現代アートを楽しむ

 ピノー・コレクション展のグラッシ館

こんにちは。前回のメイルから、気がついたら1カ月以上もたってしまいました。いかがお過ごしでしょうか。
私は、ブログ(
http://www.blog.ne.jp/fumiem2005)でも書いているように、なんとなく毎日バタバタしていますが、全体に大きな変化はなく(あってほしいのですが)、ごくふつうに健在にしております。

対決、コレクション

少し前になってしまいますが、ちょうどこちらでも3連休となった初日、4月30日に美術館が1つ、リニューアル・オープンしました。カナル・グランデ(大運河)に面したパラッツォ・グラッシ(グラッシ館)。1983年から2005年まで、フィアット社所有の下、比較的規模の大きい、質のいい展覧会が次々と行われてきたのですが、昨年、所有者がフランスの富豪ピノー氏に移ったものです。内部の改装には、日本人建築家・安藤忠雄氏を招いたことでも話題になりました。
正確には、イタリアでは自身のコレクションを持たない場合は「美術館」とはよばないのですが、常設にせず、企画展スペースとしての名目は残るものの、ピノー氏は当初、パリに建設予定だった個人コレクション美術館の計画をこちらに変更するつもりだったこと、この初回の展覧会もピノー・コレクションから、ということで、美術館・半、くらいの感じでしょうか。
内容はフォンターナからマリオ・メルツ、アントニオ・タピエスにジェフ・クーンと、なるほど20世紀の「巨匠」の勢ぞろい。日本の村上隆さんなど、まだ現役で活躍中のアーチストの作品が多いのも、さすがです。

そして、同じカナル・グランデに面してわずか数百メートルの距離のところ、歩いても10分もかからないパラッツォ・フランケッティ(フランケッティ館)でも、3月から現代美術のある個人コレクション展をやっているのですが、こちらはなんと、そのパラッツォ・グラッシで1980年代に館長を務めた、ポントゥス・フルテン。

前者が、個人コレクションとしていわば典型的な、「富豪」によるものなら、後者は、実際、多くのアーチストたちの支持者であり友人であった、キューレターによるコレクション。時代は、既にコレクションとしては閉じているフルテンが若干前にあたるでしょうか。アーチストの中に、同じ名前もあれば、もちろん違う名前もあります。どちらも、アンディ・ウォーホルのアクリル画「毛沢東」が入っているのは偶然にしては、できすぎの感もあります。

入り口を入るとすぐに、明るく広い吹き抜けの中庭になっているパラッツォ・グラッシ。18世紀の建物ながら、安藤氏の設計ですっきりと明るく整えられた内装、既に中庭からして床やら天井やらに作品がばらまかれている上に、各階に並ぶ、ポップだったり、カラフルだったりする作品がのぞき見えている様子は、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しさがあります。

一方、外壁は15世紀のヴェネツィア・ゴシック様式を残すパラッツォ・フランケッティは、数年前の改装時にも、木目の美しい床、ヴェネツィアン・グラスのシャンデリアを持つ、18世紀の館の様子そのままを残しています。この中のポントス・コレクションは、いかにも「個人の邸宅の中のコレクション」の雰囲気を伝えているかのよう。

日ごろは「歴史」を感じることが多いヴェネツィアですが、実はビエンナーレという現代国際美術展を開催しているのは、よく知られている通りです。今でこそ、ビエンナーレ、トリエンナーレという言葉は、各地の美術展などの名称としてすっかり定着していますが、もともとはそれぞれ単に、2年おき、3年おき、の意味。「ビエンナーレ」が、2年おきに開催される美術展を指すようになったのは、ここヴェネツィアが最初です。
ビエンナーレを見るたびに、アートとは一体なんだろう?とつくづく考えてしまっていたのですが、この2つの展覧会を見て、なるほど、「人に、『アート』と認められたものがアート」なのかな、と思いました。アートを買う人、アートを紹介する人、立場は違いながらも、やはりこの人たちに認められたからこそ、彼らの作品はここにあるわけで、それはまた、他の多くの人に認められるということになります。
ビエンナーレは奇数年の開催、今年はだから現代美術はお休み、のはずだったのですが、これはこれで、なかなか面白い年になりました。どちらかというと、先進的すぎて頭を抱える場面の多いビエンナーレと比べると、この2つの展覧会は、安心して現代アートを楽しめる、そういう場といえそうです。

それぞれの展覧会の紹介を、HPにようやくアップしました。ご興味のある方はどうぞ。
それではまた。
Fumie

 14 maggio 2006