カラマーゾフの兄弟について
※まだ作品を読んでいない方は2をとばして読まれることをお勧めします。
1.概要
小説『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキー最後の長編小説であり、1878年から二年間かけて書き上げられました。『カラマーゾフの兄弟』はその「まえがき」にもある通り、二部に渡る大長編小説の前編という位置付けで書かれましたが、残念ながら後編の執筆を待たずしてドストエフスキーは他界してしまいました。したがって、『カラマーゾフの兄弟』は未完の大作の一部分であるということになりますが、この小説は「ほんとにこれ以上付け足す必要あるの?」と思わせるほど完成度の高い作品であります(と小林秀雄さんが言っていましたし私もそう思います)。
この小説で扱われているテーマは多岐に上りますが、全体を貫くテーマは神の問題であり、ほとんどの問いは神の問題から派生しているものであると思います。
@神が存在しなければ善もないのか
A人はなんで神を必要とするのか
Bキリストは救世主か?実は悪魔こそ人類の救世主ではなかったのか
などはその代表的なものであると思います。
「俺達日本人は無神論だから神なんぞ関係ないだろ」と思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。例えば@神が存在しなければ善もない、のであれば無神論の私達はなにを正しいものとして、何を行動の指針の根拠として生きていけばいいのでしょうか?(ちなみにドストエフスキーの小説の中で無心論者のキャラクターは必ずといっていいほど破滅の道を歩んでいます。)
と、長くなりましたのでこのへんの考察は「私的日記」のコーナーで考えていきたいと思ってマス。ヨロシク。
2.あらすじ
欲望のままに生きるフョードル・カラマーゾフには、情熱にあふれるドミートリイ、知的なイワン、修道僧のアリョーシャの三人の息子がいる。ドミートリイは最初の妻との子で、あとの二人は二番目の妻との子である。そして、フョードル家にはもう一人、彼の私生児であると噂される召使のスメルジャコフがいる。
長男のドミートリイはフョードルと遺産をめぐった金銭的なトラブルを抱えている。と同時に、フィアンセのカテリーナから着服した金を返すことを至上命題であると考えている。又、ドミートリイはフィアンセがいながら、グルーシェニカという高級娼婦に惚れ込んでしまい、しかも彼女にはフョードルも目をつけており、親子は恋のライバルとしても確執を深めていく。
そんなある日、ドミートリイは今日までにカテリーナに返す金が手に入らなければ、父を殺して、金を奪ってやると決心する。ドミートリイは金を借りようと奔走するが、当てはことごとく外れ、ついに父の家へ向かう。
その日の晩、父フョードルは何者かに殴り殺される。そして、嫌疑は当然ドミートリイに向けられ、彼は裁判にかけられる。彼は無実を主張するが、様々な理由(ここは伏せます)によって結局有罪となる。
とまあ大まかにはこんな感じで、ストーリー展開のメインは長男のドミートリイですが、実は思想的問題のメインは弟のイワンであり、彼を中心として物語の核となる哲学的な論議が交わされていきます。
3.主な登場人物
フョードル・カラマーゾフ:欲望に身を任せて放蕩生活を送るが、金の問題に関しては才能を発揮し、相当な財産 を築いている。三人の息子がいるが、長男と金銭問題で争っている。
ドミートリイ・カラマーゾフ:フョードルの長男。乱暴な面もあるが、礼儀正しく、人情ぶかい一面もある。カテリーナ のフィアンセでありながら、グルーシェニカに惚れている。
イワン・カラマーゾフ:フョードルの次男。その知的な思考力で一見全く隙のない無神論を展開するが、自分の思 想の矛盾に苦しむ。兄のフィアンセのカテリーナに内心惚れている。
アレクセイ・カラマーゾフ:フョードルの三男。修道僧として生活する真面目な好青年で誰からも好かれるタイプ。 長老のゾシマに傾倒しており、苦しむ二人の兄を救うために奔走する。