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雑誌で見て 一度は行ってみたいと思ってはいましたが 往復10時間 なかなか勇気がでませんよね・・・・・。


初めての屋久島

                    1996年9月7日から
テレビを見ていたら 縄文杉のことが紹介されていた。 中学の時福岡の英彦山に登り 高校卒業の時熊本の市房山に登って以来30半ばまで山登りどころかスポーツのスの字も無かった私が何故かしら縄文杉が気になっていた。  本屋さんで旅行ガイド等を立ち読みして情報を仕入れた。  歩いて往復8時間とのこと。  簡単に行けるはずもなく 憧れだけがどんどん膨らんだ。 一年ぐらい経った頃 友人にその事を話したところ 「自分も縄文杉を見に行きたいと思っていた。」と言う。
 あっという間に話がまとまった。
 リュックも靴も買ったのだが その準備が何と楽しいことか。  数日後 朝早く熊本を出発し 3時間ほどで鹿児島港に着いて船上の人となり 4時間のフェリーの旅を楽しんだ。  島に到着後永田方面へと車を走らせ 快適な観光旅行が始まった。  食事と温泉の後荒川ダムを目指し 林道へと入っていった。  荒川別れで見上げた星空が綺麗だったなあ。  初日は荒川ダムで車中泊。  こんな時我が愛車ボンゴフレンディーは大活躍である。
 早朝からウキウキ気分で目が覚める。ところが である。  友人が腹が痛いと言いだした。  しかたが無いので一人で行こうと思ったのだが自信が無く迷っていた。  しばらくすると地元の小学生のグループがバスで来て 次々と出発していくではありませんか。  私はこの小学生達から勇気を与えてもらい出発を決意しました。 すると腹が痛いと言っていた友人も僕も行くと言いだしなんとか計画通りに出発できました。  途中あちこちで感動しながら体に鞭打ってやっとのこと縄文杉の前に立つことができました。  その時の鳥肌がたった感動の瞬間は今でも思い出します。  神々しきその姿 太古の頃より存在してきた堂々とした姿 自分がちっぽけな存在に思えました。
 一時間ほどの食事と休憩 縄文杉鑑賞の時間あっという間に過ぎて 名残惜しくも下らねばなりません。  ポツポツと雨も落ちてきたので 長生きを願い階段を下りて行きました。  帰りの道が何と長く感じられたことか。  もう体がボロボロ ヘトヘト 膝も痛いし 豆だらけ。  だけど気分は爽快 顔も笑っている。  こんな状態解ってくれる人も多いと思いますが やみつきになりそうな自分が怖かったです。  この日は屋久島温泉(国民宿舎)泊だったのですが 翌日は朝から階段の上り下りができないくらい足腰が痛かったです。                               
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宮之浦岳で台風に遭遇した
宮之浦岳の景色が見たかった!!

台風が来るのは分かっていたのに 私達は宮之浦岳を目指して出発した。
  今回は今までのハイキング登山と少し違う。  4泊(山小屋3泊予備にテント1泊)を想定しているので60リットルのリュックを背負わなければならないからです。  168センチ体重55キロの私にとってはつらい仕事となるのは覚悟の上です。  不安は宮之浦岳山行に付くおまけの魅力に負け 歩き始めました。  今回のために大分久住山テント1泊もこなしています。
 今回は いくら登山のいろはは本から仕入れた知識だけといっても 4人も居るから どうにかなるさみたいな気楽さもあります。
 前回同様 観光と食事の後 明るいうちに 淀川登山口から歩き始めましたが 不安材料のひとつとして この4人出足が悪ければ 足も遅いというのがあり 淀川小屋に着いたときはすでに真っ暗。  小屋は満杯 すでに就寝の人もいる。  なんとかテントは張れたが先が思いやられる。
 ここでアクシデント発生。  就寝中の人に気を遣い ライトを点けずに動いていた私目が 丸太のイスを蹴り生爪を剥がしてしまった。  それも左の親指。  旅のあと このアクシデントは山の神様が今回は帰ったほうがいいよと伝えたのだと思ったのだが 明朝の状況で進か 引き返すか 決めることにした。  幸か不幸か 痛くもなく 靴を履いても大丈夫。
 私達が小屋を出るときは もうみんな出発した後で 今日もまたテント泊決定。  さあ出発となってからが長い。  写真を撮ったり あとから来た人の面白い話に聞き入ったり。  小屋のすぐ横は淀川源流でとても水がきれいです。  小花之江河 花之江河 とっても美しい。  心配したとおり とっても足が遅い。  投石岩屋に着く前には雨も降りだし この先新高塚小屋まではまだまだ登らなければならないし 遠い。  4人協議し ここらでテント泊と決まったが さすがに岩屋 ありました 快適宿泊所。  大人4人が寝ても十分広いし ごつごつもしていない。  後で解ったが 知る人ぞ知る岩屋でした。  その意味では僕達憑いていました。
 夜になって ラジオから台風接近の知らせ。  又4人の協議が始まり 翌朝再度協議となりましたが 朝から雨の中前進を決定し(今回はレンタカーで 淀河登山口乗り捨て 白谷雲水峡回しを頼んでおいた) 宮之浦岳めざしカッパ着用し出発となりました。  そのうち霧が出て 何度も宮之浦岳到着と勘違いし 迷いかけながら やっとの思いで宮之浦岳に着けども 雨と霧で何にも見えない。  さっさと新高塚小屋を目指して下った。
 カッパ着用でも中はビショビショ 休憩すると体が震え出す。  景色を楽しむ事もなく一目散に下る。  「着いたー!」大きな声が出てしまった。
 こんな天気のせいか小屋には数人居るだけ。  とにかく着替え 飲み食いして暖まった。  気になる台風情報は 明日か明後日直撃の可能性大でフェリーも運休決定とのこと。  またまた協議が始まるも結論が出ない。
 早い人は真っ暗な中小屋を出ていった。  この数時間が運命を大きく分けました。  仕方なく とにかく出ることになった。  例によって最後に小屋を出ましたが 疲れのためか二人がとても足が遅い。  高塚小屋に入ると先客が一人。  この先客今日明日はじっとしているとのこと 本を読んでいる 会話も弾まない 暗い 変わった御仁のようだ。  後ろの二人も来て休憩したので小屋を出た。  その後 縄文杉 ウイルソン株ときて 株の中でこの先どうするか口論となってしまった。  遅い二人はこの先辻峠を越えて白谷雲水峡に出るには無理があった。  二手に分かれて元気組はレンタカーで荒川ダムまで迎えに行く 元気無し組は荒川ダムまで何とか歩くこととなった。  強気だった僕も 辻峠手前で寒さと疲労から弱気な僕へと変わっていた。  辻峠が遠く感じられる。  雨のため 道は川のように水が流れ落ちてくる。  何度か道が解らなくなった。  とにかく寒かったし きつかった。  へたすると死ぬかもと感じた。  相棒に励まされ やっとのこと辻峠に着いた。  NTTの携帯電話の電源を入れてみたが 通話不可能だった。 ここまで来るとまた元気になった僕がいました。
 下りは昔薩摩の殿様が通ったという石畳の歩きやすい道でした。  快調快調と思っていたら 大きな落とし穴が待っていました。  なんと道を川が横切り 向こうに行けないではないか。  無い頭で考え 上流に向かい渡れる所を探した。  リュックの抵抗は大きく一度失敗し流されかけた。  さらに上流を探したら ありました いい所。  
 白谷山荘が見え 腿までの川を渡り 中に入ると一気に精神的に蘇りました。  小屋には先客二人がおられ 縄文杉まで行くつもりで来たけど諦めて帰るという京都からの方々でした。  落ち着いてから(すでに日は落ちていた)駐車場までの道の状況を聞き 分かれた二人を迎えに行きたいことを話すと 「ペンライトでは危険だからやめた方がいい」と言う。  葛藤の後今日は動かないことにした。
 翌朝 下るのを試みたがあっちもこっちも川 それもトライするまでもなく一目で無理と思える状態で 小屋まで登り返しました。  この頃分かれた二人は小杉谷にいて 濁流に架かる鉄橋(手すり代わりみたいなものは無い)を強風の中渡るかどうか思案していたそうです。
 こっちも向こうも完全に足止めされ 更に強くなる台風が通り過ぎるのを待つのみ状態となりました。  翌日昼頃台風一過の日が差してきました。
 川も雨が止むとうそみたいに水位が下がり始め 楠川歩道を下る先客二人と途中まで同行し 白谷雲水峡を眺めながら駐車場のレンタカーに乗り込みました。  微塵の疑いもなく終わったと思いながら車をスタートさせ カーブをいくつか過ぎると 目の前がふさがれアスファルトが消えています。
 なあんじゃー!!!???   崖崩れです。
 またまた奈落の底。  万事休す。  駐車場まで戻り 分かれた先客二人を追いかけることにしました。  歩き出したらすぐにさっき分かれた二人がやって来ました。?????  理由は同じく崖崩れ。  楠川歩道の崖崩れも相当ひどい様子。  林道を下るのが一番いいだろうとテクテク下り始め第一現場 岩や木の枝などを利用しながら乗り越えました。  2.3カ所くらいかなと思っていたのは僕だけではないでしょう。  泣きたくもなります。
 二次災害が起きないことを祈りつつ 乗り越えていきました。  足がズボズボ埋まりながら 大きな岩を乗り越え 流されてきた木をくぐり 乗り越え 泥だらけなって進みました。  終盤のいくつかを越える時はすでに暗くなってて 後は歩くだけ(歩くだけでも辛かった)。  外灯の明かりが見えた時は本当に安堵しました。
 16カ所くらいの崖崩れでしたが 後で聞いたら復旧に一年近くかかったそうです。  僕達は民家に助けを求め(この頃すでに8.9時)ました。
 飛び込んだ家が山岳家の太田五雄さん宅で上から2軒目だそうです。
 お風呂 食事 宿泊と 太田さんの旅の話等 本当にお世話になりました。 そして気がかりだった二人もすでに下山し旅館に無事でいるとのこと。
 翌日フェリー乗り場での再会は涙ものでした。  今となってはいい想い出ですが無事で本当に良かった。
 太田五雄様  ホームページ
 南星レンタカー様 09974−2−2115 ありがとうございました。



                                                           

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