ボランティア日記
| 5月1日 メーデー! 今日ほど悔しい思いをしたことはない!! ほとんど毎日カメラを持ち歩いては、 途中の風景や道行く人々をカメラに収めていたのに、 今日に限ってカメラを持ってこなかった!! あんなにきれいに装って、 うきうきして、はしゃいでるマーシーたちを見たのは初めてだったのに。 マーシーたちは写真に撮ってもらいたかったのに。 今日はメーデー。 働く人たちの日。 朝ダイアダンに入ると、マーシーたちの様子がいつもと違った。 マーシーたちは一張羅と言えるだろう色鮮やかなとっておきのサリーを着、 頭には花を飾っていた。 今日の朝、シスターたちから花をもらい、 シャンプーだかリンスだかも贈られたらしい。 働くことに感謝される。 そんな些細なことが実は大きなエネルギーになる。 みんないつものカリカリした様子がなく、 笑顔で、きれいだった。 私は一人一人のマーシーに『きれいだね!』って行って回った。 あるマーシーが、 自分の頭から少し花を抜いて、私の頭にもつけてくれた。 照れくさかった。でも嬉しかった。 若いマーシーが近づいて私に耳打ちした。 (アンティ、カメラ。) めったに着ないきれいなサリーを着ている自分の姿を、 写真にとってほしかったらしい。 基本的には、施設内での写真撮影は許可がない限り禁止されている。 でも今日は、なんでもあり。って感じがした。 マーシーたちの望むことを、かなえてあげたいと思った。 でも私にはカメラがない。 もしも持ってたら、 彼女たちの美しい一瞬一瞬を、 たくさん残してあげたのに。 仕方がないからほかのボランティアに頼んでマーシーたちの写真を撮ってもらった。 現像したら私にも一枚頂戴ね! ってお願いしておいたけど、 きっと誰もくれないだろう。 何人の人が、焼き増ししてマーシーたちに配ってあげるのか、 私はとても不安になり、改めて後悔。 そのうち誰かが音楽をかけ、 マーシーたちが踊りだした。 彼女たちはマーシーから陽気なインド人女性になり、 ダンスの輪はどんどん広がっていった。 そのうち全員のマーシーが踊りだし、 1階で働くマーシーやどこからともなく男の人までやってきて、 ダイアダンはダンスホールと化した。 みんな子供たちのことも、ボランティアのこともそっちのけ。 その楽しそうな、はしゃいでる姿に、 私もボランティアそっちのけになって、 マーシーたちを眺めていた。 明るくて、にぎやかで、平和で、幸せな空間だった。 この場所が障害児だらけの施設で、 行く当てのない子供たちであふれてる施設だなんて、 とても思えない。 改めて、 私はダイアダンが好きだな・・・って思う。 マーシーたちが踊りに興じ過ぎ、 ご飯の時間がだいぶずれ込んだ。 何人かのボランティアは呆れて早退し、 ほかの何人かも少しうんざりしていた。 でもでも私は、 マーシー、あなたたちとはもう友達のようなものだから、 あなたたちのはしゃぐ姿を、ずっと見ていたかったよ。 そして、普段のあなたたちの働きを、 シスター同様、たたえたかったよ。 毎日ご苦労様。 |
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| 4月30日 子供たちの寝顔 毎週日曜日、私は一日中ダイアダンに居座る。 12時に午前のワークが終わると、 ボランティアは基本的には全員宿へと戻っていく。 午後のワークは3時から。 居残る私の3時間は、貴重な自由時間になる。 近くの食堂に昼ごはんを食べに出かけ、 パンパンにおなかを膨らませて戻ってくると、 子供たちは全員ベッドに寝かされていて、 (なかなか寝ない子供もいるけど) ボランティアもいないから、 施設全体がとても静かで、朝とは違った顔を見せる。 私は、たたまなければいけない洗濯物が残っていればそれをたたんだり、 お漏らしをしている子供に気づいてしまえば、もちろんオムツを取り替えたりする。 そんなこんなで1時間。 1時半ごろからマーシーたちも休憩に入るので、 私一人が働いていると具合が悪い。 マーシーは私にシーツを手渡し、『Sleep。』という。 寝ろって。 寝たくなくてもマーシーたちの手前、ごろんと横になって、 本を読んだり日記をつけたりする。 ファンの風の届く、心地よい空間で。 時々子供たちが泣き声をあげたり奇声を発したりするけど、 ひどくない限りマーシーたちはその声には応えない。 彼女たちにとっても貴重な休憩時間だから。 日曜日は、夜勤明けのマーシーがそのまま日勤もこなし、 寝不足がたたって、休憩時間には熟睡する。 時々ハンデの軽い子供がベッドから抜け出してきて、 マーシーと添い寝をしたりする。 温かで、ほほえましい光景。 ほとんどのマーシーは結婚もしているし自分自身の子供もいるんだけど、 それでもダイアダンの子供たちに対する愛情は深く、 マーシーと子供との距離はとても近いところにあり、 私は添い寝をする彼らが本当の親子のように見えたり、 安らかな子供の寝顔に、 いったいこの子のどこに問題があるんだろうか? と、疑問に思ったりする。 ダイアダンは、大きな家族なのだ。 今日はダウン症のリマと自閉症のヘレナがベッドを抜け出し、 寝転ぶ私にちょっかいを出しに来た。 二人とも私のかばんの中身がどうにも気になるらしく、 中をあさっている。 リマは私がつけていた日記帳を取り上げていたずら描きをはじめ、 ヘレナはペットボトルに入った水をがぶ飲みし始めた。 その姿は、悪気のない、彼らのあまりにナチュラルな姿で、 もしも日本だったら、もしもどこかのうちの子供だったら、 親に叱られていたかもしれないことを、 彼らは悪びれず、恐れることなく、ためらうことなく、 自分の欲求を満たしていく。 そんな彼らが痛快で、かわいくて、 こっそり写真に収めた。 あまりの心地よさにうとうとし始めると、 リマがくすぐったり上に乗っかってきたり、 相手をしてほしいとばかりにちょっかいを出してきた。 この子には意思があり、怒鳴られたりぶたれたり、 本気でお仕置きを与えない限りはいうことを聞かない。 眠いのに寝かせてもらえないことにイライラしながらも、 私はほとんど無抵抗のまま、いじられ、遊ばれ、 そしていつしか熟睡。 2時半の鐘の音で目覚めると、 私の顔のすぐ横には遊び疲れたリマの寝顔があった。 反対側を向けばヘレナのドアップ。 私たちは川の字で眠っていたんだ。 そんな自分の姿を想像し、 家族の一員になったようで、 なんだか幸せな感覚に、喜びに、満たされた。 私はただのボランティアで、 来ては去ってゆく多くのボランティアの一人で、 特別なことは何もない。 でも、 ボランティアのいない時間が子供たちの昼寝の時間だから、 ボランティアが子供たちの寝顔を見る機会は実は少なくて、 だから、 子供たちの寝顔をまじまじと見ることのできる私はちょっとだけ特別で、 特に日曜日は、今日みたいな日は、 優越感に浸れる一日なんだ。 |
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| 4月28日 再びカーリーガートへ 朝、乗っているリクシャーがスピードを緩めた一瞬、 外から誰かに腕をつかまれた。 『降りて!カーリーガートへ行こう!』 カーリーガート。 その言葉と腕をつかんだ相手、りつこさんの顔を見て、 すべてを理解した。 いつですか? 昨日の夜だって。 頭がくらくらして、すべての思考がストップした。 カーリーガートではシスターがうなづいて合図した。 嫌な顔パス。 あの冷たくて暗い部屋へ、再び足を踏み入れた。 小さな白い布に包まれた塊ひとつ。 かけられた花はもう枯れかかってる。 ピントゥのときよりも湿った生臭いにおいがする。 りつこさんが包みを開くのを、私はただ見守った。 『パプディ!』 りつこさんが抱きついた。 私はパプディの足に触れ、涙は出たけど、 それでもこの人の愛の深さにはかなわないだろう。 そんなことを考えてた。 パプディ、寂しくなっちゃったの? ピントゥがいなくなって心細くなっちゃったの? ピントゥが呼んだの?だから行っちゃったの? 残っててほしかったんだよ。 ピントゥがいなくなったから、マーシーだって独り占めできたのに。 りつこさんも私もたくさんそばにいたのに。 それでも寂しかった?疲れちゃった? ねえ、パプディ? りつこさんは『ありがとう』を繰り返す。 ありがとうね、パプディ。 私はね、たくさん元気をもらったよ。 ありがとうね。 生まれてきてくれてありがとうね。 その姿が痛々しくて、私は涙が止まらなかった。 突然りつこさんが、気が触れたようにパプディを抱き上げた。 『こんな風にね、だっこしてあげたかったんだよ!』 パプディは障害が重く、曲がった体の硬直も激しかったから、 抱き上げることはできても、抱きしめたり抱っこしたりはできなかった。 最近は毎日虫の息だったから、 おしっこでぬれたシーツを取り替えたり体を拭いてあげることも、 もちろんご飯をあげることも、 ボランティアはやらせてもらえなかった。 ただただ寝顔を見てるだけ。 それがりつこさんにとって寂しく、悔いの残ることだったのかもしれない。 パプディの口から液が漏れた。 まるで生き返ったかのように、口から何かを噴出した。 とても臭い匂いがした。 私は少し怖くなった。 パプディの体が、壊れて粉々になってしまうような錯覚を覚えた。 りつこさんはパプディを下ろし、 濡れてしまった服を取り替えてあげたいと言った。 正直なところ、私は怯えていた。この場所から逃げたかった。 私は『死』と言うものが怖い。 生命の絶えた身体と向き合うのが怖い。 目の前のパプディは、 半分はパプディであって、もう半分はパプディではなかった。 死後12時間以上たったパプディの身体を見るのが、 『物質的に』怖かった。 薄情な、と思われるかもしれないけど、 『死体』と言うものが私にとってあまりに非現実的で、 受け入れがたいものだった。 それでも生きていた頃のパプディを思い出し、 りつこさんの愛情を汲み、 『そうですね』と言って、 シスターに新しい服とシーツを用意してもらうよう、頼みに行った。 着ている服を脱がせると、 血の気のなくなった、でも見慣れたパプディの身体があった。 『パプディ、ありがとうね。 こんなに尊い仕事を最後にさせてくれてありがとうね。 二人一緒にさせてくれてありがとうね。』 りつこさんのその言葉を、私は一生忘れないだろう。 最後の尊い仕事。りつこさんと。 目の前のパプディが再びパプディになった。 最後の愛を注ごうと、丁寧にパプディの身体に触れた。 着替えを終えるとやはりさっぱりして、肩の力がぬけた。 別れ際、パプディの湿った顔にキスをした。 生臭い匂いが、いつまでも鼻に残った。 ダイアダンに戻ると変わらぬワークが待っていた。 子供たちがいた。 でも、パプディとピントゥ、 二人がいなくなった部屋はあまりに寂しくて、 同じ部屋のゴビンダの横に座り、話しかけながら、 初めて一人で大泣きした。 二人とも静かな死だった。 ボランティアのいない時間、 夜勤のマーシーしかいない時間に息を引き取った。 長いこと寝たきりだったし、 酸素マスクをつけたり血圧計をつけられたり、 明るいダイアダンの中にあって、 常に隔離されたように重苦しい雰囲気の中にいたから、 ボランティアの誰も、彼らのベッドに近づこうとはしなかった。 ふと気に留めるとシスターかりつこさんが二人のそばに付き添い、 彼女たちがいなくなると、 私は二人のベッドに自分自身を癒しに行った。 話しかけたり、一方的に話したり。 そう、私は彼らにずいぶん癒された。 ああ、一時だけ、 まりちゃんが来てた間だけ、 まりちゃんは多くの時間を彼らのそばで費やした。 まりちゃんだけが、彼らの顔に触れることのできるボランティアだった。 そうだ、もうひとり、ネイカがいたね。 アメリカ人の優しいネイカはパプディが大好きで、 入院中もお見舞いに来たんだっけ。 ああ、毎日お見舞いに行ったんだなあ。 あれがすべての始まりだった。 マーシーたちがてんてこ舞いで、 私はマーシーになろうと決めたんだ。 あなたたちのそばにたくさんいられてよかった。 たくさんのことを教えてもらったし、考えたし、悩んだよ。 ありがとう。 もう一度この世に生まれておいで。 両親に愛されて、五体満足で、 暖かい場所に生まれておいで。 天国では、先に行ってしまった仲間たちによろしくね。 全身の力が抜けた。 少し休もうかな・・・と思った。 |
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| 4月26日 トラウマ ピントゥのいなくなったダイアダンには、いつもと変わらぬ日常があった。 ただ、メガが、 『昨日ピントゥに会ったの?』 と聞くから、 『会ったよ』 と答えると、 『ピントゥは何してた?歩いてた?誰かと一緒だった?』 と聞いてきて、 『一人で眠ってたよ。多分ずっと眠かったんじゃないかな。』 と、返事に詰まりながら答えた。 メガは、ピントゥを送り出すミサに参加しているはずだった。 それを思うと、奇妙な会話だ。 彼女は死というものをどのように捕らえているのだろう。 死んでいった仲間たちはどこへ行くと思っているのだろう。 いつまで仲間たちを覚えていられるのだろう。 メガにもそう遠くない未来に訪れるであろう死というものが、 恐怖の予感に包まれたものではなく、 温かな光に包まれたものでありますように。 そして実際、 彼女にとって死とは、つらく悲しい類のものではないのだろう。 そう思うと救われた気分になる。 一人の命の終わりは、実際にはすごく悲しいものなのだけど、 ピントゥの天国への道のりが穏やかなものであることを願い、 私はここに存在する子供たちのために今ここにいるのだと、改めて思う。 ただやはり、ピントゥの死は私の心に大きな塊となってしばらくの間残るだろう。 お昼ごはん。 私は久しぶりにアラドナに食べさせることになった。 アラドナは20歳を過ぎた最年長の女の子で、 体がNの字を裏返しにしたような形に硬直している。 もちろん寝たきり。 言葉を発することもないが、 彼女はよく人の動きを見ているし、 きっといろんなことを理解しているのだと思う。 彼女は泣くのが得意で、 不快なときはすぐに泣いてアピールする。 それが力強い彼女の生の証。 そんな彼女に、今日は元気がないと私は感じた。 時々引きつったように白目を向く。 そしてすぐに目を閉じてしまう。 いつもは食事を口に詰め込まれると泣くことが多いのに泣こうともしない。 ねえ、泣いてよアラドナ。 口を空けて泣いてよ。 そしたらご飯を口に入れてあげるから。 どうしたの、アラドナ?眠いの?起きて! ほっぺたを何度かたたいても目を開けようとしない。 私は急に怖くなった。 結論を言えば、彼女はただ眠かったんだと思う。 私は普段と違う(様に見えた)子供の様子に、過剰に反応してしまった。 ご飯をのどに詰まらせて亡くなったアジャイやアカシを思い出し、 昨日のピントゥを思った。 ピントゥも、痰を詰まらせて亡くなったという。 みんなどれだけ苦しかったことだろう。 無理だ。私はご飯を食べさせられない。 マーシーに変わってもらった。 マーシーはいつもと変わらぬやり方で無理やりアラドナの口にご飯を詰め込み、 アラドナを泣かせて15分ほどですべてのごんはんを食べさせ終えた。 今日の私は役立たずだ。 子供が咳き込んだり痙攣を起こすのを見ていられない。 この先も子供たちにご飯を食べさせるたびに怯える状態が続くのだろうか。 ピントゥの死を引きずるのは仕方がない。 でも、生きている子供たちのために、 できる精一杯をしなくちゃ。 明日はうまく食べさせることができますように。 午後のスクールでは、アンジェリーナの最終日だった。 決して自分のやり方を人に押し付けようとせず、 常に子供たちのことを最優先に考え、 柔軟で広い視野でものを見ることのできる人だった。 大きく、温かで、やさしかった。 スクールにアンジェリーナがいなくなることはとても心細く、 そして寂しく、 大きかったその存在感を、最後にもう一度堪能した。 子供を見る目が温かい。 これからは私が一番の古株になってしまう。 キヨちゃんと共に、しっかり守っていかなくちゃ。 子供たちと、このスクールを。 ありがとう、アンジェリーナ。 |
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| 4月25日
ピントゥが死んだ日 乗ってたリクシャーが途中で故障し、 少し遅れてダイアダン入りした。 階段の踊り場にラジニが深刻な顔で立っていて、 私を見るなり腕をつかんでどこかに連れて行こうとした。 なんか変だな? と思いつつ、 何ナニ?早くスクールへ行っておいで。 と、腕を振り払って階段を上っていった。 ラジニは必死で私に伝えようとしたのにね。 あの深刻な顔をもっとちゃんと見てあげたら、 間に合ったのにね。 なんか様子がおかしかった。 マーシーが一人もいない。 ミーティングが長引いてるのかな?と思い、 私は一人で仕事の準備を始めた。 子どもの歯を磨いているときに一人のマーシーがやってきた。 遅かったね。 というと、 ピントゥが死んで・・・ 最後まで言わせず、ピントゥのベッドへ走った。 きれいに整えられたベッドは空っぽだった。 階段を走って降りていった。 マーシーたちがぞろぞろあがってきて、 私を見るなり首を振った。 私は頭の中が真っ白になって、 力が抜けて顔を覆った。 一人一人のマーシーが私の肩をたたいていった。 私はどうしたらいいんだろう? 空っぽのまま、泣いていた。 『アンティ、カーリーガート!』 上の方から声がした。 『カーリーガートへ行ってピントゥに会っておいで!』 『まだ間に合うよ!早く!』 すべてのマーシーが私の背中を押してくれた。 ピントゥの顔を、ちゃんと見てこよう。 最後のお別れを、してこよう。 ねえ、ピントゥ、 あなたの10年間はなんだったんだろうね。 お父さんもお母さんもいなくて、 体は曲がってて立つこともできなくて、 言葉を発することもできなくて、 楽しかったことはあった? 幸せだと思うことはあった? 誰かを好きとか嫌いとか、 このボランティアは苦手だなとか、 そんなことを感じることはあった? もっと抱いて欲しいとか、別のものが食べたいとか、 眠いのに座って食べるの面倒くさいなあとか、 そんなことを思うときはあった? 前はいつもぼんやり眠そうに空を見ていて、 今回はいつもぜいぜいしてて苦しそうだった。 うっすらひげが伸びてきて、 顔つきはだいぶ大人びてきたのに、 体は小さく丸まっているだけで、 最近はどんどんおなかがへこんできちゃったから、 もっと食べてほしいなあって、みんな思ってたんだよ。 苦しかった? もう死んじゃおうって思うほど、つらかたの? ねえ、それでも生まれてきてよかったんだよね。 私はたくさんの元気をもらったもの。 一生懸命生きてるあなたたちを見て、 すごく元気がわいたもの。 ねえ、ピントゥ、 この世界は、あなたにはどう見えた? ずっとピントゥに問いかけながら、カーリーガートへ向かった。 懐かしいカーリーガート。 以前はここでも働いていた。 一人のおばあちゃんの死から逃げ、 そこは遠い場所になっていた。 最後に来たのはアジャイが死んだとき。 シスターとマーシーと、まりちゃんと長崎君と一緒に、 アジャイを運んできた。 死者が集まる場所。 『死を待つ人の家』と名づけられ、 行き倒れている人や重傷を負った人がここへ運ばれ、 最期かもしれない温かい寝床と食事と、人の体温に触れる。 その一方で、死を迎えてしまった人も、 ここで次の瞬間を待つ。 ピントゥはここで、埋葬されるのを待っているはず。 ピントゥと対面する許可をもらうとき、 私はきっと取り乱しているように見えたのだろう。 神父さんと、もう一人、ボランティアに両腕を支えられて、 霊安室へと向かった。 ドアを開けたときのひんやりとした空気。 死者の発する独特のにおい。まだそんなにきつくはないけれど。 二つの白い布が目に入った。 小さいほうが、ピントゥだろう。 私は両腕を自由にしてもらい、白い包みを開けた。 いつもと同じ寝顔。 口を半開きにして、目も薄ぼんやり開いていた。 まだ固まっていなくて、ほっぺたもやわらかかった。 ほっぺたを軽くたたいて、反応がないことに愕然として、 その瞬間から、嗚咽がとまらなくなった。 ねえ、ピントゥ、もう一度きちんと目を開けて。 もう一度座ってご飯を食べようよぉ。 笑った顔も見せてよぉ。 ねえ、ピントゥ、なんで死んじゃおうと思ったの? どうして、なんで?さびしいよぉ。 ピントゥに抱きついたとき、体を起こされた。 結局きちんとしたさよならが言えなかった。 私はうまく、ピントゥの死を受け止められなかった。 私は人の死に慣れていない。きっと、慣れることはない。 私は自分のことしか考えられず、 さびしいとか悲しいとか、 そんな感情しか、湧き上がってこなかった。 神父さんに教会へ連れて行かれた。 落ち着くまでここにいなさい。 いつまでいてもいいから。彼のために祈りなさい。 祈れって言われても私は祈り方などわからず、 ただへちゃりと座り込んで、ぼんやりピントゥのことを考えてた。 ピントゥ、楽になった? マザーには会った? 今何を思う? 天国で幸せに暮らすんだよ。 次に生まれてくるときには、ちゃんと両親に愛されて、 五体満足に生まれてくるんだよ。 そうやって神様にお願いしなね。 あー、これが祈りなのかもしれないって、 感じ始めた。 ピントゥの満たされたあの世での暮らしと来世での幸せを思うと、 すこし心が静まってきた。 死ぬことは不幸なことじゃない。 隣で神父さんが言う。 私は生きるってことも、 ピントゥが生きてきたことも、生まれてきたことも、 どうか不幸なことではありませんように。ってお祈りした。 それが、この場でできる、私の祈り。 ピントゥは一生懸命だった。 りつこさんが言ってた。 寿命なのかもね。 彼は与えられた寿命を全うした。 最期まであきらめず、生き抜いた。 だんだんつらくなってきていたのかもしれない。 でも、起きている間はちゃんと目をあいて、 気持ちが悪いときは泣いてアピールした。 彼はちゃんと生きたんだ。 彼の人生を生きたんだ。 彼の一生懸命生きる姿に、私たちはたくさんの元気をもらった。 彼の生きてきた意味はここにある。 寝たきりだったかもしれない。 うまく感情を表せなかったかもしれない。 でも、多くの人に、生きる と言うことを教えた。 あきらめないことを教えた。 顔もかわいくはなかったけど、 私も前はそれほど好きではなかったんだけど、 彼が苦しそうに生きてる姿に愛しさを覚え、 安らかに眠っていてくれるとうれしくて、 目を覚ますとまたうれしくて、 咳をし始めると心配で、 そんな風に誰かを思う時間を、彼は私にくれた。 毎日数十分、ピントゥとパプディのベッドに腰掛けて彼らの寝顔を見るのが、 私の日課だった。 安らかな、穏やかな時間だった。 さびしくなるよ。 それが本音だけど、 ピントゥ、 早く、もう一度元気に、この世に生まれておいでね。 元気に走り回って、 お父さんに怒られ、お母さんに抱きしめられ、 愛情たっぷり受けながら、 今度は長生きしようね。 1時間ほどそうやっているうちに落ち着いて、 ダイアダンに帰った。 帰ったらまだまだたくさんの子供たちがいて、 さびしくても、まだこの子達は生きてるんだ。と思った。 生きているもののために私も生きよう。そう思った。 ばいばいピントゥ。 生まれてきてくれて、ありがとう。 |
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| 4月24日 5がかけない! 午後の先生をやり始めてからずっと、 私はポールのアンティだ。 ポールはそれを承知していて、 他の子供達のように 『アンティ、アンティ!!』 と大声で呼びかけてくることはないけれども、 私が迎えに行くと率先して私の前に現れ、 ひょっこり手をつないでくる。 私のサンダルも覚えていて、 私が脱いでいたサンダルを履こうとするといつでも、 私の前にサンダルを持って来てそろえてくれる。 まったくなんてかわいいんでしょう。 ポールは他の子供達と同じように少し落ち着きは無いけれども、 たいていにおいて良い子なので、私はポールを声をあげて怒ったことは無かった。 スクールの時間も、何かを真剣に教えるというよりも、 パズルをやって遊んだり折り紙を一緒に折ったり、 二人で毎回楽しんでいたと言ってもいいくらい。 彼らには愛情が必要で、 温かい関係を築き、 その中で、生活に必要な何かが少しでも身につけばいいと思ってたから。 ポールは本当にかわいくて、 本当に本当に良い子なんだけれど、 贔屓目を抜きにすれば、彼は覚えが悪い。 そして自分でものを考えて答えを出すことができない。 『これは何色?』 と聞くと、あてずっぽうで思いついた色を答える。 私の顔をうかがいながら、 自分の答えが当たっていればいいな・・・という期待を込めて。 私は毎回同じことを辛抱強く教えなくてはならない。 彼は集中力が無く、 同じことを長く続けていることができない。 まず自分の名前を書かせる。 これはたいてい巧く書ける。 次に、数を書かせてみる。 何箇所かで躓く。 だから見本を書い、それを見ながら書かせてみる。 これでも何箇所かで躓く。 だから私が点線で下書きをし、上からなぞらせる。 これは巧くできる。 そのあとでもう一回見本を見ながら数字を書かせてみる。 この頃から少し飽きてくる。 彼はよく、数字を裏返しに書く。 なんでそんな書き方で覚えてしまったのか、 4も5も6も9も、裏返しに書く。 私は、1から10まではきちんと書けるようにさせたかった。 今日は徹底して1から10までの数字を練習した。 しかしどうしても5で躓く。 裏返しに書いたりさかさまに書いたり『て』みたいな5を書いたり、 なかなかユニークな5を書くにもかかわらず、 どうしても正しい5がかけない。 私は少しいらだった。 30こくらい5を書かせたかもしれない。 ポールは左利きだから書きにくいのかもしれないけど、 ポールの手を持って書かせ、私が大きく書いて見せ、 書き順を教え、上からなぞらせ、 とにかく頭と感覚で、きっちり覚えさせたかった。 ポールは突然厳しくなった私に戸惑い、不安そうな顔をしながら書きつづける。 かわいそうだと思ったが、しっかり『覚えるぞ』という気になるまで、 居残りさせようと思っていた。 1回巧くかけた。私は大げさに誉め、もう一回かけたらおしまいね! と励ます。しかし間違える。 3回かけるまで終わらないよ! そう言い捨て、居残りが始まった。 ポールは半泣きになり、私はムキになり、 それでもなんとか、3回正しい5を書くことに成功した。 私はポールを抱きしめ、ご褒美に持ってきた氷水を飲ませてあげた。 ポールは安心した顔で私を見てにっこりし、 私の手を取ってスクールを後にした。 彼らは午前にもスクールへ来ているし、 数々のアクティビティーをみんなでやっている。 しかし、やっぱり個別に基本的なことを教えることは大事なのだ。 ポールももう6歳。年に見合った知識を身につけさせなくてはいけない。 今のところそれは私の役目なのだ。 もうポールは他人とは思えない。 ポールに足りないものを私が補い、 ずっとそばでかかわっていきたい。 私のポール溺愛ぶりは、ちょっと問題だと自分でも思う。 本人の前では出さないようにしてるけど、 私はポールに、恋してる。 来週もがんばろうね。ポール。 |
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| 4月23日 ヴァラリアが残したもの ヴァラリアは優しい女性だった。 彼女はダイアダンにやってきたその日から子供達が大好きになり、 子供達のことをいつも最優先に考え、 子供達が毎日、より幸せであるために、 自分は何をすべきかいつも考えてた。 そのために彼女はマーシーに反発することも多かったけれど、 それは必ず子供、口をはさまないようにしていた。 自分には二人の子供がいると、打ち明けてくれたことがある。 二人の子供も今インドに来ており、 別の場所でボランティアの体験をしているんだと。 私は彼女がとても良いお母さんであると、想像することが出来る。 彼女はとても温かな心を持った人だ。 彼女は他の欧米人とは違い、 東洋人である私やリツコさんのやり方を尊重してくれ、 指示を仰いでくれ、意見を求めてくれ、 全てのボランティアが協力して子供達をより良い環境で育てていけるように、 誰とでも分け隔てなく意見を交換することを怠っていなかった。 彼女の行動の一つ一つが、子供達への愛そのものだった。 彼女がダイアダンに来始めて1週間くらい経ったころ、 自分では起き上がれない子供がうんちを漏らしていることに、 彼女は気がついた。 彼女がそれに気づいたことに、私は気がついた。 多くのボランティアは見なかった振りをする。 誰だって慣れていないうちはうんちの処理なんてしたくない。 どうしていいかだってわからないだろうしね。 もしも彼女が見なかったふりをすれば、 私がやらなきゃいけないな・・・と思って、彼女を見ていると、 彼女はためらいもせずに新しいシーツとパンツを持ってきて、 子供のパンツを脱がせ、汚れたシーツのきれいな部分を水でぬらし、 そのシーツで子供のお尻を丁寧に丁寧に拭いた。 そして変えのパンツを履かせ終わると、シーツの交換に取り掛かった。 その時になって始めて私は手を貸した。 全てが終わった後、 彼女は愛しそうに子供の顔をなで、 『He is my son.』 と、私に向かって照れたように言った。 彼女はきっと、どんな子供にも同じ行動をとっただろう。 でも、その子供は彼女のお気に入りだった。 その日から私は彼女のことを信頼し始めた。 ボランティアをやっていたって私達は人間なのだから、 好きな子供も不得意な子供もいるだろう。 特別な誰かを愛せる人を、 私はいつも信頼する。 ダイアダンには『クスン』という名の盲目の女の子がいる。 いつも小さく丸まって、 時々とても悲しそうに声を張り上げて泣き、 時々とても楽しそうに声を出して笑う。 暗闇しか見えない彼女は、 何を感じて涙を流し、 何を見て笑うのか私達にはわからないけど、 彼女にしか感じられない世界が、きっとあるのだろう。 目の見えない彼女は、目で表せない分、 体を張って、感情を表現する。 誰かに分かってもらいたい、 気づいてもらいたい思いが、 もしかしたらたくさんあるのかもしれない。 以前私がこの施設に来たときには、 彼女は哺乳瓶でスープのようにやわらかくしたカレーを飲んでいた。 でも今は他の子供達と同じように、 もう少し固いカレーを、 ボランティアやマーシーにスプーンを使って食べさせてもらっている。 彼女は飲み込むのがとても苦手で、 いつも口いっぱいにカレーを詰め込まれ、 上を向かされ、 涙をこぼしながらカレーが自然に気管支へ下りていくのを待つしかない。 それを見かねたリハビリの専門化が、 クスンへの食事の食べさせ方について、 マーシー達に指示をした。 しかしマーシーたちは、基本的にはシスターの言うことしか聞かないので ことは解決せず、 専門家はヴァラリアに白羽の矢を立てた。 その日からヴァラリアは毎日クスンに昼食を食べさせることになった。 時間をたっぷりかけながらも、 時には全部を食べさせ終えることが出来ず、 マーシーにいやな顔をされながらも、 クスンに自力で飲み込む力をつけさせようと、 食べる楽しみを教えようと、 優しく何かを語りかけながら、 辛抱強く食べさせつづけた。 彼女だって自分のお気に入りの子供に食べさせたかっただろうに。 彼女はクスンが頑張って食べた後は必ずクスンを抱いた。 抱っこして10分ほど、彼女におもいきり甘えさせてあげた。 クスンは柔らかな顔でヴァラリアの肩に頭を預ける。 クスンはもう10歳なんだけども、 本当に小さな子供のように頼りなげに、でも幸せそうに微笑んで、 ヴァラリアに寄り添っていた。 そんなヴァラリアが国へ帰らなくてはならなくなったとき、 彼女は何人かのボランティアにクスンのことを頼んでいった。 私もその中の一人だったけれども、 未だクスンの食事の相手に立候補したことは無い。 昨日、イタリア人のルチアが私を呼んだ。 『AKIKO、LOOK.』 ルチアはクスンのベッドへ行って、 いつもよりも高い声でクスンを呼んだ。 『クスン・クスン・』 彼女がクスンの前で手を広げると、 クスンはルチアの腕にしがみついてきた。 クスンは抱かれることを求め、 安らかな場所へ、帰ろうとしていた。 その場所は、ヴァラリアが作ったものだった。 目の見えないクスンが求める温かな場所。 それは、ヴァラリアが残したものだった。 今日、私も昨日のルチアと同じことをやってみた。 ヴァラリアが1ヶ月やりつづけたことを。 『クスン。クスン。』 クスンは私の腕にしがみついてきて、 私の体によじ登ろうとした。 私が抱き上げると、彼女は私の肩に頭を乗せ、 とてもとても安らかな顔で、 安心しきった顔で、眠り始めた。 とても穏やかで幸せそうで、 私はヴァラリアが残したクスンへの大きな愛と安らぎを実感した。 彼女の愛は、クスンの体に今も生きている。 そして私の心にも、生きている。 |
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| 4月22日 私のせい 朝8時からいっせいに仕事が始まるにもかかわらず、 8時20分を過ぎた頃にのこのこわらわらボランティアたちがやってきた。 ボランティアがいようがいまいが8時にはすべてが動き出す。 私はすべての子供達の歯を磨き、 その後でマーシーが子供達にシャワーを浴びさせ、 マーシーとボランティアでシャワーが終わった子供の体を拭き、 マーシーとボランティアで拭き終わった後の子供に服を着せ、 ボランティアが子供達をエクササイズルームかホールに運ぶ。 しかし今日はボランティアがいなかった。 裸の子供が列をなして待っている。 私は歯を磨く傍ら、 シャワーの終わった子供を拭き、服を着せる場所まで運んだ。 できれば拭くのも運ぶのも他のボランティアにやってもらいたかった。 でもボランティアはいない。 どこにもここにも子供達があふれていた。 明らかに仕事が滞っていた。 私が子供を拭くための大きなベッドに子供を運び、 次の子供の歯を磨くためにそこを離れた瞬間だった。 誰かこの子供を拭いて! そうやって叫んで背を向けた直後だった。 ドスン。 何が起こったか振り返りたくなかった。 子供がベッドから落ちた。 彼女は中途半端に動ける子供だった。 ベッドに寝かせず、座らせておけばよかった。 いつもは流れ作業でことが進むから、 シャワーの終わった子供がベッドに運ばれるとすぐに誰かが拭いてくれる。 でも今日は、 彼女以外に拭いてもらう順番を待っている子供が何人もいた。 彼女にマーシーの手が届くまで、 少しの時間があった。 その時間、彼女は落ちた。 幸い怪我もなく、子供も泣くでもなく、 大事には至らなかったけど、 私は寿命が縮む思いがした。 ボランティアが来るのが遅いとか何とかいっても、 私のせいだと分かってる。 私は仕事をこれ以上滞らせてはいけないと、 他のボランティアの分たくさん仕事をしないと、 とか思った分、 子供達に丁寧に手を懸けることを怠っていた。 これは多分、神からの啓示だった。 仕事が惰性になり、油断が生まれたとき、 それではいけないと、どこかの何者かがいつも私に注意をしてくれる。 こどもは生きているのだから。 しかも予期せぬ動きをする子供達なのだから、 目を離しちゃいけなかった。 もっと安全な方法を、見極めるべきだった。 ごめんね、カブリ。 その場の雰囲気が一瞬凍りつき、 誰もが危ういこの状況を振り返り、反省し、 少しペースが遅くなった。 そんなところに、 遅れてボランティアたちがやってきた。 もちろん誰も責められない。 私を責める人も誰もいなかった。 私はボランティアだし、管理義務はない。 でも、 子供達に接する時間が長ければ長いほど、 背負う責任もやはり大きくなるものだと思う。 人よりたくさん働いてやる。 そう思うなら、 それに伴う責任の重さも受け止めないと、 動きがとても雑になってしまう。 子供達への扱いも。 私はマーシーではないのだから、 マーシーほどの働きは誰も期待してはいないのだから、 その分、丁寧に動かなければと思った。 子供達に触れるときはいつでも慎重に、 中にある心と魂に触れながら、 たとえ寝たきりの子供でも、 何かを感じていることを、 何もかもを見ていることを意識しながら動かないと。 そんなことを感じ、初心を思い出すチャンスをくれた、 体を張って教えてくれたカブリに感謝。 痛かったでしょう。ごめんね。今度から気をつけるね。 無事でよかった・・・。 |
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| 4月21日 マーシーの仲間入り ベンガル語を少しずつ覚え始めた。 マーシー同士が話している内容を、なんとなくだけど、 つかめるようになってしまった。 リツコさんは言っていた。 人の悪口とか内部事情とか、 聞きたくないところまで聞こえてくるのがいやだから、 ベンガル語は覚えない。 ごもっとも。 しかしそれでも、 13年もいるのである程度のベンガル語はちゃんと理解している。 実際、ほとんど英語の話せないマーシーとのコミュニケーションは ベンガル語でとるしかないので、 ベンガル語をまったく覚えようとしないボランティアは、 指示もわからず、『使えない』ことになってしまう。 どんなにやる気があったとしても。 言葉とは大事なのだ。 そして今日、マーシーが私のことを話しているのが分かった。 ニュアンスや状況を考え合わせて、 ベンガル語を話しているはずなのに、 なぜか日本語で頭や心にダイレクトに染み込んでくることが、時々ある。 『アンティがやればいいじゃない。』 一人のマーシーがそう言った。 もちろんマーシーが日本語を話すわけがないので、 そんな風に、私には聞こえた。 マーシーとボランティアの間には明らかな境界線があって、 リツコさんくらいになれば別だけど、 やっぱりボランティアには任せられない仕事というものがある。 今日はマーシーの数が足りなくて、 それでもマーシーにはやることがたくさんあって、 二人のマーシーが議論している最中だった。 これは私がやる、これはあなたがやって、 じゃああれは誰がやるの? そんな会話(多分)の後。 アンティがやればいいじゃない。 あ、そうね。 そんな感じで私に新たな指令が下った。 汚い仕事だったけど私は任務を遂行し、 なんだかちょっと、マーシーの仲間入りをした気分が、 嬉しかった。 |
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| 4月19日 餌付け 今日も一日を屋上で過ごした。 でも今日は、ティータイムくらいは階下へ降りようと思っていた。 日光の当たらないところへ逃げなければまた熱が上がってしまう。 人間とは学ぶ生物なのだ。 しかしそうは問屋が卸さない。 最近私はマーシーに餌付けをされている。 洗濯マーシーは洗濯が済んだあと、 あっという間に乾く洗濯物を、 昼までにたたまなくてはいけない。 シーツ100枚以上、服の類100枚以上。 これはかなりの量なのだ。 出来れば子供たちが食事をしている間、 食事介助はボランティアの大きな仕事のひとつなんだけど、 何人かのボランティアを、たたみ係りに確保しておきたいのが 洗濯マーシーの本音。 そして今のところ、私が一番頼みやすいと見えて、 マーシーは食事タイムに私を拘束するのみならず、 ティータイムまで私を屋上に縛り付けて置くようになった。 その見返りとして、餌をくれるのだ。 マーシーは私のためにボランティアルームからティーを汲み、 ビスケットを3枚と、マーシーの朝ご飯である『ムリ』(お米をあげたもの?) をセットにして私に運んでくる。 そして、 『のんびりでいいから、まあ飲みながら、食べながら洗濯物をたたんでくれ』と、 そんな感じ。 相変わらず頼まれたら嫌といえないAKKOさん、 頼られる喜びなどものんきに感じつつ、 今日も熱射病一歩手前でがんばりました。 しかし暑い・・・。 |
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| 4月18日 誰のため? 〜ドラマのために居残る羽目に〜 今週はイースター週間で、 クリスチャンの皆さんが浮き足立っている。 イタリア人のルチアが先頭に立って子供達に劇を教え込み、 ボランティアやシスター達に披露している。 なかなか盛況らしく、 劇のある午後には、ダイアダンは、やってくる観客相手に おもてなしムードに染まる。 私だって劇は見たいよ。 ハンデのある子供達が、うまくしゃべれない子供達が、 一人で歩けない子供たちが、 一生懸命せりふを覚え、歌を歌い、衣装をまとい、 ひとつの劇を作り上げているんだもの。 それは見ているものを感動させることでしょう。 ましてや毎日接してる子供達だよ。 親のような気持ちで、どんな演技をしているのだろうかと、 気になったりするものだよ。 でもね、 子供達の劇のための本当の裏方がどれだけ大変か、 劇だけに携わっていては分からないのよね。 劇に参加する子供9人。 彼らは夕食の時間がずれる。 だからマーシーたちは、2度にわたって子供達の食事の準備をしなくてはいけない。 衣装を着せるのもマーシー、 階下へ子供達を連れて行くのも、 劇の後に子供たちを連れて帰ってくるのもマーシー。 劇の前に決められた衣装を着せるのも、 脱がせるのも厄介な洗濯をするのもマーシー。 主催者たちは、 完璧に子供達が身支度を整えた後、 気合満満にやってくる。 自分も一度宿に帰り、しっかりと身支度を整えて。 劇のある日はマーシーたちもため息交じり。 そして今日。 あるマーシーが帰ろうとする私を捕まえて言った。 『today drama, you lunch here.stay evening.』 今日はドラマの日だから昼ご飯をここで食べて午後まで残って手伝ってくれ。 そんな感じの意味。 私はまだ風邪も治りきっていなかったし、 正直なところ帰りたかった。 でも、彼女達の大変さも知っているし、 頼まれたら嫌といえないAKKOさん、 予定外の残業になったわけです。 いつもなら1時半から3時まで休憩できるはずのマーシーたちは 2時半から子供の着替えをさせ始め、 食事の支度、ドラマの支度、 とにかく大わらわで働いている。 そんな彼女達の働き振りと、 劇に対する無関心振り、 何も分からない何人かの子供達も引っ張り出され、 ストレスでか熱を出して途中で連れ戻される子供達の姿を見て、 あーあ、いったい誰のための劇なのだろうか・・・ と、疑問に思ってしまった。 これがきっと宗教的行事と言うやつなのだろう。 宗教が絡むと誰も逆らえなくなってしまう。 私なんかが疑問に思っても、 施設外のシスターなんかは喜んでいるみたいなので、 裏方はひたすら耐えて、 プラスアルファの仕事もしなくちゃいけない。 出来るところは手伝うからさ、 がんばろうね、マーシー。 |
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| 4月17日 熱射病 未だ風邪が治りきらず。 午後になると熱が上がり、 最近はせきがひどく、いやになっちゃう。 何より子供達に移してはいけないと、 毎朝洗濯に励み、昼ご飯の際にも子供達に食べさせることはせず、 屋上で洗濯物をたたんですごしている。 昼の屋上は、裸足ではもはや歩けないほど地面に熱がこもっており、 汗の量も半端なく、 太陽は、嫌がらせかと思うくらい容赦なく照りつける。 それがまた、弱った体にこたえるのよね。 一日屋上にとどまっていると、 帰るくらいの時間にはめまいがする。 多分水分量も足りていないだろうし、 今日は吐き気を催して、メトロの中で座り込んでしまった。 こんな軟弱な私を見たことのある人は少ないでしょう。 でも、いったい何なんだ、この気候は。 そんな、ぶつけようのない苛立ちを感じる今日この頃。 早く風邪を治さないと。 |
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| 4月16日 闘えリツコさん ダイアダンには、13年間ボランティアを続けている日本人のおばさんがいる。 彼女は生活の一部をダイアダンに依存してはいるものの、 ボランティアとしても子供たちに対する愛情は本物で、 しかもひとつのことを13年間継続するということは、 それだけで評価されるものだと思う。 しかも無償でしょ。 ダイアダンに関する、子供たちに関するあらゆることを彼女は知っている。 気候やお祭り、風習など、 この地に関する多くのことを、彼女は知っている。 辛いこともあったでしょう、 でも、それに勝る喜びがあるから、きっと続けていられるのでしょう。 私はよく、そんな彼女と行動を共にする。 彼女には少し偏屈なところがあり、 自分に厳しく生きている分、他者にも厳しくする傾向があり、 中には彼女に激しく非難され、ダイアダンを去っていくボランティアも少なくない。 でも私は、 彼女が少し偏屈にならざるを得なかった理由の一部分を見てしまい、 彼女に同情を覚える今日この頃。 今ダイアダンにやけに大きな顔をしたスペイン人が居座っている。 なぜ彼女がそこまで大きな顔をできるのか分からないけれど、 とりあえずここへ来るのは初めてではないらしく、 毎日来るわけではないのに、 やけに知ったかぶりをし、 自分では人に指図をするくせに、 人の指示や頼みごとを聞こうとしない。 彼女はよく、子供のベッドの柵を閉め忘れる。 私は、柵をボランティアが閉め忘れたがゆえに ベッドから転げ落ちた子供たちを何人か見ているし、 子供たちの命にかかわることでしょ? たとえ1分でも、柵を閉めないでその場を離れて欲しくないわけですよ。 だから彼女にお願いした。 『お願いだから離れるときには柵を閉めてください。』 このくらいの英語、多分間違いなく、失礼もなく、言えたと思うのよ。 でも彼女は鼻を高らかに上げて『フン』みたいな返事をしただけ。 私何か悪いこと言った? それからも何度も彼女は柵を閉め忘れたから、 しつこいと思いつつ、私は毎回注意した。 あいつは何様なんだ? まあ、私に対する態度はいいとして、 こともあろうに彼女はリツコさんに指示をし始めた。 子供たちの食べさせ方を変えろとか、子供達のことをもっと考えろとか。 13年、朝も夜も働いてきた人に対してだよ? 子供たちが本当に小さかった頃や この施設へ連れてこられることになった理由なんかも知っている人に対してだよ? 彼女の言い分もわかる。 私も最初は子供達へのご飯の食べさせ方に疑問をもった。 でも、1時間もかけて子供達のペースで食べさせていると、 子供達は夜ご飯までにお腹が減らない。 夜ご飯を食べないと夜中に泣き喚く。 体力も消耗するし、夜勤のマーシーたちも大変なわけなんだよ。 で、夜中にお腹が空くと、朝ドカ食いしてしまい、 やっぱり昼にご飯を食べなくなる。 悪循環なんだよ。 それはね、朝来て午後にも来て、 子供達の一日の生活が見えるようになって初めて分かること。 彼らの1部分にだけ触れてあれこれ言うのはやっぱりおかしいと思う。 たとえ彼女が何かの専門家でも、 やっぱり見えてる部分はほんのわずか。 マーシーたちもリツコさんも、 きっと何年もかけてあれこれ試し、 彼女のようなボランティアに振り回されながらも、 とりあえず今は最適と思われる方法をとっているはずだと思う。 マーシーやリツコさんが優先して考えていることはやっぱり子供達のことで、 自分の本当の子供のように、時には厳しくしつけている。 愛情もかけている。 スペイン人の彼女はいつまでいるのか分からないけど、 何年もかけて自ら変えていこうとしない限り、 たまに来て指示を与えるというのは、傲慢じゃない? リツコさんは不満気にいう。 『私はあんなのとしょっちゅうやりあわなきゃいけないのよ。』 苦労は察します。 負けないでください。 |
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| 4月14日 all マーシー was looking for you. 木曜日はボランティアの休日なので、 水曜日と木曜日、2日間ダイアダンに穴をあけた。 2日ぶりに朝マザーハウスに行くと、 多くの笑顔が迎えてくれ、 たった2日、いや、1日マザーハウスに顔を見せなかっただけなのに、 シスター達もかわるがわる声をかけてくれた。 you must be tired. you need to take a rest. みんなが気にかけてくれることが嬉しかった。 今までやってきたことが、 少し報われ始めた気がした。 そして、次の言葉が、 私にとって大きな一撃だった。 ダイアダンで共に働いている韓国人のソンミが 私を見つけるなり駆け寄ってきてこう言った。 you will be busy today. becous all マーシー was looking for you yesterday. 私が休んだ1日で、 マーシーたちが私をとても頼りにしてくれている事が分かった。 私が居なければ私が毎日している仕事は誰かがやる。 でも私がやれば、誰かが少し、楽ができる。 いつ休んでもいいボランティアだけど、 1日休むとみんなが気にかけてくれる。 私はふと、思った。 3ヶ月で終わっていいのか? やるだけやって満足して、 ここを離れる事ができるのだろうか。 それでいいのだろうか。 これからますます暑さが厳しくなって、 ボランティアも減っていく中で、 皆が誰かの手を必要とし、 自分にかかる負担が大きくなっていくまさにその時期に、 目的を果たしたから、目標であった3ヶ月をやり遂げたから、 そんな一方的な気持ちでやめていいのだろうか? それで本当に満足できるのだろうか。 昨日のエリカの天命を思い出した。 『STAY』 私にも天命がおりた。 昨日の熱は、そんな事に気づかせるために出たもの。 本当に満足して去れるときが来るまで、 私はもはや必要ではないと感じられるときまで、 居座ってみようと。 去るべきときはきっと自分で実感できる。 一晩ベッドに寝たきりで、 天井を見ながら悩んだ答えを、 韓国人のソンミが運んできてくれた。 私は多分、もうちょっと長居をするだろう。 ここに居る、大事な仲間たちと、 愛しい愛しい、子供たちと。 |
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| 4月12日 屈辱の休み 数日前からのどが痛かった。 こりゃ良くない兆候だ、と思ってた。 今日まで一日もボランティアを休むことなく突っ走ってきた。 無理はしていないけど、頑張ってはきた、と思う。 当初の目標、3ヶ月間のゴールがちらほら見え始め、 少し油断が出たのだと思う。 情けない。 朝起きたとき、 歩いてマザーハウスに行くことや、 マーシーたちに頼られて一日中炎天下で働くことを考えたら、 珍しく気が重かった。 いつもの働きを見せられないことがいやだった。 ならば休んでしまえと。 今無理して前回のように入院でもする羽目になったら 本も子もないと、 そう思って休むことにした。 午前中ゆっくり休んで、もしも体調が戻ったらスクールには行こう。 そんな風に思ってた。 しかし一向に良くなる気配はなく、 午後、かなりブルーな気分になった。 スクールに穴をあけることはしたくなかった。 ダイアダンに私の代わりがいくらでも居ることは分かってる。 自分は何も特別じゃない。 でももしもスクールを休めば、 私が受け持っている子供達は 今日はアンティが居ないことになる。 自分だけを見てくれるアンティが。 他の先生が自分の子供と平行して私の子供も見てくれるけど、 甘えたりわがまま言ったり抱きついたりは出来ない。 子供達に会いたかった。休みたくなかった。 でも仕方がない。 夜になって見る見る熱が上がった。 39度を越してうなりながら反省した。 気が緩んだと。 今までの自分の頑張りに勝手に満足し、 まだ終わってもいないのにこの2ヵ月半を振り返ったりしてた。 よくやったと。 まだ終わっていないのに。 神は私の油断を見落とさず、 戒めに病を与えた。 そしてこの日が、私にとって大きな転機の日となった。 同じように、いや、私よりもひどく体調を崩し、 周囲のいざこざに巻き込まれ心も少し病んでいたエリカが、 入退院を繰り返し、 一時帰国をも本気で考えていたエリカが、 悩んだ末に、天の声を聞いた。 『この地でもう少しやってみろ』 エリカの決断を聞いた私は涙が出るほどうれしく、 彼女とキヨちゃんと、 もう少しこの地でやっていくんだ、 そんな気持ちを新た持ち、 早く治して、もう二度と無理はせず、 満足してこの地の滞在を終えなきゃと、 高熱にうなりながら固く固く決意をするのでした。 私にはまだ、やるべきことがある。 |
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| 4月10日 誰のアンティ? 相変わらず午後のスクールは波乱含み。 なかなか落ち着かない。 子供たちのほとんどは、クリスチャン系の国に養子縁組が決まっている。 その代表の国としてイタリアがある。 子供たちは英語に加え、 これから母国語となる言葉を覚えなくてはならない。 (まあ、行ってしまえば自然に覚えるのだろうけど。) だからスクールとしてはイタリア人の先生を急募していたところ、 現れた。 イタリア人のルチア(彼女とは午前中のダイアダンでも一緒。)が来て、 イタリア行きが決まっている子供たちの何人かが、 彼女担当になった。 今までアンティーとうまくやっていた子供でも、 イタリア語のレッスンを受けるため、先生を変わらなくてはならなかった。 ルチアはとてもバイタリティーのある人で、 先生にはとても向いていると感じた。 彼女も、母国語を教えられると言う事で、 かなり張り切っているように見えた。 初日から、彼女は大声でイタリア語を子供たちに浴びせかけた。 プリティモイは困惑してスクールに来なくなり、 変わりに私の担当だったリマを、 ルチアが受け持つ事になった。 それでまあ、うまくやっていた。 ただ、 途中から来なくなってしまったプリティモイのことを、 ルチアはとても気にしていて、 他の先生たちも、 プリティモイにもう一度スクールに来てもらおうと、何度も呼びかけたのだけど、 彼女の閉ざした心をもう一度開く事はできなかった。 私は先生というものに、少し自信を付け始めていた。 決して勉強を教える事は得意ではない。 英語もままならないし、 絵もへたくそだし、創造力も無い。 ただ、子供たちが何を求めているのか、 子供たちに何が必要であるか、 感じ取る事ができるようになってきたと思う。 子供たちは甘えたいのだと思う。 わがまま言ったり手をつないだり、 もちろん学習意欲の高い子供もいるけど、 みんながみんなそうじゃない。 最低限教えてあげなければならない事はやっぱりあるけど、 それよりも、 子供たちとたくさんコミュニケーションをとること、 ふざけたり触れ合ったり、 そんな事が大事なんだと感じてた。 それさえできでば、 プリティモイをスクールに連れてこれると、 彼女の求めるものを私は提供できると、 今彼女に必要なのはイタリア語のシャワーじゃないと感じていたから、 今日は私がプリティモイを呼びにいくと、 他の先生に宣言した。 多分来ないと思うけど、やってみて。 そんな風に言われ、 別に気負うでもなく、子供たちが遊ぶ公園へと向かった。 少し汚いと思うよ。 でも、プリティモイは女の子だから、 普通の女の子とおんなじように、 おしゃれの好きな女の子だから、 私は彼女をビンディ(インドの女性が額につけるシール)で釣った。 プリティモイ、スクールにきたらビンディーあげるよ。 そういって手を差し出した。 彼女は私の手を取った。 プリティモイと手をつないで教室に入るときの なんと誇らしかったことか。 彼女は驚く速さでパズルを仕上げ、 私からご褒美のビンディをおでこにつけられて嬉しそうだった。 子供達だって本当はみんなスクールに来たいんだ。 手をつないでくれるアンティーが欲しくて、 仲間と遊ぶ以外に、自分の居場所が欲しいんだ。 そんなことを実感した1日だった。 子供達の心は不安定で、 すぐに自分の殻に閉じこもってしまう。 それを再び開くのは大変だけど、 子供達の奥にいつもある、 人恋しさに気付いてあげれば、 それを踏まえて、忍耐強く声をかけていけば、 もう一度笑ってくれるんだって、 自分に向けて笑ってくれるんだって、 自信を少し、つけました。 4月11日マーシーの現実 私はマーシー情報に詳しくなりすぎている。 マーシーたちには仕事上のグループがあり、 たとえば朝一番の仕事として、 洗濯するグループ、子供にシャワーを浴びさせるグループ、 ベッドメイキングするグループに分かれている。 毎日日替わりでボランティアがやってくるから、 その都度新しいボランティアに仕事を手伝ってもらい、 一刻も早く、自分達の仕事を終わらせようとする。 新しいボランティアに、毎日毎日同じようにやり方を指示し、 なれない手つきでのろのろ働くボランティアを動かすのは、 なかなか骨の折れる作業だと思う。 だからマーシーたちは、 自分達の朝の仕事に、慣れたボランティアを一人は欲しがる。 そして私はマーシー達に引っ張りだこなのだ。 自分で言うのもなんだけど、 私は良く働く。 仕事量の多さも知ってるし、十分な時間が無いことも承知してる。 だからボランティア同士話をしながらだらだらすることをしない。 やり方が分からず戸惑っているボランティアに指示も出来る。 結果、朝マーシーに会うとあちらこちらから声がかかる。 アンティ、ヘルプ。 私は仕事を選ばないから、 人数が少ないところを手伝うようにしている。 そしてたいてい、 洗濯を手伝いに来てくれるボランティアが一番少ない。 私はほとんど毎日、 一日中屋上にいて洗濯を手伝っている。 そんな私に感謝してか、 マーシーが休憩時間におやつを分けてくれるようになった。 ボランティアたちが輪になってティーブレイクを取っている間、 私はマーシー達とお茶を飲み、 世間話に花を咲かせる。 まだまだ私のベンガル語のボキャブラリーは不十分だけど、 英語交じりでなんとか、楽しいひと時を過ごしている。 今日は珍しくマーシーが愚痴をこぼしてきた。 最近体調不良を訴えるマーシーが多い。 中には休んでしまい、 他のマーシーに負担をかけることもある。 今日愚痴をこぼしてきた少し年配のマーシーも、 腰痛と腹痛が夜中にやってきて眠れないという。 病院に行ったほうがいいよ。 そういっても、休めないから。という。 マーシーたちは決して近所のおばさんたち、というわけではない。 交通費をかけて、時間をかけてやってくる。 その交通費は給料天引きだそうで、 1日働いても手元に残る金額はほんのわずか。 中にはちゃんとだんな様が生活費を稼いでくれているマーシーもいるけど、 結構苦労をしているマーシーも多い。 そんな話を聞くたびに、 せめて私がいる間は、マーシー達に楽をしてもらいたい。 そんな風に思うのです。 でも、私が汗だくで働くから、 マーシーたちに少し休んでて欲しい、と思っても、 そんなことをしたら他のボランティアに非難されるのはマーシーたちだし、 私も『なんでそこまで働くの?』 なんて変な人扱いされかねない。 私は別にいいけど。 本当になんでそんなに働くんだろう? もちろん、子供達に居心地の良い環境で生活して欲しいのがひとつ。 そして、マーシーたちへの友情の証。 そしてぐったり疲れておなかがすいて、 毎日たくさん食べてよく眠れて、 健康な生活を送る、自分のため。 そして私は毎日にとても満足してる。 だから、明日も、 せめて午前中だけは、 マーシーと同じくらい働くんだ。 |
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| 4月9日 アンティ don't go
japan. 毎週日曜日は朝から夕方までダイアダンに留まって、 できるかぎりの手伝いをするようにしてる。 今日は昼休みにマーシーたちと一緒にお昼ご飯を支給されてラッキーだった。 お昼代が浮いた分頑張らなくちゃ! と思うのでした。 仕事が忙しくてほとんど子供たちとかかわれなかった日は、 午前の仕事が終わった後に子供たちのベッドを一通り回って、 昼寝の時間になる子供たちに、 『お休み』を言うのが日課になっている。 今日も日課を果たしている間、 まだ眠たくなくて誰かに相手をして欲しいメガに捕まった。 メガに言った。 『メガ、ちゃんと寝なさい。 今日アンティは午後までここに居るから、 昼寝して起きたらまた会おうね。』 『オー、ユー ステイ ヒア? ユー スリープ ヒア?』 『ノーノー、ナイトタイム ゴーバック ホテル。 バット イブニング、アイ ステイ ウィズ ユー。』 そんな会話の後、 これまた毎日の日課、 メガおきまりの質問が始まった。 『アンティー、トゥモロー、カム?』 イエス。 『アナザー トゥモロー?』 イエス。 『アナザー トゥモロー?』 イエス。 今日は付け加えてこんな事を言ってくれた。 『アンティ、don't go Japan. I like you very much. you stay here.』 首の骨が折れるほど抱きしめようかと思った。 メガは知的な障害が無く言葉が達者で、 マーシーたちにもとてもかわいがられており、 いつもかわいい服を着せられて、 髪型もかわいく整えられていて、 だからもちろんボランティアたちからも人気で、 最近は、 彼女ばかりをとてもとてもかわいがるイタリア人のおばさんが 大きな顔で居座っているので、 私はメガと接する機会がとても減っていた。 正直なところ、私にとってメガは特別な存在ではなく、 メガのおままごとに付き合っているよりは、 ハンディの重い子供のリハビリに付き合ったり、 寝たきりの子供の寝顔を見ている方が好きなんだけど、 自分がメガに好かれていると思うのは、やっぱり嬉しい。 明日もメガはイタリア人のおばさんに取られてしまうのだろうけど、 今日のメガの言葉はきっとずっと忘れない。 明日も明後日も、 まだまだずっと、そばに居るよ。 |
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| 4月8日 おかえり 朝少し遅れてダイアダン入りし、 子供たちの歯磨きを終えてから洗濯のために屋上に上がると、 懐かしい光景が私を待っていた。 『お帰り!!!』 私は笑顔いっぱいで叫んだよ。 以前5週間朝晩もくもくと働き、 マーシーたちの信頼を一身に集め、 何も言わずに去っていった彼が、 以前と同じように一人でただ黙々と洗濯物を干していた。 彼は照れたように笑い、 『おはようございます』と私に言った。 私が来たばかりの頃、 彼は私を他のボランティアと同じように短期の旅行者と勘違いし、 私に対して少し投げやりな態度で接した。 でも少しずつ心を開いてくれ、 『がんばるね。』そんな風に言ってくれたのを思い出す。 今では私の方が滞在期間が長くなり、 私の口調も少し、なれなれしくなっていた。 彼はアンダマン諸島からの帰りで、 今日の夕方には西へと移動するらしい。 ほんの数時間でも子供たちに会いたいと、 彼は宿にチェックインする間もなくここへやってきた。 表情の乏しい彼だけど心の中はとても温かいと、 前回同様私は感じて嬉しくなった。 彼とともに帰り、昼ごはんをともに食べたのだけど、 彼は出発の準備のために先にどこかへ帰っていった。 夕方。 私はすっかり寝てしまって、 ノックの音で目が覚めた。 オーナーが私宛の手紙を手渡した。 『暑くなるけど頑張ってください。 もう少し一緒にボランティアをしてみたかったです。 あなたに会えてよかった。』 彼はやっぱり何も言わず、 でも心の中の熱いもののほんの一部を吐き出すように、 メッセージを残していってくれた。 私の中の熱いものも、 こぼれ出た。 |
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| 4月7日 アイリーンの苦悩 午後のスクールの新任先生アイリーンは、 40歳くらいのイギリス人で、 ちょっとびっくりしちゃう容姿をしている。 唇の上と鼻にピアスがはまってて、 腕にはタトゥー(それを隠す気は無いみたい)。 いつも真っ赤なロングスカートで猫背気味にやってくる。 そして少しドスの利いた癖のある英語を話す。 そんな風貌とは裏腹に、 彼女はとてもまじめで子供達を愛そうと尽くし、 毎日子供達のためにノートをつけている。 自分が担当した子供の特徴や能力を書き留めているらしい。 疑問があればすぐに質問してきて、 納得いくまで話し合おうとする。 私は、彼女はとてもよい先生になるだろうと期待してた。 でも。 容姿とはとても大事なものなのだ。 子供達にとって、彼女は良い先生になるはずだったのに。 子供達が彼女の風貌を恐れていることに、 私は気付かなかった。 スクールの時間になって担当の子供を呼びに行くときに、 アイリーンに対して『NO!』と言う子供が出始めた。 いや、先週も、先々週も彼女は言われていたらしい。 彼女は自分に責任があると、 このことに関しては私達に相談することをしなかった。 今日始めて、彼女が『〇〇は私とスクールに来たがらない。』 と寂しそうに私達に打ち明けた。 私は、 自分の受け持ちの子供とアイリーンの受け持ちの子供を取り替えてみようと、 提案した。 彼女は少し自信を取り戻して子供を迎えに行った。 そして見てしまった。 アイリーンが『NO』と言われている場面を。 その子供はスクールが大好きだった。 今まで来るのを拒んだことは無かったのに。 その子供が、 手を差し出すアイリーンに向かって必死で首を振り、 後退去っていた。顔には恐怖が浮かんでた。 そしてアイリーンの顔は引きつっていた。 私は慌てて周りを見渡して、 まだ誰も連れて行くことをしていず、余った子供を指さして、 アイリーンに、『あの子を連れて行ってくれ』とお願いした。 その子供は少しハンディキャップがあり、 人を拒んだりしないから、アイリーンに手をつながれることを喜んだ。 スクールが終わった帰り際、 アイリーンが少し取り乱して言った。 『もうやめたい』と。 『私は午前中には(死を待つ人の家)に行っている。 とても重労働で、 もう若くないから午後は休みたいし、 余裕があれば午後も(死を待つ人の家)に行きたい。 それでもスクールに来てるのに、 子供達からはNOの言われ、 私はどうしていいかわからない。 毎回ここに来るのが苦痛なんだ!』 私にも覚えがある。 アナディタは未だに私と手をつないでくれない。 私はショックと自信喪失ですぐにアンジェリーナに助けを求めた。 私はアナディタのことを諦めつつある。 アイリーンは誰にも苦悩を打ち明けず、 一人で悩み、傷ついてきたんだ。 一緒に働いているのに気付いてあげられなかったことに反省し、 スクールがかなり個人主義になりつつあることを憂慮した。 私がアイリーンに言えることはひとつしかなかった。 『みんな経験があるんだよ。』 子供達の立場にたってみれば、 せっかくアンティーに慣れてもアンティーは去っていく。 アンティーが変わる際にはいつも一悶着あるもの。 子供達だってアンティーたちに愛着を持ってくれている。 それなのに私達は背中を向けて去っていく。 子供達の中にも少し、傷を残しているかもしれない。 新しいアンティーが飛び切り明るくてやさしくて教えることが得意だったらいい。 でも、多くの場合、初めての私達は緊張していて、 言葉の通じ合えない子供達とのコミュニケーションの方法に戸惑い、 時間ばかりが過ぎ去って余計に焦る。 そんな焦りを、子供たちは敏感に感じ取り、 『このアンティーはつまらない。』 シビアにそんな評価をしかねない。 それだけじゃなく、 ここににいる子供たちは外の世界を全く知らない。 世間にはいろんな国のいろんな人が存在する事をしらない。 少し見た目の変わった人がやってくると、 おびえた目をする。 逆に、好奇心に目を輝かせている事も多いけど。 とにかく、 アイリーンの苦悩が痛々しかった。 私は彼女のことが好きだからやめて欲しくない。 彼女の熱意も感じ取ってるつもりだった。 だから言った。 『最初は誰でもそうだから。 子供たちにも私たちにも時間が必要だから。 長い目で見ていこう。 もしもどうしても子供と合わなかったら、 担当を編成しなおそう。 みんなどこかに問題を抱えてるんだから。 子供たちにはアンティーが必要なんだ。』 彼女は少し落ち着いて、 ただうなづいてくれた。 みんなが一生懸命に人間と向き合ってる。 そして悩んで立ち止まる。 そんな姿に胸打たれ、 アイリーンが今まで味わった孤独を考えたら、 もっと彼女の近くにいたいと、ふと思った。 |
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| 4月4日 ありったけの優しさを手に込めて。 ダイアダンには虐待が存在している。 どの程度のものかはっきりとはわからないけれど、 もしかしたらインド式しつけの域を出ないものかもしれないけれど、 暴力は確実に存在する。 ひどいと思う。 むごいと思う。 ここにいる子供たちは、体や脳に障害をもち、 さらに両親に育てることを放棄され、 本当の愛情を知らず、 路上にうずくまっていた子供たちや、 生まれて以来施設を出たことのない子供たちばかりなのに。 せっかくマザーハウスという温かい場所に在る幸運を得、 母親代わりのシスターやマーシー、 お姉さんお兄さん代わりのアンティーやアンクルができたというのに、 まだ痛みを受けなくちゃいけないか? マーシーたちのいらいらする気持ちもわかる。 子供たちは、 特に、体は元気でメンタル障害の在る子供たちは、 あちらこちらにおしっこを漏らすし、 物は壊すしなんでも口に入れるし、 奇声はあげるし小さな子供をひっぱたいたりするし、 そういう子に限って顔がかわいくなかったりする。 そう。気持ちはわかる。 時にはひっぱたきたくもなるだろうし、 うるさい子供はどこかに閉じ込めたくもなるだろう。 ただ、そのときの感情として、 子供に対する愛を込めているか込めていないかで、 しつけになるか暴力になるか、 子供の中に傷を残すか残さないかが決まってくると思う。 大きな傷が残ってしまったと思われる子供に、 マリージョアンという女の子がいる。 私は彼女がとても好き。 彼女はとてもソフトな物腰で、 癒し系だと私は感じる。 彼女はのんびりのんびり歩くことができ、 いつもスカートの裾を噛んでいる。 彼女の大きな欠点は奇声を発すること。 甲高い声で、 『あーあーあーあー。』 まるでターザンのような叫び声をあげる。 喜びや楽しみを感じるときに発することが多いように思えるのだけど、 いらいらしたマーシーにとっては許されるものではないらしく、 彼女はよく、まったく明かりのない暗い場所に閉じ込められている。 私が彼女を見つけて出てくるように手招きしても、 彼女はおびえて出てこない。 手を掴むと、慌てて引っ込める。 彼女はいつも、何かにおびえている。 暴力を受けた経験があるのではないかと、 私は感じる。 彼女は触れられるのを極端に嫌う。 ボディタッチを求める子供も多い中、 肩を抱けば振り払われてしまうし、 手を握れば振りほどかれてしまう。 後ろから触れれば彼女は驚き怯え、逃げようとする。 だから私は彼女に触れるときには細心の注意を払うようにしてる。 マリージョアン。 まず呼びかける。 そして手にそっと触れる。 ありったけの優しさを手に込めて。 とにかく手に意識を集中させる。 愛してるよ。 そんな思いを込めて手に触れる。 最初はそれでも振りほどかれてしまった。 でも最近、 彼女は振りほどいた後に、 私の手の甲の上に自分の手をそっと乗せる。 誰かが誰かに触れるということの中には温かいものが存在し、 好きだから触れたくなるんだよ。 そんな気持ちを、 感じ取ってもらえたらいいなあと、 やわらかいマリージョアンの手のひらの感触を感じながら、 いつも思う。 |
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| 4月1日 空回り ボランティアはボランティアだから、 誰でもそうそう長くこの地にとどまることはできない。 毎日毎日新しいボランティアがやってきて、 毎日毎日誰かが去ってゆく。 長く続けたボランティアにも、 いかは終わりの日がやってくる。 午後のスクールティーチャーは、 1ヶ月以上滞在が可能な人にだけ任されており、 メンバーの変わるサイクルが遅い。 それでも最近、一人・・・二人と去っていき、 新しいティーチャーを迎え、 スクールの雰囲気が変わってきた。 その中の一人と、私はウマが合わなかった。 ウマが合わないというより、 彼女独特のやり方により、雰囲気が少し悪くなってきたと、 私は感じてた。 彼女は午前のスクールでもティーチャーをやっており、 確かに私たちよりも子供たちのことを良く知っている。 物がどこにあるか、スケジュールがどうであるか、 とにかくはるかに場に慣れている。 私も素直に彼女にアドバイスを求めたりすればよかったのかもしれない。 でも、午後のスクールには午後のやり方があった。 私たちは慣れてはいないけど、 手探りでも、みんなで話し合いながら、 何が子供たちのためになるか、 子供たちのどんなところを伸ばしていったらいいか、 相談しあいながら進めていた。 私たちの誰も先生の経験なんてなかったけど、 本当にただのボランティアだったけど、 子供たちが大好きで、 勉強をうまく教えられなくても、 歌ったり踊ったり遊んだりだっこしたり、 子供たちがいつでも楽しみにしているようなスクールを、 保っていたと思う。 でも彼女がきて何かが変わった。 私にも少し先入観があったかもしれない。 彼女は朝のスクールでも少し問題になっていることを エリカから聞いていて、 彼女は少し厳しすぎると、 他の先生と張り合っていて、話し合いに応じようとしないと、 彼女は少し冷たいんだと聞いていたから、 私もそんな印象を受けてしまい、 彼女はスクールを支配したいんじゃないか、 子供に対する愛情よりも、 自分がスクールを仕切っていると、そんな実感がほしいんじゃないかと、 そんな風に疑ってしまい、 彼女が今までやってきた私たちの習慣を変え、 明るい雰囲気を緊張したものに変えてしまうんじゃないかと 不安になり、 悩んだ末、キヨちゃんやエリカとも相談のうえ、 今日の朝、 スクールの現状と彼女が来てからの問題点を、 シスターに相談した。 シスターは私のつたない英語でも 言いたいところを理解してくれ、 問題はわかった。話してくれてありがとう。 彼女と少し話をしてみる。 といってくれた。 そして最後に、 子供のことを真剣に考えてくれてありがとう と、あったかい言葉をくれた。 そう。子供のことを考えてたつもりだった。 私たちは家庭教師のようにマンツーマンの授業しかできないけれど、 それでもみんながなんとなくまとまって、 明るい雰囲気で授業ができればいいと、 そんな風に考えてのことだった。 私はシスターに話したことをアンジェリーナに伝えた。 彼女は今、午後のスクールを取り仕切っていて、 私が初めてスクールへやってきて、 緊張でどうしていいかわからないときも、 アナディタが来てくれず思わず泣いてしまったときも、 親身になって相談に乗ってくれた。 私がシスターに訴えた理由のもう一つの大きな理由は、 アンジェリーナが守ってきたスクールの雰囲気を、 他の誰にも壊されたくなかったから。 私はアンジェリーナのやり方を支持したかったから。 アンジェリーナよりもスクールのことを動かせる人間を、 認めたくなかったのかもしれない。 アンジェリーナは言った。 I don't think we are having problem. changing better is good for children. she knows about children well. she will give us many imformation about children. don't worry akiko. ものすごくものすごくもっともな意見で、 アンジェリーナはとても素直な心で新しいティーチャーを迎えていた。 彼女は子供たちのことを本当に良く考えていて、 少しでも彼らのプラスになることなら、 どんなことでも受け入れようと考えていた。 そんな彼女を尊敬し、 私は本当に子供たちのことだけを考えていたのだろうかと 少し反省し、 子供たちが新しい先生に自分以上に懐くことを恐れてはいなかったかと 振り返り、 真剣に悩んで勇気を出してシスターに相談したんだけど、 なんか空回りだったかな・・・・ と、少しさびしい気持ちになった。 |