| 2..歴史もかじってみましょ.. |
古代から高山地帯とは異民族からの圧迫・侵攻を逃れるための避難地であり、コーカサスもそれゆえ、入植民族は多様で言語・文化はモザイク状に複雑であり、専門家をしても、なお明らかでないことも多い。 グルジアの起源伝説のなかには おかしな話がある。一つには 神がこの世をつくるとき、神は両手に この世のあらゆるものを持っていたが、なにかにつまづいて(こんなことを言って良いのかぁ?) よろめき、良い部分が落ちた。それがグルジアになった、と。また一つには、神が世界をそれぞれの民族に分配しようとしたとき、グルジア民族は遅刻してきた。そこで、神はその寛大さで自分自身のためにとっておいた良い部分をグルジア民族に与えた。せっせと働かずに暮らすグルジア人たちは このように自分たちに都合の良いことを言っているのです。実際、グルジアで確認されている人類の存在は太古の時代に遡る。1991年にドイツ・グルジア共同探検隊が南部ドゥマニシ遺跡で発掘した遺骨は150万年以上前のもので、アフリカのそれよりも古いという。
クラ・アラク文明とトリアレティ文明が青銅器時代のグルジアを代表する文明で、その後半、紀元前2000年ごろには、国家的な構造をもち、小アジア地方において有力な勢力であった。なかでもコルヒダ王国の支配力とその文化の名声はアルゴ船の伝説に描かれている。伝説によれば、古代ギリシア王ヤソの命令下、ギリシアの英雄たちはコルヒダ王アイエティが持ちという金羊毛を奪い取りにやって来た、という。
この遠征はグルジア国内の遺跡発掘から確認されている。また、アッシリアやウラルトゥの資料にもコルヒダ王国についての言及がある。
その後、前4世紀から前3世紀にかけてグルジア東部カルトゥリにイベリア王国が成立したことがギリシアやラテンの文献に書かれている。グルジアの伝説では最初の王パルナヴァスがグルジア文字を創ったという。
コルヒダ王国と同様にイベリア王国も古代世界のなかで文化的経済的交流をしており、1世紀からイベリア王国はローマと同盟を結んでパルチアやササン朝ペルシアと限りのない戦いを続けた。(to be continued)