| こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。 今朝は、本格的な濃霧。寝起きの辛い朝ですが、ぼーっ、ぼーーっと鳴り響く大きな汽笛で目が覚めました。
霧の中を歩いていて思ったのですが、今年は特に紅葉が美しい気がします。はっとするほど美しい赤です。去年は、紅葉もですが、それよりもマロニエの大きくて黄色い、がさがさと降り積もった落ち葉がとてもきれいだった覚えがあります。そのマロニエは、今年はなんだか茶色くてあんまり。自然界の法則は、何もかも完璧、というわけにはいきません。
イタリア人亜種
外国の文化や外国人に触れたとき、平均的イタリアは、だいたい2タイプに分類できるように思います。
まず第1のタイプ、よく知られているように、たいていのイタリア人はほんとに保守的。生まれ育ったところに一生住み、仕事も結婚ももちろん全部地元。州どころか、県から一方も出たことがないという人も、きっとたくさんいると思います。そして、食事はもちろん、地元が1番。というよりは、自分の家、もっというと自分のマンマ(母)の料理が世界で最高だと信じて疑わないこと。
注意しないとならないのは、これは外国人に対して、差別をするとか何とかという話とは全く別です。一生理解はしないけれども、別に自分に直接害が無い限りにおいては、とても親切だし寛容な人というのはたくさんいます。一種の無関心ともいえます。
逆に危険なのは、中途半端に意識の高い人。学校の先生などに多いのでやっかいなのですが・・・変に凝り固まった知識を振りかざし、それでいて結局、日本も中国も区別がついていない・・・一見それらしきことをトウトウと述べながら、実は根底の差別意識まるだし。ありがちです。
話がそれましたが、イタリア人・第2のタイプは、外へ出ていく人。これはこれでまた、中途半端ではありません。仕事はもちろん、休暇でも、その度に世界中に旅行へ出かける。地球上、どこへ行っても必ずイタリア人がいる、んだそうです。1人になりたくて地の果てへ出かけたら、かつて同じようにしてそこにたどり着いたイタリア人が、定住してた、なんて話も、聞いたことがあります。あながち、冗談とも思えません。なんかこの、「脱出」癖のある人も、結構いるのです。よく言えば、冒険家、でしょうか。しがらみが多くてかしましいイタリア人社会から脱出しているようでもあります。見るからに変わった人も多いです。
そして最近、気になるのが、第2タイプの派生にあたるのか、それとも全く新人類で既に第3タイプを構成しているといってもいいのか・・・「日本マニア」です。
かつて、「アジアは全部回ったけど、日本だけ行ったことがない」という人に会ったことがあります。「興味が無いわけじゃないけど・・・」伝統的な第2のタイプにとっては、日本は、冒険的魅力に欠けたのでしょう。
今の30代以下のイタリア人は、ほとんどが日本のアニメ・マンガで育っているのが普通なこと、それで日本に興味を持った、というのがヴェネツィア大学の日本語科にやってくる学生たちの大半、というのは、今までも何度かお伝えしている通りです。今時の彼らは、在学中、あるいは卒業後に、最低一度、3カ月は語学研修と称し日本へ行きます。もちろん、中には失望して帰ってくる人もいないわけではありませんが、大半は楽しんで帰ってきて、たいていリピーターになります。家に帰ってきて、アルバイトしてお金をためてまた行く。あるいは、奨学金を得て留学すべく、さらに勉強する。
また、そこまで積極的な人たちではなくても、たまたま仕事で日本へ行って、気に入って帰ってきた、ぜひまた行きたい、という話もちらほら、聞くのです。
彼らは、多少は、ある意味未知なものを求めているにしても、サバイバルな冒険旅行が好きな人たちではありません。そうではなくて、地下鉄が分刻みで、しかも正確にやってくる、あるいは、常に動きの激しい町、それでも、どこもかもきれいで、きちんとしている・・・。そういう、快適こそを十分享受して楽しんでいるのです。なおかつ、横道をちょっと入れば、いまだ木造の家や商店の並ぶ下町もあり、その後ろにそびえる高層ビル。そんなふうに、伝統とハイテク、自由と秩序が同居してうまくいっている、そういうのがどうやら彼らには新鮮で面白いようです。
かつての、ミシマやクロサワで日本に傾倒したインテリとは違い、ありのままの日本を好む、ごくフツーの今どきの若者たち。やっぱり不思議な存在であることには変わりありません。
Fumie
28
ottobre 2005
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