霧、のち雪

 霧の夕焼け

こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

今晩は、この冬初めての雪となりました。
ずっと霧の日が続いていたのですが、驚いたのは先週、いつものアックア・アルタ(acqua alta=高水、すなわち高潮のこと)とは逆に、アックア・バッサ(acqua bassa, 低水)が問題となったこと。ちょうど1週間くらい前から、水位が低すぎて一部の運河で船が通過できなくなるなどの問題が発生。消防、救急などの緊急用の交通も心配されたのですが、なにしろ水上バスも一部経路変更するはめに。これだけの霧に覆われながら、水不足というのも不思議なものです。
この一週間の話題と言えば、北イタリアを中心とする濃霧、そのため各都市でスモッグ公害が深刻となり、自家用車の都市内侵入規制。そして昨日あたりからは、シベリアからの北風を受け全国で厳寒、最低気温が、北部から中部にかけて平地でも軒並み零下となりました。
昨日は、久しぶりに霧が晴れたものの、なんとも風が冷たい。そう思っていたら夕暮れにかけて見る見るうちにまた湧き出すように、あっという間に霧に埋もれてしまいました。それにしてもいつもより寒い、と思ったらヴェネツィアでもなんと零下4℃を記録したのだそうです。

個性の作り方

現在、ヴェネツィア大学の文化財保護科というところで、美術史を専攻しています。いつもメイルを読んでいただいている方はほとんど、私の経歴もほぼご存知だと思いますが、こちらで、日本では実は(その昔)数学科を卒業した、というと、まあ当たり前でしょうが、たいていものすごくびっくりされます。あまりびっくりされるので、普段はあえて発表もしないのですが、といって、聞かれて隠すことでもありません。かつ、その間に10年以上やっていた仕事は、そのどちらにも直接はあまり関係がないため、これは特にこちらで知り合った日本人の友人、知人に「なんでまた・・・」とたいてい、あきれられます。
私としては、その都度その都度、それまでのものを捨てるのではなくて、ちょっと脇に寄せてちょっと新しいことを始めてみたくらいのつもりなのですが、はたからは、大転身、というよりは単に無謀に見えてしまうのかもしれません。自分なりに考えているつもりでも、どちらかと言うといよいよ崖っぷち、というところで運がよかったりしたことも事実ですし、こうやって常に好きなようにやってきたのは幸運だと思いますが、そう大冒険をしたつもりもないのです。
よくよく考えてみると、とりたてて何かに優秀なわけでもなければ、目を見張る美人でもない、一つのことを頑張り通す粘り強さもない、言ってみれば強烈なアピールを持たない私が、無意識のうちに「変り種」になることで個性を作り出していたのかもしれません。
確かに、いつも周りにはびっくりされるけど、異色であること、はじめから既に人と違うというのは、実はとても楽なのです。大学では、たった1人の外国人だし、何しろゼロからやっているんだから人よりできが悪くても当たり前。そういえば仕事をしていたときは、必須だった英語も、本人はそれなりにつらかったものの、何しろ一番できなくても仕方がないと周囲にもあきらめてもらうことにしていました。(関係者には多大なご迷惑をかけていたと思いますが・・・すみません・・・)
確かに、無謀といえば無謀なのでしょう。これまでに積み上げてきたものを置いて、また1からいちいちやり直しているのは、我ながら間抜けにも思えます。それならせめてもう少し短いタームでやってくれば、それなりに要領のいい人生になったかもしれません。それでいて、あれもこれもこなせるマルチ人間になっているかというと、そこまで器用でもありません。
でも、こうやってジグザグ人生をやっているのも全くの無駄ではないようで、ひょんなことで以前の経験や知己に救われることも実は多々あります。
なんだかすっかり、まっとうな道からは外れかかってますが、たぶんこれからもこうやって何とかやっていくんだろうな、と思っています。
どうぞまたこれからもよろしくお願いいたします。

ではまた。
Fumie

19 gennaio 2005