第一章   マレーシアの歴史ある町を尋ねて 

  Part 1  Visiting to Malaysian  histrical  towns.

 

3月7日  「旅行初日。成田 → クアラルンプール」

 3月8日  「クアラルンプール → マラッカ  マラッカはマレーシアで一番の古都。いい町だった。」

 3月9日  「マラッカ → ジョホールバル → シンガポール 歩いての国境越えを体験した。」

 

3月7日   March 7th    1st day of this trip 成田 → クアラルンプール

 「この日は成田からクアラルンプールへと向かった。夜軽くチャイナタウンを歩き、KLタワーに上る。夜景はなかなか見事だった。」

  This day. I went to Kuala Lumpur from Narita by airplane. At this night , I walked chinatown and went up to the KL tower.

  The night view was so good!     

 

  成田空港10時30発の便。そこで、成田空港に8時30分につかなきゃいけないことに。つまり家を6時30分出 きつぅ~。今まで普通に10時起きだった僕にはかなりの時差である。かといってこればかりは寝過ごすわけにはいかない。旅行前の妙なテンションのおかげで、何故かすんなり目覚めた僕は、そのまま朝食をとり、日本食としばしのお別れを憂う。すぐに、昨日支度をしたバックパックを背負い、出発した。

 外はまだ暗いし。寒いし。かといってジャンパーを着ていったら確実に旅行中に荷物になる。そう考えた僕は、長袖1枚、Tシャツ1枚で、3℃の道を歩いて行った。

 空港までの電車は意外に混んでいた。成田へ通う学生や社会人の方が多かった。まあ、この日は普通に平日だからしかたない。けれど、その予想外の混みっぷりに微妙に疲れてしまった。もっとも成田空港はもう何度も行っている。空港についてしまえばあとは楽だった。さっさとチェックインをすませ、搭乗時間を確認した。時間に余裕があったんで本屋で立ち読みしていた。ブッシュ大統領の珍発言集。その名も「世界一危険なバカ♡」 アホな発言と突っ込みが上手く、かなり笑えた。

  行きの飛行機では、マレーシアの旅行代理店に勤めている女性の方と同席だった。おかげでマレーシアに関するいろんな情報が得れてよかった。マレー語や、マレーシアの料理、観光地などを教えてもらった。このとき、マラッカ、シンガポールへ行くことは決めていたけどその先はまだ未定だった。タイへ行くのはもう無理としても、他によいところがどこか考えあぐねていた。綺麗な海は見たいけれどペナン、ランカウイはすでに観光地化されていて、そんなに綺麗な海じゃないそうだ。熱帯雨林を求めてタマンヌガラか、青い海を求めてコタ・バル もしくはティオマン島か・・・ 僕の気持ちはゆれていた。

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 Sky view from air plane. More than 10000m high !

 機内から見えたのは青い海、白い雲。思わずドラマ、「good luck」のイメージが浮かび上がる。

 遥かなる雲海。高度1万メートルの快晴。もうジェット機で海外旅行には何度も行ったが、いまだにこの景色はたまらない。

ライドオンタイムを大音量で聞きながら、空中散歩の気分に浸っていた。

 

 

 

マレーシア空港 綺麗なのもいいが、熱帯雨林の中にある空港っていうのも面白い。この空港のコンセプトは、

 「Airport in the Forest. Forest in the Airport 」だそうだ。

なるほどね~。

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  Kuala Lumpur  International Airport.

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 Palms plantation. The view from KL Airport express.

 クアラルンプール国際空港(KLIA)からクアラルンプ‐ルまでは約70kmある。一人の場合、タクシーよりもKLIAエックスプレスの方が安い。(片道35RM 往復65RM)

 KLIAエックスプレスは28分で都市部につく。平均時速140km/h 最高速度は250kmくらい出ているんじゃないだろうか。このスピード感はたまらない。同じ景色がスゴイ早さで流れていく。

 中心街までの車窓、油やしのプランテーションが広大な範囲に広がっていた。まだまだパーム油の生産高は高そうだ。

 加えて、森を切り開き、赤茶けた広大な土地に、住宅や道路、巨大なドームや高層ビルなどを次々に建設している箇所がいくつかあった。大規模な都市開発計画でも進行しているのだろうか。今まさに成長している町、それがクアラルンプールだと実感できる。

 チャイナタウンの中心部にあるホテルに着いたのが8時だった。少し休憩してから、8時30。チャイナタウンにて夕食を食べる。

3.3RM 約100円の屋台のヤキソバ、ミーゴレン。それがなかなか上手い。面が少々太くこってりした味だが日本でも普通に食べられそうな味だ。

 それにしてもチャイナタウンの屋台はせわしない。注文をせかすし、飲み物はどうするかしつこく聞いてくるし、食べ終えたと思ったらさっさと持っていっちゃうし。まあどの店もこうってことはないと思うが。

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  China town night market.

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 Twin tower .The view from Dang Wangi.

 この日、まだ時間があると思った僕はKLタワーからクアラルンプールの夜景を楽しむことにした。しかし道のりは意外と遠い。最寄の駅から歩いて向かったのだが、20分以上かかってしまった。しかもかなり熱い。夜だから大丈夫かと思ったが、坂を歩いていくとかなり体力を消耗した。まだ熱帯の暑さに慣れていない僕は、KLタワーについたころにはボーっとしてきていた。軽い脱水症状だったかも。熱帯の熱さをちょっと甘く見ていた。

 写真はダンワンギの駅からツインタワーを撮ったもの。他のビルに比べて一際輝いてみえる。形がなんだか面白い。丸い塔で(正確には16角形)先っぽが段上に細くなっている。これはどうもイスラムの調和を意味した建築らしい。

  KLタワーから、ツインタワーを望む。(なお、上の写真とライトの色が違うのはデジカメの撮影モードの違いのせいです。)

 このあたりがクアラルンプールの中心部分。KLCC。様々なオフィスビルが並ぶ。また大きな公園もあり、簡単な遊園地もある。

 クアラルンプールは東京とくらべると、どことなく暗いイメージがあった。オフィスに付いている明かりもまばらで、町全体も微妙に暗い。日本みたいにサラリーマンの残業が少ないのだろうか、それとも電気の節約?

 もっとも世界の都市ではこれが普通で、東京が明るすぎると考えるほうが合っているかもしれない。

 帰りも徒歩で帰る。チャイナタウンへ40分。距離的には対したことはないのだが、道がくねくねしてて結果的には結構歩くことになる。途中水を購入できたため、大丈夫ではあったが。ホテル着11時。初日からちょっと頑張りすぎたかな~。

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 The nigth view of twin tower from KL tower.

 今日の出費(当時おおよそ 1RM=32円)

KLIA往復チケット

65RM

鉄道一駅

1RM

ミーゴレン(夕食)

3.3RM

LRT

1.3RM

オレンジジュース

2.4RM

KLタワー

13RM

1.5RM

 

 

  

3月8日 March 8th   2nd day of this trip クアラルンプール → マラッカ

 「クアラルンプールから長距離バスでマラッカまで向かった。マラッカはマレーシアで一番の古都。長い植民地の歴史を持つ、趣ぶかい都市だった。」

  I went to Malacca(Melaka) by bus. Malacca is the oldest city in Malaysia.It has long  histry of colony,and it si beautiful city.

 

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 The big bus station  near chinatown.

プドゥラヤバスステーション。チャイナタウンの外れにある。ここから長距離バスに乗ることで、マレー半島の様々な場所に行くことができる。今回の目的地はマラッカ。

 バスのチケットを買って、カウンターで聞いたバス乗り場で待っていた。しかし、それまで待っていた人が突然どこかに行ってしまった。あれ? 念のために別の人にバス停の場所を聞いたら、バス停が変更していることが判明した。やられた~。

 バスは10時発。高速道路に乗り、スピードもあげていく。いよいよマラッカへ!。僕は音楽を聞きながら思いに浸っていた。ところがだ、突然バスが止まったかと思うと運転手がどこかへ消えてしまった。あれ? どうもサービスエリアに止まってトイレに行ったらしいが、乗客になにも伝えずに運転手みずからさっさと出ていってしまうのはどうなんだろう?。乗客の何名かも出ていった。僕も行きたかったのだが、バスが何時に出発するかわからず、出発したときに乗っていなかったらまずい。そう思い我慢していた。でも、20分たってももどってこない・・・。あれぇ?? 乗客の一人はクラクション鳴らすし。それから3分後。ようやく運転手は戻ってくる。 これだけ時間あるなら僕も行っていればよかったぁ~。その後1時間以上、我慢しなきゃいけないハメに・・・。

 

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 Malacca old street.

  マラッカ着。安宿へバスで向かい、荷物を置いてからマラッカの中心部へと歩く。赤い建物がオランダ植民地時代の風景をイメージさせる。ここは商店街になっていた。

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  The middle point of Malacca.The clock tower is famous.

 マラッカの中心の広場。右にスタダイス、中央に時計台、奥にはオランダ様式の教会が見える。ここには様々な露店が立ち並んでいてお土産が売られていた。

 スタダイスの中には、マラッカの歴史博物館と民族博物館がおかれていた。マラッカ王朝とポルトガル、オランダ、イギリス、そして日本による占領時代の話し。それぞれの植民地獲得戦争や、独立に向けての動きなども説明されている。

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  The site of St.Paul`s Church.

1521年にポルトガルによって建てられたセントポール教会の遺跡。今はすでに屋根がなく、壁のレンガも赤茶けていた。僕はサンチャゴ砦と勘違いしてしまったくらい教会としての面影は薄い。

 けれど、ポルトガル支配の頃、マラッカは東洋における宣教活動の拠点的存在だったのだ。そういう意味で、セントポール教会の遺跡は重要な価値があろう。

 中の壁の両側に石碑が立てられていた。それが何を意味するかはわからなかったが、何か神聖なものを感じた。歴代の司祭の墓石のようなものかもしれない。

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 The stature of St. Francis. He came here and He came also Japan.

フランシスコ・ザビエルの像(左)。1549年、日本にも布教活動に来た彼。思えば彼のおかげで日本にキリスト教が広まり、キリシタン大名が生まれ、島原の乱が起き、幕府にキリシタン弾圧や踏絵までやらせたと思うと興味深い。始めはたった一人の宣教師の活動だったものが、これまで一国に影響を及ぼすとは。宗教の力はすごいね。

教会の中に並んで置かれていた石碑(右)

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   Looking the Malacca strait.

 セントポール丘よりマラッカ海峡を望む。アジア貿易の要所であるこの海峡。中国とインド、西洋を結ぶ海のシルクロードの重要な通り道であったらしい。マラッカ王朝やシンガポールが栄えたのもこの海峡に面していたからだろう。マラッカ海峡に沈む夕日はとても綺麗だとか。この日は曇りで残念ながら見れなかったけど。(写真 快晴は9日に撮ったもの。)

 ここで僕と同じくらいの年の日本人のバックパッカーに出会う。彼はシンガポールから来ていた。僕も次にシンガポールにいくつもりだったのでいろいろ話しを聞いた。

 ここから海洋博物館へと目指す。船の主にマレーシアの海や、ダイビングスポットの解説だった。ダイビングは興味あったけど、写真で見るよりは実際に行くべきじゃないかなと思い、さっさとそこを後にした。

 サンチャゴ砦。オランダ軍への抵抗のためにポルトガルが作ったもの。中に大砲をしこみ、海上への攻撃の要としたのだろう。しかし、砦といっても全然大きいものではない。日本の一軒屋の家程度の大きさだ。

 この後再びセントポール教会へ向かったところで、マレー人のギター弾きの人がいた。僕が日本人とわかったらしく、日本の歌を2曲歌ってくれた。僕が知らない曲だったが、歌の日本語がとても上手い。実際には彼はほとんど日本語がしゃべれなかったが歌に感動した僕は10RM手渡すことにした。

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 Porta de Santiago.

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 Shoping market of Malacca.

 マラッカのショッピングモール。マレーシアではそれなりに大きい都市なら大抵ショッピングモールがある。鉄道があまりない分、駅ビルの代わりとしての存在だろうか。幹線道路のすぐよこにあり、駐車場の広さがすごかった。

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  I stayed this room by 3.5 US$. Reasonable !

 一泊12RM(400円)の宿。はしごを上った先にある屋根裏部屋みたいなところだ。布団一枚と、荷物を置くスペースしかないが、ちゃんと扇風機やカギつきの貴重品ケースがあるのがいい。こういう安宿に泊まるのは始めてだが、なかなか快適だった。

 夜、チェックインカウンターの横にあるテーブルで日記を書きはじめた。一緒のテーブルにドイツ人の若者二人と、宿のオーナーのおじさんが会話をしている。気になって、話に入ろうか迷った。2月に受けたTOEICの成績、思ったよりも悪くちょっと自分の英語力のなさにへこんでいた僕。実際に3人の会話も断片的にしかわからない。けど・・・このままってのも。(実際半年前の旅行のときは結構会話できたわけだしさ。)意を決した僕は、話題がマレーシアの物価になったところで、日本とくらべてマレーシアって物価安いよホント。旅にはいいよね・・。って切り出してみた。

 まあ、つたない英語だったけど通じたことは通じたな。んでもって、日本、マレーシア、ドイツについてや、大学生活、これまでの旅の話しなど、いろいろな会話をした。トランプもはじめて、新しいゲームも教わったり(代わりに大貧民を教えてみたw)して、楽しい一夜だった。二人はタマンヌガラにすでに行っていて、その話しが面白く、僕もタマンヌガラに行くことにした。

 今日の出費

長距離バス 

8RM

ローカルバス

0.5RM

安宿

12RM

人力車(途中降り)

3RM

昼食

 

海洋博物館

2RM

つめきり

1.7RM

夕食

 

コーヒー&パン

6RM

筆記用具

4RM

雑誌

7RM

絵つき封筒4つ

10RM

6RM?

さすらいのギター弾きに

10RM

スタダイス

2RM

2RM

 

 

3月9日 March 9th    3rd day マラッカ → ジョホールバル → シンガポール

 「午前中に、マラッカの民族博物館と船での観光をした。そして、午後長距離バスにてジョホールバルへ行き、コーズウェイの国境を歩いて渡り、シンガポールへ向かう。この日はかなりの強行軍だった。」

  Morning , I joined Malacca river cruise and went to People`s Museum.Afternoon,. I went to Johor Bahru by bus and entered  Singapore on foot.

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  Sight seeing from Malacca river.

 マラッカ川を船で進み、マラッカの町を観光した。両サイドに見える川にせり出した建物が、オランダの運河にある船の家をイメージさせる。かつてマラッカはオランダの植民地だったことを印象づける光景だ。

 川沿いの、家の軒下にワニが数匹潜んでいたり、川をゆうゆうとワニが泳いでいる場所があったのには驚いた。熱帯雨林の奥地ならわかるが、こんな街中の川にワニがいるなんてね。普通に東京で見かけたら大騒ぎな気がする。でも、案外家のペットだったりして。謎は深まるばかりだ。(ガイドさんが説明してた気もするけど英語でさっぱりだった。)

 マラッカには人力タクシーが多かった。観光にはいいけど、高いし遅いし派手だし、交通手段としては便利とは言いがたい。(徒歩30分の距離に15分かかって、値段が10RMだし。)

 まあバックパックが重かったし、せっかくだから利用することに。60近くのおっちゃんが重そうなペダルをこいで頑張っていた。

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    Taxi of bicycle.

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   Malacca bus station.

 マラッカの長距離バスステーション。ここからジョホールバル行きのバスに乗った。しかし、このバスの乗客は僕を含めてわずか5人。少ない!。200km、3時間30分の道のりだというのにそれでわずか乗客5人。売上65リンギとは!(2100円程度)バスの運ちゃんは出発直前まで「ジョホール、ジョホール」と叫び客寄せに励んでいたが、結局一人も新たに乗りにくることはなかった。バスの運ちゃんはかなりへこんでいたっぽくバックミラーから見える顔つきが微妙に怖かった。笑

 

 

 ジョホールバルのアブ・バカールモスク。長距離バスからタクシーでここまで行く。着いたのは5時30分。ちょうど夕方の礼拝が始まっていた。コーランがモスクから大音量で聞こえてきた。大勢のイスラム信者があつまり礼拝を行なっている。このモスク、ほかのモスクとは違い、どうも西洋風、特にイギリス風な建築様式を帯びている。(実際に、シンガポールのセント・アンドリュース教会に似ているし。)

 おそらくこれはイギリスの建築家にモスク建築を依頼したものと思える。案外モスクって建築様式にこだわることもないのかな。流石、世界宗教の一つだ。

 こういった白い壁に青い屋根の建物はジョホールバルにはいくつもあり、この町のイメージを象徴している。

 モスクから海岸沿いの道に出て、そこからコーズウェイ(シンガポールとマレーシアの国境の橋)まで歩く。途中、イスタナガーデンに、綺麗な庭をいくつか見ることができた。

 

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Abu Bakar Mosque (Johor Bahru)

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 Center town of Johor Bahru

 ジョホールバル中心部。高層ビルがいくつかあり、にぎやかな町だ。しかしごちゃごちゃしていて、あまり治安もよくなさそうだった。この町はさっさと通りぬけ、今夜のうちにシンガポールに向かうことにする。やはり、シンガポールの隣町だけあって両替商がいくつもある。さらにシンガポールから大勢の人々が買い物に来ているらしく、ショッピングバックを手に下げた人がずいぶんいた。まあ、シンガポール人にしてみれば、コーズウェイの橋さえ渡れば隣町はすべての物価が毎日50%OFF。そりゃあ買い物に来る人も多いだろう。

 

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 Departure gate of Malaysia

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 Causeway  (to Singapore)

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 Woodlands Check point

 (左上)コーズウェイの入り口。マレーシアの出国審査が行なわれる。出国自体はパスポートにハンを押してもらうだけの簡単なものだが。

(右上)コーズウェイを歩く。距離は2kmほど。徒歩わずか30分程度。橋を渡ったその先はもう別の国。日本では味わえない体験だ。

(左下)シンガポールの入国審査ゲート ウッドランズチェックポイント なんか近未来的、SFを思わせるような不思議な建物だ。徒歩、車、電車ともにここで一旦降りて、入国審査を済ませてから、シンガポールに入国する。

 徒歩で入国するとその先がいろいろと面倒だった。入国した先に両替商があると思ったら全然なく、すこし外れたところにマーケットを見つけたが、そこの銀行はすでに閉まっていた。もしこのままシンガポール$が手に入らなかったら・・・。途方にくれそうになりながらも、運良くATMでクレジットカードが利用できることが判明。なんとか100$手に入れることができた。

 そこからは電車でシンガポール中心部まで行こうと思ったが、なんかバックパック背負っての2時間の徒歩が堪えていたのと、すでに暗かったため、タクシーを使ってしまうことに決めた。そのままタクシーで安宿街へ連れていってもらう。

 タクシーを降り、宿はどこにしようと思ったところ、変なおっさんに宿を探してるのかい?と声をかけられた。怪しいけど探すのも面倒だし・・・。一応部屋をチェックしたところ、そう悪くはなかったのでそこに一泊することにした。

 今日の出費(当時、1$=約69円)

マラッカ観光ボート

8RM

昼食

13.4RM

民族博物館

2RM

人力車

10RM

ミルク

4.2RM

長距離バス

13RM

2.4RM

夕食

3$

ジョホールバル、タクシー

10RM

シンガポールタクシー

14.8$

宿

20$

 

 

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