COLUMN



1    いま
更新日時:
2001.11.18 Sun.
わたしたちの住んでいる地球は広大な宇宙の中でほんのひとつの小さな点にすぎない。そんな小さな地球のなかでいま争いごとが起きている。宇宙の時間ではほんの一瞬に過ぎないその争いごとは悲しくむなしいものである。

2    あるとき
更新日時:
2001.11.24 Sat.
バンコクに行った時のこと。空港での待ち時間に我が子はエスカレーターを上ったり降りたりのいたずらをはじめた。それもどこかの国の子と一緒になって。言葉はお互いにわからなくても、子供同士には相通じるものがあったのだろう。少しの間注意するのをやめて見入ってしまった。仲良く遊んでいるのを見て、どこの国に生まれようとも分け隔てるものはなにもないのではないだろうかと。いま世界では争いごとが起きている。その当事者たちもきっと子供の頃はいま目の前にいる子供たちと同じように仲良く遊んでいたのだろう。そのころの純粋な心はもう無くなってしまったのだろうか。とても残念である。
 

3    タイゾーのこと
更新日時:
2001.11.26 Mon.
アンコールワットを写真で見たのは中学生のころだったろうか。それ以来、このカンボジアの遺跡は、わたしの心に漠然としているが確かな思いを抱かせることになった。そして83年11月、雨期の終わったばかりのカンボジアへ行き、アンコールワットの前に立った。そのちょうど10年前、フリーカメラマン一ノ瀬泰造氏はカンボジア内戦のさなか、一大スクープをねらって単身アンコールワットに向かったまま消息を絶ち、そして82年2月、両親によって、73年11月に死亡したことが確認されていた。一ノ瀬氏はクメールルージュに処刑されたようであったが、はたして彼はアンコールワットを間近に見ることができたのだろうか。彼が命がけであったことを思うと、自然に涙が出てきたことを覚えている。
 一ノ瀬氏は自らの書簡集「地雷を踏んだらサヨウナラ」の中で、カンボジアは素晴らしい自然と芸術を持っている国です。こんなに素晴らしい国で、好きな仕事ができてまったく幸せです。アンコールワットにクメール・ルージュ、村人を撮ったら死んでもいいくらい、魅せられてしまったからです。と言い、僕の部屋から、アンコールワットの、中央回廊塔が彼方に見え、望遠レンズで眺めては、俺の血が騒ぎます。とその気持ちを表している。そしてついには、地雷の位置も全然解らず、行き当たりドッカンで、アンコールワットへの最短距離を狙っています。旨く撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだら、サヨウナラ。と友人への手紙を残して、73年11月22日または23日にアンコールワットへ単独潜行し消息を絶ったようである。
 そしていま、タイゾーの死から28年目の11月。
 いまもタイゾーの魂はアンコールワットを追い続けているに違いないと思う。



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