1999年8月31日 チキンのカシューナッツ和え(カンボジア・シェムリアップ
 
シェムリアップ行きの飛行機で知り合った日本人2人と車をチャーターして、大満足でアンコールワット観光を終えた後、ちょっと洒落たレストランで夕食にしました。(その時、関西弁を喋るすごいよれよれのどう見ても現地在住のおじいさんがいたのですが、あれは、かの有名な玉本さんだったのかも・・)
 英語のメニューを見て来たのがこの写真の通りです。見た目は美味しそうですが、味は普通でした。それよりも一緒に頼んだレモンジュースが美味しかったです。
 シェムリアップでは「タケオゲストハウス」という日本人宿に泊まったのですが、チェックインした時にくれた素朴なサンドイッチはもっと美味しかったです。
 この店はフランス人経営で、カンボジア人の奥さんがウエイトレスをしていました。とても綺麗な人だったので一緒に写真を撮ってもらいました(笑)。


1999年8月30日 クイッティウ(カンボジア・プノンペン
 ポルポト派によって虐殺された様子が生々しく分かるトゥールスレン博物館で出会った、バイクタクシードライバー、サムンに連れて行ってもらった店で食べました。タイにも同じ麺がありますが、ほとんど同じ味で、さっぱりと美味しく食べられました。

 カンボジアに来るまでは料理のイメージ等全くありませんでしたが、フルーツジュースに焼き飯等、周りを食べ物の美味しい国(タイ・ベトナム)に挟まれているだけに、意外とバリエーションが豊富でした。


1998年9月1日 ココナッツカレー(タイ・バンコク
 食べ終わり寸前の写真ですみません。このカレーは僕が旅先で食べた物の中でも1・2を争う程のインパクトがありました。
 バンコクの野外フードコートでオカマの店員に注文し、美味しそうなカレーがやって来たのですが、ハンパじゃなく辛いのです。辛さがなければかなり美味しいのだと思いますが、一さじ口へ運ぶ毎に一緒に買ったレモンティーを口に流さないととても食べられませんでした。そのレモンティーもなくなり、別の店でミネラルウォーターを買って何とか完食しました。
 タイや韓国の人は普段からこんなに辛いものを平気で食べているのですから、本当信じられません。


1998年8月11日 中華ランチセット(中国・上海
 たった2泊の滞在にも関わらず、タクシーではボラれ、寸借詐欺に会い3000円ほど騙し取られ、マッサージ屋ではチップが少ないと怒鳴られる等、エライ目に遭ったので、上海を抜け出して運河の街、蘇州へ電車で旅立つ事にしました。
 その前に腹ごしらえと思い入ったのが、上海駅の構内にある食堂でした。この店はガラスケースの中に並んでいるおかずを何品か選ぶシステムになっていました。
 食堂のおばさんに身振り手振りで食事したい旨を伝えると、おばさんはニコリともせず、紙に「35元」と書きました。35元は日本円で500円以上です。明らかにボラれているのが分かりましたが、もう諦めました(笑)。席に着いて食べようとすると、他の中国人達は10元の食券を買って食べていました(涙)。肉は日本人の規準からして明らかに腐っているし・・。
 「中国はパックツアーだな・・」と痛感し、次の蘇州はもう少しマシだろうと淡い期待を抱きながら電車に乗りました。

1998年8月9日 雛鳥の照り焼き・汁なしラーメン・スープ(中国・上海
 8日間で上海・蘇州・北京を一人旅しました。上海・蘇州は連日40度を超えており、頭がおかしくなりそうでした。おまけに中国人の横暴さに圧倒され、イライラ倍増の旅でした(涙)。
 そんな中でも楽しみにしていたのが、本格的中華料理。でも、一人旅では美味しい料理を皆で取り分ける事も出来ず、中国最初の食事はファーストフードの様な店構えのレストランでした。幸い、メニューには写真も載ってあり、簡単に頼めたのですが、注文した3品の内、スープは普通でしたが、他の2品は全然美味しくありませんでした。この時は一人旅の空しさを感じずにはいられませんでした。

1998年1月1日 レチョン(フィリピン・セブ島
 1998年の正月は友人とパックツアーでセブ島へ行きました。3泊4日13万円もしたのにも関わらず、ホテルの食事は高い上にチップばかり執拗にせびってくるし、朝ビーチで泳ごうとするとしょうもない客引きが10人以上、僕等をカモにしようと取り囲んでいて泳ぐ余裕なんて全く出来ない始末。
 仕方ないので街の中心地まで行き、1軒の食堂にはいりました。フィリピンはキリスト教の国のためか、現地の人達は正月にも関わらずいつもと同じ様な生活をしている様です。
 食べたのはお祭りなどでよく食される、レチョンという豚の丸焼き。結構脂っぽかったですが、他にスープとコーラを頼んでも全部で90円程度。フィリピンの物価を実感し安堵しました。  

1997年8月14日 中華コンボセット(アメリカ・サンディエゴ)
 
この日は何故か食事を立て続けに撮ってました。サンフランシスコでは友達と一緒だったのですが、サンディエゴで1人になり、ちょっと寂しいなと思っていた所でした。ホートンプラザというショッピングセンターの中に「パンダエキスプレス」と書かれた中華料理のファストフードを見つけたので
、そこで夕食にしました。
 チャーハンにポテトと照り焼きチキン、腹は一杯になりましたが、やはりそこはアメリカナイズされた中華料理で味が濃い。肥満の人が多いのも頷けるディナーでした。

1997年8月14日 寿司(アメリカ・サンディエゴ)
 
僕の脱アジアがこのアメリカ旅行でした。映画で見ていたアメリカが、こうして現実に見られることに大いに感激したものです。ただ、ご飯はあまり美味しくなかったです(笑)。サンフランシスコからサンディエゴに移動し、泊まったホテルに寿司屋があったので、そこでカリフォルニアロールセットを頼みました。アボカドが程良い感じでとろけていて、なかなか美味かった記憶があります。
 カリフォルニアロールが日本で定番化しないのは、熟れたアボカドが手に入りにくいからでしょう。日本のスーパーで売っている物は全て輸入品で固いものばかりですからね。

1997年7月1日 バビ・グリン(インドネシア・バリ島 ウマイ!
 バリ島名物、バビ・グリンです。豚の丸焼きをスライスし、ご飯に乗せたものです。インドネシアは基本的にイスラムの国で、豚肉を食べませんが、 バリ島はヒンズー教がメインなので、豚肉がポピュラーです。
 ウブドというバリ内陸部のレストランで食べたのですが、スパイスが程よく効いていて非常に美味しく、2回食べに行きました。横にあるのはアイスティーです。
 2回目にこの店に行った時に、15歳くらいのとても綺麗な女の子が店番をしていて、思わず見とれていたら、つい目が合ってしまい、向こうからニッコリ微笑んでくれた嬉しい思い出があります。今頃いい女になっているんだろうな(笑)。

1997年6月29日 機内食1(関空→インドネシア・バリ島)【日本アジア航空】
 記念すべき(?)初めて撮った機内食の写真です。僕は最近ではほぼ毎回機内食の写真を撮るのですが、やっぱりちょっと恥ずかしいし、座ったままでしか撮れないのでいつもピンボケ気味です。
 この写真は日本アジア航空(機体はJALだった)でバリ島に向かった時に出た機内食です。ライスにパンにもりそばという奇妙な組み合わせです。やはり、日系航空。水饅頭が出ていますね。

1996年11月20日 豪華料理の数々(ベトナム・ニャチャン)
 昔は全然写真食事の写真を撮っていなかったのが良く分かります。2枚目が3年以上も後なのですから。これは、ベトナムのビーチリゾート、ニャチャンでのボートトリップに参加した時に出てきた昼食です。フランスパンやソーセージなどのベトナム料理を始め、エビやカニなど超豪華な昼食でした。しかも、この食事を含めたトリップ代はたったの7ドルと格安でした。
 この時、10人くらい参加していたのですが、僕以外は皆欧米系の白人でほとんどがカップルで来ていたので、英語があまり自由に操れない僕はかなり寂しい思いをしていました。そこで僕にとても優しくしてくれたのが、アーロンというアメリカ人。彼とはこの旅の1年後、サンフランシスコで再会する事になります。彼の母親と彼女の3人暮らしの家は豪邸だったのでとても驚きました。

1993年8月31日 鍋焼きうどん(韓国・釜山) ウマイ!
 記念すべき1枚目の写真です。明らかに日本のうどんですが、その通りです。釜山で同じく旅行中のカルロスと言うコロンビア人と、言葉はほとんど通じないものの意気投合し、彼と2人で飯を食いに行きました。店のおばさんが「辛くしても大丈夫?」と聞いてきたので、辛くしてもらったら、本当に激辛で(笑)、うまかったのですが食べるのに必死でした。
 実はカルロスは当時、奥さんと2人で名古屋に不法就労していて、その合間を縫って韓国へ1人旅をしていたのです。この後、一緒に帰り、神戸の僕の実家へ泊まって帰りました。その後、1ヶ月後に名古屋で再会しますが、それ以来一度も会っていませんし、行方もわかりません。彼等がコロンビアで幸せに過ごしている事を願っています。