| こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。 今日(11月21日)、ヴェネツィアは聖マリア・デッレ・サルーテの祭日。(お祭りについては、ちょっと古いですがHP2001年11月24日分をご参照ください。../../../../www.geocities.jp/vivereavenezia/112401.htm)
フェニーチェ劇場では、無料のコンサートがありました。題して、Maratona
musicale、音楽マラソン。朝の10時から始まり、室内楽あり、歌あり、オーケストラあり。最後の回は夜9時から、合唱とオーケストラ、大きな拍手で終わったのが11時少し前でした。
歴史的できごと
イタリアでは、来年度予算案で文化事業に対する補助金が大幅に削られ、各地で強い反対の声があがっています。お恥ずかしながら私、イタリアでも政治はちんぷんかんぷん。なので詳しくは把握していないのですが、わかった範囲だけでも取り上げてみると、まず美術部門で、例えばヴェネツィアではビエンナーレ国際展がその開催自体をあやぶめば、建築部門では、歴史的建物や美術館等、修復の遅れや中止の心配。
劇場部門は特にカット率が高いのか、元々の依存率が高いのか、映画界がイタリア映画の製作がわずか1/10程度になるだろうと訴えれば、ヴェネツィア映画祭は、新しく会場・設備を整えるべく国に要望を上げていたのに、それどころではなくやはり開催自体の危機。一方、フェニーチェ劇場はオペラ公演を予定の半分にしなければならないだろう、とか。ミラノ・スカラ座や、ヴェローナ野外劇場など、やはり大きな観光資源でもあるはずの劇場いずれも例外ではありません。
今日のコンサートは、そんな中、予算カット撤廃をもとめての抗議運動だったのです。
いつもなら、なんでもかんでもすぐ「スト」をしてしまうイタリアで、「観客に迷惑をかけるのではない」方法として思いついたという「逆スト」というこの企画。確かにストや、デモ行進をするより、ずっと粋です。いたるところで抗議の声があがっているイタリアでも、今のところ、この行動は唯一無二だそうです。
夜9時からの回は、客席も大方埋まった中、劇場責任者のあいさつ、劇場の名誉会長でもある市長のあいさつ。
まずはオーケストラで軽くモーツァルトを1曲演奏した後、舞台のいすや譜面台などを全部よけ、合唱に入りました。はじめのあいさつで、「演奏者、歌手だけでなく、スタッフや技術者、すべての人々」に言葉が及んだからでしょうか、舞台を整える裏方さんたちにも、度々拍手がおこります。
ロッシーニ「モゼ」より「祈り」の合唱で郷土愛と民族の自由を歌えば、2曲め以降は、国民的作曲家とされるヴェルディ。合唱団の中から、曲により代わる代わる違う人が出てきて、ソロを務めます。
合唱の最後は、「ナブッコ」より「思いよ、金色の翼に乗ってゆけ」。
1842年、オーストリア支配下ミラノで初演されたとき、観客席のイタリア人たちは、外国人の圧政下に苦しむユダヤ人の姿にそのわが身の姿を重ねて涙したのだそうです。そして大成功を収めたこのナブッコは繰り返し上演されますが、特にこの合唱曲は、今でも第二の国歌と言われるほど。また、ヴェルディという名前が、ちょうどVERDI
(Vittorio Emanuele Re di Italia=イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエーレ、当時)の略になっていることもあり、「Verdiばんざい!」と、2重の意味をこめて叫んだのだとか。
オペラ合唱曲を、2台のピアノによる伴奏という珍しいスタイルで聴くことができたのも、なかなか面白い経験でした。もちろん、ふだんは表に立たない存在であるはずの2人のピアニストも、今日は舞台の前にひっぱり出されます。
最後はまたオーケストラに戻り、F.J.ハイドン、交響曲「惜別(Sinfonia
degli addii)」。なんと、曲が始まる前に、合唱団もスタッフも皆、舞台に出てきて座ったり立ったり。思い思いのポーズでオーケストラを囲みます。ところが最終楽章、演奏中にふっと照明が落ちたと思うと、演奏を終えた奏者、周りのスタッフたちが、少しずつ舞台を去っていくのです。1人、また1人。弦を数人残したところで、指揮者すら出ていってしまう。最後の最後、コンサートマスターと、第2ヴァイオリンのトップ、たった2人になってそっと曲を終えると、彼らもまた静かに立ち去る。
有名な指揮者も、華やかなスプラノやテノールもいない。音楽的には超一級ではなかったかもしれないけれども、皆が1つになって音楽を作っていくすばらしさ、美しさが、劇場全体をもまた一体にしていました。
団体で力を発揮するイタリア人、珍しいものを見た、と思いました。いや、あのイタリア人がとうとう団結するほど、もしかしたら本当に危機的な状況なのかもしれません。
ではまた。
Fumie
21
novembre 2005
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