズに移動しない。DPEもほとんどがド・シロートで、客の要望が理解できない。 まぁ、職人気質の日本人と比較するのがいけない、と言われれば、それまでだけどね・・・ それにしても、ときおり、もぅ、そっと、ハイ・クオリティの生活がしたい、と願うのでした。おしまい。 おだやかな日曜日です。 |
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2003年02月16日 17時34分00秒
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ったく、どうなっているんだか? うちは24時間、電気あるでしょ。でも、昼間の大学に電気がない、ってのは どういうことなんだろうか? 昼間は どうせ うちにいないんだから、その電気を大学に分けてあげたい。 でも、こんなに恵まれている地域は僅からしく、皆さん、たとえば、携帯電話の充電とか、調理とかで難儀しているようです。 サチュヘレでフィルム2本、写真を撮りましたが、1本は不良品でした。酔っ払っていたので気づかなかった。いい写真が撮れたと、喜んでいたのに。やはり、必要不可欠な物は、少し、値段が張ってもちゃんとした店で新しい物をかわないとダメだ、と反省させられました。 |
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2003年02月15日 17時22分09秒
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| 今日14日は有名なバレンタインの日ですが、やぶ蚊には何も関連がないので、悲しい日ですな。カトリックの聖人の記念日なんでしょ? そうそう、火曜日から2泊3日で小旅行をしました。もう、言いましょう。惚れた女がイメレチのサチュヘレというところに住んでいるので、そこを訪ねたわけです。 ところで、グルジアは正教徒ですので、宗教的な儀式は無いようですよ。ただし、うちの近所にはロシア正教会とグルジア・カトリック教会がありますから、後者では何かするんでしょうねぇ。 一般的にグルジア人は この日を「愛の日」(スィクヴァルリス・ドゥゲ)と呼んでいて、男女が互いに贈り物を交換しています。小さな花束も道に並んでいて、パリの「ミュゲの日」を思い出しますが・・・どちらにしても私には縁のないこって・・・ 大学、電気ありませんでしたので、今「穴蔵」です。大家に電話したら ウチは電気あるそうですけど・・・ ウーン、私の瀕死の愛は復活することがあるんだろうか? 田舎にいるうちに何か世界では いやな事件が多かったようですね。 |
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2003年02月14日 18時41分25秒
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うーむ、エレヴァンやイスタンは寒いそうだが、トビリシはなんて暖かいのだろう。散歩が楽しくなるような気温です。家では電気ストーブと電気コンロをつけっぱなしにしているので、セーターを脱いで、トレーナーで生活してます。 ここのところ、たいしたニュースがないですな。いいことですが・・・ そうそう、実はトビリシに住んでいる日本人が2人になりました。増えたか減ったか、分かります? 一昨年は一時、7人も住んでたんですよ。今はやぶ蚊と留学(遊学?)生だけです。彼女も7月には帰国予定だそうで、たった一人の日本人になる可能性が大ですねぇ。 短期出張の会社員たちなんかもいるらしいけど、どうも波長が合わないというか、ここで日本の価値観をふりまわされてもねぇ、という感じですね。 もちろん、日本人は何か必ずいいものを持って来ますので、ずぅーっと助かってました。お醤油とか味噌とか海苔とかダシとか、ここでは殆ど入手困難ですからねぇ。 ところで、今日の大学(正式には日本センター)のパソコン、異常にニブイ!! 今日は 公的な秘密の会合が続くので、ちょっとハードになりそう。詳細はいづれ報告できればします。 電気あります。ガスあります。水あります。 彼女? いません。ガァーアーン。 1US$=2.19GEL |
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2003年02月10日 17時17分30秒
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以前に紹介したことのあるケティ(32才だそうだ)が2日前、強盗に襲われ、ハンドバッグを盗られそうになったそうだ。場所は地下鉄の終点の前の広場。グルダニという住宅地へ行く途中。時間は夕方7時半。まだまだ十分にひとけのある時間帯だ。 ケティの体格は華奢というよりはしっかりしていて、たくましい。そんな彼女でも狙われるというのがショックだ。 私も もう既に気づいているが、泥棒、強盗の輩は 隙さえみせれば、誰かれ かまわず確実にやって来る。こんな首都は ちょっと珍しいんじゃないの? |
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2003年02月09日 18時49分17秒
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やぁ、気持ちのいい目覚めでした。曇天ですが・・・ 昨夜はカヘチから友達が赤ワインをもってトビリシにきました。ひさびさにまっとうな赤ワインを1リットルほど飲んだので、気持ちのいい朝をむかえられたわけです。(実際は飲み足らずに家でビールも飲んだ) この友達、グルジア生まれ、国籍のアゼルバイジャン人なんです。モスリムです。でも、ワインもヴォトカもいきます。 話の中で「バイラモーバ」という言葉が出てきて、それはおそらくトルコのバイラム(お祭り)のことでしょうが、3月末か、4月上旬にあるということでした。 私がトルコでは今月11日?からバイラムだよ、と言うと「それはクルバン・バイラム(生け贄のお祭り)だよ」と、あたりまえですが、知っていました。 彼曰く、「クルバン・バイラムでは酒は飲めないが、3月末か4月上旬のバイラムではOK」という話。ところ変われば品変わる、ということですかな? 気持ちのいい朝なので朝風呂に行きました。行き付けの個室が工事中でした。なじみのおばさん(顔つきからアルメニア人であろう、と推定してた)が工事のおじさんとアゼルバイジャン語で話してました。「おばちゃん、アゼル語を話すんだね」と言うと「私はアルメニア人だけど、子どもの頃はもっと良く話せたんだよ、今は忘れちまったよ」とのこと。 先のカヘチのアゼル人の友達も反対にアルメニア語も話せます。彼ら曰く、「私たち(アルメニア人とアゼルバイジャン人)は仲良くしてたし、今でも そうありたいと思っているよ」。私の知っている範囲では そんな話が多いです。 まぁ、この辺では共通語としてやはり、ロシア語は必要不可欠だなぁ、と感じたのでした。 ところで、けさの風呂、硫黄とミョウバンがいつもより強くて、おかげで肌がツルツル、顔は茹で卵状態です。 昨日、昨年9月に壊れた(壊された)眼鏡を持って、新しいフレームを買いに行きました。高級店で試したイヴ・サンロランものがしっくりいって、250って書いてあるから、けっこう高いけど、いいか、って買おうとしたら、金額はユーロ表示なんですって。560ラリ以上もするの?買えないじゃん。で、30ラリ(1650円)のポーランド物を買いました。 この眼鏡、上下が狭くて、左右に細長い、いわゆる中国物、人民もの?なんです。まぁ、予備の眼鏡だから、どうでもいいや、と思いながら買いました。というのは、安いものは、どれもピッタリと来ないんです。いろいろ試してみて分かりました。それは我々の鼻とこの辺の人のそれとは根本的に付け根?から違うということです。いまさらながら・・・ さぁ、大学へ来ました。今日の私の服装は眼鏡から時計から下着から何からなにまで全て日本(製)以外のものです。いづれは こんな日がやって来るとは思ってましたけど・・・ 私の身体を作っている細胞も3年もたてば、全て入れ替わっているでしょうから、もう私は日本人ではなくなったんでしょうねぇ。ただ、脳の中に日本語と日本の価値基準が残っているというだけで・・・ それなのにヴィザがまだ発給にならない。来週月曜日に内務省の役人と面接することになりました。どうせ会うなら、下っぱじゃなくて、ナルチェマシュヴィリ大臣と話がしたいな・・・ |
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2003年02月08日 17時35分06秒
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知人のジャーナリスト、シャミル常岡がメッカへの巡礼の旅に出る、とメールを寄越した。実にうらやましい、目的のある旅なんて・・・ 友人のフリー・編集者が「頑張っているようで安心した」とメールをくださった。 失恋して落ち込んでいるのに・・・ なんか「日本・グルジア協会」みたいのは沢山あって、そのひとつが日本を訪問するという話をラジオで聞いたけど、新聞やネット上では見つかりませんねぇ。 それにしてもトビリシ、暖かいじゃないですか、おそらく、東京よりも。助かってます。 |
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2003年02月07日 17時13分11秒
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雨の水曜日ですな。ラジオの天気予報によれば、夕方から雪に変わるようです。 ここのところ、外国人をあまり見かけなくなりましたね。外国人というのは、旧・ソ連邦以外の国の人たちのことですけど・・・ 内戦以降、今までで一番少ないような気がします。 もちろん、外国人御用達の高級カフェ・バーへ行けば、エゲレス・アメリカ人が酒をあおっているし、ストリップ小屋へ行けば、ドイツっぽがグループで鑑賞しているでしょう。彼らはお抱え運転手付なので、まぁ、安全なんです。 つまり、道行く外国人が少ないってわけなんです。だから、とことこ歩いているやぶ蚊は目立っちゃうわけ。そうならないようにグルジア色の服装をしているのに・・・ TVとか新聞のインタヴューなんかも増えました。できるだけ断っていますが、学長や学部長経由の搦め手の場合は、断りきれずに受けたりしています。 私、けっこう正直にグルジアやグルジア人を批判、非難してますので、今、ちょっと厄介です。是々非々、という概念は薄いですからね、ここは。 で、「あなたはグルジア人ではないから」「あなたは外国人だから」と言われたら、もうその先には進めないでしょ。禁句だと思うけどなぁ、そういうフレーズ。 ところで、私のヴィザ、どうなってるの? ただいま、やぶ蚊の生殺し状態ですよ。 考え得る手という手は打ちました。 ああーあー、この先、どうなることやら・・・ 1US$=2.18GEL |
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2003年02月05日 17時32分28秒
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いやぁー、昨日は辞書を引いてロシア語を真剣に解読しようと試みた。初めてですね、ここで真剣にロシア語を読むのは。 昨日、文房具を買いに鉄道駅前バザールへ行きました。他に調味料なんかも入手しようとブラブラ歩いていたら、なんか見たことがあるようなプラスチックの箱を見つけました。 「あっ、これゃあ、2年と10月前、シルクロードをはるばるやって来たむらしばさんが食べてた韓国やきそば!」 1個1.2ラリ(66円)だったので、値切らず5個買いました。近くの店には韓国醤油も売っていて500mlで3.5ラリ(約200円)。これも買いました。 このカップ麺ですが、ロシア語表示だったんです。 7、8年前にやぶ蚊がボルドーのホテルに長逗留していたとき(あのころは金持ちだったよなぁ・・・)、TVのCMで即席ラーメンを茹でているシーンがあって、翌日、スーパーに行って10個買って、部屋の中でコールマン・ストーブ(アウトドア・ライフ用の小さいガス・レンジ)焚いて、食べたら、すごくまずくて、「こりゃあ、なんだべぇ?」と捨てようとして、袋の裏側をよく読んだら、スープで食べるラーメンではなく、スープをすべて蒸発させて食べるやきそばだった、ということがあったんです。 だから、今回入手した韓国即席麺も形状は「ペヤング・ソースやきそば」みたいに直方体だけど、作り方はどうなっているかを真剣に辞書を引きながら調べたわけです。 結果、どうやら、スープをそのまま残して食べる、いわゆる「カップ・ヌードル」であることが判明し、熱湯を沸かして食べてみました。 うーん、イケる。麺もしっかりしてるし、スープもOK。 醤油もゲットしたし、今晩は久々に牛丼でもつくりますかね。 暖かい夜でした、昨夜は。ラジオではプラス10度あったそうな。今日は快晴。 早く、胸がすきっ、とするようないいことがありますように・・・ |
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2003年02月04日 17時48分36秒
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というのは、フランスを代表する現代の歌手で日本で喩えると美空ひばりと山口百恵を足して割ったような女性です。たぶん、彼女のCDの殆どを持ってます。残念なことに「天は二物を与えず」というか、なんていうか、まぁ、美形ではありません。声は申し分ないですけど・・・ トビリシにも そんな歌手がいます。レラ・ツルツミアといいます。姓から分かるようにサメグレロの出身です。まぁ、たいていのグルジア人は彼女の歌を知っていますねぇ・・・ コンサートにも行きました。 振り返ってみて、やぶ蚊は非常に恵まれていた、と思う。何で? この世の中で行きたいと思ったコンサートには殆ど行けてるから・・ アーラ・プガチョワはトビリシで、ゴラン・ブレゴビッチはプカレストで、ジャクソン・ブラウンは東京で、イザベル・アジャーニはパリで、といったかんじ・・・ で、どうしても見たいコンサートがヴぇロニックなんだけど、パリにいたころ、彼女はアメリカ・ツアーをしていたり、コンサートがなかったりで、まだ、見てない。 せめて歌だけでも聴きたい今日このごろなんだけど、ラジオのRFIは おしゃべりばっかりで音楽が極端に少ないし、トビリシでは誰も彼女のことなんか知らない。 あっ、そうだ、国立図書館内に「フランス文化センター」があったっけ。行ってみよう。 昨日は いい天気で暖かかったけど、今日は曇天で寒い。2、3日つづくようですよ。 1US&$=2.18GEL |
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2003年02月03日 16時36分20秒
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ぐぐぐーっとドップリ、グルジア音楽というか、文化に漬かっています。まぁ、グルジア人の若者はロシアとか、アメリカものがお好きなようで、趣味が合いませんな。 それでも、ときどき浮気の虫が起きます。うーん、日本の歌ですか、あまり思い出しませんねぇ。それよりもサラエボのヤドランカの歌が聞きたいです。彼女は何年か前から日本に住んでいるはずですけど・・・ スタコラビッチとかなんとか、日本人には親しみやすい姓だったような・・・ 難民として認定されたのか、ワーキング・ヴィザで日本にいるのかは知りません。 ただ、一枚だけ、私、彼女のCDを持っていました。実家に置いてあるので聴けませんけど・・・ もちろん、私はサラエボの言葉が分かりませんから翻訳で読みましたけど、そのCDの中に「丘へつづく道」という歌があって、ガァーンと衝撃を受けたことがあります。 その歌の中で彼女は遠くに離れた恋人に対して「忘れないで、私のスカートの匂い」と唄うのです。 なんと大胆でイメージの広がる言葉でしょう。 その匂いは 彼女の体臭なのか、化粧水なのか、 生理現象のそれなのか、それらの融合したものなのか、はたまた、全く別のものなのかもしれませんけど・・・ 私は与謝野あき子の「やわ肌の 熱き血潮に 触れもみで ・・・」のときよりも 驚いてしまいました。 それにしても なんて幸せな男もいたもんだ。 他には パリのヴェロニック・サンソンの歌なんかも聴きたいです。 数年前まで、トビリシにはCDプレーヤーなんて売ってなかったし、まさか、こんなに長く滞在するとは思っても見なかったので、日本からCDやテープは一つも持ってきませんでしたので・・・ 暖かい日曜日で、少しは元気が出るような気がします。 |
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2003年02月02日 19時17分06秒
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寒い朝だった。夕べ8時にパツンと停電。翌日午前11時現在、未だ復旧せず。やぶ蚊は通常、夜、電気ストーブをつけっぱなしで寝ているので、ストーブなしの朝をとても寒く感じたのでした。 この停電、いわゆる、新しいパターンの停電の一つで、うちの長屋16軒のうち、うちの並びの6軒のみの停電。ったく、ふざけてる!トビリシ自体は通常状態です。 ところで、ここ2日間に 笑ってしまうような 窃盗事件が ありました。 一つは 大統領官邸の植木が盗まれたこと、 もう一つは 鉄道貨物の原油がイメレチ東部サムトレディアで盗まれたこと。 まぁ、クストリッツァの「白猫・黒猫」でも貨車ごとの石油強盗というシーンがあったけど、こっちは本物だもんね。 泥棒国家、泥棒国民であるこの国では 皆、非常に警戒しているはずなのに こんなことが良く起きる。工場の機械類が一晩の間に消えたり、工事中の電線がなくなったりね。 次は どんな泥棒が出現するのだろうか? 1US$=2.18GEL |
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2003年02月01日 17時41分22秒
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べつに タイトルほど 気合をいれているわけではありませんけど・・・ 昨日、早起きして田舎に小旅行に行きました。 結果的には 日帰りの忙しいものでしたけど・・・ 今日で1月も終わりですね。長かったです。 ほんの少しの幸せをいただいて、摩周湖よりも深い深い悲しみを抱えてトビリシに戻りました。 大学のガスは復旧しました。トビリシ、けっこう暖かいですよ。 ところで、何と何に決別すれば いいのだろう? |
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2003年01月31日 17時21分07秒
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| グルジアの田舎に明日 でかけます。 いいことがありますように・・・ |
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2003年01月29日 15時46分14秒
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ワ・ハ・ハ・ッ、またまた忘れてました。 昨日はニノオーバだったんです。4世紀にカッパドキアから聖ニノがグルジアへやってきてキリスト教を初めて布教したそうです。 それでグルジアはアルメニアに次いで、ローマに先んじてキリスト教国家になったというわけです。 ですから、宗教的な祝日なのですが、ニノという名前の女性を祝う日でもあるわけです。 グルジア女性の代表的な名前は「ニノ」と「タムナ(タマリ)」が ダントツで多いんです。生徒から友人、知人を数えるとやぶ蚊でさえ、10人をかるく超えます。 気が付いたのが昨日ケティと赤ワインを飲んでいたときだったので、その後、家に帰って電話をかけまくり、お祝いのメッセージだけを伝え続けました。 ケティは30才前後の独身女性です。すでにグルジア女性としての中年太りになっていますが、性格は至って誠実で、声もよろしく、特にグルジア料理が上手です。ただ、なんでやぶ蚊と話すとき、すぐロシア語になっちゃうの? 私、一言もロシア語を使ってないのに・・・ モンゴロイドを見るとロシア語が出る条件反射でも起きちゃうんかなぁ? 相変わらず全く食欲がない。昨日はペノヴァニ(層になったハチャプリ)の4分の1をかじっただけ。今日は未だ何も食べてなぁーい。 トビリシのガス、諸処で復活したそうですが、大学はまだ先のようです。おおさむぅーっ! あっ、それから銭湯のお湯、ぬるかったよ。 風邪がぶりかえしそう。 |
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2003年01月28日 18時01分10秒
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昨日の夜半から雨です。 壊れかけたぁーワゲンの ボーンネットに腰掛けーて・・・ あぁー、これは大瀧えいいちの「雨のウエンズディ」です。中原中也の「六月の雨」でもあり、ジャックスの 「嵐の晩が好きさ 怒り狂う闇が俺の道案内・・・ 俺は湖に船を出す 嵐は船をめちゃくちゃに叩く・・・ 俺はマリアンヌを抱ーいてるー」というのも ありましたな。 そんなそんな曇天な気持ちなもんで・・・ エドヴァルド大統領は風邪を引いて静養しているようだ。定例の月曜日のラジオ・インタヴューがなかった。これはたいへん異例なことである。 トビリシのガスの供給が今日から再開されるそな。ただし、サムゴリ、イサニ、ナフトゥルギ、ポニチャラ地区のみ。これらの地区がいち早く復旧するのは ガス料金の払い込みパーセントが高かったからだそうな。市の中心は一番最後にまわされるというはなし。 トビリシ市民が今までのところ、ガスも電気も 盗んで料金を払わない家庭が多いのは、ここでの常識です。 大学のあるヴァケ地区もガス欠、まぁ、電気と電話が生きているので、ネットだけできます。 1US$=2.18GEL |
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2003年01月27日 19時34分51秒
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今週の火曜日からトビリシはガス欠しているらしい。でも、うちはガスをひいてないので関係ないと思っていたが、大学の暖房はガス暖房だった。だがら めちゃ寒い。きのうは大酒を食らって、グルジア人知人から「酒をやめろ」と言われてしまった。ト・ホ・ホ・・・ おもいきり二日酔いであーる。 |
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2003年01月25日 19時02分08秒
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テレビ、ラジオのニュース報道ではグルジアやトビリシに関するエネルギー危機の話ばかりでうんざりです。イスタンブルも時折、停電しているようですね。なんか仲間意識が出そうです。 今日は大学の電話回線が不通。おそらく1か月分の基本料金を払ってないからでしょう。8ラリ(440円)なのですが。 ネット・カフェ「穴蔵」の受け付けにハトゥナが座っている。久しぶりの再会です。無料で1時間つないでくれた。それでON LINE で書き込めるわけ。 チャフチャヴァーゼ、ルスタヴェリ、アグマシェネベリと主要大通りは発電機がけたたましくうなっている。その排気ガスと車のそれで喉が痛い。うちはガスをひいてないので いつ供給が再開されるのかは知らない。 運良く 私のウズナーゼ通りは電気も水も24時間あるので、まぁ、快適にくらしている。TVが壊れてからも久しい。バザールに買いに行くか。白黒でもいいや。ナティアを見かけない日々はつまらないから・・・ いい天気ですから カメラ電池を買って、写真でも撮りますか。 1US$=2.18GEL |
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2003年01月24日 20時05分08秒
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昨日のニノのドン・キホーテはとても良かった。10mと離れていない位置でニノを見るのは初めてなのでドキドキものでした。 この舞台、2人を除いて殆どグルジア人顔ばかりで 少し濃すぎるように感じますねぇ。それから無料招待状の出しすぎで1階の平間部分は人で溢れ、幕間に知人と会話することすらできません。僕の斜め右前に指揮者がいるわけだけど、その真後ろから雑誌カメラマンと称する兄ちゃんたちがフラッシュ撮影していて、指揮者が怒って大声を出してました。 こういうところ グルジア人は良くないよねぇ。善悪の基準というか判断というものが欠けている人が目立ちます。 公演後、シャンパンでも飲もうかとカフェに入ったら、良い雰囲気のところがなかったので、近所の友達のところへ行く。 その家は2部屋に台所とトイレが付いていて1か月60ラリ(3300円)。うちよりも広いし安い。でも、今の季節、電気は午前9時から11時と午後9時から12時までの1日都合5時間の通電です。 話が弾んで外泊してしまう。家に帰るとコタローが「何処行ってたんだよ。俺は腹減ってんだよ!」って怒ってました。けっ、お前こそ いつも朝帰りだろうが!!! |
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2003年01月23日 17時57分53秒
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んーと、今日は火曜日か? 昨日から小学校なんかは始まったので、道路も混みだしたし、なんとなく普通の日になったみたい。 ここのところ、あまり調子が良くなくて、具体的に言うと胃のあたりかな、食欲も落ちてます。 そこへきて、なんか失恋しそうなんで、キリキリと神経性胃炎にもなったような。やぶ蚊は 意外と純情だったんですな。 恋愛は卒業なんて言っていました。なのにこの年になって、まぁ、こんなおもいをするなんていいのか悪いのか。壇一雄がうらやましい。 元はといえば、やぶ蚊が悪いんですけどねぇ、ふざけてましたから・・・ 失恋した場合、女性は焼け喰いとかするらしいけど、やぶ蚊は 何も手につきません。食欲は全くなく、アルコールも欲しくない。何にもしたくない。 ただ、放浪というかブラブラして気をまぎらわせたいですな。そうそう、浪費してさっぱりしようとしました。 朝風呂に入って、買い物に行きました。えーと、まずセコハンのコートを830円で買いました。それから新品のジーパン500円、靴710円でした。これって浪費にならないか!? 少し気分を持ちかえしてマルシュートカで大学へ来ました。車内のラジオはなんでよりによって英語で長々と endless love なんてかけてんの! またまた落ち込むでしょ。 ああ、疲れた。日記も書きたくないし、ネットもしたくない。今晩は行ったことのないカフェ・バールでも入って居合わせた知らない人たちとにシャンパンでも川のように奢って酔っ払って眠ってしまいたい。 ですから、しばらく断筆するかもね。 |
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2003年01月21日 19時28分27秒
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というものは 2つあります。 1.突然プツンと切れるタイプ: これは20から30分後に復旧することが多い。ただし、即座に復旧しかけて何度も切れるときは まぁ、その後、半日は あきらめたほうがいい。 2.電圧がだんだん下がってきて切れるタイプ: この場合は3〜6時間後に復旧することが多い。 この冬の新しいパターンは街灯は点いているのに家の電気が消えてしまうケース: これも もう半日はダメですねぇ・・ 昨夜は午後8時半過ぎに この新しいパターンで停電。即座の復旧の可能性なしとみて、ローソク2本、灯油ストーブ点灯してしのぎました。 他に灯油ランプ2つとエマージェンシー・ライトを1台もっているので 照明に関しては問題無い。TVもパソコンも壊れているので電気は関係ない。ラジオは電池で働くので、これもOKっといったところで、停電は あまりこまらなくなりましたなぁ、ハハハ。それより断水がこわいですよ。翌朝11時に電気復旧しました。 ロシアからの天然ガス・パイプラインの事故で 48時間後にトビリシのガスはストップし、復旧にはすくなくとも2週間かかるという話ですよ。 今日19日はグルジア正教徒の祭日。「ナトリスゲバ」というそうだ。聖ヨアネがイエスを洗礼した日ということかな。日本語では「公現祭」と呼ぶそうですね。教会へ行って聖水をもらう日です。なんかクリスマスより人が多いようですね。教会からはペット・ボトルをぶらさげた信者たちがゾロゾロと出て来ます。洗礼の水なんでしょうかねぇ? わたしのニーノ、本日モスクワから戻る。トビリシ公演の後、カヘチへ行くそうだ。なんでやろ? アナニアシュヴィリ・ブランドのワイン販売でも始めるのだろうか? わたしのコタロー、昨夜、顔を傷だらけにして帰って来る。ったく、どこで何をしていたのやら? 1年前にわたしが使った化膿止めを塗ってやる。 |
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2003年01月19日 19時27分03秒
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「B.マルジャニシュヴィリを歩くの巻」の写真を選んでスキャンしてトリミングを少しして名前を付けてアップするのに時間がかかるかかる。 こういう仕事、やぶ蚊には向かないんだよね。 だから 文字原稿は来週にやります。 早く帰って ビールが飲みたい。ここ3日くらい コタローが帰って来ない。とても心配。大家のダリおばぁちゃんも そのせいで元気がない。 |
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2003年01月18日 22時25分45秒
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快晴なれど強風です。マルジャニシュヴィリ地区は 川べりの低いところにあるので、あまり風を感じませんが、大学のあるヴァケや住宅街のサブルタロなんかは けっこう強くてさむいんですよ。 昨日は グルジアの踊りとコンサートのVTRを見ました。たしか9ラリで買ったテープでしたが、けっこう良かった。お土産品に適してますね。 昨夜の晩飯は なんか日清のカレー・ヌードルのようなものになりました。もちろん、本物ではありません。5年前にはスペル・マルケットで本物の日清ものが1個1ドルくらいで売ってました。チキン味とシー・フード味だけでしたが・・・ とん汁にチキン・ブィヨンとジャガイモを入れてインド風スパイスとコリアンダを入れたら なんかいいカンジになったので、そこに別ゆでしたロシア製ラプシャ(麺?)にかけて食べたら、ほとんどカレー・ヌードルでした。 でも、本物にはブタ・エキスは入っていないよねぇ・・・ 1US$=2.20GEL |
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2003年01月16日 16時38分13秒
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やってきました。近所に越して来た女友達の家で13日の夜は過ごしました。まぁ、18才とか20才の子なんかもいて、私の教え子と同世代だけど 先生と教師の関係ではないから、まぁ遠慮なくしゃべるわダベルわ、ついていけない。 それから もう一軒、別のところへ行ってTVでコンサートを見ながら飲んで3時ごろ帰宅。今日からはまじめに働きます。 1US$=2.18GEL |
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2003年01月14日 18時17分19秒
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ここのところ 2日おきにワインを飲んでます。 安全確保のためになるべく早い時間に飲んで 早く家に帰る作戦がことごとく失敗して はしご酒、深酒になって反省してます。 木曜日かな、ラジオを聞いていたら1月22日にニノ・アナニアシュヴィリの里帰り公演がオペラ・ハウスである、演目は「ドン・キホーテ」とのことでした。 昨年3月の「ジゼル」姿のニノが いまだ目に焼き付いているやぶ蚊としては見逃せませんよ。 翌日、売り場へ行ったら「チケットはまだない。いつ売り出されるかしらない」と返事されたけど・・・トビリシ・ライフも長くなったやぶ蚊は簡単には引き下がりませんでした。 「失礼だが、淑女(あなた)の勘では いつごろになりそうでしょうかね? 」と尋ねると「日曜日」とあっさり教えてくれました。で、今日午前11時に窓口へ行ってパルテリの一番前の列のどまんなかを2枚買いました。2枚で70ラリ(4千円ほど)でした。100ラリ以内なら2枚買おうと決めていたので・・・ 前回のジゼルより安いですよね。ただ、ちょっと不安なのはバレエの「ドン・キホーテ」って見当がつきません。ニノの追っかけさん(アメリカ人)のサイトで研究したけど、よくわかんなぁい。 別のはなし。昨日 知人に呼び出されて夜な夜なでかけました。「ナティアを紹介する」という話に釣られて・・・ ナティアというのはナティア・ラザシュヴィリのことで、私のトビリシ・ライフの中で もっともあこがれている女性なんです。ルスタヴィ2というTV局のアンカー・ウーマンです。 とくに美人というわけではないけど(でもやっぱり美人だよ) 目といい唇といい声といいファッション・センスといい わたし好みなんです。 だから、今週中に紹介してもらって 意気投合して 22日のオペラに招待して 一緒に行けたら さぞかし しあわせだろうねぇ・・・ んなことしたら ナティアの亭主に殺されちゃうかなぁ? それはそれでかまわないけれど・・・ 1US$(ドル)=2.20GEL(ラリ) |
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2003年01月12日 18時06分41秒
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7日のクリスマスの日には大学でカルナヴァル(カーニヴァル)があって 元気な子供たちたちに会えて楽しかった。日本人男性ツーリストK氏とも1年ぶりで会いました。いやぁー、日本語で話せるってのは いいよねぇー。 で、夕方、彼と一緒にグルジア人家庭のクリスマスへ行きました。 まぁ、皆さん なんておいしいワインを持っているのでしょう! それから楽しい会話と愉快な音楽で 満喫満喫しました。私もギターをひいて歌ってしまいましたよ。どうもごちそうさまでした。 |
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2003年01月09日 16時46分17秒
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きょう6日は ここのクリスマス・イヴです。 去年は シャンパンをあびるほど飲んで階段で怪我をして迷惑をかけたので 今年はおとなしくしていよう と思う。 ところで、先月のカトリックのクリスマスの日にクラスノダール州のソチとアブハジア・ソフミ間の鉄道が復旧したんだそうな。 共産党時代にはバクー−トビリシ−ソフミ−モスクワというダイヤもあった。ペテルブルクからキエフ経由でトビリシへというのもあった。 15年前、やぶ蚊がソビエトを旅行した際、レニングラード−トビリシ間を電車で移動しようと思ったことがあって手配してもらったら、なんと飛行機よりも値段が高いので やめてしまった。 で、結局、ソフミというのは 一度も訪れたことがない。グルジア通を自任?するやぶ蚊として大きな間違いを犯したことになった。 今、やぶ蚊の周りにはソフミ(アブハジア)から逃れて来たグルジア人がたくさんいる。当時、ソフミはグルジアで二番目に大きい市だったという。コーカサスの山並みにも近く、美しい海岸で避寒、保養、観光の町として栄えていたという。彼らは ソフミに戻ることを夢見ている。 ソチーソフミ間の鉄道が復活してアブハジアがロシア連邦の仲間入りにまた一歩近づいたことに彼らは強く反対している。 |
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2003年01月06日 19時23分39秒
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快晴。暖かい日です。小春日和ですな。 でも、風邪っぴきのやぶ蚊には気温が8度まで上がろうと−8度まで下がろうと同じこと。 ただただ、息が苦しいのみ。 街行く人々は手に手にチョコレートや花を持って いそいそとお客に出かけています。トビリシの正月ですな。音楽もジングル・ベルをはじめとして新年の歌とクリスマスの歌が流れはじめました。1月7日がクリスマスなもんで・・・ 正月から何だけど、日本の雑誌でスコットランドのセント・アンドリュースというところの市長の話を読んで ため息が出ました。 これは19世紀中頃の話らしいけど、新市長に選出されたヒューという人物は就任演説で「役人、教職員、警官の腐っている国に未来はない」と言ったそうな。 うーん、そーだろうねぇ。 曽野綾子さん(笹川財団を今は日本財団っていうんだよね?)も「世界中、泥棒だらけで援助に値する国がない。もっとも、援助が末端まで行き届くようならば、2、3年で援助はいらなくなる」と言ってますな。 我がグルジアを省みると じつにピッタリでなさけないし、はずかしい。特に教師の堕落は かなり深刻だよ。 というのは、91年の独立から もう既に12年が過ぎたけど、この間の子どもの教育というのはないに等しいから。たとえば、6才の子が18才にまでなったのに、夢も育まず(将来の展望がない)、勉強もせず、倫理・道徳観を考えず、 その日がたのしけりゃ、まぁ、いいか、って生き方ですからねぇ・・・ 共産党時代というのは70年も続いたわけで、2、3世代を巻き込んでいますよね。共産党時代の教師が今、何を教えられるかというのも難しいけど、グルジアの未来をになう子供たちを見ていると 我々に一体、どんなことができるんだろう? と戸惑いますな。 子どもたちの多くはドイツやアメリカでの生活を夢みているようですが、あまり現実的ではないんですよ、これが。 せめて日本の援助は末端まで行き届くように 現場監督も連れて来てもらいたいな。(危ないから誰も来たがらないって!?) |
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2003年01月04日 19時46分56秒
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年末年始と穏やかな暖かい日が続いて助かった。けんど、風邪のためであろう、ここ3日は 夜中に喉が痛くて目が覚める。 何を食べても旨くないし、たばこも吸えない。 それでも根性で赤ワインだけは飲む。 まぁ、トビリシの正月といえば、TVで学芸会をはじめ、歌の番組やユーモリストの番組なんかを見るわけですが、私は これらがとても好き。 元旦早々、なんとグルジアは美しい、とか トビリシ、お前なしでは私は生きていきたくない、とか唄うんですよ。 風邪の直る傾向がぜんぜん見えないので、 ガァーッとヴォトカでも飲みます科ねぇ? |
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2003年01月02日 18時39分51秒
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さぁ、大晦日だ! 気合を入れて早起きして銭湯に行ったが、なんか異常に混んでいて順番待ちが大変そう。べつに1日くらい風呂に入らんでも構わんだろー、ってことであきらめて大学でネットでもやるかってことで来たら、電気がねぇーでやんの。ったく、どうなってんだよ! ラジオのニュースで早々と今年の年末年始30日から2日まで、トビリシには24時間、電気を供給するなんて 言わせておいて それは ねぇーだろーが。おかげで2ラリ払って穴蔵で 打ってるわけさ。 夕べは 風邪っぴきとワイン飲んだせいか、喉が痛い、頭も痛い。後頭部が。 まぁ、1年を振り返って 物質的には失ったものが多かったけど、精神的には得るところがあったし、反省させられたことも多かったから ヨシ!! っとしましょう。 03年は 奮闘するぞ!!!!! |
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2002年12月31日 15時47分07秒
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まぁ、師走もあと2日ですが、トビリシの交通事情は最悪ですな。マルシュートカで大学に来るのに かかるかかる時間が。観光しているつもりで あちこち眺めていないと暇がつぶせない。 去年とおととしの年末年始はトビリシで、3年前は国の田舎、4年前がイスタンで、5、6年前が東京でお勤め、7、8年前が群馬の山の中で、9年前がトビリシ、10年前はポルドーだったと思う。 つまり過去10年で5回は日本で正月を迎えているんだけど、どうも 元旦にお雑煮を食べた記憶がない。 3年前、実家にいて 母親に「あれっ、お雑煮は?」と尋ねると「うちは餅ないよ」と返答された。正月早々 もめるのも何だから近くのコンビニへサトウの切り餅を買いに行って自分で作った記憶がある。 田舎で高校生をしている頃まで 元旦の朝は雑煮に決まっているものと思っていた。うちのはダシ醤油と大根だけという東京よりもシンプルなもので 餅をあまり食べなかったやぶ蚊の大好物だった。 夕べ、お雑煮のことを思い出して なかなか寝付けなかったので・・・ |
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2002年12月30日 18時55分11秒
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いゃあー、寒い年の瀬ですな。 けさのトビリシの最低気温はマイナス9度だそうな。外出したくありませんね。エレヴァンはもっと寒いですってよ。香港も寒いらしく むらしばさんはシベリア鉄道には乗らず、バクコクへ飛んでいってカオサンでぷらぷらしてるそうな・・・ アフガンでも避難民が薪をもとめているそうな・・・ 27日にまたグローズヌィの行政府庁舎への自爆テロ事件で100人を超える死傷者が出た。 この血みどろの戦いはモスクワの劇場占拠事件を思い出させ、つらく悲しい年末になった。 トビリシ市内はすっかり年末モードで生活必需品が値上がりしてばかばかしい。そういえば、ここのところドルの評価が低いよねぇ。道路脇きにチチラキと呼ばれる白木で作った門松?みたいなものが並んでいる。お正月に部屋に飾るんですな。家の前に飾らないの? そんなことしたらすぐに盗まれちゃうでしょ。だから門松ではないんですね。 で、ゴチと呼ばれる子ブタ一匹の(スモーク?)ローストを食べるのが、トビリシの正月ですな。 |
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2002年12月28日 18時42分56秒
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うちの通り(ウズナーゼ)の酒屋の経営者が変わった。カヘチ・グルジャアニの人からラチャ・フヴァンチュカラの人にである。当然、取り扱うワインも変わる。サペラビからフヴァンチュカラへである。 さっそく試飲させてもらった。なるほど、正真正銘のフヴァンチュカラだ。1リットル5ラリという。まぁ、そんなもんかな。トビリシ市内でも本物のフヴァンチュカラを1本(750ml)を15ラリ以下で買うことはむずかしい。 フヴァンチュカラとはグルジア北部ラチャ地方フヴァンチュカラ村でとれるブドウから作られた赤ワインのことで5%の糖度を残すのでデザート・ワインの一つと言える。昔はキピアニという名前であった。 リオニ川右岸に広がるフヴァンチュカラ村のブドウ畑は どちらかというとフランス・ブルゴーニュのそれに似ているが、作り方はボルドー・タイプである。味を決めるのはアレクサンドレウリ種であり、口当たりを整えるのがムジュトゥリ種。この2種のブドウをだいたい6対4の割合で混合する。メドック地区のカベルネ・ソービニヨン種とメルロー種のような感じですね。 やぶ蚊は この高級な?グルジア・ワインがあまりすきではない。飲兵衛には糖度が高すぎるからである。フヴァンチュカラほどの糖度を持たない2級ワインも生産している。バラコニと呼ばれるものだが、こちらの方がありがたい。まぁ、マグロの中トロより赤身好みのひねくれたやぶ蚊にふさわしいワインだ。ただし、トビリシ市内では入手困難。現地に行かなくては・・・ だけど、今回の降雪は西グルジアで多かったらしく、ラチャへの道はトゥキブリあたりで閉ざされたままのようだ。トゥキブリの先のマオリ湖岸には純粋なブナ林が広がっていて、私に懐かしい尾瀬を思い起こさせる。とてもやさしい景色である。で、結局、年末年始に何を飲むか、まだ決められずにいるわけです。 |
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2002年12月26日 18時30分43秒
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ここの人は 雪かきというものをしないらしい。 もっとも、そうするためのスコップなんてないけど・・・ やぶ蚊の田舎の商店街では雪が積もると朝早くから雪かきをしたものです。商店街の暗黙の約束事ですね。 いわく、朝、のんびり起きて 雪かきをしないような店は なまけものの店であり、通りという共同体意識がない、あるいは明け方までいちゃついていたのだろう。 ということで 一生懸命に雪かきをしたものです。 まぁ、マクドナルドの前でさえ、雪かきしないんだから、後は 推して知るべし。 参考までに 雪かきしてある店もあります。 何処でしょう? 答え: それは ロカンタ(トルコ系の食堂)の前です。この辺では 一番の働き者がトルコ人で二番目はアゼルバイジャン人でしょう。グルジア人とアルメニア人とロシア人は かなりのエゴイストぞろいですからねぇ・・・ |
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2002年12月24日 20時38分50秒
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21日の土曜の夕方、ようやく雪が降り止んだ。にわかに暖かい風が吹き始めた。ブランデー、ビール、赤ワイン、ヴォッカ、またビールと飲んだので、お腹の調子が良くない。日曜日は寝て過ごす。 月曜の今日は 習慣で朝風呂に入る。正確に言うと銭湯に行く。この部屋を借りて2年が過ぎた。もっと安くて設備の整った部屋は いくらでもあるのだが、引越しをしようとは思わない。一つにはコタローと別れられないからだが、もう一つは銭湯が近いからである。 以前は内風呂がついた部屋に住んでいたこともあるが,たいていは100リットル以下のタンクに電熱線が通っていて、60から80度くらいに沸いたお湯を水で割りながら入るのである。お湯を出しっぱなしでシャワーを浴びていると20分ともたない。ゆっくりしていると冷たい水になってしまう。だから忙しい。私は最後の東京ライフでも銭湯通いをしていたくらいだから、外湯(そとゆ)が面倒とかいやだとか思わない。 ここでは、むしろ好きなだけお湯が使える銭湯の方がありがたい。歩いて3分ほどのところにある銭湯(グルジア語ではアバノ、ロシア語でバーニャね)は共同シャワー(1ラリ)と個室シャワー(3ラリ)に別れている。冬場は個室に入る。去年まで快適に作動していたサウナが故障しているのが気に入らないが、十二分に身体を暖めることができる。グルジア人は どういうわけか日曜日に銭湯通いする人が多い。混んでいる。だから、私は日曜は利用しない。あとはだいたい木曜と土曜に入る。 大学に来てパソコンに打ち込んでいるが、電話がつながらないので、これから「穴蔵」に行っての送信である。こんなことにくじけていたらトビリシ・ライフは送れないよ!! |
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2002年12月23日 18時44分39秒
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なんか今日も雪が降ってます。積もる雪です。 国立大東洋学部日本語学科2年生の前期試験を行った。 2年生の私の試験はノート・テキスト持ち込み可。筆記試験はありません。口頭の面接のみです。 学生は良く勉強していますが、やはり、プラクティスが足りない為か、聞き取りが不得意のようです。日本語の助詞・助動詞も まだ、彼らを 苦しめているようです。 私自身、東京時代にあるところでフランス語を 1年間習いました。ブエレエというフランス人教師で1回2時間、週に3度通いました。初等科から中等科後期まで彼に 習ったのです。 カペルという教科書にそって勉強するわけですが、最初から最後までクラスに教科書を持ち込んではいけない、メモも取ってはいけない、という授業で、OHPとテープは使いましたが、 黒板は使いませんでした。ブレエレはフランス語だけで説明します。質問します。それに生徒は慣らされていくわけです。注意深く聞き取ることが要求されました。 私たちが未熟なフランス文で発言すると しばしは、彼は「(セ) ビザー(ク)」というのです。そのフランス語は気に入らない、フランス語ではない、というような意味なのだろうと 想像していました。 当時は辞書で単語を見つけるのも困難でしたから、こんな簡単な単語を見つけるのに1か月かかりました。 こんなふうで1回の授業で身につくフランス語は僅かでしたが、確実、着実で1年後には充分に会話ができるようになったものでした。 その方法を私も試しているのですが、その成果が上がるまでには まだ時間が必要なようです。 |
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2002年12月20日 19時01分12秒
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公開日記なるものを書こうと思い立った遠因は 今年8月に日本人女性と話す機会があって、彼女から「やぶ蚊さんの日本語は確かに日本語だけど、日本人は そういう言い方はしない。そうは言わない。どうも外国語をそのまま日本語に訳しているようなカンジ」と指摘されたことです。 以前から うすうす私の日本語は少し変かな?とは思っていたし、その後も似たような指摘があって、「これはイカン!」ということで、じゃあ、話し言葉で書いて どなたかに添削してもらえばいいか、ってなことで始めました。 ですから、これらを読まれた方から掲示板にカキコいただくなり、メールを頂ければうれしく思います。 |
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2002年12月19日 17時27分43秒
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| この geocities のファイル・マネージャーなるものに 馴れなくて てこずってました。なんとか ようやく サイトらしくなりました。まだまだ粗末なものですが・・・ 長い目でみてくださいな。 |
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2002年12月18日 18時25分47秒
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