ある、晴れた日

 
4月3日(日)、「ヴェネツィアを歩こう!"Su e Zo"」に参加する子供たち

こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

その日、イタリア半島にシチリア、サルデーニャ両島を含むイタリア全国で、雲ひとつない青空が広がっていたのだそうです。
普段、朝はテレビのニュースを見ないので、4月1日(金)の朝、ローマ法王が重体、というニュースは、コーヒーを沸かしながら開いた日本語のニュース・サイトで知りました。
イタリア語ではpapa(パーパ、始めのパにアクセント)。これは、padre di padre(パードレ・ディ・パードレ、父の父、すなわち、万人の父)の略なのだそうです。ちなみに、お父さんという意味のパパは、papà(パパ、但し後ろのパにアクセント)。
日本語でローマ教皇ヨハネ・パウロ2世というとものすごく硬い、えらい人という感じがしますが、イタリア語でパーパというと、とても親しみのある感じになります。
親しみという点では、呼び名ばかりではありません。イタリアに住むようになって気が付いたのは、パーパのマスコミ登場度がとても高い。もちろん、タレントではありませんから、バラエティや討論番組を賑わすわけではありません。が、クリスマスなどの大きな行事、外国訪問、あるいは賓客といったイベントはもちろん、毎週日曜日の、通常のミサに関しても今日はどうだった、と必ずニュースに登場します。ちょっとした人間的なエピソードも、あればすぐ、取り上げられます。
国民の9割以上が一応カトリック教徒だというイタリア、なるほどこうして、知らず知らずのうちに、悪くいうと洗脳されていくのかな、とも思います。在位26年というと、イタリアでもテレビが一般家庭に完全に普及した時期に重なるでしょう。パーパ自身の本来の人柄や意思に加え、パーパという存在が「お茶の間」で親しめる姿になった、それにはテレビによる力も大きいのではないでしょうか。
私はというと、イタリアに旅行で来ていた頃、知り合いに「法王は、なかなか面白い人でね」と言われ、気にするようにはなっていました。イタリア語がわかるようになってくると、このパーパの言葉がイタリア語だということに、何か強い感激を覚えました。もちろん、ヴァチカンからの公式なメッセージは何カ国語にも翻訳されるし、パーパの外国訪問の際などは、現地の言葉で話すことが慣用になっています。が、まず第一声はイタリア語です。
イタリアの中にあって、イタリアでないヴァチカン。建前ではそうであっても、イタリア人にとってはヴァチカンはイタリアの一部であって、何より「我らがパーパ」なのかもしれません。
もちろん、イタリア人の中にも、ヴァチカンこそ諸悪の根源だ、と公言する人もいます。諸悪、とはいわないけど、完璧、とも私も思いません。ただ、謝罪と寛容、そして対話。彼個人の偉業というよりは、あえていえば、その間のヴァチカンの「作戦」という部分もあるでしょう。そんな業績の数々はもう語り尽くされて、私が改めてここで書き連ねることもないでしょうが、そこに見習うべきことはあるように思います。

土曜日の夜。細い路地を歩いていたら、突然うわっと、音楽と雑踏が目の前にとびこんできました。いつも、夜は若者で賑わうヴェネツィアのバールやカフェ。この日も、入りきらない人、あるいはスモーカーたちが外にあふれ、がやがやとおしゃべりにふけっていました。それは何も特別なことのない、普通の4月の、土曜日の夜の光景でした。
翌、日曜日。大聖堂のミサは驚くほど人でいっぱいでした。が、聖堂から一歩外へ出ると、カメラやガイドを手に歩く観光客、ゴンドラ、辻音楽師に路上の物売り。さわやかな青空の下、ヴェネツィアの、これもいつもの日曜日の風景が広がっていました。セリエAなどの、主なスポーツは中止になりましたが、ヴェネツィアでは、”Su e Zo”(ス・エ・ゾ)というイベントが予定通り行われていました。ヴェネツィア方言で上へ下へ、というこの言葉、特にここでは、無数にある太鼓橋の階段を上がったり下がったりというところから転じて、「あっちへ行ったり、こっちへ行ったり」という意味にもなります。子供から大人まで、学校だの教区だの、ヴェネツィア市民がいろいろな団体ごとに参加していて、それぞれおそろいのジャージやら、私服のいかにも「歩きやすい服装」やら。そんな格好でヴェネツィアの町の中を歩いたり走ったり、皆ほんとうに楽しそうな笑顔でした。
町の中には、よくよく見ると半旗も掲げられていました。もっとも、お役所や学校、公立の機関、いくつかのホテルに出ていたくらいで、そう目立つものでもありませんでした。地方選挙も予定通り行われていて、会場となっている学校に、連れ立って投票に行くらしいご夫妻も、何組も見かけました。そんないつものような、ある晴れたのどかな日曜日でした。
月曜日。先週から試験期間に入っている大学では、何事もなかったかのように、普通に試験が行われていました。
火曜日、今日もまた、抜けるような青空が広がっています。

追伸;ヨハネ・パウロ2世についてもう少し詳しく知りたい方には、
宮平宏、藤谷健、両氏による
「岩波ブックレットNO.537 ローマ法王―世界を駆けるヨハネ・パウロ2世―」をお勧めします。

Fumie

5 aprile 2005