誰もが一度は見たことがあるこの橋、スイスにあることは知っていましたが、どこにあるのかわかっていません出した。この前の年に、クールからツェルマットまで氷河急行に乗った時に、この間にランドワッサー橋があるものだと思いこんでいたので、まだかまだかと車窓に釘付けになったまま、とうとう平地に下りてきてしまいました。なんだ、気が付かないうちに通り過ぎてしまったんだとあきらめていましたが、そんなに簡単に見過ごすほどちっぽけな橋ではありませんでした。
見やすいガイドブックでよく調べてみると、クールとティラノの間にあることが判明、さらに今自分が通ってきた線路がトンネルを抜けるとすぐ下に見えるループトンネルや、地上ループ線など楽しい箇所が山ほどあることが判明しました、そこでこれをじっくりと見てやろうと翌年に訪ねたのです。
SHEREの友達の家を訪ねたTAKAは、SIONから夜行列車に揺られてミラノに出ました。ミラノ駅の構内にあるスーパーマーケットでいつものようにワイン、生ハム、オリーブ、ピスタチオ、パンを買ったTAKAは、夜行で寝不足だったにもかかわらず、ティラノ行きの列車に乗り込むと朝っぱらからハイペースで飲みはじめます。コモ湖の美しい景色に見とれながら、なおも飲み続けます。
その結果、ティラノからいよいよ待望のベルニナ特急に乗ったTAKAは不覚にも気持ちよく爆睡してしまい、目が覚めたときには既にブルジオの地上ループ線を通り過ぎた後でした。まあ、そこは気ままな一人旅、ホテルの予約もしていません。とりあえずランドワッサー橋を見た後でまた引き返してくることにしました。
この日は、まずフィリズールを通り過ぎ、ランドワッサー橋を渡ってからすぐに引き返してもう一度渡り、フィリズールに泊まることにしました。トンネルを抜けていきなり空中に放り出される快感と、上の写真のような絶景を味わいました。
左の写真はフィリズールのホテルです。スイスのホテルはなかなかこぎれいな所も多く、今写真ではわかりませんが、広さも10畳ほどありました。また、スイスはホスピタリティーの故郷のようなところで、サービスも最高です。ホテルリッツの創業者もスイス人だとか?
ホテルに荷物を置いてすぐに歩いて30分ほどのランドワッサー橋の足下まで行ってみました。はじめは地図を見ながら探したんですが、道路からずいぶん中に入ったところにあるし、あまり詳細な地図も持っていないので、はるか彼方に橋が見えた時には感動ものでした。でも、どうやって近づけるのかわからないんです。人も歩いていないし、家を訪ねて聞いてもこの辺の田舎ではロマンシュ語とかいう訳のわかんない言葉を使っているらしいし。でも何とか丘を越え、川を渡って、橋のすぐ下にたどり着きました。
この断崖絶壁の下に立つと、崖が垂直よりもこちらに覆い被さっているように見えます。落石も怖いので、常に頭の上を気にしながら、崖のすぐ下にも行って来ました。もちろん橋脚の真下にも行って来ました。なんと高いことでしょう。これが石橋だと思うと、崩れやしないかと不安になってきます。
列車が通る瞬間を撮るには、30分に1本の電車を待たなくてはいけません。しかもトンネルから出てくる瞬間など、突然出て来るんでっすから、苦労します。上の写真は、もう先頭車両が左の方に行ってしまって、シャッターチャンスを逃してしまいました。
ランドワッサー橋の設計図です。ベルニナ線は1986年から1914年にかけて作られています。その当時、このような大きな石造物を作ったというのが不思議です。しかし、よく考えてみれば、大きな石造りの教会の天井と高さはそうは違いません。下の写真のように型枠を作ってみごとに造り上げています。
翌日フィリズールを後にしたTAKAは、またランドワッサー橋を渡り、トゥズイスからヴィアマラを散策して、またまたランドワッサー橋を戻り、ベルギュンに泊まることにしました。そして、翌日は、いよいよブルジオの地上ループ線に向かいます。
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