QUEEN-栄光の軌跡

QUEENは、奥が深いです。知れば知るほどますます彼らの本当の意味での「深さ」は増していくと思います。それは「音楽性」だったり「人間性」だったり……素晴らしいことです。まぁ、こういった「深さ」というのは、どのバンドにもあるものなんでしょうが。トップバンドならば。

それでは、どうぞ。
1946 9.5 フレディー・マーキュリー(フレデリック・バルサラ)、アフリカ東海岸沖にあるザンジバル島にて誕生。
1947 7.19 ブライアン・ハロルド・メイ、イギリスはミドルセックス州ハンプトンにて誕生。
1949 7.26 ロジャー・メドウス・テイラー、イギリスのノーフォーク州ギングス・ソンにて誕生。
1951 8.19 ジョン・リチャード・ディーコン、イギリスのレスター州レイチェスターにて誕生。
1956 フレディ、家族とともにインドに移住。本格的なピアノのレッスンを受け始める。
1959 フレディ、家族と共にイギリスに移住。
1964 ブライアン、ハンプステッド・パブリック・スクール時代の友人たちと「1984」というバンドを結成。
1968 12 ブライアン、学生時代に結成した1984を経てロジャーと共に新バンド「SMILE」を結成。
1970 8 ブライアンとロジャー、以前から親しい間柄にあったフレディに新バンド結成を持ちかけ、QUEENが誕生。
ちなみに、当時フレディとロジャーは、ケンジントン・マーケットで古着屋を経営していた。
1971 2 オーディションによって7番目のベーシストとしてジョンが加入。
ついにQUEENとしての4人がそろい、さっそくライブ活動を開始する。
1972 トライデント・オーディオ・プロダクションと契約する。初代マネージャーはアメリカ人、ジャック・ネルソン。
1973 4.6 英EMIと契約する。
1973 6.6 英EMIよりデビュー・シングル「炎のロックンロール(Keep Yourself Alive)」が全英でリリースされる。
1973 7.13 デビュー・アルバム「戦慄の女王(QUEEN)」全英発売。
1973 10 シングル「炎のロックンロール」全米発売。
1973 11.12 モット・ザ・フープルのオープニング・アクトとして初の全英ツアーがスタート。
同年12月14日まで行われる。
1974 1 英国の「サウンズ」「NME」などの音楽誌で最優秀新人ベスト10内にランク・イン、大きな話題を呼ぶ。
1974 2 セカンド・アルバム「クイーンII(QUEENII)」全英発売。
シングル「ライアー(Liar)」全米発売。
シングル「輝ける7つの海(Seven Seas Of Ryhe)」全英発売。
1974 3.1 ヘッドライナーとしての初の全英ツアーがスタート(20都市20回公演)。
1974 3.25 デビュー・アルバム「戦慄の女王」日本発売。
1974 4 モット・ザ・フープルと共にアメリカ上陸。
1974 5 モット・ザ・フープルとの全米ツアー中、ボストンでの公演を終えたあとブライアンが伝染性肝炎でダウン。
QUEENは残りのスケジュールをキャンセルする。
1974 6 シングル「輝ける7つの海」全米発売。
セカンド・アルバム「クイーンII」日本発売。
1974 7 サード・アルバム「シアー・ハート・アタック(Sheer Heart Attack)」のレコーディングを開始。
同年8月2日にはブライアンが今度は十二指腸潰瘍で再びダウンするが、まもなく復帰。
1974 10 シングル「キラー・クイーン(Killer Queen)」全英発売。
1974 11 サード・アルバム「シアー・ハート・アタック」全米で発売。
シングル「キラー・クイーン」全米発売。
フレディが「キラー・クイーン」でアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞。
1974 12 サード・アルバム「シアー・ハート・アタック」日本発売。
1975 1 シングル「誘惑のロックンロール(Now I’m Here)」全英発売。
1975 2.5 全米ツアーがスタート(同年4月7日まで)。
1975 4.17 ハワイでのバケーションを終えてこの日、初来日。
4月19日から5月1日まで全国6都市7回公演を行い、爆発的な人気を得る。
1975 5 シングル「キラー・クイーン」が発売チャートで最高12位をマークするビッグ・ヒットを記録。
1975 7 全米でシングル「炎のロックンロール」再リリースされる。
第4作「オペラ座の夜(A Night At The Opera)」のレコーディングを開始。
1975 8
1975 9
1975 11
1975 12
1976 1

軽めにやるつもりだったのに…。
もう少しお待ちください。