夢のあと

 

 映画祭会場内バールの夜

こんにちは。少しごぶさたしてしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。

雲ひとつない青空、からりと晴れて日差しは強いのですが、風はさわやか。9月に入ってからというもの、まるで、不安定だった夏を取り戻すかのような日々が続いていましたが、昨日あたりからうっすらと雲が出始め、今日は雨がぱらついています。そろそろ、秋になるようです。

ハレとケ

気が付けば、もう1週間たってしまいましたが、ヴェネツィア国際映画祭が閉幕しました。前評判の、圧倒的に高かったGeorge Cloony監督Good Night and Good Luckが脚本賞と最優秀男優賞にとどまり、台湾出身のAng Lee監督、Brokeback Mountain(カナダ)が金獅子賞を受賞したのは、ニュースなどでご覧になったかもしれません。
8月31日から9月10日までの会期中、何度か会場のリド島に足を運んだのですが、映画祭という雰囲気に、すっかり酔ってしまいました。そもそもヴェネツィアは、かなり浮世ばなれしたような環境にありますが、本島から水上バスで15分ほどの距離にあるリド島は、完全なビーチ・リゾート。開放感にあふれ、のんびり、ゆったりとしています。
その中で、青空の下、穏やかな海、なだらかに続く砂浜を背景にした映画祭会場。その、さして広くもない会場に、イタリア全国、いや世界から集まった映画好き、関係者、ジャーナリストたちが行き交い、映画を見、映画を語り、映画に乾杯している・・・。
ちょうど、アメリカのハリケーン、日本の大型台風、あるいは続く飛行機事故やイスラエル、と世界の国々から大きな惨事のニュースが次々と飛び込み、新聞を埋め尽くしていただけに余計に、会場の、のんきな雰囲気、そのギャップが際立っていたようにも思います。そこはまさに映画のワンダーランドとでもいったらいいでしょうか。まったく、別世界、夢の世界が繰り広げられていました。実際は、テロ厳戒体制でかつてないほどの警備があり、多少の小競り合いなどもあったようですが、何事もなく、無事終わったのはまず何よりです。
世界の惨事をまったく知らないかのように、うかれてていいのか、と言われてしまうかもしれません。でも、いやだからこそ、せめてここだけは、明るく楽しくやっていかなくてはならないのだろう、と思いました。今でも、インドなどでは、貧しい人々にとって映画は最大の娯楽だと聞きますし、そもそもイタリアだって、戦後の苦しい時に、映画はやはり多くの人の楽しみだったはずです。
「たかが映画なんだから」、うり2つの2人が、夢と現を交錯する不思議な映画を発表した北野武監督が、会見でいい放った、その言葉が、まさに言い得て妙、という気がしました。
せめて、夢を見よう、こういう時だからこそ、夢産業がなくてはならないのでしょう。

私は今回、限られた時間の中で、日本関連のものだけ集中して見ました
Takeshis’(北野武監督)<コンペ参加、サプライズ上映>、
Drawing Restraint 9(Matthew Barney監督、Björk主演)<コンペ外>、
沓掛時次郎・遊侠一匹(加藤泰、1965年)<アジア映画秘史、特別上映>、
仁義なき戦い(深作欣二、1973年)<同>、
風の谷のナウシカ(宮崎駿)<栄誉金獅子賞のための特別上映>、
紅の豚<同>。どの会場にも日本映画ファンがたくさんいて、しかも皆古い映画にも詳しかったりします。やはり1番印象的だったのは、宮崎駿監督の人気でしょうか。若い人が中心ですが、それだけでもありません。イタリアでは、初上映、しかもDVDなども未発売だという上記2作品は、大きな興奮と感動を持って迎えられました。さすがにマニアたちは、何らかの方法で既に「見た」という人も多かったためでしょうか、割れんばかりの拍手というのとはまた違う、ほんとうに暖かい拍手に包まれていました。上映中も、イタリアではわりと普段から、笑ったり、つまらないとしゃべり始めたり、と反応がわかりやすいのですが、比較的しーんと成り行きを見守った「ナウシカ」に対して、度々笑いを巻き起こした「ポルコ・ロッソ」(紅の豚)。とくに後者は、イタリアが舞台になっているということもあり、彼らにとって、感慨もまた特別のようです。
「ファシストになるくらいなら、豚でいるほうがまし」という主人公のセリフには、思わず拍手と歓声が沸いていたのは、さすがイタリアといえるでしょう。

そうして、その10日間が終わってみると、翌日は、ヴェネツィアは何事もなかったかのように、またいつもの、ふつうの日常に戻っていました。ほんとうに、映画祭全体が、夢であったかのようです。相変わらず観光客は多いし、ビエンナーレその他の行事も目白押し。

ですが、学校の新学期が始まって、子どもたちも戻ってきました。私も、来週からまた新学期です。また、がんばらなくては。

では、また。
Fumie

17 settembre 2005