遠きトリノ
悩むにふさわしい、霧の日
| こんにちは、ごぶさたしておりました。いかがお過ごしでしょうか。 さて、いよいよトリノ・オリンピック・・・なのでしょうか。ヴェネツィアにいる限り、オリンピックは何かよその出来事。ほとんどの情報を日本語メディアから得ている私は、残念ながら、「現地」情報をお送りすることができません。 この1カ月ほど、メイルも書けないほど多忙にしていたわけではないのですが、試験の準備等々でずっと家にいることが多く、わざわざメイルにして「みなさん!」と元気に呼びかけて書くほどのことがあるだろうかと、なんとなく書きあぐねていました。自分の満足だけで書く、ある意味消極的な日記はそれでも細々と続けていたのですが。 言葉の重み 試験前の、いつものことと言えばいつものことなのですが、再び、厚い言葉の壁に立ちふさがれて、もがきにもがいていました。 ずっとこうして、「読めない」病に苦しんでいた上に、得意だと思っていた「しゃべり」にも黄信号がかかりました。読めない・書けない解消のために、1カ月くらい前から、友人にイタリア語を見てもらうことにしたのですが、これがもう、思っていた以上にひどい。作文を書けば、「完全にしゃべり言葉」。それは承知の上として、ふだん何気にペラペラしゃべっている部分も、書いてみればバッサリ文法を直されます。そして、恐怖の前置詞と冠詞。日本語で言えば「て・に・を・は」が違うと意味が全く逆になることもあるし、自動詞・他動詞の違いも同様。冠詞が違うと、やはり意味やニュアンスがかわってきます。今までずいぶん、いい加減に話していたこと、聞いていたことに、思わず青くなります。 1つ1つの、言葉をもっと大切にしよう、と思いました。 根本的にイタリア語も、またきちっと矯正しなければ、などと思いつつ、悩み、もがき、自分なりに苦しんで迎えた今日の試験、「ともかくダメ元でも受けるだけ受けたら」との周りのアドバイスにも、準備不足はななだしくどうしても受けられませんでした。 それでも、今まで何度もトライしようとして、まったく手のつけられなかったのが、人の助けも借りて、消化できそうな見込みがでてきたのが唯一の救いでしょうか。次回は、きっと。 それでは、また。 6 febbraio 2006 |