原付でツーリング、その7
安物シュラフではやはり寒かったのか、早朝に目が覚めました。
同宿だった原付ライダー2人組が、なんと同じ大学の人間でした…世の中って狭いのね(笑)。彼らは一人がスズキのレッツというスクーター、もう一人がヤマハのメイトというビジネスバイクに乗っていました。二人でキャンプ泊をしながら、北海道周遊をしていました。
彼らから、”開陽台が良かったよ”という話を聞いたので、急遽開陽台方面に出発することに決定!(いい加減だな…)。襟裳の次は納沙布だ!と思っていましたが、やはり遠い。釧路湿原から開陽台に抜けることにしました。
ジェリ缶からガソリンを給油。ジェリ缶はもう不要だと分かったので、たんなる置物になってしまいました。邪魔だなあ…。
釧路方面へ。この辺りまで来ると、海岸沿いは海霧が発生していました。なんとも言えず”最果て”感がありました。
釧路湿原の展望台へは、ダートでした。オフ車ではありませんが、なんとか展望台へ辿り着きました。オフ車なら難なく走行できるのでしょうが、オンタイヤでは苦しかった。オフ車に乗りたい、と思ったのはこれが初めてでした。
釧路湿原…。思った以上に広大でした。かつては不入の地だったそうですが、今や観光開発、釧路川の蛇行部分の直線化でかなり湿原は減少しているそうです。国というものになんとなく不信感を抱きました。
湿原から弟子屈方面へ。摩周湖には行かず、そのまま開陽台に抜けました。広大な耕地が広がっていました。小高い丘を走り、休憩、そして走行、休憩。実にのんびりとした時間が過ぎていきます。原付の旅は急ぎたくても急げません。時間のある人間にはちょうどいい乗り物です。燃費もそれなりです。のんびりした旅がお好きなあなたにお勧めです。
でっかい車輪のトラクターと競争しながら、開陽台へ。展望台に上って、あたりを見ると…言葉を失ってしまいました。その日の天気が良かったこともありますが、見渡す限り大地、そして地平線というのは感激しかありません。高校の副担任への不信感をも忘れ、ひたすら感謝するだけでした。あの時”道東”ということを教えてくれたあなたが一番だ!でもカツラなのはカミングアウトしておいてね。カツラ浮いてると反応に困っちゃうから。
開陽台でキャンプしようかと迷いましたが、いささか装備が貧弱でしたし、まだ昼過ぎでした。またの機会にしようと開陽台を後にしました。また来るつもりです。
どこに行こうかと悩んだ挙句、”知床”が浮かんできました。『自転車五大陸走破〜喜望峰への15万キロ』(中公新書)で、著者の井上洋平氏が知床について触れていたのを思い出したのです。じゃあ知床だなと地図で見ると、思ったほど遠くない。じゃあ行こう!
いい加減です。今ならきちんとその日のルーティングぐらいはします。でも、この時はこれで良かったと思います。
標津を通って、知床へ。白樺の林を通りつつ森林浴。羅臼まで来て、今夜泊まるライダーハウスを探しました。ツーリングマップルに載っているライダーハウスに行ってみましたが、あまりにも多くのバイクがとまっていたのでやめました。あんまり人が多いのは気疲れします。
それで、それよりやや手前に目のついたライダーハウスに泊まることにしました。僕が到着した時には、カワサキの絶版車のザンザスがとまっていました。これならもう少し人が増えても大丈夫です。荷物を置いて、宿泊所のプレハブで休憩しました。
晩飯までには時間があったので、ザンザスのライダーや、後から到着したセローのライダーと話すことになりました。聞くとザンザス氏とセロー氏はどちらも医大生で、同じ学生ということもありすぐに意気投合しました。
晩御飯は1000円でジンギスカンがメインで食べ放題でした。空腹だったので、遠慮せずに食べました。にんにく芽の醤油漬けが絶品でした。
晩御飯の後は、ザンザス氏、セロー氏、それと青森からのエリミネーター氏、さらには失業旅行中のスズキカプチーノ氏らと楽しく語らいました。人とコミュニケーションするのが苦手な僕も、話好きなセロー氏のおかげでお酒を片手によく話した、と思います。ああ、ツーリングっていいよなあと酔った頭でじんわりと考えていました。あっという間に日が変わり、敷布団の上にシュラフで寝ました。
ツーリング万歳!と瞬く間に眠りに落ちていくのでした…。
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