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1994年2月10日 バンコク散策
天井からぶらさがった扇風機の音で目を覚ました。他の3人はまだ眠っていたので、彼らを起こさない様に部屋をドアを静かに開けて階段を下りた。1階の大部屋には宿の家族がぴったりとくっついて眠っている。何だか微笑ましい光景だ。
顔を洗い、コンタクトレンズを入れ、気合を入れて2階に上がると、既に他の3人もベッドから起きていた。
「僕は今からマレー鉄道のチケットを買いに行くんだけれど、みんなはどうするの?」
僕が口火を切ると、カップルの男の方がこう言った。
「じゃあ、僕ら3人はデリーまでの航空券を買いに行きますので、昼にこの部屋で合流しましょう」
僕以外の3人はインドへ行くのだ。
少し寂しかったが、今までずっと温めていた計画を変更する訳にはいかない。僕は1人で外に出かけた。
朝のカオサン・ロードは活気にあふれていて、どこを歩いても欧米人を中心とした旅行者がバックパックを背負って足踏みしている。僕もペタペタと小走り気味にバンコク中央駅行きのバス停を探すが、なかなか見つからない。仕方がないので、近くにいた中学生の女の子2人組に英語で尋ねた。
「バス停はどこですか?」
言葉を発すると同時に、彼女達は笑いながら何も言わずに走り去ってしまった。英語が通じなかったのだ。次にYシャツを着たインド系の男性に再び英語で尋ねた。すると彼は真面目そうに英語で答えた。
「地図を見せてあげるから、私の事務所まで来なさい」
ほっとして付いて行くと、小さいが冷房の効いた立派な事務所に通された。しばらく待っていると、バス停までの地図を見せてもらい、タイ語書かれた紙を渡された。
「分からなくなったらこの紙を誰かに見せなさい。ところでどこへ行くんだ?」
「マレーシアまでの寝台列車のチケットを買いに行くんです」
「それならバンコク中央駅まで行く必要はない。ここの近くにあるビエンタイホテルに行きなさい。旅行代理店があるから」
地図を見せてもらうと、ビエンタイホテルは本当にすぐ近くにあった。
「じゃあそこで買います」
「君は一人でバンコクに来たのか?」
「はい」
「すごく勇気があるな。十分に気を付けなさい」
彼にお礼を言い、握手をして事務所を出た。ビエンタイホテルは簡単に見つかり、チケットも明日発のエアコン付きの2等寝台が取れた。
一仕事を終えて安心していると腹が減ってきたので、通りすがりのゲストハウスのレストランに腰を下ろした。向こう側の席には2人連れの若い日本人男性がいるので挨拶をした。
「すみません、日本人ですか?」
「はい」
彼等の話によると、2人とも同じゲストハウスで知り合ったばかりだと言う。 早稲田大学3年生のO君は、バンコクは3回目のベテランで、これから知り合いに救援物資を届けネパールに行く予定で、同志社大学1年生のY君は、海外旅行は全く初めてで、バンコクにはインドに行くつもりで立ち寄ったのだが、O君と一緒にネパールへ行くかどうか迷っているそうだ。
彼等とも旅のルートは違うが、チケットを手にした僕は上機嫌だった。
「これから同じ宿の3人と合流して観光するんだけれど、良かったら一緒に行かない?」
彼等は快くうなずいてくれた。
一旦、それぞれのゲストハウスに戻り、僕は3人と合流した。
「マレーシア行きのチケット取れたよ。明日午後3時15分発の列車で出発するから」
「そうですか。良かったですね。僕らはあさってバンコクを出ます。 デリー行きは取れなかったので、カルカッタ行きになりましたけれど」
「インドはあまり治安が良くないそうだから気を付けて。ところで、さっき2人組と知り合いになって一緒に観光しようと誘ったけれど、いいかな?」
3人とも快く了解してくれた。旅とは本当に良いものである。みんなが社交的になれるし、海外では比較的気軽に男女を問わず声を掛けることができる。もし日本の大都会でこんな風になれなれしく声を掛けたら、大部分の人間が白い目で無視し、足早に走り去ってしまうだろう。
しばらく部屋で話をしていると、O君とY君が部屋にやって来たので、O君のエスコートで観光に出かけた。T君だけは出発前から引いていた風邪が治っていないということで部屋に留まった。
王宮前の大広場は家族連れで活気にあふれ、子供達が凧揚げをしたり、風船を持って走り回ったりしている。また、人が集まる所には、ジュースや菓子等を売っている屋台もあった。
広場を抜けて王宮に辿り着いた。僕達日本人を始め、欧米人、タイ人とものすごい数の観光客がいた。その王宮の入場料はウィマンメーク宮殿も入れて125バーツ(約500円)であった。
「高いな」
「でも、話の種に見ておかないとね」
世界史が大の苦手の僕で、王宮などには興味がないが、少しでも元を取らねばと写真を取りまくる。今思えば、この王宮内での記憶はほとんどなく、暑い中ひたすら汗をかきながら歩いたことだけが思い出される。歴史に対する教養や関心がが全くないからであろう。
次はウィマンメーク宮殿に行くことになったが、余りに暑いので、ジュースを買って一休みした。それぞれがジュースを買って飲み、最後に買ったY君が缶ジュースのプルトップを開けた時、炭酸飲料のしずくが飛び散り、周りの人達に思い切りかかった。たまたま通りかかった欧米人は、怒ったような笑ったような表情でY君を睨んだ。
「ソーリー、ソーリー」
5人は急ぎ足で大広場の方へ戻った。街中に象が背中に人を乗せて歩いていた。日本ではありえない風景に少し感動した。
そんな感慨も束の間に終わり、歩くには遠すぎるウィマンメーク宮殿にどうやって行こうかという話になった。するとO君が、
「トゥクトゥクが一番手っ取り早いよ」
トゥクトゥクとは、オート三輪を改造した小型のタクシーで、料金は運転手と交渉して決める。もちろん、O君以外は一度も乗った事がなかった。
「ボラれない?大丈夫かな?」
O君がトゥクトゥクの運転手に話しかけてくれ、彼は答えた。
「全部で50バーツ。1人10バーツずつだ」
安いのか高いのか分からないが、1人40円ほどだ。僕らは早速荷台を改造した椅子に座った。運転手の容赦ないスピードで起こった風は非常に心地良く、今でもその情景を思い出せる。
ウィマンメーク宮殿は、バンコクの街に不釣合いな立派な洋風の建物で、英語を話す女性ガイドが宮殿内を案内してくれた。写真撮影は禁止だったので、あまり思い出せないが、タイ国王の写真が飾られている部屋で座るとき、いわゆる体育座りをしていたらガイドに注意されたことだけ覚えている。
観光を終え、宿で休んでいるT君も呼んで夜は6人でタイスキ(タイ風しゃぶしゃぶ)を食べに行った。タイスキは具が豊富でボリュームがあって美味かったが、何よりもみんなと話をしながら食べるのが本当に楽しい。2日目でこんなに素晴らしい出会いがあることに感謝したい気持ちだった。
明日の午後から1人でマレー鉄道に乗る。みんなと離れるのは少し寂しいけれど、また何かハプニングがありそうでワクワクして来る。
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