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2002年9月26日

 連休中から連休明け2日目まで風邪を引いた。 かなりキツいもんで、立ってるのが非常に辛いくらいで、メシ作って食ってる時間以外、ずっと横になっていた。 しかも、火曜(24日)締切の、河合塾模試の採点がタップリ残っていたのだ(爆)。 疲労・病体を押して採点し続け、24日には完全に死亡していた。 ・・・・臨時の採点依頼なんて、受けるもんじゃねえ(泣)

 そう思いながら病床に伏しつつも、夜22時頃から阪神−読売戦のTV中継を見ていた。 はぁ、どーせ、(この日に)胴上げなんやろうなあ、もう終わったかなあ、なんて思いつつ。 チャンネル開けてみると、まだ9回裏で同点。わが阪神は1点差で負けていたが、若き主砲、浜中が同点ホームランで追いついていたのだ!  既に2位のヤクルトが負けていたので読売の優勝は決定していた。 だが、ここで阪神ファンが唯一望むのは、「クソ読売が負けて、阪神が勝って六甲おろしの大合唱の中、タツノリ(ハラ監督)を胴上げさせる」ことだった。 で、23時回って、12回裏、読売の勝ちはなくなっていた。さらに1死満塁で打者は浜中。 ここで読売の4番手投手・前田が暴投、3塁走者生還で、わが阪神、サヨナラ勝ちをおさめた。 私は病床に伏しつつも、独り大はしゃぎ。サヨナラ勝ちの直後、甲子園球場には六甲おろしが流れ、私は一緒に熱唱していた(爆)。
 クソ読売の優勝は決まっているが、クソ読売は自爆サヨナラ負け一体、胴上げはどうなるんやろ、って思って楽しみに見守っていた。 甲子園球場で阪神が勝ったんだから、六甲おろしの合唱は至極当然。 で、六甲おろしの合唱が終わり、阪神ファンがしばらくヒッティングマーチを歌い続け、ほとぼりも醒め上がった頃、 待ちわびてたかのようにクソ読売の選手どもがゆっくりとマウンドに集まって、タツノリが胴上げされた。 だが、超拍子抜けを喰らったであろうクソ読売どもは、タツノリの胴上げだけで、他の選手らは誰も胴上げされなかった(笑)。 阪神ファン側から見ても、あの胴上げは、メチャメチャショボかった。
 この舞台裏には、こういうシナリオが用意されていたらしい。
「阪神が勝った場合、先に六甲おろしを流して、その後、胴上げをさせる」
これは非常に正しい選択だったと思う。ニュースステーションの渡辺真理は、 (まだT−G戦は決着ついてなかったが、ニュースステーションの放送終了後、)
阪神がもし買っても、六甲おろしは自粛ですかね〜
 何を寝言ぬかしとるかこのクソババア!そんなことしてみい! 乱入、物の投げ入れ、強行胴上げ阻止、球場内外での暴動は絶対起こるぞ!! 23時も回って、何のために阪神ファンが1人も帰宅せずに応援しとったと思うんじゃ。 胴上げ(クソ読売の優勝)は判ってたのにもかかわらず、だ。 虎党は、試合終了後の六甲おろしを大合唱するのが大の楽しみと言っても過言ではないのだ。 例年は、甲子園で敵チームに胴上げされてしまう時は下品な「帰れ」コール。できれば虎党だって、そんなコトしたくはない。 試合終了=胴上げの時に、六甲おろしを大合唱することで、ささやかな抵抗と意地を見せることを大いに意味したのだ。
 カルト的読売党や読売ナインから「なぜ試合終了後、速やかに胴上げできなかったのか」と不満の声が噴出しているらしいが、 んなコトほざくんだったら、てめえらの本拠地(東京ドーム)で胴上げできるよう、もっと早く勝っとかんかいっちゅーねん。 それとも、速やかにやろうとして暴徒らにボコられたいのか(1973年、甲子園球場の阪神−巨人戦、勝った方が優勝という日、 巨人が勝って胴上げしようとしたところ、グラウンドへ乱入。当時の川上監督の胴上げができず、主砲の王がゲタで頭をなぐられる騒ぎになった)。

 クソ読売優勝決定日にもかかわらず、我ら虎党としては、開幕の対クソ読売2連勝に劣らないくらい、非常に気分のいい日だった(笑)。

 

2002年9月20日

 仙台にも秋が訪れたか。日中も涼しい。当然、朝も涼しい。
 私は暑いのは大の苦手だ。夏はハッキリ言って地獄である。さらに、暑いと「夜は寝付きにくい」、「朝は起きづらい」のだ。 暑いときに目を覚ましても、目が覚めにくい。万年睡眠不足な感じまでしてしまう。
 逆に、涼しいのは大好きである。寒いのも平気である。耐寒性に優れている、と自負しているくらいだ(笑)。 秋から冬は、夜もすぐ眠れるし、朝は涼しい(ないし、寒い)から、パッチリと目が覚めるのだ。 みんなは逆だという(つまり、夏は暑いから起きざるを得なくなるが、冬は寒くてフトンから出れない)が、、、、

 私は今年から、河合塾の回し者になった(爆)。浪人時代は代々木ゼミナールの世話になっておきながら。 その(回し者になったという)詳細は、下記、2月25日の日記の通り。 で、先日、河合塾主催の第1回東北大模試が終わり、私も採点官として駆り出された。 まぁ、問題の制作者なんだから、採点業務にも関わるのは当然と言えば当然か。
 だが、先日、1本の電話が入った。「第2回全統記述模試の分で、 手違いで未採点の答案が大量に発生したので、至急、臨時で採点してほしい」ということだった。
 まぁ、連休は特にすることないし、連休使ってやればいいかと思い、引き受けた。 東北大模試制作を引き受けたときもだが、報酬に関する説明がないのだ。何故か。 まぁ、臨時収入と思ってやってるからうるさくは言わないつもりであるが。
 今日、河合塾仙台の校舎に、その答案を取りに行ったとき、 「急なお願いで大変申し訳ありません。何せ急なので、採点の枚数は少な目にしておきました」と言って渡された答案、 枚数にして290枚「300枚は超えてませんから」とか言われたが、290枚も300枚も同じじゃ!  で、採点期限を聞くと、「4日後」(爆)
 しかし、私が受験生に関わっていいんだろうか、なんて思ってしまう。ここで一言、ちょこっと言わせてもらっておこう。

 ごめんよ、全国の(河合塾の模試を受けた)受験生(のごく、私に採点される一部)。
私は一応、間違いのない採点や点数計算はしてるけど、 君等が一生懸命説いた解答を、私は酒を飲みながら採点してます!(核爆)

 もう1つごめんよ、全国の(河合塾の)第1回東北大模試で生物を受験した受験生、
第1問の超難問を作ったのは私です(爆)問題のネタは大学院受験の勉強に使ったテキストから持ってきたの(ぼそっ)

 さらにもう1つ、全国の(河合塾の)第2回東北大模試で生物を受験する予定の受験生、
第2回東北大模試の第1問は、また私が作ったけど、第1回(の第1問)よりさらに難しいものを作っちゃって、 ホントにゴメンよ〜(核爆)
これのネタは、最近の論文や学術誌から出たヤツで、大学(院)のテキストにも載ってないの・・・(ぼそり)

おまえの作った問題を解かされて、おまえに採点されるのか・・・。全国の受験生がカワイソウやなあ。。。」と、 かつて助教授にツッコまれたこと、まんざら間違ってないかも(爆)

 こんなんでええんかなあ・・・

 

2002年9月19日

 先日、Tの友人のレポートの協力(?)としてアンケートの回答をしたが、最近よく言葉にされている「癒し」に関する内容だった。 私自身、ぶっちゃけて言うと、どういうのが「癒されてる」というのか、イマイチ解ってない。 疲れが取れることを言うワケでもなさそうだし、不満や欲求不満が解消されることでもなさそうだし。 疲れは、寝たり温泉入ったりすりゃ取れるし、不満は誰かにブチまげたり酒飲んだりすれば、たいていスッとするし。
 最近、実験終えて研究室から帰り、フロから上がってくると、夜のくだらん番組を見て笑っている。
順に言うと、火曜は「ぷっ」すま」(テレ朝系)、 水曜は「松本伸助」、 その直後に「あんたにグラッツェ」(ともに日テレ系)、 金曜は「探偵!ナイトスクープ」(テレ朝系)、 土曜は「恋のから騒ぎ(日テレ系)と言った具合である。 ナイトスクープは大阪在住時代からずーっと見てきてるし、くだらないとは思わないけど、 それ以外は、くだらんバラエティ番組と言えよう。
 最近、このくだらんバラエティを見て何となく癒され(?)てると感じるには、重症だろうか・・・・。
(研究室の後輩(♀)には、「ズバリ、重症です」と言われてみた)

 しかしアレやね。国内の「左」系、テッテ的に叩かれてるね。新聞で言えば朝日新聞。政党で言えば社民党(旧社会党系)。 私も知らなかったが、これらは「拉致した証拠がない」とか「どこの国が攻めてくるんですか(おタカさん談)」的な言い方をしてたらしい。
 今、弁明に必死になってるねぇ・・・。

 

2002年7月29日

 21日に福島まで足を運んで馬券買いに行ったが、久々すぎて全敗(爆)
岩手競馬の馬券が福島で売っていたもんだから、幾分かはやりやすい岩手競馬(この日は盛岡開催)にも手を出したがラチ開かず(核爆)

 まぁ、それはいいとして・・・

 今日、朝起きて、いつも通り「おじゃる丸」を見て、研究室へ行く前に朝のワイドショー番組をダラダラ見てたら、また出てきおった。
マザコン虚言師和泉モトヤンとババア
岐阜県可児市と新宿コマの公演ダブルブッキング騒動で、ジェット機使って見事間に合わせました〜なんて自慢げにほざいとるが、 間に合って当たり前なんじゃ。しかも、新宿コマの公演時間は当初より1時間以上遅らせて迷惑の雨嵐。 そんな(1日2つも3つもの)契約交わすことが間違っとるんじゃ。
こういう非常識な約束、マザコンぶり発揮、職分会とのケンカ、挙げ句の果てには、職分会の幹部を破門通告だってさ。職分会の幹部、 笑ってたよ。「どうぞいくらでも(破門)してください」ってね。
こんなマザコン虚言師がどうなろうと笑いのネタにされようと、私は知ったこっちゃない。。。
だけど、羽野晶紀がカワイソウである。羽野晶紀と言えば、関西の劇団(新感線)所属の芸人で、他の関西の芸人と一緒によくTVに出てたもんだった。 顔はカワイイ、どことなく天然ボケ風で、好かれるキャラだったと思う。関西にファンが多かったのではなかろうか。
それが、いつのまにか、マザコンの嫁に(しかも「デキちゃった婚」)なったとたん、クソババアが言いたい放題、
「ソーケーのヨメに来たからには、ソーケーが何たるか、黙って見て黙って覚えて、あーやらこーやら・・・」
(宗家とは認められてもおらへんのに)それが収まったかと思えば、ワイドショーの格好のネタ。
黙って見て黙ってソーケーのドタキャンやダブルブッキングをこなす方法でも覚えろってのかい?!
羽野晶紀と娘があまりにも不憫だよ。これじゃあ。関西で公演やろうもんならビン缶が飛んでくるで・・・

狂言の世界から除名してくれ、このマザコンとババアは。
(このマザコン虚言師のことを批判するならこちらこちらでどうぞ<2ch)

とにかく、和泉モトヤンとババア、逝ってよし!

 

2002年7月18日

 HP再開(爆)

 とりあえず、日記だけでも更新しよう。

 16日、17日と、大阪にいるTに会いに、久々帰阪。仙台から大阪に行くとなると、常識人では、まずヒコーキで、と考えつくのがフツーだろう。 だが、貧乏大学院生にそんなカネはない。ただでさえ、私はヒコーキが大の苦手であるのに。 では、新幹線は? ・・・却下。新幹線を乗り継いで仙台から東京経由で新大阪に行くと、6時間はかかる上に、片道21000円である。 夜行高速バスだと、往復で21000円で済む。片道12時間の旅に耐えられるなら、これほど経済的な交通手段は他にない。

 で、16日に、約12〜3年ぶりに甲子園球場へ足を運んだ。久々に会って阪神戦かよ!?って? ・・・ほっとけ。 これまで甲子園球場には7回くらい足を運んだことはあるが、7回中6回は敗戦(1回は引分)で、タイガースの勝ち試合は、今まで見に行ったことがなかった。 当初は、1週前の中日戦という予定だったが、対中日戦は分が悪いから、という理由で(爆)、1週遅らせて対広島戦を観戦することにした。
 ところが、その当初予定していた対中日戦、2−0で勝っていた。しもた。行っとけばよかった・・・。もしわざわざ1週遅らせて見に行って、 広島に負けたら、シャレならへんで・・・なんて思いつつ、当日の早朝、京都駅に到着したら、台風による大雨(爆)。あ〜あ・・・、今日は中止やなあ。 いくら超晴れ男の私でも、台風には勝てんかぁ、なんて思っていた。
 私の晴れ男ぶりはハンパではなかった。午前中には雨はやみ、昼から太陽がカンカン照りになった(おかげで、暑さに滅法弱い私としては、 蒸し暑さとの格闘が大変だった)。もしかしたら、この日は後半戦の開幕戦だし、初の勝ち試合観戦が可能かも!と思い始めた。

 5月、6月のチケット状況(甲子園球場のサイトで見れる)では、当日も空席があるという日が多く、対巨人戦でもなく平日だから、 2週間前くらいにチケットを購入すればいいか、と思っていたら、
「ライト外野指定席 あと1枚」
と言われ、1塁側内野特別指定席(イエローシート)への変更を余儀なくされた。
(仙台で甲子園のチケット入手はできない(と思っていた)ため、大阪在住のTに頼んで購入してもらった)
 トラキチ(超熱狂的虎党の通称)にとって、応援の醍醐味はライト外野席にある。最も応援が盛り上がる場所であるからだ。でも、内野席ならば、 選手がよく見える。たまには違った視点から見るのも一興だろう、と思ったりもした(笑)。

 試合結果は3−0で勝利。(甲子園に観戦に行って)初めて勝った。六甲颪を3番まで絶唱、その後、場外に出て、 いわゆる「二次会」に混ざってみたりもした(爆)。「二次会」とは、阪神が勝った後、場外に出て集まって、 六甲颪やヒッティングマーチを唄いまくり、そして対巨人ヤジ合戦・・・。ヒッティングマーチは、この日のスタメン、代打、現在故障中の選手(赤星、坪井など)のから、 1985年優勝当時のオーダー(これは私も記憶に残っていて懐かしかった)、1992年の新亀時代で2位になった当時のオーダー・・・・。 そー言えば、私は現在のスタメンのヒッティングマーチは全然知らない(爆)。仙台で阪神戦と言えば対巨人戦しか放映しないからだ (だから野球人気は衰える)。
 そして、対巨人ヤジが始まった。1985年以前は、阪神−巨人戦では、試合開始前にスタンドで恒例のヤジ合戦というのがあった。例えば、、、
「江川の耳はブタの耳」
「万年角刈り中畑」
「山倉はいてるパンパース」

というのが有名だったのは記憶に残っている(笑)
それ以降、ヤジ合戦は消滅したらしいが、最下位連発してりゃあ、ヤジ合戦するだけ空しい、というのもあったんだろう(汗)
 で、この日聞いたヤジは、、、
「ハワイへ帰れ元木」
「元木の脳味噌タケヤ味噌」
(こっちは有名)
「長嶋親子バカ親子」(もうおらへんのに・・・)
「おまえはアホか桑田」(ネタないんか? 一昔前は「借金返せ桑田」ってのがあったが、それに対抗して「追徴課税だ川尻」とヤジられた)
「由伸クルマ盗まれた」(昔、巨人投手の西本の嫁はんが交通事故に遭ったとき、西本が嫁はんネタでヤジられたことがある)
「読売新聞ヘボ新聞」
「よみうりランドソープランド」
(ここまで言えば低レベルだ・・・)
あと江藤ネタや河原、岡島ネタもあったが忘れた。江藤と言えば、杉山と並んで
「江藤杉山婦女暴行」(事件自体は有名です)
というのがあるらしい・・・
球場外だけでなく、阪神電車内(他の客もおる)、阪神梅田駅で同様のバカ騒ぎやってるし、、、
こいつらもある意味フーリガン?

 テメエ、何しに帰阪したんかい!?ってか? だから次の日は大阪市内でショッピングなどして、 フツーに過ごしましたわな。。。

 

2002年2月25日

 三日坊主どころではない、笑い事ではない(汗)
 とりあえず4ヶ月ぶりくらいに日記再開とする・・・
 今日はバイトに行って来た。大学院生になって仙台に来てからバイトをしたコトがなかったのだが、 研究室メンバーの1人が、ずっとやってきていたバイトを、そいつが就職活動でバイトに支障をきたすという理由で、 バトンタッチを受けたのだ(私はドクター進学予定のため就職活動はしていない)。その仕事内容は、解答作成である。 しかも、私の今通う東北大学の、生物の試験の模範解答作成である。。。(今日は国公立大学二次前期試験)
 私は学部生の頃、バイトで塾講師として、高校生に生物・化学・古文(理系人間がナゼ古文?)を教えていたことはある。 生物と化学に至っては、大学受験生物・化学を講義していた。だが、そんな話、3年以上前である。言い換えれば、 受験生物に3年のブランクがある。しかも私は学部生の頃は化学人間(正確には生化学)。さらに、塾講師時代も、 京大や阪大の対策を練った講義はしたことはあるが、東北大の対策なんてしたこともなく、 傾向など全然分からない状態である。だから、ハッキリ言って中途半端なのである(汗)。
 まぁ、引き受けてしまったモノは仕方がない。腹を決めて、某河○塾の仙台校に赴いた。 前日に案内状が某河○塾から届いてて、「模範解答が翌日の河北新報(仙台に本社のある宮城県の地方紙)朝刊に掲載されますので・・・・」とあった。 オイオイ、マジかよ・・・。ウソ書いたらJAROに訴えられるやんけ(爆)。。。でも、記憶を思い起こして何とかなるだろうと気持ちを切り替えて行った(笑)。
 実際、私が浪人時代に行ってた予備校は、ここのライバル、代○木ゼミナールだったが、まぁいいや(笑)。でも、代ゼミでは、主要大学の模範解答(解答速報)作成は、 一級の講師陣がやっていた。でも、この某河○塾では、下級(?)講師と現役大学院生が入り交じって作成するんだそうだ・・・。
 東北大の生物は大問4問。内容は、細胞とグルコース代謝、ホルモンと恒常性、進化と薬剤耐性、発生の4問。解答作成担当が5人いて、4人が大問1問ずつ担当、 残り1人が総合チェック&清書。私は無難に大問1の細胞とグルコース代謝を選んだ。ド忘れした単語類は教科書や(私が普段使ってる)テキスト類で補えるのだが、 生物の問題というのは、論述力勝負であり、解答の文章を作成するのに3年のブランクは、ややキツかった(後で訂正がけっこう加えられたりした(^^;))。
 清書も終了し、講師室で今日の謝礼(時給換算2400円はオイシイ)と、夕食をいただいて、研究室に戻ってきた。今日は難なく(?)終われたが、 3月12日に後期試験の模範解答作成が控えている・・・。さらに、平成14年度の東北大入試オープン(プレテスト)作成スタッフにされてしまい、 今日、契約してきてしまった。これを聞いた(研究室の)助教授は、
おまえの作った問題を解かされて、おまえに採点されるのか・・・。全国の受験生がカワイソウやなあ。。。
といつものツッコミを私に入れていた。いや、マジな話、全国の受験生、カワイソウかもしれない(爆)

 

 

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