原付でツーリング、その1
その後、原付でお出かけ、というのも少なくなっていきました。僕は、当時柔道初段だったのですが、”初段ぐらいなら誰でも持っている、それなら弐段にならねばならない”と良く分からない理由で柔道部に入りました。
試合シーズンに入ると、日曜日は試合で潰れました。体育会系の部活動をしたことのある方ならわかると思いますが、下級生は試合に出なくても、当然試合の記録やら補助員、そして応援のために駆り出されます。
中学校の頃も柔道部に入っていたので、日曜日が試合で潰れるのは当然だと思っていましたし、体育会系的な気質は十分理解できるものでした。
しかしながら、オフシーズンは寒くなってからの時期。これでは原付でお出かけ、というわけにもいきません。何より自分のプライベートで体調を崩して、部活の練習を休む、というのは御法度でした。
僕はかなりいい加減な部員で、練習を休んだり、突然いなくなってしまったりということもありましたが、他にすることもないので結局は柔道の練習をしていたように思います。
そうは言っても、それなりに練習を積めばいつの間にか強くなっていたりします。2回目の昇段試験(1回目は惨敗)で、弱い高校生をなぎ倒し、見事(?)に弐段に昇段しました。初段昇段の時期からすでに3年以上経過していたこと、それまでの公式試合での勝利ポイント(一本、技あり、ポイント勝ち、引き分け、相手との段差などで点差がある)をあわせて、2人勝ち抜いた時点で”ああ、君昇段ね”と言われ、あっさり昇段試験(実技)に合格しました。
講道館の柔道昇段試験というのは、技の形の審査が厳しい県があったり、はたまた6人抜きなら”抜群”で合格という感じに都道府県ごとの格差があります。僕の県は相当いい加減なようで(失礼!)、形については講習のみであとは弐段の昇段料金を払えば済みました。
全日本クラスの選手ともなると、昇段試験など受けなくても試合の結果で”特別昇段”ということが認められているようです。
要するに僕は一応”弐段”ではありますが、それはあくまでも形式上のもので、僕より強い初段や、僕より弱い弐段が当然のごとく存在するわけです。
それでもまあ、とりあえずは当初の目的は達成してしまったわけで、僕は満足してしまいました。
普通の人や向上心の強い人なら、新たに”目標”を立て、自分の動機付けをするものですが、僕は何より消極的受動的人間でしたので、”もういいや”と思ってしまいました。
それからというもの、部活は適当になり、プライベートで何をするのか?ということが目下の課題になりました。
そこで考え付いたのは、”じゃあ原付でどっか行くか?”でした。いかにも短絡的な僕らしい結論ですが、引きこもりになるのは嫌だったので、これは画期的でした。
バイクの旅行記などを読んで、結構多くの人が原付でツーリングしているのを知りました。それまで、”ツーリングとは原付よりもずっと排気量の大きいバイクでするべきである”と思っていたので、これは意外でした。
んでまあそういうわけで、僕もナンか原付で走っていこうと思ったわけです。とりあえず長期ツーリングへの試走、ということで”真夜中の国道2号線を走って、岡山の宇野港から香川の高松に上陸して、高校の同級生が出演する演奏会を見に行く”といういかにも長ったらしいお題目で、ツーリングとは呼べない走行をすることになりました(ああ長い)。
とりあえず今回は長くなってしまったので、この辺りで次へ移行します。
じゃあまた。
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