オリンピック、半世紀

 

 夕焼け前の青空に、月もくっきり

こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

ヴェネツィアは、もうここ10日以上、ほとんど雲1つない青空の日が続いています。ここの冬にしてはむしろ乾燥しているといっていいくらい。気が付いたら肌がばりばりになってきて、いつもなら冬はいらないクリームなども慌てて買いにいったりしています。昼間は暖かいし気持ちがよくてついつい外を歩いているせいか、日にも焼けてきているような・・・。
日本では記録的な大雪、というニュースを読みましたが、年末は欧州でも各地で大雪・大嵐になりました。イタリア内では、幸い被害が出るほどではなく、むしろ、クリスマス前に各地スキー場にたっぷりと雪が降って、年末・年始のスキー・リゾートは、経営側にとってもお客側にとっても大満足のヴァカンスとなったようです。

スキーといえば

さて、いよいよ、オリンピック。
私が仕事をやめてイタリアへ来たのが、2000年の夏の終わり。出てくるときには、「イタリアといえば、2006年にトリノ・オリンピックがあるね」と言われ、正直のところその時には「2006年!!!そんな先はどうしていることやら。その頃にはしっかり仕事もみつけて、新しい生活をしていたい」と思ったものですが、気が付くと、あまり何の進展もないまま、とうとうその年を迎えてしまいました。
ネット上のニュースなどで見ていると、日本では、年明けから「オリンピック・イヤー」といった感じで盛り上がっているようですが、ここでは相変らず・・・スポーツといえばサッカー。テレビのニュースでも、新聞でも、9割をしめるのがサッカーといった様相です。新聞も、よーーーく見ると、トリノまであと何日、という表示が一応小さく出ていたりするのですが、毎日特集ページがあるわけでもありません。
なので逆にひときわ目立ったのが、ちょうど1週間くらい前、コリエレ・デッラ・セラ紙に、1ページまるまる使ってフィギュア・スケートの浅田真央選手の紹介が出ていたこと。それと、数日前の現地公開にあたって、日本の報道陣の数が圧倒的に多かったという話。
ですが、今日13日付けの同紙に、コルティナ・ダンペッツォの紹介記事が出ていたので、今回はそちらを紹介したいと思います。

ここヴェネツィアと同じヴェネト州内にある、コルティナ・ダンペツォで第7回冬季オリンピックが開催されたのは1956年。ちょうど半世紀前にあたります。ローマ・オリンピックはその後の1960年なので、イタリア初のオリンピック開催地でした。
ちなみに、’56年大会、開催期間は1月26日から2月5日。参加国32、参加選手924人にメダル24。2006年トリノ大会は、2月10日から26日までの開催で、参加国70、選手2500人、メダル84。
コルティナでは、この開催50周年とトリノ開催を記念して、多くの行事が行われていますが、ハイライトは開幕記念日にあたる、今月26日。当日、’56年大会から前回2002年大会までの多くのメダリストたちによる、「クラシック大会」大回転スラロームが行われます。参加者は、’56年コルティナで3つの金メダルをとったトニー・ザイラー(オーストリア、現在71歳)からアルベルト・トンバまで、豪華布陣。この日はまた、トリノへの聖火がこの町へやってきます。そうして、思い出の地をあちこち駆け抜けるようですが、特に、トニー・ザイラーとブルーノ・アルベルティが聖火を持って、「クラシック大会」のスラロームを降りてくるのだそうです。

今まで、聖火についても、報道があったのは初日と元旦ぐらいで、あとはどこにいるのかもさっぱりわからなかったのですが、来週からここヴェネト州に入ってくるので、多少ローカル・ニュースで見かけるようになるかもしれません。ちなみに、ヴェネツィアは来週の火曜日、17日。コカ・コーラ社による「この町の通過はXX日」という張り紙を見かけました。いつ、どこを、どう通るのか知らないのですが、確か最初の発表によると、ゴンドラで運ぶはず・・・わかればせっかくなので見に行ってみようかと思います。もっとも、ここで果たして他に野次馬さんたちがいるのかどうかわかりませんが・・・。

それでは、また。
Fumie

13 gennaio 2006