+ 風来日記 de 2002年12月 +


2002年12月31日(火)晴れ   静寂
 友人との約束を、当日になってキャンセルされた。 ま、中学時代から彼女のマイペースぶりには慣れてるから、別に驚かないよ。 何もしない、静かな大晦日。というより、いつもの週末と同じって感じ。 大晦日ということさえも、忘れそうなほど静かに過ごした。

2002年12月30日(月)晴れ   実家
 お昼過ぎに実家へ行った。一歳四ヶ月の甥はスクスクと成長し、私を見ると嬉しそうに走って来る。 兄は「ホラ、おまえとおんなじ顔のオバちゃんが来たよ」と上機嫌。 この小さな暴れん坊とは月に一度のペースで会うのだが、その都度大きくなり、同時に賢くなっていくのがわかる。 「私もこの子みたいに物事をドンドン覚えられたらいいのにな」と真面目に思ってしまった。 夕食後、私が「バイバイ」と言うと、駄目だと泣く姿を見て、更にいとおしく感じた。

2002年12月29日(日)晴れ   懐かしい
 夜、たまたまテレビを点けたら、フジテレビの「あいのり」でニカラグア が舞台として映し出された。懐かしい。本当に懐かしい。 途中から見たので私の住んでいたRivas(リヴァス)の町は見られなかったが、 様々な思い出のある場所が次々と映し出され、思わず歓声を挙げながら見入ってしまった。
 現地に住んでいた頃の私は、あの国が嫌で嫌で仕方がなかった。 でも今は違う。帰国して時が経ち、時間と共に辛かった思い出さえも”貴重な経験”と考えられるようになった。 文化が違うのだから言語や生活習慣が異なるのは当然。 公園の噴水で、気持ち良さそうに水浴びをする巡回サーカスのライオン。 居酒屋で女性客の髪の毛を引っ張って気を引くテナガザル。アジア人さえ見れば、「中国人!」と叫んで逃げる子供たちなど。 今となっては、その全てがかけがえのない、決して色褪せない記憶となっている。 それはつまり、現在の私が、私であるための重要な要素。偶然目に飛び込んできた映像から、そんなことを考えた。

2002年12月28日(土)晴れ   怠惰
 また今日もダラダラと過ごした。何もせずに終わったが、不思議と満ち足りた気持ちだよ。

2002年12月27日(金)晴れ   日本人
 きっと、今日で今年の仕事納めの人たちが多いよね。 17:00過ぎに、あちらこちらでペコペコ挨拶する姿が目に付いたし。 日本には頭を下げる習慣があるから当然だけど、何故か私は第三者的にその様子を見守ってしまう。 必要な時には私もするけど、遠目に見ていると不思議な光景。。。ここまで書いて、思ったこと。 もしかして、私はまだ日本人に戻りきっていないのかしら(笑)。

2002年12月26日(木)晴れ   平穏
 静かな一日だった。こういう日も必要だけど、それだけではつまらないよね。

2002年12月25日(水)晴れ   30万円
 日立港沖で座礁し、油を海に流れ出させている北朝鮮の貨物船。その船主に課せられた罰金はたったの30万円。 「波が高いのに、下ろす錨の数を増やすなどの対処を怠った罪」だって。 現地では船内に残された貨物の運び出し、水のかき出し作業を、経費を肩代わりして続けている。 北朝鮮の船会社は「お金がない」の一点張り。 「近い将来、この船が北朝鮮の船会社から見捨てられるのでは?」と懸念するのは私だけかしら。。。

2002年12月24日(火)晴れ   イスラマ通信
 パキスタンのイスラマバードにいる友人から「イスラマ通信」メールが届いた。 私が二カラグアに住んでいた2年間、彼女はバングラデシュで過ごした。 そしてこの夏からパキスタンに行き、既にすっかり溶け込んでいるようだ。 日本にいると”パキスタン”という国名から、「危険」や「アルカイダメンバーの潜伏地」などのイメージが湧き易い。 しかし彼女の現地レポートを読むと、偏った情報によって創りあげたイメージを覆される。 きっとパキスタン人に言わせれば「マイナスイメージを勝手に押し付ける前に、 ここへ来て自分の目で確かめて」と声を荒立たせるだろう。 それは日本人にも言えること。アフリカの一部では今でも「ニッポンの男性はチョンマゲを結い、 皆が着物を着ている。悪いことをしたらハラキリをさせられる。」と信じている人々もいる。
 とかく恵まれた生活をしていると、自分を取り巻く環境を「当たり前」と誤認し易い。 クリスマス・イヴの今日、自分とは大きく異なる境遇で、ささやかな祈りをささげる人たちのことを思いやった。

2002年12月23日(月)晴れ   天皇誕生日
 3連休の最終日にして、やっと待望の晴れ。朝8:00から洗濯機を2回稼動。 大掃除をし、トルティージャを焼き、スーパーに買い物に行った。 休日のスーパーはあまり好きではないが、食糧が底を付いたため仕方がない。 行ってみると、悪い予感は的中した。クリスマス前の最終休日なので、親子ずれで混み合っているのだ。 「クリスマス・オードブル」「クリスマス・ケーキ」などが華やかに陳列されている。 私は”日本って本当に平和だなぁ”と実感しつつ、そそくさと逃げ帰ってきた。

2002年12月22日(日)曇り   悠々自適
 寒い一日。今日もまた一歩も外に出ず自宅で過ごした。 そう、本や雑誌を読んでいたのさ。なんだか得した気分がするのはなぜ? ともかく、何もしてないけど、充実したような不思議な日だよ。

2002年12月21日(土)曇り   怠惰
 今日はずーっと布団の中にいたように思える。もちろん一歩も外に出なかった。 私にとってはこの上ない贅沢だけど、良くない状態であることも事実。気を付けなくては。 ところでインドでは、大火事と自動車の脱線事故が同日に起きた。年の瀬でも、あれこれとバタバタしてるね。

2002年12月20日(金)曇り   選ぶだけでも楽しい
 帰りに、駅構内にあるおいしいパン屋さんに寄った。玄米、胡麻、シナモンなどのパンをチョイス。 自分の趣味で気ままに選ぶのは楽しいが、唯一好きなのに買わなかったのが、チーズ。 なぜなら自分で食べるパンではないから。そう、近所の病院に入院中の友人へのお見舞い品なのだ。 「気に入ってくれるといいな」と思いつつ、軽やかな足取りで病院へ。 入院と言っても、産婦人科なので病気ではない。むしろ嬉しいことなのだ。 彼女は私の訪問とパンをとても喜んでくれて、私まで幸せな気分をもらった。 懸念していたチーズの香りも問題なしとのことで、次回はチーズもセレクト可能。 たった10分の会話だったけど、満ち足りた気持ちになれたよ。

2002年12月19日(木)曇りときどき小雨   うーん
 残念だけど、仕方がないね。そんなこともあるさ。 人生って、いつもいつも思い通りに進んでいたら、きっとつまらないよ。 紆余曲折、七転八倒があるからこそ面白いし、幸せを感じられる。 あなたには、自分が困ったり、心細い時にそばにいて欲しい人がいますか?

2002年12月18日(水)晴れ   メール
 いつもの様に、夜中になってメールを開いた。すると、嬉しいメールを受信。 だから、夜になって機嫌が良くなったよ。
 疲れているのにメールをくださってありがとう。無理しないでくださいね。 > 「くたばらないで!」さん

2002年12月17日(火)晴れ   調子に乗る
 本日は第三回の中国語勉強会の日。 初回の時点では、勉強会の存在そのものを知らなかったから、私にとっては二回目の参加となる。 中国人の先生一人と、日本人の生徒が五人。少人数クラスで無償なんて、本当にありがたいこと。
 この言語、同じ音でも4つの抑揚パターンによって意味が違うので、特に発音には注意が必要。 でもね、だんだんコツを掴んできて、楽しく感じ始めた。 まだまだ先は長いけど、調子に乗ってチャンスを生かしたいと思う。 多分、既に人生の3分の1は終わってるけど、いつでも挑戦心は忘れずに持っていたいものだ。

2002年12月16日(月)晴れ   寒さが和らぐ
 今日は、昨日より少し暖かくて嬉しい。こういう日が週末に来てくれれば、もっと嬉しいんだけどな。 それにしても日本の四季って美しいよね。 寒さが苦手な私だが、四季の移り変わりを感じる光景には、ついつい心を奪われて、寒さを忘れて見とれてしまう。 みなさんは最近、自然のおりなす美観に感動しましたか?

2002年12月15日(日)晴れ   静寂
 いつもの様に、一歩も外に出ない日曜日。疲れているわけでもないし、睡眠不足でもない。 それなのに、なんとなく気分がスッキリしないのはなぜ?、、、ま、いいか。きっと気のせいだよね。 今年も残りわずか。そろそろ年賀状のことを考えなくては。皆さんはもう準備しましたか?

2002年12月14日(土)雲り   久しぶり
 久々に懐かしい友人たちと会った。しかし「久しぶり」とはあまり感じなかった。 付き合いが長いと、空白の期間がある程度あっても、すぐに会話がはずむ。 それにしても、私が変わらずにノウノウと生きているのに比べ、友人たちは確実に成長を遂げている。 いろいろな意味で、自分にプラスになる刺激を受けた。やはり私は、友人に恵まれていると確信したよ。
 お疲れ様。また会おう。次回はきっと”祝賀会”だね。 > ”観光荘”経験者各位

2002年12月13日(金)雲り   電話
 帰宅してすぐ実家に電話した。そろそろ両親が中国から帰国する頃だから。 私が「お帰り。三峡下りはどうだった?」と聞くと、「アンタ、今ごろ電話してくるなんて。 月曜日には帰って来てたよ。」と母。あらら、珍しく短いツアーだったのね。 すかさず母は「万全の防寒対策をして行ったのに、向こうは温かった。 帰国したら、雪が降っていて驚いた。」と語った。とりあえず、楽しかったみたいなので善しとしよう。 昨日から始めた中国語。少し話せるようになったら、中国に行ってみたいな。

2002年12月12日(木)雲り   チャンス
 突然、願ってもいないチャンスが舞い込んだ。そう、無償で中国語を習う好機を得たのだ。 迷わずに参加希望の意志を表した私。中国人の先生に、発音を中心に習い始めた。 文法は簡単だが、とにかく発音が難しい。なかなか上手くできなくて、悔しさを味わう面白さを久々に味わった。 マイペースで勉強して、なんとか形にしたい。目指せ、第三外国語習得!

2002年12月11日(水)雲り   やっぱり
 民主党の代表選挙が行われ、予想通り、管候補が選出された。 有権者数183、投票者数183、有効投票数183という、素晴らしい参加率。 結果は管氏104票、岡田氏79票。管氏が選ばれるとは思ったが、こんなに差がつくとは考えなかった。 今後の党の行方にとても興味がある。益々、目が離せないね。

2002年12月10日(火)雲り   休日
 昼間、カメラを持って、会議の時間より少し早く出かけた。雪の写真を撮りたかったが、思うようにいかず断念。 また今度だね。それにしても、外は寒いよ。いよいよ冬本番。楽しみだけど、ちょっと憂鬱。

2002年12月09日(月)小雪   寒い
 天気予報って、結構当るね。だって今日、本当に雪が降ったもの。 朝、慌てて押し入れのスーツケースから皮の手袋を探し出し、ブーツを履いて出発。 午後には止んだけど、街が白くなったよ。ニュースでは「12月としては、大正元年以来の積雪記録」とのこと。 あー、また降るのかなぁ。スキーは好きだけど、住む所には降って欲しくないよ。

2002年12月08日(日)小雨   空
 また今日も家から一歩も出ずに、雨のシトシト降る空をボーっと眺めてた。これって贅沢だよね。
 昨日書き忘れたけど、気を付けて行って来てね。 > 回路リベンジさん

2002年12月07日(土)小雨   壊
 イージス艦の派遣、民主党選挙、高速道路の建設是非などなど、気になることはたくさんある。 しかし、着いていけない。そう、ちょっと不調なんだよね、心が。と言うわけで、今日の日記はこれでおしまい。

2002年12月06日(金)曇り   残念
 職場の女性が本日で勤務を完了した。残念ながら、最後にご挨拶ができなかったよ。 本当に心残りなので、この日記を読んでくれたら、 ここにメールをくださいね。
 メールをお待ちしてます。 > ピチピチお肌ウォッチャー

2002年12月05日(木)曇り   Carta de la Navidad (Christmas card)
 8月に遊びに行かせてもらった先輩に宛てて、クリスマス・カードを投函した。 そう、彼女は”母親”になったのだ。ご主人に似て、大きな目の女の子とのこと。 やっぱりハーフって、顔の作りが違うよね。あー、早く会いたいな。先輩たちの娘さんに。 そんなことを考えながら、スペイン語と日本語を混ぜて、カラフルなカードに仕上げた。

2002年12月04日(水)曇り   鍵
 22:00に自宅の電話が鳴った。「この時間なら、実家からだろう」と思いつつ受話器を取る。 もちろん予想的中。そして母の第一声は「ちょっとアンタ、南京錠の番号教えてよ」であった。 私の頭は、一瞬クエスチョン・マークで満たされた。しかし、悲しいかな、そこは親子である。 私は「あー、あの黒い、数字が4つ並んでる鉄の鍵?」と聞き返す。 母は「そうそう。アンタ、さすがに話しがわかるねぇ」と感心することしきり。 私が暗証番号を教えると、母は「番号がわかっても、数字が小さいから、目がチカチカして見えないのよ」と切り返す。 そう言われても、そこまでは面倒が見切れない。彼女は受話器を置いて、眼鏡をかけ鍵と格闘。 父にバトンタッチしたが、父の太い指ではとうてい小さくて硬いダイヤルは回せない。 再び母が挑戦し、なんとか鍵を開けることに成功。 ここで私に「何故、鍵が必要なのか?」という疑問が浮かんだ。。。あっ、そう言えば明日からだ。 両親が中国へ出発するのは!すっかり忘れていたよ。 私は母に「温かくして、ゆっくり骨を休めて来てね」と言って電話を切った。
 今までなら、毎年のように夫婦で旅に出ていたのに、この一年は自宅の新築でそれどころではなかった。 やっと家が建ち、兄一家との同居にも慣れた模様。 新しい人生を始め、楽しんでいるのが伝わって来て、娘として素直に嬉しかったよ。

2002年12月03日(火)曇り   だいたい1周年
 確か、一年前の今ごろでしたね。本当に月日の経つのは速いです、、、 なんていきなり書いても、皆様はサッパリ意味がわからないことでしょう。失礼しました。
 覚えていらっしゃいますか? > 理解者さん

2002年12月02日(月)曇り   月曜日
 あぁあ、また月曜日が来たよ。でもね、先週までとは状況が違うから、だいぶ気が楽。 作業も順調だし、1週間乗り切れそう。皆様も頑張りましょう。

2002年12月01日(日)曇りときどき小雨   知ってる?
 12月1日が何の日か知ってる?答えは「世界エイズ・デー」。 感染力が弱いけど、命を脅かす危険な病気。テレビでは「世界に約4,200万人のHIV感染者がいる」と言っている。
 私が住んでいたニカラグアでは、若い女性に対し「子供を産むのは10人までにしましょう」と呼びかけていた。 未婚の母が父親の異なる子供を1年おきに産み、家族で育てる。 家計のため、幼い弟や妹のため、10歳程度の子供が働く。そんな社会構造を目の当たりにした。 今のニカラグアはきっと、HIVウィルス感染率が上がっていることだろう。 しかし、現状は「神のみぞ知る」状態。自分が感染者かどうか知らないのが大きな問題なのだ。 もちろん、検査を受ける経済的余裕もなければ、勇気を持てない人も多い。 このままで良いのだろうか。いや、良いはずがない。
 元気そうで良かったよ。また顔を見に行くからね。 > ツインズ☆ママさん
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