| ★シーン0 オープニング | |
| 月本 | 氷の城で僕は君を待っている。 積み木遊びにも飽きてしまった。 氷の城で、君を待っている。もう、長い時間が過ぎた。 僕は吹雪のなかで、凍え、うずくまっていた。 それは、軽蔑の言葉であっても構わない。 今は僕を、此処から連れ出してほしいと願う。 幼い頃の夢を見る。 僕には、幼なじみの女の子がいた。 少女はいつも、屋根づたいに僕の部屋の窓を叩いた。 でも僕には、少女の遊びがひとつとして理解できなかった。 十三歳の冬、町に雪の女王がやって来たとき、 僕は彼女の理知の力に、目を奪われ、それを喜んで迎えた。 そして僕は長い旅に出る。 飢えや貧しさ、悲しみ、孤独。喜び、幸せ。 すべての謎の答えを探すために。 氷の城で僕は待っている。 本当は、誰も信じない。 僕が欲しいのは、真理と正しさ。 凍結湖に散らばった、このパズルピースを紡ぎあわせるための 永遠の、ひとつの、答えの地図だけだ。 僕はやさしさを信じない。 今、吹雪の間の扉を開いた 君のことも、なにもかも忘れてしまった。 世界はとても小さくて、僕はまだ幼く、目が覚める前のこと 僕は少女と遊んでいたような気がする。 夢のなかでは、ふたりは手をつなぎ、世界を駆け、笑っていたような気がする。 心の奥に、不快な闇がまぎれ込んでいる。 見てはいけないもの。考えてはいけないもの。 なぜ、夢のなかの僕はあんなに楽しそうなのか。 なぜ、僕は少女に向かって笑っているのか。 わからない。 僕はもう何も思い出せない。 |
| ★シーン1 桐華のメールその1 | |
| # 遠くから聞こえる声で。 | |
| 桐華 | あたしの通う水族館は、とてもとても小さくて、外から見るとちょっと何をやっているか分からない、秘密の研究所みたいなぐあいに、無愛想でとても小さいのです。 あたしは、バスに30分も揺られて───これは、このキトラでは、ものすごーーく遠いところなんだって、カイ君にはソウゾウして欲しいのだけど───町外れのその秘密研究所に通っています。 それでも、ここでのアルバイトはとても楽しくて、あたしは毎日驚きの連続なのです。 水族館のアルバイトって、何をしてるか分かりますか? なんて、毎日おさかな達にご飯をあげたり、水槽の温度を点検したり、お客さんたちに、「このクラゲは、地球のなんとか海岸に住んでいました。」ってぐあいに、モットモらしく解説したり、そんなことばかりしているのですけどね。 でも、海には、なんてたくさんのイキモノが住んでいたんでしょう。これがオドロキその1です。 この小さな月の水族館は、地球の生き物達が絶滅しないように、大切に保存しておくタイムカプセルでもあるのです。 水族館の地下には、おさかな達の種を保存する大きな大きな倉庫があって、あたしは一度見せてもらったことがあるのだけど、それはそれは、不思議なケシキでした。でも、この話はまた今度ね。 大学にも、もちろん行ってますよ。ゴシンパイなく。 毎週のように、転校生がやってきて、お祝いにもちょっぴりくたびれてしまうくらいです。 最近は、よく地球のことを思い出してます。5月病なのかな? まあ、あたしは年中5月病みたいなものなのだけど。 なんだか、シアワセのカタマリみたいな転校生たちを見ていると、ものすごーーく疲れちゃったりするのが、ショウジキなイツワラザルキモチなのです。ふふふ。 カイ君、月へいらっしゃい。 無愛想で殺風景な、作りかけの月の都は、カイ君をホウフツと思い出させるものがあります。 うん。この街は、キミみたいな街なのです。 そして、カイ君がいないとあたしはちょっとタイクツです。 キミのしかめっ面と、素っ頓狂なお話は、ヒトを安心させるものがあります。ふふ。 こんなとを言ったから、カイ君はまた一晩眠れないことでしょう。 キトラはとてもいいところよ。月へいらっしゃい。カイ君。 月へいらっしゃい。 |
| ★シーン2 宇宙空港 | |
| # 列車の揺れる音F/I | |
| 月本 | 骨董品じみた、20世紀以来のレールトレインに揺られていると、、車窓からの風景は嘘みたいに美しく見える。 誰もが、地球を捨てて空へ旅立とうとする、こんな黄昏の街でさえ。 西暦2200年、地球は、人口爆発と環境汚染、あいつぐ疫病の流行よって、静かな終わりの時を迎えている。 21世紀後半に頭打ちになった生産力は、資本主義と民主主義を急速に衰退させ、、 貧富の格差は、一部の特権階級が数百億の貧困民を奴隷として使役するいびつな社会を作り出していた。 富める者は、この星の残り少ない土地と恵みを独占し、貧しい人々は永遠に続く飢えと労働の煉獄を生きる。 これが、僕が生きるこの星の現在だ。 月の回収計画について話そう。 誰が思いついたのかは知らないけど、地球をこの絶望的状況から救うための、夢のような計画の話を。 ひとことで言ってしまえば、回収計画は月を地球の衛星軌道から火星圏へ送る作戦だ。 遠心力と核エネルギーで月をスピンオフさせ、巨大な宇宙船としてこの荒れ果てた地球から脱出させる。 月が人類とその英知のすべてを乗せ火星軌道に入れば、試算では数百年のうちにテラフォーミングが進行し、火星は数億の人が住める星になるという。まったく夢のような話だ。 もっとも、月に建造される人工都市で自給自足できる人間の数は限られているから、200億の地球人口のうち、この宇宙船に乗り込めるのは、ほんの限られた人々だけだ。 つまり、人類の科学と文明を代表する、一部の先進国市民だけ。 300年経って、火星に田園を作り上げた後、彼らは再び地球に戻ってくる。 地球を再生させる新しいテクノロジーと、第2の母星と、地球環境では生きながらえることの出来なかった数億種の動植物たちの種を持って。全く、夢のような話じゃないか。 多くの幸運な人々は、この計画を「世界を救うただひとつの方法」だと信じていた。 それくらい地球も、そこに住む人々の心も、疲弊し荒廃しきっていたから。 もちろん僕だって信じていたと思う。月回収計画によって蘇る未来の世界を。 月での生活、そして月をスピンオフさせるためにエネルギー源として必要になる、大量の水や資源は、「ハイパーハイウェイ」と呼ばれる、巨大な繊維のケーブルを使って地球から宇宙に運ばれる。 ハイパーハイウェイは、いくつかのジャンクションを経由しながら、有線で月に接続している。 最初のハイウェイは、100年前に建造され、今や1300本を超えるケーブルが地球から月へ、そのエネルギーをたえず輸送し続けている。 レールトレインの車窓から、どこか淋しげな海が見える。 そして、海上を切り裂き天空へとのぼる無数のファイバーケーブルは、僕にちょうどへその緒のようなものを連想させる。海は、無力な赤子に外の世界で生きていく生命を与える、傷ついた母のように見える。 |
| # アナウンス | |
| まもなく第2東京宇宙空港。第2東京宇宙空港。 お降りの方は、お忘れ物の無いよう、お気をつけください。 まもなく第2東京宇宙空港。第2東京宇宙空港。 お降りの方は、お忘れ物の無いよう、お気をつけください。 |
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| # アナウンス・レール音F/O | |
| # ガヤ(ざわめき)C/I | |
| ざわめきの向こうで月へ旅立つ級友が友人にわかれを告げている。 | |
| 級友 | 月に行っても絶対忘れないからね。キトラから手紙を書くから。元気でね。私もがんばるからね! |
| 月本 | (月を火星に送る回収計画の開始を1年後に控え、僕の通う大学からも毎週のように同級生達が月へ移民していく。 旅立つ者、地球に残る者は、こうして宇宙空港のロビーで別れの言葉を交わす。) |
| クラスメイトの楓がやってくる。 | |
| 楓 | まったく、こう毎週だとやんなっちゃうよな。おい月本、おまえもたまには学校顔出せよ。 |
| 月本 | (同級生の楓は、地球に残ることを決めた一人だ。 彼のように、特権階級の子弟で地球に残留する者は、軍や政府の要職につきこの星を管理することになる。) |
| 楓 | あーあー、オレも月に行っとけばよかったかなー。 |
| 月本 | こないだ、宇宙酔いとカプセル食なんて最悪だって言ってなかったか? |
| 楓 | 地球に残った方が、面白いことがあると思ったんだよ。 でも、現実は厳しいっつーかなんつーか。来る日も来る日も就職活動よ。 おまえはいいよなー。おやじさんのコネで就職できてさー。 月回収公社っていったら、エリート中のエリートだぜ。地球環境と全人類を監督する、地球の支配者! 自分がどれだけ恵まれてるか、自覚ないんじゃないの? |
| 月本 | おまえだって、受験したんじゃなかったの? |
| 楓 | かー。これだから、まったくエリート坊ちゃんは! あそこ、採用までにいくつ試験があるかしらないの? 15回だぜ15回! 書類審査3! 筆記7! 面接5! コネで入れるおまえとは違うよ。くーーーうらましい。ま、俺も面接まで進んでんだけどね。 |
| 月へ旅立つクラスメイトの女の子がやってくる。 | |
| 級友 | そうよ。月本君は選ばれた人なんだから、 あなたのような人が、この星を少しでも良くしていかなければいけないわ。 |
| 月本 | 難しいね。 |
| 楓 | 光栄な義務だぜ。月人は月で、俺達は地球で、この世界を立て直すのだ。ハハハ。 |
| 級友 | あたし、もうそろそろ行かなきゃいけないから。じゃあね。 月本君はとても良いチカラを持っているわ。自信を持って。 |
| 月本 | ありがとう。幸運を祈るよ。 |
| # ガヤF/O | |
| 月本 | (クラスメイトたちは、それぞれの夢と希望を持って月へ上り、あるいはふるさとに残る。 僕は地球に残り、何がしたいんだろう。 時折、そんな問いが僕の胸をひどくざわつかせた。 そこにはとても大切なものがあるような気がして、それを思い出すことがでない。 それは僕のとても近くで、それはとても少しずつ壊れていく。) |
| 続きます(作者)。 | |