3月26日の研修報告会で発表した内容です。

●この研修について
私たち11人は2月4日から9日までの6日間、『中国まちづくり研修』に参加してきました。5日と6日は福州市、7日と8日は上海市での研修でした。福州・上海は長崎との関わりが強い街であり、福州における明・清時代の建築物や上海における近代建築物等の状況を視察することによって、長崎における唐人屋敷跡の活用や唐寺の保護、洋風建築物の保存・整備活用に役立てることがこの『中国まちづくり研修』の目的でした。

●福州市
まず、福州市について説明します。
長崎は、江戸時代、中国と交易をしていた関係上、唐人屋敷跡や唐寺などが残っており、特に福建省と関係が深い街です。そして、これから説明する福州市はその福建省の省都になります。福州市では古い街なみの保存と中心市街地の開発を同時に行っており、街角には古い建物と近代的なビルが混在している街です。

●三坊七巷
ここ三坊七巷は古い街なみ残っている地区です。坊は四角、巷は道の意味だそうです。ここは特に観光地などとして整備されているわけではなく、周辺の建物が明・清時代の古いものであるということを除けば、普通に人が暮らしている、庶民的な商店街といったところでした。
ただ、そこに住む人にとってはそれらの古い建物は特に珍しくはないようで、建物の保存についてはあまり関心がないのか、壁が剥げ落ちていたりするものも見うけられました。
また、下水道は普及していないようで、家の前で炊事を行い、排水を家の前の側溝に流し込む光景をよく目にしました。街づくりに際してはインフラの整備は不可欠であり、こうした古い街なみの保存とインフラの整備拡張の両立についての難しさを考えさせられました。

●榕城古街
『榕城』というのは『ガジュマルの街』という意味で、福州の別名です。ここは明・清時代の建築様式を再現して作られた飲食店街です。また、隣接して近代的なショッピングモールがある歩行者街があります。両商店街合わせて3500万元、日本円にして約6億円をかけて整備されたとのことです。
両商店街は大変にぎわいがあり、多いときは1日10万人もの観光客でにぎわうそうです。
なお、榕城古街は昔の町並みの雰囲気を守ることに力を入れており整備に当たっては道路を広げるため、明・清時代の現存する建物をそのまま移築・復元したとのことです。
榕城古街の管理委員会と話す機会をいただいた際、整備を行うに当たって地区住民から反対はなかったかとの質問をしましたが、『土地はすべて国のものであり、もし引っ越すことになっても命令であるから、とりわけ問題はなかった』との回答をいただき、日本と中国のお国柄の違いを再認識させられました。

●江濱大道
ビン江( "ビン" は "門がまえ" に "虫" )は福州市の南側を流れる川で、江濱大道はそのほとりに整備された公園です。福州市の市街地には緑が少ないということもあり緑化に力を入れており、また親水性のある公園内は地区住民に安らぎと潤いを与える場となっています。ただ日本の公園と少し異なるのはスケールが大きく、とにかく広かったというのが印象でした。

●公式訪問
なお、福州市規劃局を表敬訪問した際、まちづくりについて質問しましたので、質問した事項と回答を紹介したいと思います。

まず、『明・清時代の建築物が残る、古い街並みはありますか。』との質問には、
『福州市は2200年の歴史があり、明・清時代の建物が多く残っています。三坊七巷などの古い町並みが福州市の中心地をはじめ、約240ヶ所残っています。それらの地区に対する保護を進めるにあたり、さまざまな問題がありますが、主なものとしては、『古い町並みをどういう手法で残していくか』、『古い町並みに若い人たちをどう呼び寄せるか』ということです。例えば、三坊七巷では、伝統的な形式による保護、建築様式に対する保護、趣きを大事にした昔の町並みの保護を軸に保護を進めています。』とのご回答を頂きました。

『民間でまちづくりを行っている団体はありますか。』との質問には、
『民間のまちづくり団体は特にない。しかし、市民の意見を市政に反映する手法として、人民代表大会か都市建設委員会があります。また、都市企劃局の中に芸術委員会があり、市民の意見にこたえます。』とのご回答を頂きました。

『古い街並み、古い建築物に対する防災面(地震、火災)の対策はどのように行われていますか。』との質問には、
『防災面の対策については検討中である。古い町並みの防災については、近代的な技術が満足な状態ではありません。』とのご回答を頂きました。

『文化財保護に対する助成制度はどのようなものですか。』との質問には、
『国及び民間からの寄付金等で賄われているが、古い建築物が多すぎて十分ではない。』とのご回答を頂きました。

●上海市
次に上海市について説明します。
上海は第二次世界大戦までは租界と呼ばれる外国人居留地が存在していた街です。戦前までは、長崎から多くの人が上海に渡っていました。現在では中国最大級の国際商業都市として、中国経済の牽引役を担っています。

●外灘(ワイタン、バンド)
ここは上海を象徴する地区です。1920年代から30年代にかけて黄浦江のほとりに大規模な洋風建築物が作られました。中国語では外灘(ワイタン)といいますが、これは「外国人の岸」という意味だそうです。これは上海が列強の租界であったということを改めて思い知らされるネーミングです。
この地区は、歴史文化風貌地区に指定されていますが、注目すべきは、建物をなるべく建築当時の機能に戻して使おうとしていることです。これは、例えば、銀行だった建物は銀行として使うというものです。また、地区内では、古い建物であっても、周りの景観に不調和な建物は取り壊していくそうです。
洋館群が立ち並ぶバンド地区の眺めは昼間もすばらしいですが、夜になるとさらにオレンジ色にライトアップされ、暖かく懐かしいような感じがします。対岸の浦東新区は上海でも特に力を入れている開発地区です。高層ビルなどが青白い光でライトアップされており、冷たいけれども近代的なイメージでした。地区ごとにライトアップの演出が異なり、それぞれの地区に対するテーマや思いが感じられ、今後の長崎における夜景の演出の参考にすべきだと感じました。

●豫園
ここは明に仕えた官僚がその父の為に作った庭園です。『豫』は平安・安泰という意味であり、中国語では愉快の『愉』と同音のため『豫園』と名づけられたそうです。また、中国でも有数のこの庭園はその大きさのため、着工から完成まで約20年かかり、そのときにはすでにその父は亡くなっていたそうです。1956年に大規模な修復が始まり、1961年から一般公開され、現在では上海でも有数の観光地になっています。
上海の中においても、特に中国風の建物が立ち並び、まさに私たちのイメージする中国そのものといった感じでした。

●周荘
この地区は上海中心部から約90キロ南に離れた、江蘇省との境にある900年以上の歴史を誇る水郷です。元時代の富豪が水を引いたのが始まりということです。村の中には運河があり、多くの石橋が点在しています。村の建物の約6割は明・清時代に建てられたもので、現在はその古い建物を改装して観光客向けの飲食店やお土産屋になっています。また運河は遊覧船で回ることができ、村が1つのテーマパークのようになっています。しかし観光化されているなかでも、川で洗濯していたり、路地で食事をしていたりする姿があり、そこに住む人の昔ながらの生活が息付いていました。ここでは時間がゆっくりと流れているような感じがしました。古い建築物を保存していくことも大事ですが、そこで暮らす人々の生活があってこそ本当のまちづくりというのではないかと思いました。

●公式訪問
また、上海市規劃局を表敬訪問した際にも、まちづくりについて質問しましたので、紹介したいと思います。

『古い街並み、古い建築物に対する防災面(地震、火災)の対策はどのように行われていますか。』との質問には、
『古い建物が旧市街地の狭い通りにあります。防火施設が十分でなく、頭を悩ませているのが現状で、予防に徹しています。』とのご回答を頂きました。

そして『貴市における文化財保護制度の体系及び助成制度はどのようなものですか。古い建築物を保存・修理するための経費については、どのような形で賄われていますか。』との質問には、
『国レベルの文物保護は、国や上海市文物局が行い、優秀近代建築については所有者が全額負担している』とのご回答を頂きました。

●文化財保護について
両市を視察する中で、日本と中国の文化財保護に対する考えの違いを感じ取ることができましたので、それに触れたいと思います。
日本では、保存に支障がない範囲で、文化財を積極的に公開し、社会教育のみならず、観光的にも活用する取り組みがなされています。一方、中国では、文化財は国の宝であるということで、どちらかというと保護に重点が置かれ、積極的には公開されていないようです。公開されている建物でも、事前の申し込みがなければ見学が許可されないものもあります。また、文化財であることを示すプレートが取り付けられていても、それがどのような文化財であるかの説明板はあまり設置されていません。
福州市の自主研修において文物局を表敬訪問した際、『日本では文化財保護を教育委員会がするのですか?中国では教育委員会は学校教育だけを担当しています』と返事が返ってきましたが、このように中国における文化財保護の機関と教育の機関がそれぞれ独立して存在していることと文化財保護の姿勢については何らか関係があるようにも思われます。

●最後に
最後に今回の研修を振り返ってみて感じることは、繰り返しになりますが、やはり、まちづくりはそこに住む人があってこそのまちづくりではないかということです。
今回見て回った中には、この写真のように洗濯の物干しを窓から突き出していたり、ベランダに窓枠を取り付けて書斎として使ったりと、景観的には確かによくないところもありましたが、そこには中国人の『生活に使えるものは使う。無駄なものは不要だ。』といった考え方があるような気がします。
まちづくりというと、外観が美しい建物を作ろうとすることを思い浮かべがちですが、ただ単に美しい建物を集めただけのものは、それは街ではなくテーマパークであって、まさに『仏作って魂いれず』ではないかと思います。

先ほど紹介した、福州市の三坊七巷や上海市の周荘など、そこの建物や街並みと、そこに住む人が密接に関係しており、これらを視察することによって、これからのまちづくりのありかたをこの研修において学ぶことができたと思います。そして、改めてまちづくりの難しさというものを感じさせられたような気がしました。

また、今回の研修では約半数の人間が海外は初めてということもあり、長崎や日本から一歩外に出てみて、長崎のことをあらためて見つめなおす機会ができ、これも長崎のまちづくりに取り組んで行く上で非常に参考になったと思います。

最後になりますが、この研修の機会を与えてくださった職員研修所のみなさん、そして職場のみなさんに感謝し、『中国まちづくり研修』の報告を終わらせていただきたいと思います。みなさん、どうもありがとうございました。