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1994年2月12日 初の国境越え(パタン・ベサール→ペナン島)
午前8時に車内アナウンスが流れると、乗客は一斉に荷物をまとめて降りる準備を始めた。どうやらもうすぐ国境の町、パタン・ベサールに着くようだったので、僕もあわててかばんを抱えて列車を降りた。
駅構内にある出国審査の列には、「タイ人」と「外国人」の2つに分かれていて、僕はもちろん、「外国人」の列に並んだ。横には昨日知り合ったU君がいたので、2人で話をしながら順番を待った。待ちながらマユラを目で探してみたが、彼女の姿は見えなかった。
出国手続きが終ると、すぐ裏側にあるマレーシア側で荷物検査があり、係官がバッグを入念にチェックした。
「ドラッグは持ってないね?」
「はい、持ってません」
「これは何だい?」
「コンタクトレンズの保存液です」
そう返事すると、彼は僕の目を笑いながら覗き込み、僕も目を大きく見開いてみせた。ほのぼのとした雰囲気の中、何の問題もなく入国スタンプを押してもらった。
マレーシアだ!
陸路で国境を越えたのだ!
しばらくの間、そんな感慨で一杯だったが、冷静に考えてみると、国境なんていうのは本当にばかばかしくて面倒なものなんだなと感じてしまった。
マレーシア側の駅のホームで待っていると、今まで乗っていた列車より遥かに古い列車がやって来た。U君と僕はそのまま列車に乗り、空いていたので適当な場所を見つけて座った。その時に別の車両にいるマユラを見つけたが、彼女も別の女性と一緒に座っていたし、マレー半島を北上する時に会いに行くつもりなので、声は掛けなかった。
窓の風に吹かれながら外の風景を眺めた。タイ国内では田園風景がよく目立ったが、マレーシアはやしの木を中心とした草木が生い茂り、人間に例えてみると、タイの風景は落ち着いたお年寄りといった感じで、マレーシアのそれはアクティブな若者といった所であろうか。
定刻の12時半過ぎに終点のバタワースに到着し、僕等は列車から降りてすぐに切符売り場に行ってクアラルンプール行きの夜行列車の予約を取ろうとしたが、
「当分の間は満席だよ」
と、軽くあしらわれてしまった。
バタワースには、僕等と同じく、マレー半島を縦断する日本人であふれていた。カオサンロードで知り合った日本人の中ではマレー半島を縦断するのは僕だけであったが、実際このコースはかなり定番となっているようだ。
「マラッカに行くならこのゲストハウスがいいよ」
「シンガポールは物価が高くてとてもやっていけないよ」
そんな日本人の情報を聞いた後、列車をあきらめてバスターミナルへ向かうと、クアラルンプール行きの夜行バスのチケットは簡単に手に入った。本当は2人ともシンガポールまで列車だけで行きたかったのだが、時間も限られているので仕方がなかった。
夜行バスの発車時刻まではまだ8時間ほどあったので、僕等はその間ペナン島を観光することに決め、ペナン島に渡るフェリーに乗った。この大型フェリーは片道20分ほど掛かるのだが、往路に40セント(約16円)を払うだけで、復路は無料で乗船できる。船内には菓子やジュースが売られていて、なかなか便利なのであるが、これが世界でも有名なリゾート地かと思うほど海は汚かった。一流ホテルのプライベートビーチ等は整備されていて美しいのかもしれないが、これなら僕の住んでいる神戸の須磨海岸と大差ない。
船を降りて、ターミナル内の食堂で昼食にした。華僑中心の島だけあって、 食堂の大部分が中華料理屋である。そこでコーラとラーメンを注文した。
昼食後、僕等の足はペナン島名物65階建て円筒ビル、通称「コムタ」へ向かっていた。暑いのでエアコンの風が欲しかったのだ。ビルの中にあるヤオハンに入ると、日系企業なのか、本屋には日本の書物がたくさん置いてあり、特に各国の「地球の歩き方」が豊富であった。その本屋の横にはスポーツ用品店があり、短パンを履いていたU君が僕にこう言った。
「短パン持って来てないの?暑そうだよ」
日本では普段短パンなどは履かないので、持って来てなかった。確かに、ジーンズは汗でベトベトになり、足にまとわりついて気持ちが悪い。彼のアドバイスを真摯に受け止め、貴重品を入れる為のウエストポーチと一緒に短パンを購入した。
買い物の後、ファーストフード店でフライドポテトと、ドクターペッパーに似た、サルシというジュースで一休みし、話し合いの結果、スネークテンプル、つまり蛇寺を観光することに決め、早速コムタの1階にあるバスターミナルでスネークテンプル行きのバスを探したが、全然見当たらず、面倒臭くなったので僕はタクシーで行く事を提案し、停まっていたタクシーの運転手に声を掛けた。
「スネークテンプルまでいくら?」
「往復で30ドル(約1200円)だ」
そのままタクシーに乗ると、U君が、
「何で値段交渉しないの?」
と少し怒った様に言った。落ち着いて考えてみれば東南アジアでは値段交渉は当然のことである。おまけにこのタクシーは、メーターがあるのにも関わらず、その部分には紙が貼ってあり、メーターを使えない様にしていた。僕はU君に申し訳ないと思い、素直に謝った。
15分ほどで高台にあるスネークテンプルに到着した。観光客で一杯である。タクシーを降りて歩いていると、線香がもうもうと焚かれた寺の本堂があり、その先には何人かの男達が、蛇を首に巻いていて僕等に押し付けようとしたが、金を取るのが目に見えているし、そんな事には興味がないのでほっておいてそのまま散策を続けた。
一通り見て回った後、タクシーに戻り、港まで帰るつもりだったが、まだバスの出発まで時間があったので、夕食にすることに決め、U君がタクシーの運転手に、
「フェリーターミナルの近くにある安いレストランで降ろしてくれる?」
「分かった。夕食の後、フェリーターミナルまでプラス10ドルで送ってやる」
僕等は呆れてしまった。
「レストランで降ろしてくれたらいい」
着いたレストランは、ビアガーデンの様なオープンエアの中華料理屋であった。とても安い様には見えなかったが、約束の30ドルを払って車を降りた。
店に入ってメニューを見るが、全然安くない。だが、店を変わるような気力もなかったので、僕等は昼間のラーメン10杯以上の値段に相当する(と言ってもラーメンがとても安いのだが)オーダーをした。
食事をしている時に、近くの席で喧嘩が始まった。1人は若い中華系の男で、もう1人は50過ぎの眼鏡を掛けた中華系の男であった。若い方が一方的に怒鳴りつけている様子から、客が店主にクレームでも付けているのだろう。その内、いきなり若い男が相手をこぶしで殴りつけた。男はテーブルに倒れ込み、店内は大騒ぎになった。日本でもこんな喧嘩は見た事なかったので、僕等はつい興奮して喧嘩の一部始終を食事そっちのけで眺めていた。
出発の時間も迫ってきたので、店を出て、フェリーターミナルまで歩いた。道は真っ暗で、所々に野良犬が徘徊し、裏寂れた漁村みたいな雰囲気で、ターミナルまでの道のりがやけに長く感じられた。
バタワースのバスターミナルで夜行バスを待っている間に、僕等は近くの公衆便所に行った。僕が先に出てU君を待っていると、トイレの前にいるおばあさんが何か僕に向かって大声で怒鳴りつけている。はじめの内は訳が分からず無視していたが、よく見てみると、トイレから出た人はみんなおばあさんにお金を渡していた。マレーシアの公衆便所は有料なのであった。僕は笑顔を作ってあわてて払いに行くと、ちょうどU君もトイレから出て来たので、2人分ね、と言って20セント(約8円)を渡した。
クアラルンプール行きのバスがやって来た。
今日は少し勉強になったな、と感じながら、エアコンの効いたバスですぐに眠りに就いた。
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