日記
2002年7月
| ■2002年7月31日 |
車を返却。
総走行距離 :6641.2 miles
ガソリン : 206.7 gallons
燃費 : 32.1 miles/gallon
給油回数 : 20 回
平均価格 :$1.474/gallon
平均移動距離: 474.4 miles/日
メトリック換算
総走行距離 : 10,687.9 km
ガソリン : 782.5 L
燃費 : 13.7 km/L
平均価格 : $.389/L
平均速度 : 763km/日 = 31.8km/h
| ■2002年7月30日 |
デスバレーにいくことになった。
死の谷でキャンプだ。
早朝に出たので、昼前に着くことが出来た。
とはいっても、どこからがデスバレーかはわからなかったが。
デスバレーでは、夏の平均気温が49℃。
当日、持って行った温度計では、昼のもっとも暑い時には、55℃を計測していた。
要するに、自分の体温よりも周りの方が暑いわけで、
いろいろな、view pointを周って、キャップ場についたときには、俺の体は熱にやられてました。
デスバレーは、本当に死の谷でした。
| ■2002年7月29日 |
メキシコに行ってみる。
M氏の家から、3時間程度で国境に到着。
今まで、空路、水路での国境越えをしてきたが、陸路での国境超えはこれがはじめて。
メキシコに入国するのはいとも簡単。
とりあえず、駐車場からメキシコの国境沿いの町Tijuanaの中心部に向かうバスに乗る。
そして、国境のゲートにきたら、バスはいったん停止して、メキシコの警察っぽい人が、中をみて終わり。
アメリカ側では、出国審査はないので、それで終わり。
大丈夫なのかメキシコ!まあ、そういう国なのだろう。
メキシコに入って思うのは、壁の向こうは別世界っということだ。
いっきにレベルが下がる。
うーん、怖い怖い。
ってことで、本場のタコスをくって。
いざ、アメリカに再入国。
こんどは、すどうりとは行かず、アメリカ入国の審査がある。
バスから降ろされて、空港のように審査官が待ってる。
でも、パスポートをチラッと見て、終わり。
空港で、入国手続きをしてるからなのか?
それとも、日本人ってことで、質問しても「what?」といわれるのがめんどくさいのかな?
そういえば、この旅行の入出国審査で英語が出てこなかったなー
入国のときは、相変わらず、日本語で聞かれたし、
帰国の飛行機は、日本人の人がカウンターで対応してたし。
まあ、日本人は多かったしナー
| ■2002年7月28日 |
カルフォルニアに到着
アメリカ横断往復完了!
| ■2002年7月27日 |
エルパソ近くのキャンプ場でキャンプ
最高の場所
| ■2002年7月26日 |
最終日
| ■2002年7月25日 |
パーティーで飯を食う
| ■2002年7月24日 |
シアターを見る。
| ■2002年7月23日 |
SIGGRAPHの展示をみる。
| ■2002年7月22日 |
New Orleansを観光しました。
JAZZの町らしいです。
メキシコ系の料理を食べました。
そのあと、Houstonで、同じ研究室の友達Iと夕飯を食べました。
Iは留学中で、バリバリ研究してました。
そこで、食べた肉は、今まで食った肉の中でもうまい部類に入る、おいしい肉でした。
そのあと、今回の目的地の一つである、「San Antonio」にいきました。
| ■2002年7月21日 |
ついに、フロリダに到着しました。
グランドキャニオンを出て、2日半。
フロリダの「Jacksonville Beach」に到着!
はじめて大西洋を見て、泳ぎました。
この日は、久しぶりにモーテルに泊まりました。
さすがに3日入らないと、たまらんですな。
| ■2002年7月20日 |
この日は、アーカーソン、テネシーを越えて、
GA(?あれ?なに州だっけ?)のアトランタの近くまで行きました。
アパラチア山脈を越えたところのキャンプ場にいきました。
湖のほとりでした。
この旅行に、米軍の配給食をもって行きました。
これが結構いけるんです。
アメリカのレストランの料理や、お菓子は味が濃くてたまらんのですが、
これは違います。
程よい味付けで、とてもおいしかったです。
アメリカで食べた料理の中で一番おいしかったです。
| ■2002年7月19日 |
この日は、めちゃめちゃ走った。
ひたすら、東に向かって、40号を爆走した。
ニューメキシコの大地は広大で、何もなかった。
はじめて地平線まで続く道をみた。
360度何もない、ただ大地が広がるところだった。
東に進むにつれて、木が立ってるようになってきた。
アリゾナ、ニューメキシコは、ほとんど砂漠で、草が生えている程度。
テキサスに入ると、所々に木が立っていて、牛が放牧されてた。
オクラホマに入ると、徐々に木も増えてきた。
結局、この日は40号をぶっ飛ばして、オクラホマシティーの近くまで来た。
| ■2002年7月18日 |
本日の目的地は、「Grand Canyon」。
この日から、ひたすら東に向かい続ける。
ベガスを出てすぐ、時間変更線(?)をわたった。タイムゾーンが変わったのだ。
時間が1時間進むわけで、行きしなは1時間損することになる。
タイムゾーンが変更されるところにダムがあり、その川を境目に時間が変わる。
ダムの右と左に時計が設置されていて、ここで時間がわかることを示していた。
そこから、40号にでて、グランドキャニオンに向かった。
この間の道はすごかった。 とにかくまっすぐなのだ。ひたすらまっすぐなのだ。
「Grand Canyon」は、壮大だった。 これは一見の価値ありだ。
ちゃんとしたキャンプの準備と時間があれば、渓谷の下にも下りたかったが、
今回は上から眺めるだけになったが、それだけでも十二分に楽しめた。
この日は、ここでキャンプをした。
しばらく雨が降ってなく乾燥しているため、Open Fire が禁止だった。 乾燥して、湿度もなく快適な気候だし。
それもしょうがないかな。
と、いうことでガスコンロで肉を焼いて食べた。
| ■2002年7月17日 |
レンタカーを借りていざ出発。
さすがに2週間かりるというのはお金がかかる。
まあ、そんなのはどうでもいいのさ。
まず最初の目的地は、「Las Vegas」。
はじめて、外国で運転をした。
アメリカは、左ハンドル、左斜線。違和感がある。 しかも、みんなの加速が違う。
青になった瞬間、競争するかのように動き出す。
まず、15号に乗ってベガスに向かった。
アメリカの高速は道が悪い。そんな中を みんな80マイル(約140キロ)でぶっ飛ばしてる。
M氏の家から、ベガスまで大体4時間かかってベガスについた。
「Las Vegas」は変なところだ。
町のメイン道路にホテルが立ち並んでいる。
ホテルの中にカジノが入っている。いろんな面白いホテルが一杯あり その道を歩くだけでかなり楽しめる。
カジノはスロットだけした。ルーレットとかはよくルールわからない上に 今回の軍資金はとても少ないからだ。
でも、スロットは結構楽しめた。
5セントスロットが一番面白かった。
まあ、なんにせよ、お金を一杯持ってないと儲からないなと思った。
思い出はほとんど出来ないけど、遊びまくるにはいいところだ!っと思いました。
| ■2002年7月16日 |
時差ぼけで朝早くおきるし、夕方になると無性に眠くなる。
今回のアメリカ旅行の目的は、「ドライブ&キャンプ」
ドライブのための車はレンタカーを借りることにした。 また、キャンプのための道具を買った。テントと食料。
買い物ついでにロスの方に行ったので、ハリウッドにつれてってもらった。
思ったよりちっさい地域にちょこっとある感じの場所だった。
まあ、スタジオ等には入れないからそんなもんか。
あと、観光地にもかかわらず不労者が結構いた。
あんまし治安はよくないようだ。
| ■2002年7月15日 |
いよいよアメリカに出発。今回使った飛行機は、ブラジルのバリグ航空。
だから、僕が乗った飛行機は、L.A.で給油して、ブラジルに行く便だった。
日付変更線を越えるため、15日は長い。
夜の7時出発で、アメリカに着くのは当日の朝だ。帰りはその逆になるんですが、、
何はともあれ、アメリカに到着した。カルフォルニアは涼しい。 カラットさわやかだ。
とりあえず、一緒にこの旅をするアメリカ在住M氏の部屋に行った。
なかなかいい部屋に住んでいた。
| ■2002年7月10日 |
アメリカで、ドライブするために
国際免許書を取得した。
取得するために、水戸の免許センターに行った。
警察署でも取れるらしかったのだが、2週間かかるとの事で、免許センターに行くことにした。
取得に必要な書類は
写真
免許書
パスポート
だった。
が
パスポートを忘れてしまって
免許センターまで2往復しました。
おかげで地図なしでもいけるようになりました。
| ■2002年7月9日 |
研究室で、那珂川の河川敷でバーベキュウーをした。
なにがたのしいって、火を起こすことだ。
当日は、乾燥してた上に、晴れの日が続いていたため
木も乾燥していて
よく燃えてよかった。
| ■2002年7月8日 |
埼玉まで出張
| ■2002年7月7日 |
すでに、日記とはほとど遠いものとなってる(TT
| ■2002年7月6日 |
むずい
| ■2002年7月5日 |
寝袋を買いました。
| ■2002年7月4日 |
加速度センサってのは
重力加速度も検出できるんだ。
| ■2002年7月2日 |
重心の位置ってどうやってもとめるんだったけ?
| ■2002年7月1日 |
眠気が絶頂になると、どこでも寝れるものだなー
っと思う今日この頃
いすを並べてベット作れば、そこで寝れます。
用は、寝る環境ではなく
寝る必要性なのだと思います。