日本の裏側・ブラジル紀行 【1・2日目】

プロローグ
 
年末年始のエジプト旅行により、世界6大陸の中で行っていないのは、南アメリカ大陸と南極大陸になった。こうなると次に目指すは南アメリカ大陸となる。  だが、僕の様な短期旅行者にとっては、南米は非常に遠く、当然行く所も限られてしまう。南米なら、ペルーのマチュピチュ遺跡が観光地としては一番人気であろうが、僕にとっては多くの人種が混在し、それぞれがほとんど差別無く、仲良く暮らしていると言うブラジルに関心を持った。  全部で9日間の旅程だが、飛行時間が片道24時間以上も掛かる為、現地では実質5泊しか出来ない。そこで時間を節約する為にも、滞在場所を2箇所に絞り、2点間の移動は飛行機に頼る事にした。  この場合、いつもの旅パターンでは、1箇所は名所観光、もう1箇所は都市滞在に重点を置く事になる。そこで、前者は世界三大爆布の1つであるイグアスの滝がある、ブラジル南部の都市、フォス・ド・イグアスで3泊。後者は南米最大の都市で、日系人が最も多く住んでいるサンパウロに2泊する事に決め、チケットを予約した。今回利用するヴァリグ・ブラジル航空は最寄りの関西国際空港から出ておらず、日程の関係上、行きは名古屋空港発、帰りは成田空港着の面倒なチケットとなってしまった。

2003年4月27日(日)


@自宅→新大阪→名古屋

 正午過ぎに家を出て、新快速電車で新大阪まで行き、名古屋まで行く為に、チケット屋であらかじめ買っておいた新幹線のビジネス切符を自動改札機に通すが、何度通しても引っ掛かってしまうので、近くにいた駅員にその切符を見せると、 「ああ、この切符は今日から使えませんよ」  との事。切符を良く見ると、「4/27〜5/5は使用できません」と表記されていた。この切符は安い代わりに、ゴールデン・ウィーク期間は使用できないのだ。仕方なく切符売り場に戻り、クレジットカードで正規料金の切符を買う。いきなり出鼻をくじかれてしまった。  ブラジルへ行くと決めたものの、実は今回の旅ほど気が進まないものは今までになかった。治安が良くないと聞いているし、英語はほとんど通じず、日本人旅行者も少なめで、飛行機で24時間以上も掛かる。おまけに今年の風水では、南東方面の旅行は凶だそうだ。そこで僕は、以前母が買ってくれた、「SAFELY DRIVE SAFELY TRAVEL」と書かれた神社のお守りを机の中から探し出し、かばんにぶらさげて出掛けた。  名古屋に無事到着し、そのまま空港行きのバスに乗る。名古屋は新卒の仕事で配属された場所で、その仕事を辞めるまでの約2年半住んだ事がある。それ以来再訪の機会が無く、久々に懐かしい街を眺めつつ、空港に到着する。  実はここで、名古屋に住むメル友のケイさんと待ち合わせをしていた。彼女は去年末辺りから僕のホームページを訪れ、それ以来割と頻繁にメール交換をしている。今春晴れて小学校教員に正式採用され、多忙な毎日を送っている様だ。  今まで面識はなかったが、携帯で連絡を取り合う事でスムーズに会え、空港のレストランでお茶を飲む。2人とも旅行好きという共通の趣味があるので初対面にも関わらず話が弾み、あっと言う間に時間が過ぎた。  カウンターでチェックインを済ませ、ケイさんに見送られながら、出国ゲートに向かった。僕は今まで何十回と海外旅行をしているが、誰かに見送ってもらう事などなかったので嬉しかった。

Aいよいよ出発
 SARSの影響の為、空港内は閑散としており、出国手続きは拍子抜けする程簡単に終わった。そのまま搭乗ゲートに向かうが、案の定、旅行者らしき人達はほとんど見当たらない。乗客の大部分が日系ブラジル人の里帰りだ。彼等の表情は我々と同じであるが、そのほとんどがポルトガル語を話していた。
 いよいよ24時間の飛行機旅の始まりである。これだけ長いとひたすら眠るのが得策であろう。  飛行機に乗るとすぐに機内食が配られ始めた。丁度夕食時なのである。比較的年齢のいったスチュワーデスから、
「チキンかパスタか?」
 と尋ねられたので、僕はパスタを頼み、飲み物はダイエットコークをチョイスした。肉関係は当たり外れがあるが、パスタはさほど美味くもなければ外れもないのだ。機内食をさっさと頬張り、空気枕を膨らませた後、アイマスクをして眠りに入る。
 更にもう一度朝食が出た後、飛行機はロサンゼルスの空港に着いた。ここで新しい乗客を乗せ、給油も行う。もう出発から10時間経っているが、まだ行程の半分も終わっていないのだ。やはりブラジルは遠い。
 長い列を並び、パスポートチェックを受けてトランジットルームに入る。僕を含め、みんなクタクタになっている。室内をぶらぶらと歩いたりしながら時間をやり過ごした。
 ロサンゼルスからも結構な数の人達が乗って来た。ほとんどがアメリカからの観光客の様だ。
 ここからサンパウロに着くまでも機内食は2回出た。ここからはブラジルではポピュラーなガラナ(かつて日本でもキリンから発売されていた)と言う炭酸飲料水が出て来たので、それを頼んだ。懐かしい味だ。

2003年4月28日(月)

Bサンパウロ→フォス・ド・イグアス
 飛行機はブラジル時間で、4月28日の午前6時10分にサンパウロのグァルーニョス空港に到着した。サンパウロの気温は20℃前半くらいで今の日本と変わりがない。日本との時差は丁度12時間あり、やはり約24時間掛かった事になる。まずは両替所で日本円をブラジルレアルに両替した。1レアルがだいたい45円だった。
 ここから飛行機でフォス・ド・イグアスに行くのだが、午前10時発の便なのでひとまず入国手続きをする為に長蛇の列に並び、1時間以上待たされるが、日本人ビジネスマンと話をしていたので、退屈せずに済んだ。
 その国の雰囲気は入国審査の場所を見ても判断できるが、ブラジルはいろんな人種がいるので、人の様子はアメリカ、建物の造りはヨーロッパと言った感じであった。
 やっとの思いで、入国審査を終え、その足で再びフォス・ド・イグアス行きの飛行機を探す。もう乗り物等には乗りたくないのだが、仕方がない。
 搭乗ゲートに行くと、至る所でクイックマッサージをやっていた。マッサージ専用の椅子1つで商売が出来るのだからなかなか良い商売だと思う。15分で8ドルだったが、結構繁盛していた。僕も誘惑に負けそうになったが、まだ旅の始まりなのである。
 フォス・ド・イグアス行きの飛行機は約40分遅れで出発し、途中、クリチバという街を経由して、午後1時過ぎにようやく目的地のフォス・ド・イグアスに到着した。この時点で、名古屋空港を出てから30時間が経っていた。

C灼熱のイグアス
 サンパウロは今の日本と同じくらいの気温だったが、フォス・ド・イグアスは軽く30℃は超えており、日本から着ていたトレーナーを脱がざるを得なかった。乗客のほとんどがツアー客らしく、方々のツアーバスや車に散って行き、僕はダウンタウンまで出るバス停を探した。  バス停は簡単に見つかり、すぐにやって来た。ガイドブックには、「シダーヂ」行きのバスに乗れば良いと書いていたので、運転手に、
「シダーヂ?」
 と聞くと、親指を立てて頷いたのでそのままバスに乗り、車掌に1.5ヘアイス(レアルの複数形)を払い、座席に着いた。
 ここの空港は丁度、イグアスの滝とダウンタウンとの間に位置していている為、バスは滝と反対側へと進んだ。しばらく走ると、少しずつ街が見えてきた。高層ビルなどもちらほらと見え、フォス・ド・イグアスは結構都会である事が分かる。
 約30分程して、終点のバスターミナルに到着し、そこから目星を付けていたユースホステルを探し始めた。ブラジルの地に足を踏み入れるのは空港を除き、実質これが初めてなのでドキドキする。このドキドキには嬉しさと不安が入り混じっていた。街では地元の人達が日常生活を営んでいるだけなのに。  歩けば10分弱くらいの距離を道に迷いながら、30分近く掛かってやっとの思いでユースホステルに辿り着いた。
 中に入ると眼鏡を掛けた痩せた中年のおばさんがフロントにいた。部屋は空いている様だ。ガイドブック通り、朝食付きで1泊12ヘアイス。鍵を渡され、階段で2階へ上がり、部屋に入った。
 3人部屋だが、この部屋には他には客がいなかった。例によって天井に扇風機がぶら下がっているが、故障しており、代わりに大きな扇風機が置いてあった。部屋は古いが汚くはなく、シャワーとトイレも部屋にあり、シャワーはお湯が出る様だ。しかし、クーラーがないとかなり辛い程の暑さである。こんな所で3泊も出来るかどうか不安になる。
 隣の部屋は食堂兼溜まり場になっており、テレビも置いてあった。僕はタバコを吸う為に、その部屋に入る。そこには既に白人旅行者がテレビを見ていたので、
「ハロー」
 と声を掛けて部屋に入った。
 タバコを吸いながら何気なくテレビを見ていると、その白人旅行者が声を掛けて来た。長い黒髪をポニーテールにした、なかなかの色男だ。
「テレビはもう良いから、話をしないか?」
 彼はチリから来た旅行者で、名前はクリス。南アメリカ大陸の南端に住んでいて、そこから時間を掛けてアラスカまで北上するそうだ。昨日、アルゼンチン側イグアスの滝がある、プエルト・イグアスからやって来たらしい。面倒見が良い性格の様で、イグアスの情報をいろいろ教えてもらった。彼によると、アルゼンチン側のイグアスの滝は見るのに丸1日掛かり、滝の隅々まで眺める事が出来、ブラジル側は1〜2時間で回れるそうだが、パノラミックビューが素晴らしいとの事だ。自分の心の中で、明日はアルゼンチン側のイグアスの滝へ行く事に決めた。
 しばらく2人で話していると、イギリス人とデンマーク人もやって来て話は盛り上がったが、長旅でかなり疲れていたので部屋に戻って小休止を取った。
 ベッドに横になり、扇風機を回すが、暑くて眠れたものではない。僕は日本から持って来た雑誌をダラダラと読んでその場をやり過ごした。  再び溜まり場に戻ると、クリスとデンマーク人のキャスパーがまだ話をしていた。キャスパーも明日アルゼンチン側の滝に行くと言う事で、一緒に行く事になった。だが、彼は英語の苦手な僕とはあまり話をせず、常にクリスに話を振っていた。でも今はかなりくたびれているからそれはそれで問題なかった。
 3人で外へ出掛け、僕は明日の滝見物の為に両替所で、アメリカドルをアルゼンチンの通貨に両替した。ブラジルレアルよりもアルゼンチンペソの方が高いらしいが、後で計算して見ると、どちらも日本円で45円くらいであった。ここの両替所のレートが良かったのであろうか。  クリスに案内され、そのまま3人で夕食に向かう。着いたのは、肉をナンの様な物に挟む、ドネル・ケバブ屋だった。この店はアラブ系の人が経営しているらしい。夕食にはちょっと物足りないが、割と美味しく、2つを平らげた。ただ、たっぷり入っていたニンニクのせいか、出来かけていた口内炎がひどくなり、残念ながらこの旅では食事を美味しく頂く事が出来なかった。
 宿に戻り、みたび溜まり場へ行くが、今度はさすがに疲れと時差ぼけがどっと出て、まだ8時頃であったが、ベッドで眠ってしまった。
 途中で目が覚め、時計を見ると12時を回っていた。涼みに溜まり場へ行くと、クリスと仕事で来ているブラジル人、後はベルギーとコロンビアのハーフの女の子が話をしていた。ブラジル人はすぐに寝に戻ったが、3人で2時くらいまで話をして、解散した。
 今度は早朝5時に目が覚めた。クーラーのある部屋が恋しかった。

ヴァリグ・ブラジル航空機(名古屋空港)
ドネル・ケバブ屋
フォス・ド・イグアスのバスターミナル
フォス・ド・イグアスのスーパーマーケット