悪い冗談

 

こんにちは。ごぶさたしておりますが、いかがお過ごしでしょうか。私は、エイプリル・フールより1日早く、大ぼら吹きになっていました。その日、気がついたらお財布がなかったのです。その顛末については、既に日記(3/31付け)に書いたので結論を先に言うと、無事に見つかったのですが・・・。

災い転じて

ともかくクレジット・カードを全部止める手続きであちこち電話した後、出向いたのが警察。イタリアは、警察もいろいろ分かれていて、こんなときにはどの警察へ行けばいいのかも実は迷ったのですが、とりあえずヴェネツィアの全ての中心、サン・マルコ広場にある警察なら、きっとスリ、盗難関係も扱っているだろうと、そこへ向かいます。入り口に、立ちふさがるというよりは、邪魔をするように輪になってしゃべっている警察官に、「お財布をすられたんですが、盗難届けはここでいいんでしょうか?」と聞くと、今は担当者がいないので、30分後にもう一度来い、とのこと。ただいま2時半、うーん、お昼休みかな・・・。
1時間ほどたって戻ってみると、小さなオフィスに署長らしき人と、もう少し若い警察官の2人。署長のところは先客あり。もう1人に「財布をすられたんですが」と言うと「彼がやりますから、外で待っててください。」
先客が終わるの待って中へ入ると、「どうぞどうぞ、そこへかけて。まず身分証明書はありますか?それで、起きたことを詳しく全部教えてください。」そう言いながら、署長は自らのパソコンに向かって、両手の人差し指を使って、ものすごい勢いで何やら打ち始めます。「名目は、盗難にしますか?それとも紛失?」私のその時の意識では完全に「盗難」だったのですが、確実に盗難とわかっている場合以外は、「紛失」にしたほうがいいとのこと。「でもそれは、後でどういう違いが出てくるんでしょう?」「違いはありません、全く同じなんですけどね。」
「はい、では、中に入っていたものは?まず大事なものから。」こちらの人にしてはめずらしく、話しながらも勢いを止めずに何やらタイプしています。そして、「では今、書いたことを読み上げますから、確認してください。」確かに、私が語った内容に相違ありませんが、それがなんと全て物語状に練り上げられています。日時や紛失したもの、カードの種類や財布のタイプまで、箇条書きにした方が絶対に簡単だと思われる情報すら、全部文章の中で語られているのです。これって、万が一、拾得物として届けられても、検索するほうが大変では・・・???
かつ、確かに「大学の学生証」とは言ったものの、どこの大学かは告げていないはずなのに、語りの中では「ヴェネツィア大学カ・フォスカリの学生証」となっています。ヴェネツィアは大学が1つでないのに、なぜわかったの???
印刷して出てきたものを渡され、「特に個人データの部分をよーく確認して。」氏名、生年月日、住所に電話、身分証明書番号全てOK。「あ、ここにね、『イタリア語を話し、理解する』と付け加えてあるからね。よく見てね。」確かに、この個人情報の最後に、そうとっつけてあります。うーん、一体何の意味が・・・???
同じもの3枚にサイン、先方のサインとハンコ、そしてそのうちの1枚を渡されました。

そして結局、前夜に友人たちと飲んでいたお店に保護されていたお財布を発見。ああ、なんたる人騒がせ!!!

その足で再び、警察へ。サン・マルコ広場を横切っていくと、そこに広場の喧騒を眺めながらたたずむ、先ほどの署長さん。お財布を見せながら「ありました!」すると、目をきらっと耀かせ、くるりときびすを返し「そりゃよかった!すぐ書類だ!」
席に座る間も惜しいという勢いで、またまた一本指打法でパチパチと打ちこみ始めます。
隣の若い方の警官は、電話中。「今晩だけどさ〜、ピッツァでも食べにいく?」などとやってるところへ、さらに携帯までが鳴り出します。署長も思わず、こちらと目を合わせ、にやり。「・・・もしもし?ああ、うん、今、勤務中。」いやいや、正確には「私用電話中」でしたよ、と、心の中でつい突っ込みます。電話が終わると、さすがにバツが悪かったのか、私に向かって「全部見つかったの?現金も?」「はい。」「そりゃ、ラッキーだったね」「ええ、おかげさまで。」
そこへ署長、「はい、また、個人データ、確認してね。」
同じ作業を繰り返して、サインをして、「ありがとうございました。」

帰ってから、よくよく2枚の書類を比べてみたら、太字や空白の使い方、微妙に違っていて、同じ内容も全部打ち直していたことがわかりました。それにしても、なんであんなにたくさん打ち込むことがあるんだろう?と不思議だったのですが、これで納得。どうやら1枚1枚の届けは、パソコンを使っているにも関わらずデータとしては保存されていないようです。・・・なんという効率のよさ!やっぱり、さすがイタリアです。

それでは、また。
Fumie

3 aprile 2006